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古代人の遺跡

アザリアはダベルネに行くために、戦場となっている国を避け、山岳地帯を越える山道に入った。

誰もが戦場を避けて山道を選択しているのだろう、ところどころ野営地があるらしく、山に入る旅人は多くいた。

アザリアはなるべく人目につかないように途中から山道を外れて獣道を進んだ。

自分を狙う賞金首の存在に気を張っていた。

罠が何処にあるか分からない。

商人に眠り薬を売らせようとした賞金首もどこかにいるはずだ。

まったく。

どんな手を使っても黒竜を倒すと決めているアザリアも、自分の敵がどんな手を使ってくるか分からないのは嫌だった。

こんなところで命を落とすわけにはいかない。

黒竜がいるというバアル・ゼポンまで行かなくては。


冬じゃなくてよかった。

野宿が苦痛ではない季節だ。山の中には植物の実も豊富にある。

小動物も多い。

携行食が無くてもそれほど困ったことにはならないだろう。

涙枯の森よりも肉食の獣が少ないのか、苦労なく山登りができた。

木の上で、夜を過ごし、夜明けの光に木の上から周囲を一望し、ふと目を止める。

離れた岩場の上で何かが朝日に反射して光っていた。

剣?

誰かの墓だろうか。

妙に気になってアザリアは、木を下りると岩場まで登ってみることにした。

木の蔦を使って岩場を登るのは子どもの頃から慣れている。

しかし、途中からその岩場が人工の物だということに気が付いた。

足を運びやすいように岩が組まれている。

こんな山奥に?

登り切って光の正体を見つけた。

剣ではなく、尖った水晶の塊だった。

紫がかった結晶の下に金の台座がついていた。

台座に描かれた文様を見ようとかがみこんでみるが、苔が邪魔をするし、光の加減でよくみえない。

鳥の羽だろうか?

「それは、古代人の墓です」

頭上から声がした。

慌てて、アザリアは頭を上げて声の主を振り返った。

人の気配などしなかったのに、農奴の服に似た亜麻衣を着た若者が近くに立っていた。

「驚かしてすみません。でも、墓参りをする人が珍しくて、どんな人か気になったんです」

若者はまだ10歳くらいの少年に見えた。

「墓参り?これが墓ということも知らなかった。ただ、朝日に輝くものの正体が知りたくて登ってみた」

「水晶が光りましたか?呼ばれたのかもしれませんね。だって、朝日は当たりませんよ」

よく見ると紫色の結晶には日の光は当たっていなかった。

何故、光ったのだろう?

反射の反射?

「呼ばれるような縁はない」

アザリアは水晶を見つめた。金の台座の文様も結局よくわからない。

「縁があるかどうかなんて誰にも分らないですよ。だって、ここは古代人の遺跡ですから」

「古代人の遺跡?古いものなのか?それにしては、綺麗に管理されているように見える」

苔はそれほど多くはないし、岩場も人が使っているのが分かる。

「ここは、古代人の最後の決戦場だったそうです。あ、長が詳しく知っています」

少年はそう言ってアザリアが登ってきた方向とは違う場所を振り返った。

葉擦れの音と共に灰色の髪と髭を生やした年配の男が姿を現した。

外見からは老ハギオイと同じ年齢くらいに見えた。少年よりも手の込んだ織物を着ていることから“長”と呼ばれる人物なのだろう。

「<救いの墓>で何を騒いでいる?」

低く落ち着いた声が発せられると同時に少年は頭を下げた。

アザリアは、少年の主人らしい男が、この場所に詳しいということで問いかけた。

「ここは、<救いの墓>というのか?古代人の遺跡だと彼から聞いたところだが」

「旅人か。ここは古代人の遺跡で、<救いの墓>だ。荒らす目的なら懲らしめねばならん」

「違うよ!この人は呼ばれたんだ。水晶が光ったって!」

少年は慌てて、アザリアを庇うように手を広げた。

庇ってもらうようなことは何もないし、墓を荒らすつもりもない。

「光が反射したので気になって登ってきただけだ。すぐに降りる。この文様は鳥の羽か?」

アザリアは立ち上がって金の台座を示した。

年輩の男は目を細めてアザリアを観察すると、無言で水晶に歩み寄り、かがむと台座の部分を指でなぞった。

「鳥と猫の文様は、覇王の軍を示している。これは、覇王の軍勢にいた覇者たちの墓の証だ」

「覇王の軍勢?覇者の園に眠っているのではないのか?」

伝説では覇者は覇王と共に覇者の園に眠っているはず。

そもそも古代人というのが初耳だ。

覇王の時代の事を古代というのだろうか。

古代人などという存在についてトレス達からも、テーマーンでも聞いたことがない。

覇王は伝説で、伝説だが、トレスが覇王門に挑んでいるから現実ということは知っている。

それは古代なのだろうか。


男はアザリアの反応に声を上げて笑い出した。

「なんにも知らんのか。古代人を忘れた者は強くなれんぞ」

そういいながらもまだ笑い続けた。

古代人。

いくら考えても、そんな人種は知らない。

アルノン渓谷での暮らしの中でさえトレス以外からは覇王の話もあまり聞かなかった。

旅の間もアザリア自身に興味がなかったからか耳に入ってこなかった。


「覇王門とは関係ないのか?」

アザリアの戸惑いに、少年まで呆れるように首を振って肩をすくませた。

少年は、長があまりに笑っているので、アザリアに知っていることを教えることにした。

「古代人というのはまだ国というものが無かった頃の世界に生きていた人たちの事です。覇王はその中に生まれて、世界を統一するために戦った。その時、最大の敵となったのが古代人の敵、魔王です。魔王と魔王の眷属は、古代人を滅ぼそうとしていました。覇王と魔王の最後の戦場となったのがここセモール山脈なんです」

「セモール山脈?北の山岳地帯としか地図には載っていない。ここはセモール山脈というのか?」

地図に山脈の名前はなかった。

「ここは太古の昔からセモール山脈です。ただ、テモテの人々は北の山岳地帯と言い、バアル・ゼポンの人々は南側の尾根と言います。セモールは伝説が眠る墓場を指すので、畏れ多いらしく、どの国も地図には記さないようです」

どういうこと?

セモール山脈に墓場ができたから、その名を口にすると縁起が悪いとでもいうのだろうか?

旅人たちはこの山岳地帯を平気で旅しているというのに?


眉をしかめてしまうアザリアに長はニヤニヤしながら解説した。

「覇王と魔王の戦場は聖戦の地でもある。語り部たちは、千年の昔からその戦いを語り継いできた。人間を魔物から守り抜いた覇王と覇者たちを称えている。魔物は魔王の死とともに霧散したが、覇者の骸は大地に還る。<覇者の園>が生まれる前の話だ。聖戦で命を落とした覇者たちに感謝してこの地に骸を埋めて墓を作った。この山脈は墓場となった。古代人全てを救った者たちの墓場。だから<救いの墓>と呼ばれている」

遥か千年の昔、覇王は魔王と戦った。その決戦の地がここ。

水晶の下に眠っているのは千年前に戦って死んだ覇者たち。

覇者の園の生まれる前に命を落とした者達。

「覇者と呼ばれる者達は沢山いたのか?」

千年も前のことだ。覇者というのはどういう身分の者たちなのだろう?

アザリアの疑問に正確に答えられるものなどいない。それこそ覇者の園に聞きに行く方がいい。

「この地で聖戦に参加した古代人は全て覇者として葬られている。我々が今生きているのは彼らが魔物と戦って勝利したからだ。十分に覇者と呼ぶにふさわしいとは思わないか?」

「なるほど。そして、当時の人間は古代人というわけか」


「古代人という単語も聞いたことがないのか?」

「初めて耳にした。セモール山脈が墓場ということももちろん初めて知った」

「地図には載らない山脈だから知らなくて当然だな。ここはどの国にも支配を許さなかった。この地を荒らすと魔物が復活するという言い伝えもあり、敬意と畏れがこの地を聖地として守ってきた。名前を口にするのも畏れ多いと語り部が伝えないから今では名前を知るものも少なくなった」


「わけがわからない。伝説だろうと名前があった方が便利だ」

「セモール山脈は<覇王門>と同じくらいに伝説だ。あんたは運がいい。覇王門に出会える人間が少ないのと同じくらいこの墓を拝める人間は少ない」

山道から外れているとはいえ、そこまで山奥ではない。岩場を登るもの好きはいるはずだ。

運がいいと言われるほどだろうか?

トレスは覇王門を見つけた。それは予言めいた会話を盗み聞きしたためだ。

アザリアがここに来たのは単なる偶然だ。山道から離れてはいるが、来るものも少なくはないはずだ。


貴重な墓に出会ったという自覚がないアザリアに対し、男はさらに話をつづけた。

「我々は土師だ。私は土師長で、このセモールの古代人の墓を守っている。語り部同様、聖戦から代々受け継がれてきている。今の人間たちは魔王の事を知らない。魔物を見たこともない。魔法の事も全く分かっていない」

そんなことはない。

アザリアは呆れるように首を振った。

「山にこもり過ぎでは?魔法使いはいるし、魔物のような黒い鳥も見かけた」

「黒い鳥?」

「北の宴に誘われた」

つい揶揄い半分でアザリアは涙枯の森の近くの廃墟で出会った鳥の話をした。

歌う鳥。

馬鹿馬鹿しいと笑われるだろうと思ったのに、土師長という男は驚愕していた。

「北の宴、そう言ったのか?」

「ああ、楽しいそうだ」

「それは、魔王の誕生のことだ」

アザリアは一瞬何を言われたのか分からなかった。

魔王の誕生?

誕生会ということ?

そんなものに招かれた?

「魔眼だからか?魔物にも魔王にも知人はいない」


そういえば、ハギオイは「魔物は見慣れている」と言っていた。

ふと、そんなことを思い出した。


戸惑うアザリアをよそに、

土師長は右手を天に翳してから胸に当て、祈るような仕草をした。

「バアル・ゼポンの兵収集は魔王の誕生を祝う宴の準備ということか。また、戦いが始まる」

「戦いって?聖戦ですか?」

少年が長に問いかけると長は頷いて北を見つめた。

「千年前は、国もなく、人々は生きることに必死だった時代だ。今は国という集団組織が生まれ、秩序ができたが、その分、壁が生まれた。歴史を振り返ってみるといい。聖戦の後、人々は各地で国造りをして、国盗り合戦を始めた。魔物はいなくなったのに人間同士で争い続けた。争いが魔王の復活の下地になったのだろう。…覇王は何故、この世ではなくあの世に<覇者の園>を作ったのか不思議に思っていたが、覇王はこの世が平和にならないことを知っていたのだろうな。だから、争いのない園で眠りについたのだろう」

魔物もいなくなった。

魔物を知らない世代が多くなり、魔法も変わった。

千年.

人は平和を求めたはずだった。

それなのに、人間同士で争い、戦争を続けることで再び魔王を呼ぶことになるとは。


「今度は誰が魔王を倒すのですか?」

土師は墓守だ。戦うのは自分ではない。少年はそう考えていた。人には役割がある。

土師長は北の空を見つめてから四方を見渡した。

「北の宴…バアル・ゼポンが魔王を目覚めさせようとしているのなら、対抗できるのはテモテくらいだろう。しかし、テモテに魔王に対抗できるような魔導士や覇者はいないだろうな」

支配欲のある者は魔王には勝てないだろう。

「覇王は眠っているんでしょう?誰かが起こせば助けにきてくれるのではないですか?」

「覇王門を通って起こしに行く者がいるかもしれないが、どうかな?」

二人の会話にアザリアは顔をしかめてしまう。

覇王門を通ることができるのは強い者のみらしい。トレスでさえ第3の門までだったのだ。

簡単に起こすことなどできないのでは?

魔王?

それはどういう存在なのだろう?

覇王と覇者たちが勝たなければ古代人は滅びていたというのだから…

「世界が亡びるということ?」

思わずアザリアは土師長に問いかけていた。


「魔王は古代人に負けた。もし、復活したというのなら人を憎んでいるだろうから、滅ぼそうとするだろう。もともと魔物にとって人間は餌だった。今のように魔物を知らない時代に目覚めたら誰も対処できないだろう」

「魔物のことくらい知っています!」

少年が叫ぶと、長は首を振った。

「魔物が実在したものだと知っているのはテモテまでだな。それよりも南へ行くと伝説の生き物として語り継がれているだけで実在したとは思われていない。魔法もテモテでは教育があるが、それ以南では魔法使いは読み書きを教える教師か、薬草官だと思っている人が多い」

確かに子どもの頃のアザリアにとって魔法使いは夢物語に出てくるだけの存在だった。魔物は子供を怖がらせるために大人が考えたお伽噺だった。

テーマーンの魔法使いが魔法を使ったところも知らないし、ハギオイの杖が魔法を媒介するところも見たことがない。

そもそも、ハギオイに出会わなかったら魔法文字など絶対に読めなかったし、魔法使いと口を利くこともなかった。


「あんたは、北へ行くのか」

魔物に誘われたという女剣士(アザリア)に土師長は探るような視線を向けた。

「北に仇がいるから、行くだけだ。魔王は関係ない」

「世界が魔王とその眷属に襲われるというときに仇討ち?」

呆れた話だ。

しかし、アザリアはあっさりと断言した。

「世界がどうなろうと関係ない。仇が死ぬなら魔王も大歓迎だ」

「あんたももれなく死ぬぞ」

「仇が死ぬなら本望だ」

意味が分からない。

少年も目を瞬いている。

仇討ちに全力すぎではないだろうか?


「仇はそれほどの価値がある存在なのか?」

男の言葉はアザリアの逆鱗に触れた。

アザリアは迷うことなく剣を放ち男に突き付けていた。

「仇を討つこと以外に生きている理由などない」

よく首を跳ねなかったと自分でも思う。

価値と言われ、何故か苛立ちを抑えきれなかった。


少年は恐怖で尻餅をついていたが、土師長は微動だにせず、真っすぐにアザリアを見つめていた。

「世界を引き換えにしても討ちたい仇か。迷惑な話だな」

「何?」

「俺達にはあんたの人生など関係ない。あんたの仇討ちに俺達を巻き込まないでくれ」

「巻き込むつもりなど無い。魔王も魔物も関係ない。ただ仇を討つのみだ」

アザリアは苛立ちを抑えるように剣を収めて、二人に背を向けて岩場を下りた。

「おい!あんたのその紅い眼がこの水晶の光を捉えたなら、あんたは魔物じゃない。その眼は<最古の魔>だ」

最古の魔?

何のことだ?

アザリアは、その声を無視して山の中へ消えていった。


少年はアザリアの去った方を見つめながら土師長に問いかけた。

「最古の魔って魔法使いの祖の事ですか?」

「言い伝えによると魔法使いの祖は覇王の従者の一人で魔王との戦いで大地を動かしてサモール山脈を作ったってことだ。その眼は魔物のそれよりも鮮やかな紅色をしていたらしい」

少年は去ってしまったアザリアの紅い眼を思い浮かべた。

「あの人、仇を討つために魔物になってしまうかもしれません」

「恨みは魔を呼ぶというからな。宴に招かれるくらい魔に近づいているのだろう」

「ほっといていいのでしょうか」

「俺たちは土師だ。墓を守る。墓を築く者だ。あの女剣士が死んだら墓を作るだけだ」

「あれ?日ごろは覇者のための墓しか作らないって言っていませんでした?」

「<最古の魔>の血筋なら古代人の墓造りを倣う価値がある」

土師長はそう言って腕を組んだ。


本当に最古の魔なのだろうか。それは、魔法使いの祖を意味する。

今の女性は、剣士で魔法使いじゃなかった。

少年は納得できないものの、金の台座を振り返った。

鳥と猫の台座だというのに、龍の文様が一瞬浮かび上がって消えた気がした。

紅い眼。

本当かどうかは知らないが、魔法使いの祖は紅い眼だったという言い伝えがある。

だから、魔法使いは紅い眼が好きなのだという。



アザリアは山道に出ると、近くにある野営地の水場で顔を洗った。

覇王が何だというんだ。

魔王?魔物?

そんなものが本当に人を襲うのだろうか。

北の宴が、魔王の誕生会?

料理とお菓子を山盛りにして祝うのか?

可笑しくて笑う以外ない。

出来損ないのお伽噺だ。


古代人も世界もどうでもいい。


世界が亡びる時に仇討ちをすることの意味?

意味など、そもそもない。

殺された者は生き返らない。

そんなことは分かっている。

それでも、仇を討つ。

そう思わなければここまで生きてこられなかっただろう。


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