本音で
「え――?」
手で首に触れる。
ない。なくなった。落ち、え?
「時間はかかったが、奴隷呪の首輪の外し方がわかった。無事に外れてよかった。体調はどうだ?」
「あ……は、はい。えっと……首輪が、ええと……あの……」
首に冷たい指先が触れる。
僕の首の、奴隷呪の首輪が、外れた。
頭の中が追いつかない。
隣にどす、と座ったのはヘルムート様。
肩に手が置かれ、その大きさと冷たさに自分の体が熱くなっていると自覚する。
震える手でベッドに落ちた首輪を持ち上げると、ヘルムート様がヒョイっと持ち去っていく。
「押収しても?」
「へぁ……は、はひ」
「厳重に管理して、二度とこのようなことが起こらないようにする。……これで……」
頬に触れるヘルムート様の手。
僕の首輪、外れた。
奴隷がつけられる首輪が。
それなら、僕はもう……自由?
これでヘルムート様の妻として、堂々と表を歩ける?
でも、僕はただの、仮初の……。
ヘルムート様が首輪を拾い、白い袋の中に入れる。
ベルトでぐるぐる巻きにしてから、大きめの木箱に入れて鍵をかけた。
想像以上に厳重だ。
「あとは解体して、奴隷の呪いを解呪すれば無害なものになる。あなたはこれで自由の身だ」
「あ……ありがとう、ございます……」
色々な……本当に色々な感情が渦巻く。
僕は自由になった。
そして不思議なほどに、頭がスッキリとする。
頭がスッキリしたから、体の――性欲、発情期に全部持っていかれた。
「好きです」
「――――」
いや、これは性欲、発情期のせいなのだろうか?
ヘルムート様の胸にしがみつき、自分の言葉に混乱したまま「あれ? いえ、違……違くはないですけど、でも……わからないんです」と言い訳しながら涙が溢れて止まらなくなる。
自分の気持ちが、ずっと閉じ込められて育てられることもなかった色々なものが、急に溢れてきて意味がわからない。
自分で自分が制御できなくなっている。
口から全部出ていく。
これが僕の抱えていた、押さえつけていた感情なのだろうか?
「仮初の結婚は嫌です。僕は、ヘルムート様の……一番になりたいです。ヘルムート様がオメガが嫌いなのはわかります。レーンズ様のことがあるか。僕のことが信用できないというのも仕方ないです。でも、でも……僕……今、ものすごく……あなたの子どもがほしいです! 産みたいです……! あなたの……あなたの子ども、僕が産みたい……! 貴族の人口が減っていて、周りの人たちがお世継ぎのことを言ってくるけれど、そんなの関係なくて……僕が……“僕が”! あなたとの子を、ほしい……! だから……!」
自分で自分の“欲”が止められない。
こんなことを言ったら困らせてしまうと頭の片隅でわかっているのに。
ついに嗚咽が混じってきて、ヘルムート様が僕の体を抱きしめる。
ああ、迷惑をかけてしまう。
厄介な人間だと思われて、やっぱり男のオメガと生活するのは無理だと思われて……出ていくように言われてしまう。
僕を落ち着かせるために、と抱きしめてくださっているけれど、絶対に――。
「私も、あなたのことを愛おしいと思っている」
「ふ……え?」
「申し訳ない。私も、あなたを愛おしいと思っている。仮初の婚約者、契約結婚をしようと言ったのは……あなたをどうにか、どんな手を使ってでも我が家に引き留めたいと思ったからだ。とても不誠実なことを言ったと反省している。申し訳ない。許してほしい」
「……えっ……え?」
この人はなにを言っているのだろう?
僕を落ち着かせ、発情期の体を慰める目的での抱擁ではないの?
涙と嗚咽が止まらなくて、顔を上げるのも難しい。
少しだけ体を離し、頬に触れるヘルムート様の大きな手。
親指で涙を拭われる。
「カミル、私の話を聞いてくれるだろうか?」
「え……えっと、は、はい?」
「私は――レーンズから離れるために家を出た。あの人が私の両親を殺したと匂わせるようなことを言ってから、嫌悪感でとてもじゃないが顔を見て生活できそうにはなかったからだ。軍に入り、この世界は罪をあやふやにされ裁かれない者が多いのだと知った。そうすることで弱い者が守られ、救われることもあるのだと。そういうものを見て、私は自分の心が死んでいくように感じた。だとしても、私の両親の死は……レーンズの悪意によるものだと思っていたからだ」
はい、と小声で相槌を打つ。
あまりにも、声が淡々としていて逆に心が締め付けられるように苦しくなる。
僕の知らない世界だ。
家の中でぬくぬくとしていた僕には、ヘルムート様の生きてきた時間、どんなものを見聞きしてきたのか想像もつかない。
「公安に移ったのは、転機だった。この場所は悪は悪として容赦なく捌くことが許されている。どんな理由であっても公安にとっての罪は国家への叛逆に直結するからだ。私は他社を取り締まることで、間違いなく快楽を覚えていた。そんな自分があまりにも醜く感じる」
「そんな……ヘルムート様は責務を尽くされているだけではないですか」
「そうだ。私はその責務をまっとうしているという前提を言い訳に使って、犯罪者たちを徹底的に潰してきた。それが心地よいのだと。私はそんな浅ましい人間だ。実に醜い。そう思わないか?」
「お、思いません」
「あなたを……いや、今まで本宅や離れに匿ってきた元奴隷たち。あなたを含め、保護してきた者たちに対しても同じだ。頼られること、感謝されることに快感を覚え、内心自らの虚栄心を満足させていた」
気持ち悪いだろう? と微笑むヘルムート様。
そんなこと、そんなこと思うわけがない。




