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オメガ男性のカミル(1)


「お部屋はどちらですか?」

「あ、二回の北の部屋です」

「北!? ……えっと……そ、そうなのですか……」

 

 北は陽が当たらないので、屋敷の中では一番寒い。

 第一夫人……正妻には南の日当たりの良い部屋を与えており、愛人はその隣の部屋。

 僕が与えられたのは寝室ではなく使用人用の部屋の一つ。

 実家の倉庫よりも広い部屋を与えてもらい、本当に旦那様は懐が広いのだなぁ、と感心したけれど、あの部屋に私兵が入れ替わり立ち替わり二人以上が必ず監視のために立っていればどうにも手狭に感じてしまう。

 その部屋に戻り、クローゼットから着まわしている肌着やシャツ、カットソーやらズボン、靴下などを適当に畳み、入れるカバンがないことに気がついてシャツに包んで胸に抱く。

 正妻のように贈り物をいただくこともないので、ほんの数枚。

 

「終わりました」

「え!? ええと……肌着やシャツなどが三枚程度に見えたのですが……? その、他には? 懐中時計やインクや便箋や、帽子や靴や本とか……」

「そのようなものは持っておりません。靴もこれ一つです。本は好きなのですが、私物の本は一冊もございませんし……」

「………………」

 

 口を開けたまま固まるユーイン様。

 そんな顔をされると思わず、首を傾げる。

 

「どうかされましたか?」

「い、いえ。ええと……確かあなたはオメガ男性で……一応ご実家も貴族、ですよね?」

「はい。そうですが?」

「その、失礼ながら……いささか私物の数が、貧相と申しますから……少なすぎるように思うのですが」

「節制するように実家からも旦那様からも命じられておりました。僕は生かされているだけで実家の両親にも旦那様にも感謝しております」

 

 そう言って微笑むと非常に変な表情をされた。

 やはり僕の育った環境は異様なのだろう。

 正妻や愛人に毎日のように与えられる宝石のようなお菓子や、豪勢な食事、大きな宝石のついた装飾品や最先端の流行りのドレス。

 それらを横目に、僕に与えられるものは特になく、パンと具の少ないスープ、サラダがあるのみ。

 監視だけは厳しく、不貞などせぬよう三ヶ月に一度あるはずの発情期は薬で止められて。

 ――そうだ、薬。

 

「あの、一つお伺いしたいのですが」

「え? 自分に、ですか? 自分に答えられることでしたらお答えいたしますが……なんでしょうか?」

「両親からも旦那様からも、『はしたないので発情期を抑える薬を飲むように』と命じられておりました。その薬がどこにあるのか僕は知らなくて。その……どうしたらいいでしょうか?

「発情期を、抑える薬……!?」

 

 またもものすごく驚いた表情をされた。

 首を傾げると、後退りまでされる。

 どうして?

 

「僕の言っていることはなにかおかしいのでしょうか?」

「ふっ……普通、発情期を和らげる薬は飲んでも発情期そのものを止めるような薬は飲みません。オメガの役割は子を産み育てることです。むしろフェグル伯爵はなぜ、わざわざオメガのあなたを側室にしておきながら発情期を止めるようなことをするのですか!?」

「男の体など抱けたものではないとおっしゃっておりました。機を見て僕などとは離縁し、男のオメガがほしい高位貴族に売るのだと。その時に処女の方が価値が高いと」

「な……なっ……」

 

 言われたことをそのまま伝えただけなのに、またアータートン様に口をパクパクされる。

 首を傾げる。

 いったいなにをそんなに動揺しておられるのだろうか。

 

「まさか、それで奴隷呪の首輪を……? 監視があったのも、あなたを“商品”としていたということでは……」

「はい? なんでしょうか? 申し訳ありません、聞き取れませんでした。失礼ですがもう一度おっしゃっていただいても……?」

「い、いや。こちらの話です。自分の方からヘルムート様に報告した方がよいことですので」

「はあ……?」

 

 そうなのですね、とひとまず納得することにした。

 彼らの仕事のことは、僕にはなに一つ分からないのだから――。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

「ヘルムート様、カミルというオメガ男性を馬車に乗せてお屋敷の方に向かわせました」

「ああ」

 

 実にシンプルな短い返事。

 冷たい印象を受ける銀の髪と威圧感を感じる強面の顔立ちと、二メートル近い高身長と左目に大きな眼帯。

 黒い軍服に冷淡な低い声。

 誰が言い出したか、『冷徹無慈悲な無感情猟犬』などと呼び名をつけられるほど、淡々と任務をこなす。

 それが悪いとは思わないし、周りの人間が躊躇するようなことも淡々としてくれる、大変に素晴らしい人だ。

 コーイン・アータートンは純粋に彼を尊敬の眼差しで見ている。

 だからこそ、情感でもあるヘルムートの屋敷で一時的とはいえ保護するあの青年のことが非常に気になった。


「なにか気がかりなことでも?」

「あ、は、はい」


 まだなにも言っていないのに、コーインの様子から察して聞き返してくれた。

 気も使える、本当に素晴らしい上司だ。



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