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終息


「ぐっ、う、ううう」

「さて、貴殿に残された選択肢はこれで二つ。我々に見逃されてこれまで通りの生活をするか、当局に出頭して厳重に管理された生活を送るか」

「っ……」


 兄の表情が紫色に変わる。

 汗も、襟にシミができるほど垂れ流されていて体の震えも激しくなった。

 ヘルムート様は「まあ、ここで見逃されれば当局管理になるよりも危険がつきまとうだろうが」と剣を鞘に戻す。

 どういう意味だろう、と見上げていると、僕の視線に気がついてヘルムート様が「血染めの黒騎士は金を支払わない依頼人からは、どんな手を使っても取り立てる」と教えてくれた。

 血染めの黒騎士――例の犯罪組織……ペストマスクの人。

 兄はあの組織と取引をした。

 その料金を支払うために、僕を……。

 けれど、僕を売ることができなければ料金を支払えない。

 兄はどうなるのだろう?

 どんな手を使っても取り立てる、って……。


「本末転倒だな。なぜカミルを私から奪えると思ったのか。この人はもう、貴殿の言いなりになるような人形ではない」

「う、ううう……な、なぜだ! なぜ! こいつはただ、子を産むしか能のない人形だぞ……! こんな役に立たないやつ……! ああ、冷酷無慈悲な無感情猟犬なんて呼ばれているが、やっぱりあんたも男ってことか……! 抱き人形としては優秀だろうしな! オメガの男なんて結局は体が男。気色が悪いと思ったが、なかなかの好きものってことか! それじゃあ、今まで世話をして来た我が家に金を支払ってもらいたいね!」


 ヘルムート様の手が僕の肩を抱く。

 そのまま抱き寄せられて、頭がヘルムート様の腰に当たる。

 兄に言われる言葉は、聞き慣れた言葉。

 でも、ヘルムート様のことまでこんなふうに罵るのはやめてほしい。

 それがなぜか今までで一番悲しいと感じた。

 自分でも知らないうちに涙が滲んでいたのだ。

 信じられない、涙なんて何年ぶりだろうか。

 もう涙が出るほど自分に感情なんてないものだと思っていた。

 それを察してなのか、ヘルムート様は抱き寄せてくださったのだろう。

 どうして優しくするのだろうか、この人は。

 どうして? 同情だけならこれ以上優しくしないでほしい。

 別に正妻を娶るのなら、これ以上感情なんて思い出させないでほしいのに――。


「どこまでも金か。すでにカミルは貴殿の家の籍からは抜けている。宙ぶらりんになっているカミルの籍は、私の家に入れる予定だ。貴殿の家はもう関係がない」

「ううっ……! か、金で救える命があるのですよ! このままでは母を売らなければならない! あなたは公安局員でありながら、わ、我々国民を見捨てるのか!?」

「貴殿の父君も保身に走る人物であったが、よもや自らの実母まで“売る”と言うとは。それは人身売買を行うという宣言だ。公安局員の私の目の前でそれを言ったらどうなるか、判断もつかなくなっているとは」

「あっ……」


 日常的に人身売買を行なっている人間からしか、出てこないような発言だ。

 兄は、父と同じく不正――人身売買をなんとも思わない犯罪者だった。

 僕をモルゾドール様の下へ売ることに抵抗がなかったのは、そういうこと。


「い、いや、そ、その……っ」

「もう諦めて自首しなさい。当局の監視下に置かれれば警備が護衛の役割も担う。自分自身を売ることになるよりは、生存の可能性は高まると思うが?」

「……っひ……」


 カチカチという歯の鳴る音。

 振り向くと兄が膝から崩れ落ちるところだった。

 犯罪組織から逃げ延びるために、兄は「じ、自首します。死にたくない……!」と公安局に出頭することを決めたようだ。

 僕の肩から手を離し、ヘルムート様が「彼を当局に護送してくる。あなたはゆっくりと休んでいてほしい」と僕に目線を合わせて告げる。

 僕は頷くことしかできない。


「我が家の警備も当局の者が担っている。前回のようなことにはならないので安心して眠ってくれ。今回は部下に任そてすぐに戻る」

「わかりました。お気をつけて……」


 ヘルムート様が兄を連れて部屋を出ていく。

 その様子を見て、なんだか急に体から力が抜けた。

 ああ、やっと終わったんだ。

 ディレザさんやジェーンさんやエレナさんも怪我をした、今回の件。

 僕も、そしておそらくヘルムート様も、僕自身があの邪教にとって価値がありすぎた。

 狙われているとは聞いていたけれど、まさか強襲までして奪いに来るとはヘルムート様も思わなかったのだ。

 でも、この騒動も今ので終わり。

 終息したのだ。

 あとのことはヘルムート様がすべてまとめてくださるだろう。


「はあ……」

「カミル様、ゆっくりとお休みください。お食事は後ほど消化によいものをお持ちいたしますね」

「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします……。では、あの……寝かせていただきます、ね」

「ええ、ごゆっくり」


 執事さんが頭を下げて出て行こうとする。

 それを呼び止めて、ずっと気になっていたことを聞く。


「あの、ディレザさんやジェーンさんやエレナさんは……」

「ディレザ、エレナは入院しております。たいした怪我ではないのですが、大事をとって多めに休むようヘルムート様が指示をしております。ジェーンは怪我もないのですが、最初に接敵したため事情聴取に協力しており数日は捜査協力でお休みかと。怖い思いをしておりますから、こちらも休みはしっかりとってもらう予定です」

「そうですか……」


 安堵した。

 仕事復帰は一ヶ月後。

 それまでに僕も体調を戻しておかなきゃ。

 元気な姿でまた、彼らにお会いしたい。



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