兄との再会
「ひ、ひさしぶりだな。元気だったか?」
「は、はい。まあ……」
き、気まずい。
ヘルムート様から「ベッドから無理に起き上がることは許さない」というちょっとよくわからないことをおっしゃられ、先程ヘルムート様が座っていた椅子に座った兄がしどろもどろに視線を彷徨わせながら切り出した。
反対側にはヘルムート様と、カウフマン家本宅の執事さんが佇んでいる。
だから余計に、兄は居心地が悪いのだろう。
しかし、僕としては兄の話がどうあれヘルムート様のところを離れるつもりがない。
もしも行く宛について聞かれたら、僕はここに残ると答える。
自分の指を絡めながら、口をもごもごさせてから意を決したように僕の顔を見た。
「それで、今後のことなのだが……体調が戻ってからでも構わないんで、うちに帰って来てはくれないか?」
「申し訳ありません。実はヘルムート様から家の管理をしてほしいと……えっと、その……」
言ってもいいのか。
困って見上げるとコクリと頷いてくれる。
言ってもいい、ということ。
なんだがそれが非常に嬉しくて、俯きながら熱い顔を隠すように「ヘルムート様と結婚を……」と答えた。
「は、はあ……!? 冷酷無慈悲な無感情猟犬と……!? い、いや! 困る! それは困るぞ! お前には帰って来てもらわないと……!」
「そ、そう言われましても」
「っ〜〜〜〜! な、なら、一日で構わないから家に帰って来てそのーーー、しょ、書類の整理を手伝ってくれ! 俺一人ではできない量だ! 頼む!」
「書類の整理、ですか……?」
そのくらいなら、と思ったがヘルムート様が「それは法務部に依頼して当局が手伝おう。今回の件と貴殿の父君の不正の件であらかた書類関係は押収している。他にも書類があるのなら、ぜひ拝見したい。なんならこのあとすぐに提出してもらえると助かる」と言い出す。
それに対して兄は顔を真っ青にした。
あれ、なんで兄はこんなに都合の悪いと言わんばかりの顔なのだろう?
「そ、それは……そ、その……っ」
ずっと居心地悪そうで、ものすごい汗。
なんだか様子がおかしい。
体調が悪いのだろうか?
「でも、その、一度でいいから家に帰って来てほしい。頼む。母も不安定で、二人きりだと居心地が悪くて」
「そうは言われましても、僕は母上とも大して交流をしてこなかったので僕が行っても変わらないような気がいたします」
「そ、そんなことはない。頼む! 一日でいい!」
「母上のお相手のため、ということですか?」
「そ、そう!」
なんだか必死だな。
少し奇妙に感じたが、ヘルムート様の方を振り返る。
母の相手をするくらいなら、いいだろうか?
「なぜそうもカミルを家に帰らせたい?」
「で、ですから……は、母の様子が……」
「先程と言っていることが違うな」
「り、理由は一つではないということでして」
「君の母君の心労を思えば、コーネン侯爵のところへ嫁いでいた妹君に任せた方がよいのではないか? コーネン侯爵が逮捕され、貴殿の妹君の話は先程から一切出ないな」
「そ、それは……」
「捜査中ではあるが、彼女の行方が今もわからない。奴隷商に売られた可能性が極めて高い。そのあたりはご存じか?」
「え……?」
姉が、奴隷商に……売られた……!?
コーネン侯爵のところに側室として嫁いだ、という話は聞いていた。
子爵家から側室とはいえ侯爵家に嫁げるなんてすごい玉の輿だ。
それもこれも家同士の繋がりを強くするための政略結婚。
よくある話だと思っていた。
でも、コーネン侯爵は邪教とも奴隷商とも強い繋がりを持っていた人。
姉は……あの無邪気な人は、コーネン侯爵のところに嫁いで――奴隷商に売られた?
「そ……それは……っ、俺には……わかりません」
「そうか。ところで、貴殿が犯罪組織『血染めの黒騎士』の首魁の一人に守られ、交渉を任せるほどの金を持っているとは思えない。コーネン侯爵ですら支払いをケチったような組織を相手に、どうやって支払ったのだろうか? その金の出所は? コーネン侯爵やアンバレザ教に搾取されていた貴殿の家に、それほどの蓄えがあったのか? 妹君を売った金か? それとも――カミルを“これから売って”作るつもりか?」
「……っ!」
「え……えっ……?」
鋭い眼光で兄を睨みつけるヘルムート様。
兄の顔が青から白に色を変える。
汗が増え、手をもぞもぞとさせて俯き、こちらを絶対に見ようとしない。
喉の奥が熱くなる。
僕にとって、姉はあの冷たい空気の実家の中で唯一のあたたかな人だった。
無邪気で、悪意のない。
あの人を、売った。
僕と同じように。
そして、僕を今度こそ奴隷商に売って金を作る?
僕の居場所を突き止めるため、アンバーズ家存続のための取引の時の、交渉料金を。
「そ、そ、そ、そ、そん、そんな、わ、わけ……っ、な、なにを、こ、根拠に……っ」
「貴殿の態度で丸わかりだ。オルディ・ナイトに交渉を預けたのは英断だな。だが、その分の“料金”をしっかり支払わなければどうなるか――」
「ッうううう……! そ、そうですよ!」
「っ!」
突然立ち上がった兄に腕を掴まれる。
でも、上半身を起こしているだけでベッドに座っている状態なので引っ張られても兄の思い通りには動けない。
それに腹を立てた兄が、懐から鞘に入ったナイフを取り出す。
即座にヘルムート様の剣が兄のナイフを壁に弾く。




