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北へ

アザリアは、5つの領都を経由してようやく王都の前までやってきた。

目の前には石造りの壁が聳え立ち、来るものを威圧していた。

その中へ入るには検問を通る必要がある。

検問所で許可札を得た者しか城門はくぐれない。


アザリアは、検問所でまさか拒絶されるとは思わなかった。

「賞金稼ぎの魔眼のアザリア。本人に間違いないか?」

そう問われ、何の疑問もなく頷いたところ、にこやかに拒絶された。

「お前は王都に入ることはできない。悪いが王都を迂回してくれ」

検問官は賞金窓口の担当者と同じくらい愛想がいい。

しかし、中へは入れてくれそうもなかった。

「どうして入ることができない?領都はどこも入ることができた」

「お前さんは、ホフニの首を取っただろう?ホフニは悪評の高い男だった。そいつを女が倒した。今や注目の的だ。魔眼のアザリアの賞金が逆に上がった。金貨20枚。生け捕りなら金貨100枚だそうだ」

ホフニ?

どの賞金首の事かはわからないが、黒竜の賞金に少しだけ近づいたのは気分が良かった。

気分は良くても笑みを見せないのがアザリアだ。

「つまり、王都で騒動が起きるかもしれないから入都は駄目だということか」

賞金稼ぎを狙う下郎が暴れて無用なトラブルが起きるのは御免被る。なるほど。納得な理由だ。

「悪いな。何か特別な用事があるのか?人に会うとか?」

検問官はごねたりしないアザリアに好意的だった。

アザリアは無表情を保ったまま要件を告げた。

「傭兵の噂に詳しい人物を探している。領都で、王都にはそういう人物がいるかもしれないと聞いた」

「なるほど。まぁいるかもしれないが、本当に傭兵の事を知りたいならこのテモテじゃないな。北のバアル・ゼポン国に行くべきだ」

「バアル・ゼポン?地図の北に広がる古い国のこと?」

「そう、そこ。ここ数年、周辺諸国に戦争を仕掛けている。傭兵も多く雇っているし、兵士を常に募集している。治安は最悪だが、嫌でも傭兵に会える」

北の戦の噂はこの旅の間に何度も耳にした。

確かに治安のいいテモテの王都よりは黒竜の手掛かりがありそうだ。

頷くアザリアに検問官は忠告した。

「北の国々は魔法の類に力を入れているという噂がある。剣に自信があっても安全とは言えない。魔法対策の品をダベルネ国で手に入れてから北に入ることを勧めるよ」

「ダベルネ国?」

「小さい国だが、優良な対魔法グッズを生産している」

「良い情報をありがとう」

アザリアは親切な検問官にチップをはずんで検問所を後にした。

北…黒い鳥を思い出した。

北の宴。

その意味は何だろうか。


アザリアは道の端で地図を開くとダベルネを探す。それは米粒のような小さな国だった。

その国は北の大国バアル・ゼポンの最南領都に接していた。

正確には大河を一本挟んでいる。

この大河が無ければ小国ダベルネは存続できなかったかもしれない。


テモテの王都近郊の今いる地点からダベルネまでは遠い。

直線距離上に大小の国が7つほど存在している。

アザリアはどの国の情報も持っていない。

指でダベルネを弾いて悩む。


地図を睨んでいるアザリアに商人風の男が声を掛けてきた。

「あんたがホフニを倒した魔眼のアザリアか?」

商人風ではあるが隙が無かった。

アザリアは用心深く男を観察した。返事をする気はないと睨みをきかす。

「警戒しなくていいよ。ホフニは私の娘家族を殺した男だ。礼を言う。それと、ダベルネに行くなら山越えを勧めるね。直線ルートには戦場になっている国が3つ含まれる。そこは避けた方がいい」

男が示したルートは少し遠回りだが、戦場を横切るより安全だった。

戦場では食べるものもない。

山越えが、涙枯の森よりは安全だと思いたい。

「助言に感謝する」

感情のない声でアザリアは礼を言った。

男は肩をすくませた。

「活躍を祈っているよ」

男にとってアザリアは自分に代わって復讐を成し遂げてくれた恩人だった。

世の中、暴力が溢れている。

弱い者は虐げられる。

国は守ってくれない。

平和そうなこの大国テモテでさえ、すべての民を守ることなどできないのだ。


アザリアは、山越えのルートに決めると携行食を準備するため、王都に来る前に見かけた市場へ戻ることにした。



アクロン達は、酒場に居座り昼時になると食事を注文した。

肉メインのバルクとアクロンに対し、木の実メインのサーハラでは、明らかに好みが違っていた。

「肉なしでよく体力が持つなぁ」

バルクが感心するように菜っ葉や木の実、根菜の乗るサーハラの皿を眺めた。

サーハラはそんなバルクの言葉にため息をついた。

「あのさぁ、君たち。忘れているのかな?我々は不死者だよ。そもそも、食事はしなくても死なない」

物理的に攻撃されない限りは永遠の時の中にいる。

園の住人でも園で暮らしていないアクロンやバルクはすっかりこの世の感覚で生きている。

「そういえば、そうだな。飢えて死ぬことはないなぁ」

「不思議に思うのは、切られると痛いし血も出る。人より治りが早いが致命傷を受けたら死ぬ。病気で寝込むのにその回復に睡眠は必要ない。栄養は摂らなくても死なない」

「病気で死んだ奴なら知っているぞ。死なないと高を括っていたら病魔に殺られたらしい」

バルクは、アクロンの疑問について答えではないが、病気で死ぬ可能性を告げた。

「病魔は病気か?」

「病気だろう」

「病気にかかったら園に戻るべきだね。園に病気はない」

納得できるような、出来ないような。…不思議な世界だ。

「園について仕組みを追及し解明しようとした者は今のところいないから」

サーハラは興味なさげに肩をすくませた。

そもそも、強さを証明したくて園に挑戦したのだ。

仕組みはどうでもよかった。

自分が強いということで大半は満足する。

ただし、園の中に自分より強い奴がいるので、強さに磨きを掛けようと鍛錬に意識が向く。

園の仕組みなど二の次だ。

「食事は食べたいものを食べる。それだけだな」

つまり、サーハラは野菜・木の実が好きなのだろう。


食べながら3人は今後について話し合った。

「魔王の話が本当なら、個人で戦うより戦力をまとめた方がいい。どうやって俺たち以外の園の住人を探す?」

アクロンは剣士として組織にいたことがある。だから団体戦もできる。

「園の住人かどうか見た目では判断できないぞ。武器を打ち付け合えば園の住人かどうかはわかるけど、いちいちそれっぽいのに喧嘩売って歩くのはあんまり…」

「アホ。そんなこと考える必要もない。北に何かが起きているというなら北に行けばいい。園の住人なら必ず北を目指すさ」

「で、北について戦いが始まるまで個別行動?まったくもって園の住人は団体行動ができないな」

「できるわけがない。孤高の戦士を目指す奴ばかりだ」

「一緒にしないでくれ。俺は騎士団で優秀な副官だった」

「優秀な副官が覇王門をくぐったのに上官がくぐれないから人間関係がギクシャクして除隊したのか」

サーハラに図星を指され、アクロンは無言で固まった。

上官との間に確執が生まれる前に国を出たというのが正しい。

「うまくいかないよな」

バルクは同情した。

アクロンは短気なところもあるが、真面目でいい奴だ。

国にとっては損失だったに違いない。


サーハラは食後に皿がすべて片づけられると地図を広げた。

テモテから北の大国バアル・ゼポンまでが描かれている。

「バアル・ゼポンの王都バアル・ゼポンで落ち合おう。違うルートを通って情報収集する方が効率的だろう?」

「了解」

北の大国バアル・ゼポンの王都は国名と同じだった。

ややこしいが、どちらもバアル・ゼポンなのだから仕方ない。

そして、その王都に入るには東西南北にある領都を通らないと入ることができない。

大国の防衛機能はここテモテよりも強固で、異国に対し閉鎖的だった。

地図を見つめながら、バルクが最初にルートを取った。

「俺はこの西方の山岳経路から北の領都ツァーフォーンを通って王都に入る」

「遠いぞ。いいのか?」

「荒地と岩山には山賊どもがいるって噂だ。腕慣らしに丁度いい」

バルクらしい言い分にアクロンは呆れて首を振った。

「じゃあ俺は戦場を避けて西の領都アーホールから王都を目指すよ」

「ふーん。では私はダベルネ経由で南の領都ダーロームを通って王都へ行く。魔法対策は忘れないでくれよ。敵は魔王を復活させようとしている。そういうことを思いつくってことは、魔術師だ」

魔術師。魔導士。魔法使い。地方と時代によって表現が異なるが、サーハラにとってはどれも同じだった。

要するに剣士ではなく、魔法の法則を利用して戦う者達。


「行くか」

バルクが最初に立ち上がった。

久々に戦いだ。

門番を倒すほどの敵などそうそういない。

武者震いするほど楽しくなってきていた。



その頃、ハシーディムはテモテの西の領都の一つに入っていた。

西の領都の中で王都に一番近い西領だ。

商人も多いが、領都を警備する騎士団の姿も南の領都より多く見かけた。

西方諸国の中には今も戦争をしている国が幾つもある。

おそらくその影響を受けているのだろう。

ポーズだけでも警戒していることを示しているのかもしれない。


民衆は他国の戦争など興味がないと言わんばかりに明るく景気も潤っているようだ。

大道芸や商人の掛け声でにぎわう市が幾つもあった。


比較的大きな市の近く、テモテの王家の紋章の入った銅像の前に一人笛を吹く大道芸人がいた。

王家の紋章入りの銅像は人の形をしているが顔がなかった。

テモテの王家に忠誠を誓った先々代の領主が銅像建立を申し出たところ、王が顔を認めなかったのでこうなったらしい。

王の在位が終わっても、顔がないので逆にずっと使えるという意見もある。

顔がないのでその前に立つことも不敬にならず、民衆からも気が楽で良いと好評だった。

だからなのか、大道芸人は気にせず笛を吹いていた。

笛吹はつば広帽を深く被っていて笛を吹く口元以外顔は見えなかったが線の細さから女性だということが窺えた。

ハシーディムは笛の音が途切れると笛吹が足元に置いている木箱に金貨を1枚投げ入れた。

他に足を止めるものはいないが、笛の音はなかなか良かった。

彼以外の投げ銭がなかったのは、市の賑わいの中、目立たなかったためだろう。


「金貨1枚?金持ちなのに随分とケチじゃない」

いきなり笛吹から文句が来た。

ハシーディムは笛吹を前に大袈裟に手を広げてため息をついた。

「門が閉じて金貨を取り出せない。笛吹なら何とかして門を開けてくれ」

「あら、覇王の廟の金塊が減るのはあんたのせいだったってわけ?」

「俺だけじゃない。そもそも園には錬金術師がいる。金は減らないし」

肩をすくませ悪びれないハシーディムに笛吹は笑い声をあげた。

確かに錬金術師がいる。

笛吹は帽子を取ると一瞬にして周囲に置いていた箱などを帽子の中に片付けた。

帽子を一振りすると、それは旅人用のマントに代わった。

鮮やかな手品を見ているようにハシーディムは目を輝かせて感心してしまった。

二人は覇者の園の住人で顔見知りだった。

「その魔法、俺にも使えるかな?」

「無理。私の魔法は年季が入っているから詠唱とか呪文とか魔法陣とかの無駄な動きがないの」

ニヤリと笑う笛吹は女性らしいというよりボーイッシュで勝気な素顔を見せた。


笛吹はやや上から目線でハシーディムに歩こうと促した。

「ハギオイに会ってきたんでしょ?何かわかった?」

笛吹の名前はハーリール。

覇者の園の住人の中でも古株だ。

そして、その友人であるハシーディムも割と古くから園に暮らしている。

ハシーディムはハーリールの問いに対して顔を曇らせた。

「それが、ハギオイのおっさん、亡くなっていた」

「嘘っ」

高齢ではあったが千人切りの老ハギオイが死ぬとかありえない。

殺しても絶対に死ななさそうなしぶとさがあった。

「墓には猫爪の剣が立てられていた。杖小屋に呪いの残滓があった。多分、古い力、魔王の手下だ」

ハシーディムの言葉にハーリールは瞳を閉じた。

呪いはこの世では厄介だ。

園には呪いは入ることがない。門番が守っている。

この世では園の住人といえども無敵ではない。

「老ハギオイは最初の住人の一人。魔王に面が割れている。居場所がバレて呪い殺されたってことかしら。魔王なんて千年前に覇王が倒してから噂も聞かないくらいで、南の方では魔物を知らない世代の方が多いのに」

今更、蘇る?やめてほしいわね。


老ハギオイは覇王の従者の一人だった。

まだこの世が混沌として国家など一つもなかった時代に、覇王と肩を並べて戦場を駆けた一人だ。

ここ百年くらいはこちらで暮らしていたが、面倒見が良くて覇者の園でも人気者だった。

古参なだけあって、情報量が違う。生き字引だった。


ハーリールがハギオイの死にショックを受けている横で、ハシーディムは話題を切り替えた。

「それとさ、ちょっと気になる女の子がいる」

「ナンパなんて、随分と余裕じゃない」

この非常時に女の子?ハーリールは容赦なくハシーディムを睨みつけた。

「誤解だ」

日頃の行いのせいか、ハーリールの睨みは和らがない。

「いや、本当に誤解だから。彼女は赤い龍の剣を持っていた。でもって、傭兵黒竜を仇として狙っている。さらに、盗賊トレスの娘らしい」

ハシーディムの慌て口調に、言い訳かと聞き流していたが、赤い龍、黒竜、トレスという単語に目を見開いた。

「どういうこと?」


「初めは偶然かなと思ったんだけど、赤いんだ」

「何が」

「魔眼なんだよ」

「え?」

「彼女の名前は魔眼のアザリア。その眼は血のように紅い。髪が白いのに肌は小麦色。不自然なんだ。いろいろと」

「それって、呪い?」

「たぶん」

二人は目を見合わせた。

覇王門が閉ざされて18年。手掛かりは盗賊トレス。

第3の門番が何かを仕掛けたから門は閉じたままだということはわかる。

しかし、原因のトレスは10年前に死んでいる。

そのトレスを討ったのが傭兵黒竜。

盗賊トレスとその一味が全滅したことは血の渓谷として有名だ。

トレスの死後も覇王門は開かなかった。

何が何だかさっぱりだった。

第3の門番とトレスの間に何があったのか。この10年いろいろな可能性を探ってきた。

おそらく老ハギオイも閉じた原因を探していたはずだ。


ハーリールは深呼吸した。

そして、ハシーディムを人目のない木陰に促した。

魔眼のアザリアの噂は聞いている。賞金稼ぎで最近注目されている有望株だ。

周囲を一瞥してからハシーディムはアザリアと偶然出会った森での墓堀の話から語り始めた。

ハシーディムは園の住人であり長く生きている。そのため、人の外見に驚くことがない。

大抵のことは許容範囲内だ。

「墓堀の時は、紅い眼を見ても呪いを受けたのかなぁくらいにしか思わなかった。剣の文様も気に留めなかった。ハギオイの杖小屋で呪いの残滓を見つけたとき、俺の直感に彼女の魔眼が引っ掛かった。で、彼女の剣の柄に赤い龍の文様があったことも思い出した」

話を聞きたいハギオイはもうこの世にも園にもいない。

「慌てて彼女を探そうと老ハギオイの杖を持つ魔法使いの一人に会ってきた。なんと、彼女は老ハギオイの弟子で、傭兵黒竜を仇としていた。なんでも盗賊トレスの娘で血の渓谷の生き残りという情報も得た」

その後、アザリアを追うべく魔法使いにある程度の方向を占ってもらいテモテへ向かうことにした。


一呼吸おいて、ハシーディムは話をつづけた。

「テモテの領都の一つで彼女に追いついた。こっそり聞き耳を立ててしばらく後をつけたんだ。本当に黒竜を仇として探していることが分かった。ホフニという賞金首に狙われていたからお近づきに利用して、彼女に剣の話を振ってみた。エクレシアの事は全く知らないようだった」

アザリアにあの日話したことは真実だ。

赤い龍の剣を持っていた女剣士の名前はエクレシア、第3の門番だった。

黒竜が剣を取り落とした相手という話も事実だ。

覇者の園に関する話題を口にしなかっただけで、アザリアに伝えたエクレシアの強さは本物だ。


「ハギオイの事は聞かなかったの?」

「いきなりハギオイの話をして警戒されたくない。呪いがどういうものかもわからない」

呪いの主の耳があるかもしれない。

「つまり、何も知らない賞金稼ぎの女がエクレシアの剣を持っているってこと?」

「いや、あれは似ているけどエクレシアの剣じゃない。多分、ハギオイのメッセージだ」

メッセージ?

ハーリールは眉をひそめた。

ハギオイと最後に会ったのは何十年も前だ。最後に誰にどんなメッセージを残す?

ハーリールはそのメッセージの答えに行きついただろうハシーディムを睨みつけた。

早く話せと言いたげな彼女にハシーディムは涼しげな笑みを向けた。

「ヒントは山積みだろう?ハギオイ、第3の門番エクレシアの剣、閉じた門、黒竜、トレス、紅い眼」

考えろ。

ハーリールはハシーディムより年上だった。園の住人歴も長い。格闘技では負けるが頭脳で負けたくなかった。

そして、閃いた。

「エクレシアは【血の洗礼】を放ったということ?」

「十中八九」

ニヤリと頷くハシーディムには確信があった。

ハギオイもそれを確信したからアザリアを弟子にして赤い龍の剣を持たせたのだ。

【血の洗礼】は命を対価とした呪詛だ。敵を確実に捕まえる。

トレスは死んだ。

それでも、呪いは衰えない。

敵は生きている。

当然だ。

老ハギオイの命を削るほどの相手だ。敵は一人ではない。

北の大地に争いが起き始めたのは何年前からか。

下地はトレスの死よりもずっと以前に違いない。

老ハギオイが覇者と知るものは一部の魔法使いと園の住人くらいだ。

あと、可能性を考えるなら、魔王に関わる者達だ。

かつて魔王を崇め滅びた一族。彼らの古い文字が何らかの形で伝承され、解き明かされたのだろう。


「この18年、園の住人が対処できなかった理由がわかるわね。【血の洗礼】という門番の切り札が使われたことは過去、1度もないわ。実際にどういう作用があるのか知っている住人は少ないんじゃないかしら?エクレシアもやってくれるわね。園の中にいる住人も出られず途方に暮れているでしょうし、外にいる住人は不死の加護を失って命を落としているかもしれないってことね」

「まぁ、不死に関してはこちら側にいる以上、期待していないからそんなに苦労はしていないと思うよ。そもそも、命を惜しむより戦う方が好きな面があるからね。」

【血の洗礼】により覇王門は閉じている。出入りができない。解放には【血の洗礼】による呪詛の解除が必要だ。解除、すなわち、敵の排除だ。

ハーリールは確かめるように改めて問いかけた。

「つまり、エクレシアはトレスではなく、トレスに憑いた魔王の眷属に【血の洗礼】を放ったのね?」

「魔王の眷属かどうかは知らないけど、魔王の復活を目論んでいる可能性は極めて高いよね」

今起きている北の大国の怪しい動きは知っている。

園の住人はこの世の事にはあまり関わらない。それでも、園への影響が出そうな場合は注意する。18年前に兆候はあったということだろうか。

ハーリールは18年前の北の大国について記憶を辿るが、怪しい兆候は思いつかない。

ハギオイは園の住人に幾つかのヒントを残したに違いない。

その一つがアザリアだ。

ハシーディムも眉間にしわを寄せて、腕組みした。

「ハギオイが敢えて赤い龍の剣を作りアザリアに渡したのだとしたら、アザリアに何か呪いに関わるヒントがあるのだと思う」

「…その子は、呪われているってこと?」

「それが、呪われているって雰囲気でもない。賞金稼ぎだ。血なまぐさいといえば血なまぐさいんだけど、名前も知らない女剣士の墓を掘るくらい義理堅い。そのくせ、他人を信用しないし、感情のすべてが仇討ちに向けられている。俺はちょっと信頼を勝ち取ったけどね」

ハシーディムは鼻を鳴らして、ドヤ顔をしてみせた。

自慢がうざい。

仇討ちに人生を費やす人間はたまにいる。しかし、勝てる相手ならいいが、相手は無双の黒竜。勝ち目はない。

それにも関わらず、ハギオイはアザリアの復讐を止めようとしなかったようだ。

ハーリールは首を振った。

「【血の洗礼】は解けない。呪いの相手が生きている限り門は開かない。私の笛の音も覇王に届かない。その魔眼のアザリアが呪いを受け継いでいるなら殺した方が世のためね」

「駄目だろ。ハギオイが弟子にしていたってことは逆に生かす必要があるってことだ」

「魔眼は呪いではないと言い切れる?ハギオイへの呪いの残滓とその子の魔眼の関係は?」

「呪いの質は近い。けど、同じとも言えない」

ハギオイのヒントは難しい。

「ハギオイも解決策は見つけていなかったのかもしれないわね。今の門番は1~3までが欠けている状態。あ、ハギオイが第4の門番だった。ってことは4つも門が使えない!」

ハーリールは絶叫していた。

門番で生きているのはあと3人だ。

ハーリールもハシーディムも門番ではない。

門番たちは今どうしているのだろう。

門番は通常、園の外にいることが多い。挑戦者になりそうな人間を探して楽しんでいるという噂もある。


「俺は剣士だ。お前は魔術師だろう?呪いなんてお手の物じゃないのかよ」

そう言われるとハーリールは腕組みして唸り声を漏らす。

魔王の気配は感じる。

この数年とくに強まっている。

この世に魔王が目覚めたら、戦える人間はいるだろうか。

千年前に魔王を倒したのは覇王だ。

覇王には優れた従者が何人もいた。だからこそ、魔王を倒せたのだ。

今の園の住人にその力があるだろうか。

「覇王が目覚めるには7人の門番が必要なのよ。単純に声を掛けて起こせるわけじゃない。門番が4人も欠けていたら、目覚めてくれないかも」

「他の門番が無事って保証もないよな」

「ホント、こういう時に連絡手段がないって困るわ。バラバラに動いて効率悪すぎ。魔王の方が優秀な手下を持っているってことよね」

「悪者っていうのは悪知恵を持っていて頭がいいと決まっている。悪巧みとはよく言ったものだね」

声を上げて笑うハシーディムの足をハーリールは蹴りつけた。

「痛っ!だってそうだろう?悪者は計画的に犯行を行う。勇者(正義の味方)は事件が起きた後に自分の周囲を守るために戦う。受け身だ。つまり、園の住人も犯行後じゃないと動かない」

「遅い」

犯行を未然に防ぐ。その発想で行動してほしいが、園の住人はこの世の正義でもなければ勇者でもない。魔王と戦って人々を守るという発想がそもそも無い。

ハーリールは頭痛を覚えた。


「とにかく、北に行くぞ」

「え?」

驚くハーリールに対して、ハシーディムは鼻を鳴らした。

「北のバアル・ゼポンに悪意を感じる。魔王が目覚めるならあそこしかないだろう」

「園の住人を探さないの?」

「住人ならほっといても北に集まる」

「正義感なんてないわよ」

「正義感はなくても、強い者には立ち向かう」

ニヤリと笑うハシーディムには確信があった。

戸惑うハーリールに対して、彼は断言した。

「最強の敵がいる。それは園の住人の好物だ。結果、伝説の勇者になる」


強い奴に挑む。

その魅力を拒むことなどできないからこそ園に挑戦したのだ。

そんな奴らが魔王の噂に動かないはずがない。

正義はなくても、魔王が強いなら倒すだけだ。

自己満足で何が悪い?

かつての覇王も魔王が強いから倒して世界を掌握したのだ。

それで世界が救われるなら文句も出ないに違いない。


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