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覇者の集い

翌朝、二人は一緒に宿を出た。

爽やか笑顔の美男子ハシーディムと見るからに禍々しい紅い眼のアザリアが並んで歩く姿には誰もが一瞬目を疑った。そんな通行人の反応を密かに二人とも楽しんでいた。

街道の三叉路に来るとハシーディムは道の選択に戸惑うアザリアに手をバタつかせた。

「俺は西に行くからこっち。王都はまっすぐ。街道から外れなければ到着するよ」

方向音痴を笑われた。

「じゃあ、またね」

ハシーディムは、ムッとしているアザリアに輝く笑みとともに手を振って去っていった。


またねって?

会う予定はないけど。

調子のいい奴。


アザリアは、まっすぐ伸びる街道をしっかりと歩いて行った。

絶対に迷わないという決意とともに。



王都――

東の大国テモテの王都の街並みは王城を中心に放射線状に区画整理されていた。

城に近い石造りの建物は、城を守る砦の役目も果たしていた。

建造物の数も大きさも行きかう人の数も、どの領都より多い。

河川と森もある城郭都市だ。

栄えに栄え、富んでいるその都へ入るための検問は厳しい。

厳しいのだが、異国者も多く都に入ってきていた。

商業が発展しているため、金や新しいものを運んでくる旅人は大歓迎というムードがあった。

馬車が行き交いやすいように道も整備され、道幅も馬車がすれ違えるように広い。

道沿いには様々な商店が並び、賑わっている。

朝からカフェの前のテラス席では都民や旅人が茶や酒を楽しんでいた。


王都へ入るための検問は4か所。東西南北の城門の手前にある。

門も2重になっていて簡単に突撃されない工夫がなされていた。

長い歴史のあるテモテが過去、戦乱の中で防衛に力を入れてきた名残だ。

現在は疫病の侵入も防ぐ役目を担っている。


城門を無事にくぐり都に入ると正面には花で彩られた噴水広場があり

周囲では大道芸人が歓迎するように踊りや演奏を催していた。

朝から弦楽器や笛の音が気分を陽気にしてくれる。

アクロバティックな踊りにはつい見入ってしまう。

立ち止まってコインを投げる人や拍手する人、一緒に歌い出す人など反応も多種多様だ。

楽しい雰囲気の中、つい、人の流れに流されると大きな都なだけに迷う。


竪琴を片手で抱えた若い青年が銀色の髪をかきあげて、左右の道を見て首を傾げていた。

「完全に迷ったな」

つい呟いたが、誰も振り返ってはくれなかった。

馬車の往来もあるため落ち着かない。


区画整理されてわかりやすい都だって?

いや、どこも似たような建物ばかりでわかりにくい。

人も多すぎる。

裏道に入ってすぐにあるから分かる?

その裏道ってどこだよ。


「お兄さん。吟遊詩人か?」

忙しそうに行き交う人の中にも声を掛けてくれる親切な人がいるようだ。

振り返ると、露店の店主だった。

あらゆる色を取り揃えたかのような布地や洋服を台の上に並べている。

「何か、お困りかね?」

振り返った銀髪の青年に店主はにこやかに問いかけた。

青年は抱える竪琴の弦を弾き、物悲しい音で困っていることをアピールする。

そして、憂いに満ちた瞳と美しい声で問いかけた。

「“ヤエル”という酒場を探しています。西門の近くにあると聞いたのですがご存知ないでしょうか。」

丁寧に尋ねたが、店主は少し首を傾げて頭を振った。

「どこのことだか。」

微妙な返しに、青年は内心、ムッとするが、ここで怒ってはいけないことは経験上知っている。

店主は知らないわけではないのだ。

「とても素敵な布をお持ちですね。私の銀髪が映えそうなスカーフを一枚いただきたい」

青年は透き通るような白い肌をしており、女性のように線が細く美しい顔立ちをしているから笑みを向けられると大抵の人間は悪い気はしない。その点にはかなり自信がある。

しかし、店主は商人として強者だった。

「この空色のスカーフがお勧めだよ。銀貨1枚だ」

青年が銀貨を払い空色のスカーフを首にかけると、店主はポンと手を叩いた。

「思い出しましたよ。ヤエルでしたね。ここをまっすぐ進んでいくと左手に黄色い旗の果物屋があります。その角を左に入って2番目のお店ですよ」


お礼を言って、5歩進んでから青年はため息をついた。

このスカーフに銀貨1枚は高すぎだろう。

美貌が通じないのも何やら腹が立つ。


華やかな表通りから奥に入った細い道。

わざとかと言いたいくらい目立たない看板を掲げた地味な酒場ヤエルがあった。

建物は2階建てで1階が酒場。2階は薬草も扱う香辛料専門店だ。

旅人たちに評判のいい酒場だが、値段は他店の3倍する。

理由は簡単。

見た目は普通だが、各テーブルが防音魔法設置という特殊な店。

特に宣伝はしていないため、単に値段が高いと思っている客も多かった。

魔法使いには分かるが、魔法使いは少ない。


「遅いなぁ」

酒場の一番奥のテーブルで、細身の剣士が不貞腐れて文句を言いながら酒杯を睨みつけていた。

短い黒髪をかき上げて茶色い瞳でこれでもかというくらい酒杯を睨んでいる。

店内が暗いこともあって目立たなかったが、かなり不機嫌な顔をしていた。


テーブルをはさんで前に座っている恰幅のいい男は苦笑した。

「サーハラは吟遊詩人だから、誰かにつかまって歌をせがまれているのかも」


不機嫌な茶色い瞳は酒杯から目の前の友人に睨む先を変えた。

「俺は昨日からここにいる。約束は昨日だ」

「まぁまぁ」

今朝からこの会話は3度目だ。

恰幅のいい男の名前はバルク。

肩にかかるボサボサの赤茶色の髪を揺らして首を振った。

「サーハラはもともと自由人で時間にルーズだ。わかっているだろう?」

見た目、大柄で逞しく強面戦士のバルクは、温和な笑顔で友人をなだめていた。

不機嫌だが上品そうな剣士はアクロンという名だ。

「サーハラなんかと約束するんじゃなかった」

「だが、あいつが一番、情報通だ」

バルクは事実を突きつけた。

情報が欲しい。

だったらサーハラの遅刻は大目に見ろよ、ということだ。

「どうせ、女か男をたぶらかして待ち合わせを忘れたんだ」

「そうかもな。持てるからな、あいつ」

アクロンが「たらしヤロー」と叫んでいると、いきなり拳骨が降ってきた。

拳骨など軽くかわして見上げるアクロンの前には、

肩に空色のスカーフを掛けて竪琴を抱える銀髪の吟遊詩人が立っていた。

かわされた拳骨を振り回している。


「君たち!私の身に何かあったかもしれないって心配すべきじゃないか?」

アクロンとバルクは目を見合わせた。

「無駄な心配はしない」

「だな」


ムッとしながら、サーハラは店員に茶を注文して席に着いた。

「ひどいな。君たち」

ぼやくサーハラにバルクはあきれ果てた。

「お前、俺より強いだろ」

線が細くて色仕掛け専門そうなサーハラは意外にもバルクより強い。

大柄で狂戦士ばりの戦闘能力を持つバルクが何度も辛酸をなめた凄腕剣士だ。


「ま、私は完璧な存在だからね」

聡明で、美しく、強い。

ナルシストを自覚している。

「時間にルーズだけどな」

アクロンは真顔で嫌味を口にした。

丸一日遅刻して悪びれないって態度が信じがたい。


サーハラは片眉を上げただけでアクロンの嫌味は無視して本題を切り出した。

「結構、深刻な事態になっている」

「つまり、門は出現しない?」

サーハラはアクロンに頷き、給仕がお茶を運んできたので口を閉ざした。

お茶を置く給仕にチップとお茶代を払い、にこやかに礼を言う。

給仕が顔を赤らめて去っていく姿を満足げに見送ってから再度報告した。

「門に異常が起きたのは予想通り18年前。盗賊トレスが覇王門に挑んだ時だ」

「やっぱりそうか」


3人は思案気に視線を合わせた。

門は、覇王門だ。

不定期ではあるが、満月の夜にこの世のどこかに出現し、覇者もしくは挑戦者を覇者の園へ導く。

それは、3人にとって伝説ではなく事実だった。


「私が覇王門をくぐってから300年以上になるけれど、こんなことは初めてだよ」

サーハラはお茶の入った木のカップを手に取って揺らした。湯気の温度から熱すぎて飲めそうもない。


「盗賊トレスは第3の門まで倒した、そう吹聴していた」

「ああ、その噂は有名だ。楽勝だったと公言していたらしい」

「おまけに、第3の門番の首を跳ねたから血まみれになり、時間切れで挑戦が終わったと言っていたらしい」

アクロンとサーハラの会話に、バルクは眉をしかめた。

「ありえねぇ」

時間切れ?そんなものは覇王門を見つけた挑戦者にはない。

入るか拒絶されるかの2つに1つだ。


サーハラは艶やかな笑みを浮かべてみせた。

「トレスの噂で、思い当たるのは、“首を跳ねて血まみれ”という部分だ」

サーハラの意味ありげな態度にアクロンは苛立ちを隠そうともせずに睨みつけたが、

バルクは、全く思いつかないので素直にお手上げだと手を振っていた。

二人の態度など気にせず、サーハラは自分の閃きに酔うように告げた。


「【血の洗礼】。首を跳ねたのはトレスではなく第3の門番本人だ」

アクロンもバルクも絶句した。


【血の洗礼】それについては少しだけ噂程度に耳にしている。

二人とも、サーハラと同じく覇王門をくぐった、所謂、覇者の園の住人だった。

だから、トレスの自慢話には嘘があることに気づいていた。

しかし、まさか、首を跳ねたのがトレスではなかったとは。


「【血の洗礼】は、門番の最後の…手段というか、切り札だったよな?自らの命を散らしてでも不適格な侵入者を退ける呪詛。とかいう。」

この場合の不適格な侵入者は【人外】のことだ。

実際に行われたという話は今まで聞いたことがない。バルクは戸惑いを隠さず身震いした。

逆にアクロンはテーブルを左拳で叩いた。

「おかしいだろう!トレスは挑戦者だ。【血の洗礼】は挑戦者に向けるものじゃない」

【人外】つまり魔物対策だ。人に対して行うなんて間違っている。

納得できないというアクロンの意見も正しい。

覇王門は常に挑戦者を受け付けている。

通ることができないのは力量不足だからだ。

基本的に命を取ろうとしているわけではない。だから挑戦して駄目だった者はこの世で生きている。


「よく考えてくれ。トレスは確かに強かったかもしれない。しかし、私たちに勝てると思うかい?」

アクロンもバルクも目を瞬いた。

そう言われると、疑わしい。

「盗賊トレスは、専門が盗みだからなぁ。俺の方が強いよな」

バルクは苦笑した。

門番を一人でも倒せたというなら本来、バルクですら苦戦する相手のはず。

トレスは第3の門まで到達している。

だから、強いと思い込んでいたが、よくよく考えるとトレス程度はバルクの敵ではない。

直接手合わせしたことはないが、噂や経歴から総合的に考えて明らかに覇者レベルではない。


「それに、我々は門番を殺害して園へ入ったわけじゃない」

トレスは門番を殺害したと吹聴していた。

しかし…

アクロンは、自分が初めて覇王門に出会った時のことを思い出した。

120年くらい前だ。

それも修行明けの岩山で偶然だった。

まさかと思って門に近づくと門番がいた。剣を抜く前に「勇気があるなら通れ」と言われた。

罠を警戒する中、門をくぐった。

「俺は一度も剣を抜かずに7つの門をくぐった」

そもそも門番と喋ったのも第1の門の時のみで、他の門番など姿も見ていない。


「俺の場合は、第1の門と結構打ち合ったぞ。ほとんど遊びだったけどな。それに第2の門には忠告された。第3の門には剣を抜かせるなって。負けず嫌いだから手に負えないって」

バルクは苦笑しつつ、何故か第3の門がその話を聞いていて腰に手を当てたまま怒りながら通してくれたことを思い出した。

サーハラも昔を思い出すように笑った。

「第3の門番は気の強さでは7つの門でトップだったからね。私は美貌を妬まれたよ」

「嘘だろ。美貌対決?それでも覇者かよ」

「覇者は人間だ。普通より強いというだけだ。妬むこともあるだろう」

人間性に難のあるサーハラが覇者の園に入っている時点で何でもありだとアクロンは考えていた。

バルクはつい笑い声をあげた。

「覇者の園は、聞くと見るとでは大違い」

伝説では強者たちの安息の地。

覇王が眠る黄金郷。

選ばれた勇者が集い永遠の命と平安がある場所。

不老不死の泉が湧き出る常春の世。


「伝説って嘘が多いよな」

「不老不死の伝説は、半分は当たっている。だから憧れて挑戦する」

半分正解。要するに不死ではない。

切られたら死ぬし、病気にもなる。

不老は園に入った年齢で止まるというだけで、若返るわけではない。

ちなみに勇者限定でもない。

覇王が認めるくらいの強さがあれば性格や所業に多少の難があっても入ることができる。

覇王が認めるくらいの強さ、それを見極める役目をしているのが門番たちだ。

個性派な門番たちは、気まぐれで門を通すこともある。

単に出かけていて門にいないこともある。

だから、結果として門番の顔を知らない覇者の園の住人がいる。


「いい加減な、園ルールを思い出してきた。園での住人同士の殺し合いは御法度。その他は自由。飽きたら出ていけ。万が一、覇王が目覚めたら覇王の気が済むまで相手をすること」

相手をする。すなわち、対戦しろということだ。

アクロンは、真面目な性格なだけに園に入った時、住人たちのいい加減な説明に苛立った。

今思い出しても納得できない。

そして、サーハラを睨むように園について問いかけた。

「もともと覇者の園は、覇王の眠る場所で、門番は園を管理するための存在だったよな?」

「それな、違うって聞いたことがあるぞ」

バルクが手を振ってサーハラより早く否定した。

「門番は、園を管理しているわけじゃなくて、園に入る強者を選抜しているだけ」

アクロンは、バルクの言葉に目を見開いて、深呼吸した。

怒りを抑えるためだ。

本当に覇者の園のルールは滅茶苦茶だ。

最強の王である覇王が眠っていて、園の住人を管理する人間はいない。

園の住人になった者たちは文句なしの強者で、自信家で、誰もが上に立とうとする。そこに調和はない。

名君が100人集まっても良い国は生まれない。それと同じだ。

そもそも園は国ではない。

覇王が眠る廟を守る空間だ。

園には広大で豊かな大地が広がっている。

覇王の霊廟だけが巨大な建造物で他は、建物らしい建物がない。

園の住人たちは何もしなくても不思議と衣食住に困らない。

“あの世”と呼ぶものも多い。

「園なんて創ったやつ、誰だよ」

アクロンは呪うように吐き捨てた。


「アクロンは相変わらず文句が多いね。園を創ったのは眠りについた覇王自身だと思うよ?」

「戦力として重宝されていた人間が、平和になると不要になる。居場所を失う。覇王も世界一の強さを極めて目標を失ったんじゃないかな。そして、苛烈な世界を生き抜く強さを持つ自分と似たような人間に、時代が呼ぶまで覇者の園で休めと伝えたかった。俺はそう思う」

事実、バルクは母国が戦争に勝ち、安定し、大量の兵士を解雇したため、職を失った。

覇者の園に入ったおかげで気持ちの整理がついて、また、この世に戻って人に迷惑もかけずに暮せている。


アクロンは逆に覇者の園に入ってしまったために不老になり、国に戻っても違和感しかなく、昇進を諦めた口なのでバルクほど園が有難くない。

「園を面倒くさがる園の住人はアクロンくらいだと思うね」

サーハラはアクロンをからかう様に軽やかに琴の弦を鳴らした。

「別に面倒くさがっているわけではない。時々、人生の目的に悩む。園で寝ていても無駄な気がする。不老不死で世界制覇を目論む覇者がいないのも逆に不思議だ」

「いるよ。ただ、世界制覇を目論んでも、門番には勝てないみたいだね。世界制覇は門番を倒してからにしろと言われるらしい」

「いるのかよ」

「世界征服とか世界制覇は覇者の夢だろ。まぁ、夢を実現しようとしても、上には上がいて、世界一になれないって思い知らされる場所が園だよな」


戦いに疲れた者の安息地?

…園は、挑戦し続ける脳筋の馬鹿どもが高みを目指し鍛錬して、最強という夢を追うだけの場所。

アクロンの中で園のイメージが120年経って確定した。


「園の中で一番強いのは誰だと思う?」

「会ったことはないけど、第7の門番らしい」

「第3の門もかなりな手練れだったらしい」

「どう考えても、そんな彼女がトレスに負けるはずないか」

「話を戻すか?」


第3の門の事でサーハラが【血の洗礼】と言ったことを思い出した。

挑戦者には行わないはずの呪いだ。

門番自身の命を削って仕掛ける攻撃と言われている。

狙いは【人外】。


「結論から言うと、18年前に3人も門番を倒したのはトレスではなく、トレスに取り憑いていた何かだ」

「その何かを第3の門は絶対に通したくなかった。だから、命を張って【血の洗礼】という呪いを仕掛けた」

大地を赤く染めて、永遠の命の力を相手にぶつける最大の呪詛。

「しかし、トレスは生きていたぞ」

そんな大技を放ったのに、その後、トレスは生きて大盗賊団を結成している。

「そこだよ。トレスもトレスに取り憑いていた何かも倒せなかった。しかし、【血の洗礼】はちゃんと発動している。だから、覇王門は閉じたまま」

「取り憑いていた何かを倒さない限り【血の洗礼】は解けないってことかよ」

「たぶんね」

まじか。

バルクもアクロンもため息をついた。

そして、トレスは10年前に死んでいる。

傭兵黒竜を雇ったどこかの国によって殺されている。

「トレスの死は、血の渓谷として各地で話題になった。生き残りもいない。つまり、本来、あの時点で、トレスに取り憑いていた何かも消えるべきだろう?」

「トレスが死んでも門が開かないということこそ、トレスが何かに取り憑かれていた証拠だよ」

「取り憑いていた何かが生きている証拠でもあるけどね」

門が開かない。

それは事実だ。


ふと、アクロンは気が散って思ったことを口にした。

「園への門が閉じると困ることってあるのか?」

「私は困る。あそこの財宝があるからこの世で楽しく暮らせるんだ」

「サーハラ、それはどうなんだ?」

「冗談だよ」

絶対に冗談じゃなく覇王の財宝に手を出しているに違いない。


バルクはアクロンとサーハラの睨みあいに、咳払いした。

「問題は、第3の門番が命懸けで門を閉ざすほど通したくなかった存在が今もこの世にいるということだ。園には覇王が眠っているし、住人になるくらい強烈な覇者たちがいる。普通の敵なら侵入しても瞬殺だろ?」

門番は一対一だった。だから負けた。園へ侵入したら数を相手にすることになる。

攻め込まれても何とかなると普通は考える。


バルクは睨み合いをやめた二人にニヤリと戦士の笑みを向けた。

「この異変は、戦えと言われている気がする」

「やっぱり?私の竪琴も強敵がいるって囁き始めた」

「久々に本気で戦える相手が出現したということか」

アクロンも園の住人になってから手応えのある相手がいなくて退屈していた。

結局、覇王門に挑んだ時点で、アクロンも脳筋馬鹿の一人ということだ。


サーハラは戦乱の予感に酔いながらも気になる点を指摘した。

「敵がいるとして、規模も狙いも正体も不明だ。門が閉じているため、こちら側にいる園の住人が限られている。敵の狙いはそこにあるのかもしれない」

「敵は、わざと【血の洗礼】を起こさせたということか」

その可能性は十分にある。

バルクもアクロンも事の重大さに気が付いた。

この世界にはいくつもの国があり、欲深な者も多い。敵を見つけるには仲間との連携が必須だ。

こちら側にいる覇者の園の住人は多くないはずだ。

覇王の眠る園を滅ぼそうとするかのような悪意。

そんなものは限られる。

園の事も熟知していて力もある者。

狙いはこの世を支配することでほぼ間違いないだろう。


サーハラは、ポンと手を叩いて、華やかな笑みを振りまいた。

「そうそう、言い忘れていた。覇王が倒したという古への魔王、北の大地で目覚めるかもしれないという予言がでた」

「その話、先にしろよな!」

サーハラの悪びれない微笑にアクロンもバルクも信じられないとあきれ果てた。



全く要領を得ないサーハラの情報をまとめると、こうなる。


18年前から、覇王門は世界のどこにも出現していない。

原因は、盗賊トレスが何者かに取り憑かれて覇王門に挑んだことに始まる。

トレスは何者かの力により第1・第2の門を倒して、第3の門に挑んだ。

第3の門番は、トレスに取り憑く何者かを警戒し、【血の洗礼】という禁じ手を使った。

――【血の洗礼】は門番の命で呪詛を敵に放つと同時に門を閉ざし、園への敵の侵入を防ぐ。

そんな呪いを受けてもトレスは生還した。

そして、トレスは8年後に黒竜率いる傭兵団に一族郎党殺された。

第3の門番のターゲットがトレスであれば、トレスの死とともに【血の洗礼】は消えて、覇王門は再び開く。

しかし、10年経っても覇王門は出現しない(開かない)。

このことから、第3の門番の警戒対象はトレスではなく、トレスに取り憑いていた何者かだと確信できる。

そして、その警戒対象は生きている。

それは何者か。

どうやら古への魔王に関係するらしい。

魔王の復活。

それを目論む者がいる。


つまり、覇者にとって不足のない【(あいて)】といえる。


3人は笑みを浮かべていた。

覇者の名に恥じない戦果を挙げるだけだ。



【覇者の園】

その誕生は千年の時を遡る。

覇王は世界を制した時、魔王を倒し、永遠の命を手に入れた。

しかし、覇王は自分が勝負を楽しめる相手のいなくなった世界に虚しさを感じて「眠るための空間」を作り出した。

この世ではない空間。

覇王の従者たちはそこに霊廟を建て、覇王の眠りを守るためその空間の住人となった。

覇者の園の誕生である。



千年…魔王は世界のどこかで蘇るだけの力を蓄えていた。


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