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カウフマン邸二度目の発情期


 さらに一ヶ月後。

 唐突に、今までにない気怠さで起き上がれなくなった。

 朝からそんな様子だったので、ヘルムート様がわざわざ僕に与えられた本宅寝室にいらっしゃる。


「大丈夫か? カミル」

「あ……う……申し訳……」

「気にすることはない。が……もしかして、発情期か?」

「おそらく……」


 息が上がる。

 体が熱いし、屈んで覗き込んでくるこの人とくっつきたい。

 毛布の下から手を伸ばして、頰に触れるとひんやりと冷たかった。

 僕の体が熱すぎたのかもしれない。

 自分でもどうしようもないくらい、触れてほしくて。


「どうしましょう……ヘルムート様……」

「早めに帰る。待っていられそうか?」

「え……あ……う……」


 とんでもないことを口走りそうになった。

 僕を優先してって、そんなこと口が裂けても言えない。

 僕はどうしてしまったんだろう?

 こんなことを考えたこと、人生で一度もない。

 ヘルムート様に出会ってから、僕はどんどん知らない自分に支配されていく。

 絶対に言ってはいけないことを、言いそうになって必死に呑み込む。

 行かないで。

 僕の側にいて。

 ――なんて、絶対に言えない。言ったらいけない。


「い……行ってらっしゃいませ。お、お帰りを、お待ちしております」

「ああ。すぐに帰る。行ってくる」


 控えろ、控えろ。

 勘違いしてはいけない。

 あの人が欲しい、なんて考えるな。

 僕は仮の婚約者であり、契約して家のことをやるただの居候……いや、同居人?

 ヘルムート様に衣食住を保証していただける代わりに、僕はお屋敷の管理をする。

 そういう、利害が一致して生活を共にする関係。

 僕はオメガだから、子どもも望まれれば産むけれど、ヘルムート様にとって僕は仮の婚約者で仮初の妻になるのだから……もしそうなってもやはり義務感で、だろうし。

 だから僕がこんなことを――あの人との子どもを産みたいと思ってしまうのは……多分、僕がオメガだから……。


「はあ……はあ……うあ……っ」

「カミル様、大丈夫ですか? 水をお持ちしました。少し水分補給されてください」

「あ……ありがとうございます……」

「お医者様もお呼びしました。すぐきてくださると思います。頑張ってくださいね」

「え? お医者……」


 また? そこまでしていただくようなものでは、と上半身を起こそうとしたが、股の間にぐちょっと濡れた感覚がして顔が熱くなる。

 今の音、ジェーンさんに聞こえてしまって、な、ないよね?

 自分で思っている以上に体が興奮状態。

 いや、発情期なので当たり前なのだけれど。

 それでもやはりお医者様を呼ぶのはちょっとやりすぎなのではないだろうか。


「ダメですよ。カミル様。呪いの媚薬なんて変なものを飲んだあと、半年以上発情期がこなかったんです。そんな状態で久しぶりの発情期……それでなくともカミル様は長い間薬で発情期を止めておられたんです。どんな状態になるかわからないのですから、お医者様にしっかりつき添っていただいた方がいです!」

「うう……は、はい」


 それは本当にその通りです。

 ジェーンさんの言う通り。

 僕の体は普通のオメガではない。

 ……だから、もしかしたら、子どもも、産めないかも……?

 そんな不安があるのだから、お医者様にはいていただいた方がいいに決まっている。

 というか、まずい。

 お尻の奥、疼く。

 触りたい、けど……まだジェーンさんがいるし……。


「ふう……はあ……はあ……っ」

「お湯とタオルをお持ちしますね。なにかご入り用のものがありましたら、こちらのベルでお呼びください。もし力が入らなかったら、紐を引っ張るだけでテーブルから落ちるようにしておきますので」

「は、はい……」


 そこまで言って、ジェーンさんは額の汗を拭いてから出ていってくれた。

 僕の心情を、どこまで察してくれたのだろう?

 でも、こんな……お尻の奥に指を入れて自慰をしたい、なんて思うようなこと今までなかった。

 僕をこんなふうに、この快楽を教えたのは性技の講師ではなくヘルムート様だ。

 薬で発情期を止めていて、それをやめて初めての発情期に……記憶はほとんど残っていないけれど、あの人に与えてもらった快感は体がよくよく覚えている。

 あの人の長くて太くてゴツゴツとした指が僕の奥をゆっくり解していく。

 そんなことも、あの発情期を知る前まで考えたこともなかった。

 週一で性技の教えられてきたというのに、僕にとって『快感』はヘルムート様と過ごした発情期の日々。


「はあ、はあ……んん……う、んん……っ」


 だから、どうかヘルムート様。

 お慈悲を、どうか、また僕をその腕で、指で、肌で、体温で慰めてください。

 どうかお情けをくださいませ。

 浅ましい僕に、どうか。




 

「――――カミル」


 いったいどれほどの時間、一人で自分を慰めていたのだろうか。

 涙でシーツがすっかり濡れそぼってしまった。

 窓の外がカーテン越しでもわかるほど夕暮れの日差しが赤い。

 ぼんやりとしながら目を開けると、誰もいない。

 声が聞こえた気がした。

 ヘルムート様の声。

 あの方を求めすぎて、夢を見てしまったのだろうか?

 だとしたらかなり重症なのではないだろうか?


「カミル」


 また。また聞こえた。

 やっぱりまだ頭は寝ている?


「ボルガバーゼ、オバル、レッジョルゼゼ、バル、バル、エクテカ」


 カチリ。

 小さな金属音。

 そして、首からなにかが落ちる。


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