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<不敗の騎士団>と神の試練

巨人が出現する少し前、

アクロンは魔物を倒しながら光の柱の周囲を避けて、何とか王城の前に辿り着いた。光の柱を中心とした一帯は黒く澱み液化した底からは止まることなく魔物が湧き出ていた。そして、半壊した城門の前では魔物と兵士が激しく戦いを繰り広げていた。

服装を見ると中には兵士ではない者も紛れている。地震で崩れた塔の中にいた者達かもしれない。


アクロンは城の前で戦う兵士を怒鳴りつけた。

「城の中は結界で守られているのではないのか?!さっさと城の中へ逃げろ!」

建物が半壊とはいえ結界は生きているはずだ。その証拠に魔物は城の中へ侵入できていない。

「地震で結界の一部が失われたんだ!神の試練だ。逃げるわけにはいかん!」

兵士の言葉にアクロンは絶句した。

神の試練?この状況が?この魔物は全てここの魔導士が呼び寄せたものだ。神とか関係なくないか?神を信じるのは救われたいからではないのか?救ってくれない神など必要なのか?無神論者のアクロンには全く理解できない言葉だ。


「アクロン!ヤバいぞ!見ろ」

アクロンを追ってきたバルクが光の柱を指さした。

振り返ったアクロンの目に映ったのは、光の柱の中から、人間が押し出されるように黒い澱みの中に落ちていくさまだった。

「おい!あれは何だ!」

アクロンは思わず兵士の中でも上位そうな装備の者に問いかけた。

人間は明らかに自分の意志とは関係なく押し出されているのだろう。叫びながら落ちていく。

この状況に兵士も動揺しているのか、叫ぶように答えた。

「傭兵たちだ。戦のために雇った連中だ」

何百という数の人間が柱の中から外へと吐き出されている。押されて倒れ、黒い澱みに沈み魔物に喰われている。喰われる速度より押し出される勢いが強いため、中には下敷きになった人間の上を駆け抜けて黒い澱みに沈む前に大地へ駆け上がる者も出始めた。

しかし、立ち止まり、後ろを振り返る者に黒い水が跳ね上がって掛かると瞬く間に魔物へ変貌していく。

「逃げろ!その黒い水に触れたら喰われるぞ!」

アクロンがありったけの声で叫んだ。その声に反応した何人かは素早く城門へ続く崩れかけた階段を駆け上って来た。

柱からはまだまだ人が溢れてくる。

誰かが雄叫びのような声を発した。

黒い澱みに沈んだ人間が魔物へと変貌し、再び人のような形をとり、武器を振り上げ叫んだのだ。

「げ、何だよ。あれは」

「魔人ってやつか…」

兵士たちは狼狽え後ずさった。

アクロンは周囲の魔物を暴風剣で吹き飛ばすと、赤い眼をした人間だったモノに剣先を向けた。周囲の魔物より遥かに存在感がある。

それは、一人では終わらなかった。ゆっくりと人型で蘇ってくる赤い眼の魔物は武器を使う。()()とはよく言ったものだ。…あの光の柱は魔人の生成を目的としているのだろうか。

全部が魔人になるわけではなさそうだが、いずれにせよ魔人に自我は無さそうだ。

魔人は城へ目を向けると逃げ惑う傭兵を切り倒しながら、城へ駆け上がってきた。

「神の試練とか言っている場合か!さっさと逃げろよ!」

アクロンはそう言うなり魔人に切り込んで行った。

元は人。だが、もはや人ではないもの。魔物に取り込まれた魂を開放するには倒すしかない。

バルクも周辺の魔物を蹴散らしながら魔人と戦う。魔人は今までの赤い眼の魔物よりも上位なのか、動きも早く攻撃力も高かった。アクロンの暴風剣でも吹き飛ばされず、すぐに切り返してくる。

バルクの重い剣も受け止められ、なかなか決定打にならない。

「人だった時の技量に魔物の力がプラスされている感じだな」

「バアル・ゼポンの雇った兵は正規兵試験に合格した凄腕ばかりらしいからな」

「それにしても、人数多すぎだろう」

「殺すつもりで雇っているから大金も払う必要がない。どれだけでも雇えたんだろう」

「ひでぇな」

「絶対にアベンと魔王を倒す」

人間を魔物に喰わせて魔人に造り変えるなど許せない。アクロンは剣を握る手に力を入れた。魔人となった者達は赤い眼をアクロン達に向けるなり襲い掛かって来た。

魔物に喰われた後、何故、魔人になるのか、その条件はわからないが、20人に一人くらいの割合だろうか。人のまま逃げ切っている者もいる。そうした者達は腕がいい。とっさに落ちている剣を拾って応戦している。

だが、魔人の力は強すぎる。兵士たちも押されている。まともに剣を受けると力負けする。バルクは舌打ちした。

「剣は力じゃない。研鑽した技ってものを見せてやる」

バルクは闘技場では見せることのない、構えをすると魔人に飛びかかった。殺すための剣だ。それはバルクがまだ覇王門を潜る前の戦場で磨いた技だ。終戦後、使うことは無くなったが、研鑽を怠ったことは無い。100年という年季の入った技だ。剣は魔人を切り裂き、周囲の魔物も霧散させていた。


アクロンもスピードで魔人に後れを取ることは無く、魔人が一振りする間にアクロンは斬撃を10回は放っていた。風となり切りつけるその剣は目に留まることが無い。

倒しまくって一息つけるくらいになると周囲の様子が気になった。

溢れる魔物と次々と生まれる魔人との戦いに兵士や傭兵が城の中へ逃げ込むかと思っていたのだが、城を振り返ると、何故か、騎士らしき人間達が増えていた。

嘘だろう?

「逃げろって言っているのに増えるな!」

アクロンの怒鳴り声に、笑い声が返ってきた。


「ここはバアル・ゼポンだ。王城は我ら王の私兵が守っている。我らは<不敗の騎士団>だ」

どんな馬鹿だとアクロンが声の主を振り返ると勇壮な騎士が見事な剣を抜いて立っていた。正規兵とも違う鎧を着ているが、王の私兵というなら他国でいうところの「近衛」だろうか。今までいた兵士達とは貫禄が違う。

「魔物は際限なく湧いてくるぞ。体力が尽きる前に逃げろ」

アクロンはそれでも警告した。

人間が魔物に喰い殺されるのは我慢ならない。しかし、騎士は下がるどころかアクロンに並び立った。

「私は騎士団長ケトラだ。この国の第3王子でもある。神の試練は乗り越えねばならない。それを神もお望みだ」

「神?この魔物を呼び出したのは大祭司だぞ!」

思わず、アクロンはそう吐き捨ててしまった。

「欲の深い人間を淘汰し、試練を課すためだ」

「はぁ?魔物に人が喰われているんだぞ」

王子?騎士団長?なんなんだ。この国は。自国の兵を魔物に喰わせる試練だぁ?狂っている。

「まぁ信徒でない者には理解できないだろう。ところで、何故、信徒ではないのに王都に居る?」

王都は信徒以外、入ることが出来ないはず。明らかに目の前の男は信徒ではない。


「おたくの大祭司アベンに喧嘩を売られたから来てやったんだ」

「アベン様に、ですか?では、何故、我らを助けようなどと?」

ケトラは首を傾げた。テモテの侵入者は全て捉えられて処刑されただろう。ではなぜ、この者達はここで魔物と戦っているのか。しかも、兵士たちを守っている。異国の者だがテモテの者ではないようだ。


「俺の敵は魔物だ。人間じゃない」

アクロンの青臭い発言に眉を潜めた。魔物を敵として、王都に入ることが出来る者?

「神に選ばれた、ということか」

「そうじゃない。魔王を倒しに来ただけだ」

「どうやって、王都に入った?」

「門から入った。北の宴に参加できるだけの権利はあるぞ」

北の宴?淘汰の最終日の事だろうか。つまり、神が導いた者達ということか。

「浄化の試練に挑戦すると」

「試練は関係ない!」

「既に試練を受けている」

「違う!」

会話は噛み合っていないような気がする。


「アクロン、そんな奴、ほっておけ!次が来たぞ!」

次?

バルクの声にアクロンが光の柱を見ると、柱の前の空間が歪み、青い髪が翻り、金色の瞳をした魔族が3体現れた。


ケトラはその姿に目を見張った。

「何と、神が使徒を遣わされた」

ケトラにとって、青い髪、金色の瞳は伝説の泉の勇者同様、敵などではなく、神の選民、使徒なのだ。その姿を拝むことができるとは。

バアル・ゼポンの昔話に出てくる最初の勇者3人は青い髪とトパーズの瞳だ。その血は王族に流れているが、そうした容貌の者は減ってしまった。だが、大祭司アベンが力を使うとき、その瞳は金色に輝く。それは神の力を行使していると言われている。神の声を代弁する者のみが許される色だ。だから、ケトラにとって、青い髪と金色の瞳を兼ね備える者は、神の化身に等しい存在だ。


ケトラの呟きを聞きながら、アクロンとバルクは身を引き締めた。目の前の魔族は今まで出会った存在の中で桁外れに威圧感ある存在だった。


出現した3体の魔族は、目の前の人間を見つめ小首を傾げた。

「古代人は滅びたのか。脆弱な者しかいないようだ」

「では、無価値で目障りなものは一掃しよう」

中央の1体が片手を上げた。その手に魔力が結集されていく。周囲の魔物も怯えるように動きを止めた。

手はアクロンとバルクがいる場所へ向けられている。

「ヤバい。魔法戦かよ。」

「バルク、なんで、魔装備のマントを持っていないんだよ」

アクロンはダベルネ国で入手した防御力のあるマントを身に着けているが、バルクは軽量の鎧のみだ。

「俺はマントの類が嫌いなんだ。一応、バックルは締めているぞ」

「それ、効くといいな」

そもそもダベルネ国のマントがどこまで魔法の攻撃を防いでくれるか定かではない。

正面から受け止めるなんて愚かなことはしたくないが広範囲魔法なら、終わりだ。


顔を引きつらせるアクロンの眼端にケトラが跪く姿が映った。おいおい。逃げろよ。

「死にたいのか」

ケトラが跪くので周囲の兵らも次々に跪いていく。馬鹿なのか。苛立つアクロンに対し、バルクは魔法発動までの時間を考えながら、逃げ切るための距離を測った。

「ほっておけ。死にたい奴の世話まで焼けない」

バルクはそう言うが、アクロンは、呻くように騎士ケトラに告げた。

「神っていうのは、最後まで諦めない者に天啓を与えるものなんじゃないのか?」

ケトラが不思議そうにアクロンを見上げると、アクロンはさらに言葉を続けた。

「諦めず更なる高みを目指して挑戦を続ける者にのみ門は開くのだ」

そう、それが覇王門だ。光の柱が邪魔でよく見えないが、遠く、サーハラとハシーディムが巨人と戦っているのが見えた。彼らも挑戦を忘れない。常に高みを目指している。

神がいるとしたら、神も覇王門と同じに違いない。前に進む者に手を差し伸べる。諦めたら終わりだ。挑戦は生ある以上、続けるべきだ。

魔物から逃れた傭兵たちも皆、戦っている。


「消えよ」

魔族が呟いた。


光の柱が霞むほどの閃光と炎熱が城の正面を焼き尽くし、魔物もろとも塵と化した。


「防がれた?」

魔族は怪訝そうに正面に立つ人間たちを見つめた。


「さ、サーハラ?」

目の前にはサーハラが立っていた。

バルクが驚く中、サーハラが正面に翳した竪琴が砕け散った。

サーハラはバルクの声を無視して、いきなりアクロンを振り返って怒りの声を上げた。

「どうしてその程度の魔装備で防げるなんて馬鹿げた判断ができるんだ?」

「いや、俺よりバルクの方が軽装だ」

「君たちに逃げるという選択肢はないのか?」

「俺は逃げたかったんだが、アクロンが逃げないからな。勝算があるのかと」

サーハラの激怒に目を泳がせ、たじろぎながらバルクはアクロンを見た。

「サーハラが動くのが見えた」

あっけらかんとアクロンは言ってのけた。

サーハラは魔法使いではないが、超一流の、高度な魔道具使いだ。身に着けているのも超一級品の魔装備だ。ダベルネで売られているような市販品ではなく世界に一つしかないだろう逸品だ。

だから、本気のサーハラの移動速度は光に匹敵する。

全く悪びれないでサーハラが防衛に来るのが当然の事と思っているアクロンにサーハラは唸り声を漏らした。

「アクロン」

怒らせると助けてくれなくなる可能性はある。

「信じているからな」

素でこのセリフが出るのがアクロンだ。

バルクはそんなアクロンの性格がサーハラというひねくれた男を動かせるのだと感心した。

ただし、アクロンが信用しているのはサーハラが身に着ける魔道具の効果だ。

それと悟らせないところが凄い。

サーハラは真顔のアクロンの言葉に、怒りを砕かれ、つい先輩面をしてまんざらでもない様子だ。笑みを抑えきれていない。

バルクは内心苦笑した。


「脆弱なくせに我が魔法を防ぐか。だが、次は防げまい」

魔族は再び手を翳した。


「サーハラ、琴も砕けたことだし、そろそろ本気でやれよ」

アクロンの言葉にサーハラは片眉を吊り上げた。助けてやったのに随分な台詞だ。

まったく可愛くない。サーハラはアクロンに凄みのある笑みを向けながら、髪を掻き上げた。

「私に長剣は似合わないんだ。優雅さが無いと思わないか?」

両手をひらつかせて切られて短くなったスカーフを風にそよがせるように手放し、今度は子供のように無邪気な笑みを見せた。スカーフは風に吹かれて、やがて黒い水の中に沈んでいった。

「なんでも似合っている。だから、その3体は任せた」

バルクが手を振って魔法攻撃がお手上げであることを示した。魔族がそろそろ攻撃を再開しそうだ。魔法による広範囲攻撃は防ぎきれない。ハーリールは大神殿側で戦うラハブ達の後衛をしているためこっちには防御魔法をかけてくれそうにない。


サーハラはバルクの取って付けたような言葉にムッとして、首を解すように左右に振ってアクロンを見た。

褒めてくれないと動かないようだ。

アクロンは大袈裟に息を吐き出すと片手を上げた。

「お前の剣の舞は優雅だと思う。この国の騎士たちはその3体が神の使いと思っている。本当の神々しさがどういうものか見せてやれ」

「…もう少し心トキメク褒め言葉が欲しいなぁ。まぁいいか。しょうがないな。君たちの手に余るようだし、私の方が先輩だからね」

嘲るように二人を見下すとサーハラは魔族へ視線を向けた。

右の魔族が指先をサーハラに向けて魔力を放った。一筋の氷魔法がサーハラの髪を揺らした。僅かに動くだけでサーハラはその魔法を躱し無力化した。

「何故、魔法が利かない?」

魔族は眉を顰めた。

「私は魔法使いではないけれど、魔法に愛されているから魔法は私を傷つけないんだ」

「戯言を」

魔族は明らかに不快がっていた。古代人でもない、魔法使いでもないサーハラが軽々と魔法を無効化し余裕を崩さない。

戸惑う魔族の姿に、満足しながらサーハラは爽やかな笑みを浮かべてみせたが、その笑みは次第に妖艶さを帯びて魔族に向けられた。

「たった3体で私の相手だなんて、可哀そうに」

サーハラの唇が艶やかさを増すと真紅に染まり、ゆっくりと舌が唇を潤す。

バルクは傍らのアクロンに耳打ちした。

「魔王よりヤバい奴だな」

「悪魔の微笑だからな」

サーハラは自分たちより強い。人の命を何とも思っていない残虐な面もある。躊躇なく攻撃する。


「ほざけ」

中央の魔族が先ほどより威力を込めた広範囲攻撃を放った。しかしそのエネルギーはサーハラが右手を上げると集約するように吸い込まれていき、サーハラが手を振るとその手にはいつの間にか黒光りする抜き身の刀が握られていた。

突然出現したその刀に魔族達の目は釘付けだった。

「…まさか、妖魔の刀…」


サーハラは驚愕する魔族に刀を見せつけるように、ゆっくりとその刃文を光に翳した。

黒光りするその刃には独特な刃文が浮かび、闇を誘うような紫光を放っている。

魔族の魔法を吸収したことで、敵がいる事に歓喜したのか一段と禍々しく輝いている。思わずバルクは目を細めた。

「相変わらず血に飢えた刃をしてやがる」

「妖艶な輝きと言ってほしいね。私のために守護者が鍛えてくれた最高の刀剣だ」

サーハラは艶やかな笑みを浮かべうっとりするように刀の冷めた輝きを見つめた。この刀はサーハラの人生そのものだ。死や苦しみ、恨み、憐れみ、欲、あらゆる感情が無意味だと感じた自らの過去を全て封じ込めている。存在するあらゆるものを躊躇いなく切る。それがこの刀だ。そこには悪意も善意も存在しない。

サーハラ以外が持つと呪われるという妖刀でもある。

「今、妖魔の刀って言われたみたいだが?」

「妖刀には変わりないな」

アクロンとバルクが何を言おうと、サーハラは気分良さげに笑みを浮かべながら切っ先を魔族に向けた。

「抜いた以上、切らないとね。誰から来る?3人一緒でもいいけど」

刀は既に魔族が放った魔力を分析し標的と定めている。その分、いつも以上の邪気も纏っている。


魔族は3人同時に動いた。恐れるようにいきなり剣を抜いて切りかかって来たのだ。魔法も相殺してしまうサーハラに対しては物理攻撃の方が有効と考えたようだ。

巨人と違って魔族はサーハラと外見に差が無い。殺意と威容が周囲の魔物や人間を震え上がらせるくらいだ。ただ、サーハラの妖艶な笑みも十分に兵士らをドン引きさせた。

剣と刀がぶつかると魔族は目を見開いた。まるで手応えが無い。次の瞬間、サーハラの刀は剣ごと魔族の一人を切り裂いていた。そして返す刀でもう1体を切断した。3体目は流石に素早く身を躱してサーハラから距離を取った。

「妖魔の刀を人間ごときが扱えるとは。だが、それは貴様の魂も削る刃だぞ」

「そんな脅しは無意味だよ。だって、魂は他人から奪えばいいだけだろう?」

サーハラを脅しにかかった魔族よりも、サーハラは冷徹な笑みを浮かべていた。

本当にヤバい奴だ。

アクロンとバルクはサーハラの覇気が周囲を戦慄させたことに苦笑して目を見合わせた。

魂を奪うとかどうなんだ?ただ、本当にサーハラの刀には魂を喰らうという噂がある。それは切るとは別問題だ。

魔族は舌打ちするなり空間の歪みを開き、その僅かな隙間に滑り込むように姿を消した。

「…逃げた」

バルクは呆気にとられた。まさか魔族が逃げるとは。アクロンも苦笑するしかなかった。

「仲間を連れて戻ってくるかも?」


「あ、ハシーディムが巨人を倒したみたいだ」

「ラハブは…」

バルクとアクロンは、攻撃対象を失ったサーハラの気を逸らすため、他の戦場の話題を口にした。ラハブの姿を探すと大神殿の前に激しく落雷が落ちていた。魔法戦らしい閃光が生じ、4元素が荒れ狂っていた。大神殿の結界も飛び火してくる魔力の余波を弾く度に光を散らしていた。

あの場に居なくてよかった。それが二人の正直な感想だった。

サーハラは白々しい態度の二人に咳払いして刀を消し去った。どういう仕組みなのか刀は普段は見えない。守護者の作品なのだから魔法がかけられているのだろう。

「さて、どうして…」

サーハラがアクロン達に歩み寄ろうと光の柱に背を向けた時、その背後で一筋の線が空間に走った。

次の瞬間、サーハラは袈裟懸けに切られていた。

「サーハラ!!」

アクロンが絶叫する中、サーハラは血を吐きながら背後に現れた魔族を振り返り、いつの間にか再び手にした刀を振り抜いていた。

魔族は確実にサーハラを切断したと手応えを感じていた。サーハラは鮮血を散らした。それなのに、サーハラが振り向きざまに放った一振りで、魔族自身が切断されていた。

「ばかな」

人間が、あの一撃で死なないはずはない。


「私を殺せるとでも?私は魂を狩る者だ。狩られるはずないのに。愚かだね。折角助かったのに、戻るなんて。愚かな自分を憐れむといい」


「なんでサーハラは死なないんだ?」

バルクが呆然とつぶやいた。魔族は死んだのに…。

アクロンは、目を瞬いた。

「たぶん、魔装備の中に不死性のものがあるんじゃないかな?」

「不死?そんな魔装備が存在するのか?園じゃないのに?」

「守護者のお気に入りだから案外、常に園と同じなのかもな」

そう答えたのはハシーディムだった。ハシーディムはバルクの肩を軽くたたいた。

「いつの間に」

「巨人が片付いたし、サーハラがヤバいかもって思って駆け付けたけど、ヤバいのはサーハラだった」

「それ、どういう意味」

サーハラが半眼をハシーディムに向けた。ハシーディムはいつも通りへらへらと笑っていた。

「血まみれでヤバそうってことだろ」

「着替えが欲しい」

「どうせすぐに汚れるからしばらく我慢しろ」

サーハラは血まみれだというのに、切られたはずの衣類まで修復されていた。どこにも破れた跡はない。自己修復されたということは衣類こそが不死を可能とする魔装備なのだろう。

血がべとつくとサーハラは顔を顰めた。

「長期戦はやだ」

「短期戦にすればいいだろう」

「簡単に言うねぇ」


「そなたたちは選民なのか?」

魔族に跪いていたバアル・ゼポンの騎士(ケトラ)が立ち上がって問いかけてきた。

「選民?俺達は覇者の園の住人というだけだ。人間を魔物から守るくらいしかやることがない退屈集団とも言えるけど」

アクロンは肩を竦ませながら、周囲の魔物がサーハラの覇気で少し大人しくなっているので気軽に答えた。

騎士達は皆、アクロン達を見つめていた。

「神の使徒に切られて死なないのは選民の証だ。試練を乗り越えたということだ」

「いや、バアル・ゼポンの神なんて俺達には関係ない。神の使徒を倒されて怒らないのか?」

「神の使徒は不滅だ。試練を与えに顕現されただけに過ぎない。私欲の無い者のみが生き残ることを許される。それが淘汰だ」

アクロンはケトラとの会話で眉間に皺を寄せた。何か噛み合わない。これを試練とか言う奴が信じられない。これはただの破壊だ。攻撃だ。魔族こそが飢えた欲の塊だ。どうしてそれが神なのか?信仰というのは何だろうか。

「あんた達は何を信じているんだ?救いじゃないのか?」

「バアル・ゼポンの神は、叡智を授け、未来へ人を導く。豊かな国を造り、平和な生活を保障する」

「この何処が平和な生活なんだ?」

人々は血まみれで魔物に喰われ、都市は破壊され瓦礫と化している。

「欲が溜まったための浄化作用が起きているだけだ」

「だけ?いや、ただの殺戮だろう」

「欲深な者達を浄化して魂を救っているのだ」

やはり狂っている。アクロンは溜息を吐いた。

「俺達はあの大神殿に顕現した魔王と大祭司アベンを倒しにきた。邪魔するならあんた達も切ることになる」

アクロンは真顔でそう告げた。

大祭司アベンは彼らにとって神の言葉を伝える偉大な存在だ。それを倒すという者に対し、どうするのか。

その場にいた兵たちはケトラの判断を待っていた。誰一人剣に手を掛けない。

ケトラがアクロン達を倒せと命じるかと思ったが、彼は微笑した。

「神の使徒の試練を乗り越えた者達は、次の試練へ進む。我々に留める権利はない」

「変わった考えだ」

アクロンは溜息を吐いた。バルクは肩を竦ませた。折角、助けに来たのに殺し合いにならなくてよかったというところだ。

この様子にハシーディムは敵兵とすっかり仲良しになったようなアクロンに呆れながら、アクロンとはそういう奴だと納得した。


ハシーディムは、ずっと彼らを守りながらここに居そうなアクロンの肩を叩いた。

「話はついたか?ここに小者しかいないなら、ラハブ達に合流しよう」

「え?あの戦場?あれは、ちょっと」

バルクが苦笑して魔法がぶつかり合う大神殿の方角に手を振った。背後に沸いてくる魔物を切り刻んでいる方がいい。魔法戦は向き不向きがある。

「雑魚は無限に湧いてくる。さっさと魔王を倒す。その方が早く決着する」

サーハラがいつの間にか刀を肩に担いでいた。

「魔法を弾く魔道具って余っているか?」

バルクの問いにサーハラは呆れるように首を振りながら腕輪に一つを外してバルクに渡した。腕輪の大きさは自在に変化し、サーハラより太いバルクの腕にぴったりと収まった。

「それ、俺も欲しいな」

「アクロン。ダベルネで何やってたんだよ」

「このマントを買った。高いんだ。あそこの魔装備。まけてくれないし」

そう答えながら、覇者が金貨に困らないと吹聴して歩いているのがサーハラだということを思い出した。お前のせいで覇者は高い買い物をする羽目になっているのだ。

つい、アクロンはサーハラを睨んでしまった。

「廟の守人が金貨を配布しているんだから使えよ!まったく!」

怒りながらもサーハラはもう一つの腕輪をアクロンに渡した。サーハラは何本もの腕輪を身につけていた。華やかな吟遊詩人を装っているため装飾品は多い。その全てが魔道具なのだからその辺の魔法使いより余程強かった。


二人のやり取りにハシーディムはつい微笑した。戦場なのにとても微笑ましい。

「サーハラってアクロンに怒っている割にアクロンの面倒をみているよな」

「お人好し過ぎるアクロンがほっとけないらしい」

バルクはそう答えつつもサーハラの方がアクロンに頼っている面が多いことも知っていた。

初めて会った時、サーハラの覇気は邪悪そのものだった。それが、アクロンと知り合い語らうことで変化が起きた。凍り付いていたサーハラの過去が動き始め、恨みや憎しみ、怒りが沸き上がり、純粋で真っ直ぐなアクロンに当たり散らした。アクロンはその全てを飄々と受け流してしまったのだ。園の住人同士の殺し合いは御法度。にも拘らず、サーハラはアクロンにあらゆる罠を仕掛けた。アクロンの家族を狙うような卑怯な手も使いそうになった。それを見てバルクが慌てて止めに入った。危険な状況になることもあったが、基本、アクロンは動じなかった。騎士として、全てを正面から受け止め、冷静に対処した。その凛とした姿にはバルクも感心した。

アクロンは園にいる時、短気で口が悪く怒っていることが多いが、戦場では冷静だ。騎士団の副団長をしていただけのことはある。反発する部下を従えた経験もある。だから、サーハラの感情的な行動にも振り回されなかった。しかも、とことん真面目だ。

どうなることかと思っていたが、サーハラの方がアクロンの実直さにあきれ果てることになった。要は根負けしたのだ。

アクロンの態度は誰に対しても変わらないが、サーハラは明らかに相手を見て変えている。

アクロンに対しては、かなり、懐いている。残念なことにアクロンは懐かれていることに気づいていない。そういう機微には疎い。純愛な妻の事しか気にかけていない証拠だった。


サーハラと魔族の戦いに遠慮してか近づいてこなかった魔物たちも再び王城を囲むように蠢き始めた。魔人ももう何体も生成されている。

「おい。<不敗の騎士団>というくらいなのだから、戦えるよな?」

アクロンはケトラを睨みつけた。まさか、また魔族に跪いて死を待つつもりでは困る。

「お前たちが試練を乗り越えるところを見た。我らも試練を乗り越えねばならん」

よそ者には負けられない。

ケトラはニヤリと笑って見せた。そして部下達を見回した。

「魔物や魔人を城に近づけるな!」

ケトラの檄が飛び、兵士らが一斉に動き始めた。

逃げ延びた傭兵たちも必死に戦っている。


「では、我らは大神殿へ行くとしようか」

ハシーディムはそう言って、魔法が炸裂する大神殿前を示した。

去っていく4人の覇者を眼端でとらえながらケトラは鼻を鳴らした。

あれが、伝説の覇王門を潜った覇者達か。確かに覇気がある。銀髪の細身の男はアベンよりも人間離れした雰囲気だった。あの存在を呼び寄せるのも大祭司アベンの狙いだったのだろうか。

神とは試練を与える存在だ。

神と語らうのは大祭司のみ。

我らは大祭司の判断に従うだけだ。

この国のために。

それが結果的に民を救い、守ることになる。



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