彼を取り戻すまで(3)
剣を突きつける。
こちらは十人以上。相手の男は一人。
(とはいえ地の利は敵にあり。この狭い地下の廊下では人数有利も活かせない。やつはそれを理解した上で、単身交渉に現れたのか)
だとしたらかなり神経が図太い。
そして自分の実力に相当の自信があるということ。
やるのなら一騎打ちか。
鋭く睨みつけるが、相手は肩を竦めるばかり。
「そこまで判断能力がない指揮官とは思いたくはないですね。俺がなにかした証拠もお持ちでないでしょう?」
「『血染めの黒騎士』の構成員はそれだけで捕縛対象だ」
「あ、この国はそうなんだ。ま、それはそれで。というか、俺の提案について――取引について、するかしないか」
剣は突きつけたまま、ペストマスクのガラスの奥の赤い目を見つめる。
余裕のある、濁り切ってなにも感情の窺えない目。
自分以上に人の死を見つめてきた目。
自分以上に人に裏切られ、裏切ってきた人間の目だ。
口元はさぞ愉しげに笑みを浮かべていることだろう。
取引についても、適正価格を支払ったのがロック・アンバーズだけだった。
だからロック・アンバーズ以外はこの男にとって“裏切っても仕方ない対象”なのだろう。
だってロック・アンバーズ以外は働きに対する支払いを渋った。
金を払っていなければ、払った分の仕事しかしない。
商売なのだからある意味、実に公平だ。
そんな男からの『取引』。
「ロック・アンバーズが提示した条件は『今まで通りの生活を送ること』だったな? 情状酌量を考慮しても加担していた以上、相応の罰を受けてもらうのは当然のこと。それを上回るために、我々、ひいては我が国に対し、ロック・アンバーズがなにをするというのだ?」
「消えたモルゾドール・フェグルと男性オメガ、カミルの居場所を教える。必要とあらば奪還に手を貸しますよ。そちらとしても捕らえていたモルゾドール・フェグルや保護していたオメガが誘拐された不手際を帳消しにできるでしょう?」
動揺したことを気取られないように、目を細める。
カミルの名前が出た時、剣を握る手に力がこもった。
押さえつけていた焦りが噴き出しそうになる。
「不手際、だと?」
「不手際。でしょう?」
それを押し殺すように聞き返す。
公安局執行部隊隊長として、ここで部下たちへ動揺を見せるわけにも私情を優先させるわけにもいかない。
少なくとも一度逮捕したフェグル元伯爵を誘拐された責任は公安局執行部隊にはないだろう。
同じ公安局内でも、現在のフェグル元伯爵の身柄の責任は検察に移行している。
カミルに関しても、保護をしているだけであり彼自身が望めば自由に出歩くことを制限することはできない。
ヘルムートとしても、ずっと“お願い”という形でしか引き留めていなかった。
カミル自身が長年、自分自身で考えることを押さえつけられ自意識が薄かったために言う通りにしてくれていただけの話。
「その二件については公安局の不手際ではない。取引の材料にはならないな」
「ふぅん」
肩を竦め、姿勢を崩す男。
緩く見えて先程よりも隙がなくなった。
「捜査協力――という形でならば、ロック・アンバーズの“功績”にはなるかもしれないが」
「なるほど。ではそういう形でなら情報を受け取ってくれるってことですかね?」
「本人が出頭し、当局に協力するのが前提だ。貴様では話にならない」
「ふむ。……では本人を呼んできましょう。俺としても危ない橋を渡りたくはないんでね。その代わり、逮捕はしないでくださいよ?」
「“出頭”し、“協力”ならばこちらが拒む理由はない。むしろ、歓迎する」
「わかりました。本人を連れてきます」
男がくるりと背を向けて、ヘルムートたちがやってきた方向に戻っていく。
部下の一人が小声で「あとを追わないのですか?」と進言してくるが、もしこのままロック・アンバーズが来ないのであれば逃走犯として指名手配をするだけだ。
そうなればあの男曰くロック・アンバーズが望む『平穏無事な、今までと同じ生活』は二度と送ることはできない。
国内で平民としてひっそり生きていくことすら難しくなり、国外のまったく異なる文化の中で平民として生きていくことになる。
使用人を雇って生活してきた貴族が平民として生きていくことなど、よほど図太くなければ心が折れるだろう。
対して自ら“出頭”して“捜査協力”をするのなら、世間からは『父の不正に気づき、当局にその不正を告発した正義の男』として映る。
だから最初から逃げずに、捜査協力していれば……と思わないでもない。
しかし、あまり待つこともできない。
名前を聞いたせいで、焦る気持ちが再び頭を擡げてきた。
「あ、あの……」
「ロック・アンバーズ……!」
予想に反して、ロック・アンバーズが廊下の隅の穴から顔を出す。
つまりロックはカウフマン邸地下のどこかに隠れていた、ということ。
その事実に、ヘルムートは顔を顰める。
危険だからと放置しすぎた。
コーネン侯爵家側が地下通路を伸ばし、一度事故で空けてしまった穴を再利用し、悪事に利用していたということだ。
さらに言えば、カウフマン邸の地下を調べようとした者も、やはりコーネン侯爵が捕らえて口封じをしていた可能性が高くなった。
(もっと早く本腰を入れて調べておくべきだった……!)
私情で部隊を動かし地下を調べることも難しく、今回のような建前がなければできないことではあったがまさか自宅の地下を無断で使用されているとは。
妻も持たず、邸の管理を怠っていたと言われればその通りだが。




