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オメガ男性のカミル(2)


「実は――」

 

 彼だからこそ、たった数分といえカミルと対峙して抱いた違和感を素直に報告できる。

 自分はオメガ男性を生まれて初めて見た。

 小柄で、美しい容姿。

 三ヶ月に一度発情期があり、その期間中で交わったアルファとの子を孕むと高確率でアルファが生まれてくる。

 女性のオメガよりも、男性のオメガの方が非常に希少で、アルファを産む確率も高い。

 それ故に王侯貴族はオメガ男性を見つけると必ず側室に迎える。

 側室の制度そのものが、オメガ男性を迎えるために整えられたと言っても過言ではない。

 オメガ男性を側室に迎えれば、必ず優秀なアルファが得られる。

 優秀なアルファが得られれば、家は間違いなく繁栄する。

 そのような理由から、オメガ男性は表舞台にはあまり出させられることはないが、なに不自由なく生活を約束させるもの。

 だが彼――カミルの境遇は普通ではない。

 発情期にならないよう体に負荷の強い薬を飲まされ、側室とは名ばかりで監禁状態。

 極めつけは奴隷呪の首輪。

 これはモルゾドールが行っていた反社会行為に通じるものがある。

 

「あの青年は……“商品”か」

「おそらく。側室として“買い取り”、側室として“監禁”して買い手を探していた、と見てまず間違いないかと。奴隷呪の首輪があれば逆らえないでしょうが、オメガ男性は奴隷のなかでも最高峰の価値があります。念には念を、ということでしょうね」

「だろうな。売り出すにも側室の立場がある故に、扱いが難しい。発情期を止めるほどの強い薬も奴隷呪の首輪を補助するものだろう。国内で無理だとしても、国外にも需要は高い。貴族籍がある以上難しいが、側室として囲っていれば生死も自在。オメガ男性はさぞ高く売れるだろう。……なるほどな。――コーイン、こちらだ」

「え? は、はい」

 

 ヘルムートについていくと、モルゾドール邸の離れの邸。

 先に離れを調査していた局員が数名、ヘルムートを迎えに来て書斎のカーペットを外した場所に人一人が通れる程度の階段が下へと続いている。

 

「地下――」

 

 階段を下ると先遣隊が階段ホールから広がる二本の廊下。

 左右に二つずつ部屋があり、人が集まっている右手の奥の部屋に迷いなく進む上司について、小走りで進む。

 部屋に近づくと観音開きの扉の奥から腐臭や強い鉄の匂いと汚物の匂いが入り混じって漂ってくる。

 あまりの悪臭に思わずハンカチを取り出して口許を覆う。

 

「これは……っ」

「なんらかの儀式の痕跡――いや、儀式に利用された死体の捨て場。おそらく、な」

「酷すぎる……」

 

 調べる局員たちも口許をハンカチで覆いながら、大きな穴から死体を取り出し、担架に乗せて運び出す。

 外には今頃、死体が行列になっているだろう。

 

「カウフマン大佐」

「エッゼ、なにかわかったか?」

 

 鑑定医、エッゼ・アッパーソンが眼鏡を持ち上げつつなにやら紙をヘルムートへ手渡す。

 ユーインには目を開けているのもつらい悪臭をものともしない二人は、淡々と状況の確認を進めていく。

 

「あとは死体についてだが……大きく気になる点は三つ。死体がすべて女性である点。そして、首に首輪をつけられていた痕跡がある点。股が裂け、腰骨が砕けている点。これは以前にも同じ症例を見たな」

「アンバレザ教か」

 

 ヘルムートが呟いた名前に、部屋の空気が一瞬ピリリとと固まった。

 剣呑な空気とともに、局員たちの目つきが変わる。

 アンバレザ教とは、隣国バレザルレード北国とこのヨアギャレット西国の国境で生まれた邪教。

 ヨアギャレット西国とバレザルレード北国はほんの二百年前まで奴隷制度があった。

 その奴隷制度が撤回される原因となったのが、その邪教である。

 長く運営された奴隷制度は奴隷の扱いを物以下に貶めた。

 いつしか消耗品として“消費”された奴隷たちの苦痛、悲哀、憎悪が魔界の門を作り出しす。

 それは本当に偶然が重なり、起きた不幸な奇跡。

 魔界から現れた魔物一体により、両国は戦争でも経験したことのない犠牲者を出した。

 その損害を埋めるために奴隷制度は撤回され、そのあまりの力に心酔した一部の人間はアンバレザ教を立ち上げ魔界と魔物を崇拝、研究するようになった。

 北西は奴隷制度が撤回され二百年経つというのに、東南は未だに奴隷制度が残っているせいか、奴隷商はこの国にも表れて暗躍し、こうして時折厄介な事件を引き起こす。

 そしてなにがもっとも厄介かといわれると――アンバレザ教関係の事件は必ずすっきりとは終わらない。

 多くの犠牲者が出るのに主犯が逃げおおせたり、公安局員にも犠牲者が出たりするのだ。

 全員がその名前に忌避感を覚えるのも無理はないこと。

 

「だが女の下半身を使った儀式は何種類かある。三百三十三人の女の下半身を捧げるメデュ――サの『石化の呪い』の顕現。百人の女の愛液で作る『篭絡の媚薬』。六百六十六人の女を捧げる『魔王の花嫁の儀』。女、子どもの骨や内臓、指や目玉を使った『コトリバコ』。妊婦の胎盤を砕いて作る『悪魔下ろしの呪薬』。……死人が多いところを見ると、呪いの類かもしれん。首輪の跡が残っているところを見るに、これらの女たちは奴隷だったんだろう」

「人種は?」

「それは今から調べにゃわからんが、少数民族のロダ族やマディー族は見当たらん。この国の女が多い可能性が高い。大半は奴隷の子だろうな。足の裏や背中に焼印がある。だが、焼印がないのは行方不明届けが出されているかもしれん。そのへんは地道に照会していく」

「任せる」

 

 はあ、と深く溜息を吐く。

 だがそのせいで悪臭が口から入りそうになって、慌ててハンカチの隙間を手で塞ぐ

 

「今日はもう帰る。カミルといったか。あのオメガ男性にもう少し話を聞く必要がありそうだからな」

「は、はい」



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