彼を取り戻すまで(2)
それから部隊を四つ――地下捜索班、コーネン侯爵家調査班、黒騎士とロック・アンバーズの捜索班、局でアンバーズ邸から押収した資料の解析を行う解析班と分けた。
地下捜索班はヘルムートが自ら指揮を執り、カウフマン邸の離れ――カミルが発見した地下への入り口から入り、コンパスで方角を確認しながら道を進む。
さすがにあらゆる推理小説の仕掛けを試した場所なだけあり、突然天井が押し寄せてきたり壁から槍が生えてきたり、床が抜けて落とし穴が現れたり、左右の壁が迫ってきたりと殺意が高すぎる。
あらかじめ覚悟や予想をしていたとはいえ、本当にそんな仕掛けが発動するのを見るとやはり動揺を隠せない。
「と、とんでもない場所がありますね……!」
「た、大変です! カウフマン少佐! コンパスが……磁場が狂い始めました!」
「嘘だろ……磁場までおかしいのか!?」
「落ち着け。マッピングは行なっているな?」
「は、はい」
「ならばそのまま進もう。来た道がなくなることはないだろう。さすがに。……多分」
我が家の地下、我が家の祖父、両親の仕業とはいえ部下たちには大変申し訳なく感じる。
まさかこれほどとは、さすがのヘルムートも予想していなかった。
人が行方不明になる、地下。
なんの備えもなく入れば確かに命はないだろう。
しかし――。
「今まで記録した方角を見ると、やはりコーネン侯爵邸の方に道が伸びているな」
「はい。進み続けると罠がなくなってきています。隠し扉などがあるのでしょうか?」
「壁は叩きながら進んでいるが、今のところ音がおかしな場所はないな」
「少佐、行き止まりです!」
「行き止まり?」
先行していた数人が戻ってくる。
彼らの言う通り、一本道を進むと行き止まりになっていた。
顔を見合わせ、改めて周辺の壁や天井を叩いたり、ランプを近づけて様子を見る。
「ヘルムート様、天井に取っ手のようなものが」
「誰か肩車してやれ」
「はい」
発見した局員を肩車で持ち上げ、天井の取っ手らしきものを引っ張る。
パカ、と開いた天井から、スルルルとハシゴが降りてきた。
「ハシゴ、ですね」
「行くぞ」
「ヘルムート様……!? 自分が先行します……!」
しかし他の誰かに先頭を譲ることなくヘルムートが自分でハシゴを上り、新たな廊下に立つ。
いきなり雰囲気が変わり、重厚感のある木の壁と床、赤い絨毯が敷かれ、絵画や壺やタンスなどが置かれている。
一番の違いは、壁上部にかけられた燭台だろうか。
(人の気配が濃い。燭台の蝋燭がちゃんと手入れされ、灯されている。使われている場所か)
わらわらとハシゴから上がってくる部下を集めて、改めて広い廊下を観察する。
部下たちも概ね同じ印象を受けたらしく、表情が険しくなっていた。
コーネン侯爵の敷地内に入ったと思われる。
マッピングしていた部下はいるものの、明確な距離まで調べられているわけではないので“可能性が極めて高い”としか言えない。
確信はないが、全員が同じようにそう思っている。
「進むぞ」
廊下を進むと部屋の扉がいくつか現れた。
各々慎重に各部屋の扉を開くが、談話室や遊戯室、倉庫や食糧庫のようだ。
掃除も行き届いており、これは間違いなく現役で使われている。
「侯爵家の地下に間違いなさそうですね」
「ああ。だが、アンバレザ教に関するものはなにも見つからんな」
「当然さぁ。君たちが探している子は、君たちが来た道のどこかの隠し部屋に連れて行かれたからね」
「何者だ!?」
ヘルムートが剣を抜く。
来た道の真ん中に、ペストマスクをつけた黒づくめの男が肩を透かして喉奥で笑っている。
何者だ、とヘルムートが低い声で問うと「名乗るほどの者では」と胸に手を当て、頭を下げる男。
立ち居振る舞いは非常に紳士的。
しかし、全員がその姿に『血染めの黒騎士』のメンバーだと確信していた。
空気は剣呑。
その空気に耐えられなくなったのか、最初からヘルムートたちと敵対するつもりがなかったのか、頭を上げた黒騎士はふざけたように小首を傾げる。
「我々はお金をケチられるのが一番嫌いなんですよね」
「そうらしいな。コーネン侯爵は支払いを渋ったか?」
「この国の公安局は優秀で、我々が提示した金額を支払えないと早々に言われました。その補填をしたのがアンバーズ家です。彼ら、あのオメガの青年を売り払って得た金まで我々に支払うようにアンバーズ家から取り上げたのですよ。さすがに可哀想でね。ロック・アンバーズは許してあげてください」
「金を受け取ったから、か」
「出所はアンバーズですからね」
コーネン侯爵はカミルをフェグル伯爵の下へ売った金――嫁がせて得た結納金を、『血染めの黒騎士』を雇う金の一部に出すよう命じた、ということらしい。
金に汚いという噂はよく聞いていたが、あまりにもせこい。
さすがの黒騎士側もあまりのせこさにアンバーズ家に同情した……というより、金の出所がアンバーズ家なので、依頼人をアンバーズ家と定めた様子。
ある意味、この犯罪組織もまともではないものの商売自体は誠実に、真っ当にやっている――と言っていいのか。
「今回の件が無事に収束したあと、ロック・アンバーズがどの程度関与したのかによる」
「では取引しませんか」
「なぜロック・アンバーズをそうも庇う?」
「シンプルに依頼人の希望を伝えているだけです。彼の希望は今まで通りの生活です。我々『血染めの黒騎士』は適性価格の金さえ払ってもらえればこういう交渉もしますよ」
「自分が捕まるとは思わないのか?」




