念願の再会
僕が目を覚ましたのはなんと四日後。
薬がなかなか抜けずにずっと発情していたらしい。
記憶にないけれど。
僕が飲まされたのは百人の女性の愛液を材料に作られた、呪いの媚薬。
一口飲めば解毒薬を飲まなければ永遠に性行為のことしか考えられなくなるらしい。
幸い僕もモルゾドーレ様も解毒薬を飲むことができたので、四日で意識を取り戻すことができた。
しかし、ヘルムート様が助けに来てくださらなければ、あのまま薬で自我を失ったモルゾドーレ様に侵され、魔物を孕まされていただろう。
目覚めてすぐに、ヘルムート様がカーテンを開けたところで目が合った気がする。
眼鏡をしていないから、かなりぼんやりとしているけれど。
「目が覚めたのか?」
「はい……」
「――――」
言葉が続かなかったので、違和感。
でも、張りつめていた空気がゆっくり解けていく感じがした。
心配してくださったのだろうか?
おもむろにベッド脇の椅子に座り、僕を見つけるまでの経緯を話し始めた。
上半身を起こそうと思ったけれど、寝ていていい、と片手で制される。
「――と、いう経緯であなたを見つけた。あなたが囚われていたのはこの離れの地下。コーネン侯爵が地下通路を伸ばし、我が家の地下と繋げて無断で仕掛けの実験部屋を使用していたのだ。現在当局によって我が家の離れの地下は徹底的に捜査が行われている。仕掛けなどの大半は無効化済み。灯台下暗しというか、仮にも自宅のことだというのに長く放置しすぎた私の責任だ」
「じゃあ、僕は移動していなかったんですか」
「ああ、馬車で貴族街を一周してコーネン侯爵邸に連れていかれ、我が家の地下の一室に監禁されたのだろう。我が家とコーネン侯爵邸の間にある庭師用の倉庫などからも地下へ下りる隠し通路が発見された。あなたが最初に閉じ込められていたのはそこではないだろうか」
そうか、なぜか『名探偵クロイドシリーズ』の仕掛けが使われた部屋だったけれど、ヘルムート様の邸の地下ならば納得もいく。
むしろどうしてその可能性に思い至らなかったのだろう。
あの部屋こそ名探偵クロイドシリーズで使われた仕掛けの実験場そのものだったのか。
なんだかそう考えると、そんな場所に実際に閉じ込められていて、廊下まででも出ることができたのはちょっと嬉しい。
そう呟くとヘルムート様には大層変な顔をされてしまった。
呆れというよりも、本当に「なにを言っているんだ?」というような疑問に満ちた表情。
これはファンにしかわからない心理かもしれない。
小説の中の場所にいたんだから、その小説を好きな人は嬉しいものなんですよ、と言っておく。
「理解はできないが、ともかくあなたには迷惑をかけてしまった。危険な目にも遭わせてしまい、お詫びのしようもない。どう償えばいいか」
「ヘルムート様、どうかそんなにお気になさらないでください。僕は行く当ても身寄りもない身。また助けてくださっただけ幸いです」
これは本心。
実家にも戻れない僕は、ここを出て一人で生きていくことを考えていた。
でもそれも難しい。
首に触れれば慣れてしまった奴隷呪の首輪。
これがある限り、僕の人生は他人に操作され支配される可能性に晒され続ける。
だからヘルムート様が、僕が人生の大半を注いできた『貴族の家を管理する勉強』を活かせるよう、契約結婚を申し出てくださったのは本当に嬉しい。
僕でも役立つことができると、言ってもらえたようで。
心がもやもやとしていたのは、きっとなにかの間違い。
なにも不満はない。……はずなのに。
「ヘルムート様、例のお客様がカミル様の様子をまたお聞きしたいとのことですが、いかがいたしますか?」
「ああ……。カミル、君の兄が会いに来ているが、会う気はあるか?」
「兄が?」
なぜ兄が僕に?
確かに先ほどヘルムート様が僕を捜し出した時に、兄から儀式が行われている場所を聞き出したとおっしゃってはいたけれど……。
「あなたの実家はコーネン侯爵に脅されて違法なことに協力させられていた。今回当局への協力により、無罪放免とは言わぬが家への影響はない。現当主の、あなたの父君は前回の不正の件があるので家督をロック・アンバーズに継がせるのが最良であろう。おそらく、正式な家督譲渡ではないので家を安定させるための人手として帰ってほしいのではないだろうか」
「えっと……」
確かに僕は兄のサポートを行うために勉強してきた。
その役割を果たせということなのだろう。
でも、僕は……許されるなら、ヘルムート様と――。
「本当ならあなた自身に決めてほしい」
「え?」
「実家のアンバーズ子爵家に帰るか、私の妻になるか」
あ――契約結婚の話、継続している。
それなら僕は、この人の妻になりたい。
仮初めでもいいから、本命になれなくてもいいから。
「だが、おそらく……」
「え?」
「いや、ロック・アンバーズの話を聞いて、あなた自身で決めるのがいい。呼んで来ても大丈夫か?」
「あ、は、はい」
しかし、兄と会うのは約二年ぶり。
正直実家にいた頃でさえまともに話した記憶もない。
声も思い出せないのに、なにを話せばいいのか。
「呼んできて構わない。だが、あくまでもカミルは病み上がりだということを伝えてくれ」
「かしこまりました。お連れいたします」
「私もこの部屋で聞いていて構わないか?」
「は、はい。もちろん」




