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大捕物


 目の前で広がる大捕り物を、他人事のように眺めながら紅茶を啜る。

 僕の名前はカミル・フェグル。

 フェグル伯爵家に嫁いで一年。

 ほぼ監禁状態だったし、今も後ろに旦那様が雇った私兵が目の前で繰り広げられる公安局の家宅捜査に震えている。

 正妻のマルシア様と愛人のメイドたちが甲高い声で公安局員たちへ罵詈雑言を投げているが、すぐ別の局員が彼女たちを後ろ手に拘束して部屋から連れ出して行った。

 一際背の高い左目に眼帯をした男性が、黒い軍服のコートを翻して部屋の部屋の中を見て周り、ソファーでぼーっとその光景を眺める僕の横に来て立ち止まる。

 

「君は」

「カミル・フェグルと申します。一応、第二夫人……です」

「ああ、君が。申し訳ないが、その婚姻は本日付で解消となる。フェグル伯爵は貴族籍を剥奪となっているので、正妻以外の伴侶を持つことは許されない。実家に帰ることは?」

「無理……ですね……。そうですか、困りましたね。どうしましょう」

 

 かちゃり、とソーサーにティーカップを置く。

 困ったのは本当だ。

 僕の実家は僕がオメガとわかった途端に父と取引のあるこのフェグル伯爵家に嫁がされた。

 男のオメガはアルファを産みやすいらしく、貴族にとても重宝されるから。

 ただ、やはり見目の派手さは女性に劣るし、旦那様は無類の女性好きで有名な方。

 僕のことは勲章やトロフィーのような装飾品としての価値しかないらしく、わざわざ首輪をつけられて私兵に監視される生活を送っていた。

 実家では跡取りの予備にもならず、女性のように男を慰め愉しませる豊満さもないと物置に放り込まれて古書の整理をさせられる日々。

 一年前に突然「男でもオメガは珍しいから貰ってやってもいい、とおっしゃってくださる懐の広いお方が見つかった」とここに輿入れさせられた。

 しかしその後はこれだ。四六時中私兵による監視。

 誰からも放っておかれる生活から、トイレや風呂、就寝中も一人になる時間のない居心地の悪さ。

 気の抜けない生活で精神的に疲れ果ていて、自分が今からどうなるのか、どうするべきなのかなにも考えられない。

 実家にも帰れないし、このお茶を飲み終わったら僕はどうしたらいいのだろう?

 

「行く当てがないのであれば、身の振り方が決まるまで私の屋敷の離れを使えばいい。その代わり、フェグル伯爵のことで協力を求めた場合は応じてもらう」

「いいのですか? 助かります」

 

 泊めてくれるらしい。

 いい人だなあ、と立ち上がって頭を下げると、眉を寄せて見下ろされた。

 ……なにか失礼な物言いをしてしまっただろうか?

 言葉使いだけは、失礼にならにならないようにかなり矯正されたのだけれど。

 あ、もしかしてこういう場合は笑顔でお礼を言った方がよかったのだろうか?

 男の貧相な体では抱く気も起きないのだから、せめて愛想はよくしろと旦那様に言われたことがあったっけ。

 

「ありがとうございます。至らぬ身ですが、早く一人で生活ができるよう頑張りますのでしばらくお世話になります」

 

 愛想よく。愛想よく。

 上手くできている自信はないが笑顔を作ってお辞儀をした。

 眼帯の軍人さんの表情は相変わらず険しく、しばらくじっと見下ろされて観察された。

 

「その首輪は」

「え? ああ、結婚してすぐに旦那様に着けられました。片時も外さぬようにを命じられておりまして」

「いや、それは外そうにも外せぬだろう。それは奴隷呪の首輪だ」

「奴隷……?」

 

 旦那様に命じられて着けていたこの首輪は、奴隷呪(どれいじゅ)の首輪というらしい。

 なんだか物騒な名前だなぁ、と首輪の縁をなぞっていると、深々とした溜息が聞こえてきた。

 眼帯の軍人さんを見上げると「オメガか?」と問われる。

 

「はい。そうです。だからこれでも第二夫人という立場でした」

「なるほど。では、取り調べが終われば実家に戻って次の嫁ぎ先を探した方がいいのではないか? 男のオメガはアルファの男児を産みやすいと聞く。良縁を選び放題だろう」

「そうらしいですね。でも、実家は本当に無理だと思います。男のオメガは第二夫人にしかできないから、出戻りは許さないをも言われていますし」

「そうか……。どのみちその首輪をつけているうちは難しいか。まずはその首輪を外すところからだろうな」

 

 そういうものなのか。

 首を傾げつつ、「荷物を取ってこい」と言われて首を傾げた。

 荷物、とは?

 

「着替えや私物などだ。この屋敷にはもう戻ってこれないのだから、忘れ物などないよう確認してくるように。ユーイン、つき添ってやれ」

「了解いたしました」

「あ、あのう」

「なんだ?」

 

 僕を常に監視していた私兵たちも、軍人さんたちに連行されていく。

 部屋に残っていたこの家に住む者は僕だけになってしまった。

 僕も部屋に戻り、荷物をまとめなければならない。

 でも、その前にこれからお世話になる人の名前を聞いておきたかった。

 

「まだお名前をお伺いしていなかったので」

「そうだったか。私はヘルムート・カウフマン。公安局治安局第一課長を務めている」

「ヘルムート様ですね。よろしくお願いいたします」

 

 役職まで教えてくれた眼帯の軍人さんに頭を下げる。

 詳しくないが、公安局は確か軍の部門? の一つ、だったはず。

 それに、ヘルムート・カウフマン様という名前は聞き覚えがあった。

 旦那様が時折機嫌が悪い時に『冷徹無慈悲な無感情猟犬』と罵っていた人だった気がする。

 この人がそうなのだろうか?

 丁寧で親切な人のような気がするけれど。




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