王都 崩壊
異変はバアル・ゼポンのどこに居ても感じられた。
地の奥底から低い音が伝わり、地鳴りが響いてくる。
王都バアル・ゼポン全域が魔力による圧力を受け、空間に歪みが生じ、世界の法則を支える原始の力を巻き込むように異常な振動を始めていた。
大気が、大地が、天空が、揺れている。
ラハブは片眉を上げ、手に持っていた酒を飲み干すと、空となった杯を床に置いて立ち上がった。
その傍らでサーハラは残念そうに酒杯の中の酒を揺らした。魔王の宴が始まるということは、こちらの宴は終わりということだ。竪琴の弦を弾いて、ため息を吐く。今度は装束を汚さずに戦うのは難しいだろう。
やる気のないサーハラの態度にアクロンはムッとしつつもゆっくりと立ち上がり剣に手を掛けた。
ハーリールが杖を握り締め、カーファルが慎重に窓から外を窺いつつ、気取られないように奥へと下がった。
ハシーディムもバルクもどこか嬉しそうに笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
ついに魔王様の復活だ。
千年、語り継がれてきた伝承に出てくる魔王だ。
遠慮なく戦える相手が目覚めたのだ。
地底からは唸るような重低音。
張り詰める空気からは耳鳴りのような高い金属音。
五感が狂い歪んでいく。
四方から、都の中心に向けて急激な圧力が掛かってきたかと思うと、路地の石畳が波打つように盛り上がり始め、あらゆる物体がねじ曲がった。
目の前に光が弾け、空間が爆発した。
否。
錯覚だったのか。
建物の中も外も崩れていない。
全身が緊張する。
空気が凍り付くように全てが固まった。
…今の錯覚は、現実になる。その予感がした。
「来る」
唸るようなラハブの声が漏れると、まだ室内にいることを自覚しつつ皆、武器に手を掛けた。
次の瞬間、結界と壁が突き破られ黒い物体が室内になだれ込んできた。
間髪入れずにカーファルが目の前に現れた黒い物体を一刀両断すると室内で凄まじい爆発が生じ、それと同時に外でも路地の石畳が吹き上げられ、勢いよく大地から黒煙が巻き上がった。
その容赦ない膨大な力は街並みそのものに襲い掛かっていた。
避けようもなく部屋が建物ごと吹き飛ばされ、壁や天井が風圧に砕かれる中、アクロン達は宙を舞った。
これは幻ではない現実だ。
空中に弾き飛ばされる中、周囲を窺い、辛うじて崩れていない建物の屋根に降り立った。
全員が、無事に屋根に降りたことをラハブは確認し、口角を上げた。
空間の歪みがそこかしこに生じている。軋む音が聞こえてくるようだ。
本当に魔王を蘇らせたのだ。いびつになった空間には亀裂が走っている。そこから何かが侵入しようとし始めていた。
アクロンは周囲の変貌に息を呑んだ。
吹き飛ばされ高い建物の屋根に降り立ったことで四方を見回せる。王都の中心地区にいるからこの地区よりも高い建物は他地区にはない。お陰で異常事態を直視できた。
王都は強固な城壁と堀に囲まれていた。その城壁もはるか彼方ではあるが、目を凝らせば見えるはずだった。
この王都は、城壁の内側に堀があるという特殊な城郭都市だ。王都に入った時、堀に流れる水が黒く波打っているのは確認した。しかし、今、その波は黒い飛沫のように天へと吹き上げられ、城壁を隠し、王都を囲む壁となっている。
地上から天へと滝が遡って聳え立っているのだ。
その光景に誰もが目を疑った。
風が流れるように闇が王都の周囲に取り巻いていた。
空を見上げると黒い飛沫が天へと到達したかのように暗黒が天を覆っていた。
星も雲もなくただ暗黒があった。
このまま暗闇が全て覆い尽くすのかと誰もが考える中、王都の中心からは光が湧き、王城の前広場に立つ巨大なオベリスクが黄金色に発光し始めた。
周囲が闇に包まれる中、眩い光にアクロンは目を細めた。
黄金の輝きを放つ柱、それは確かにある。
ところが、闇は深まるばかりで広い空間が照らされることは無く、ただ、光る柱があるだけだ。
眩い光は都全体を照らさない。そんなことがあるだろうか。何かが光の広がりを拒んでいる。
「見ろ」
アクロンに駆け寄ってきたバルクが、柱の光に気を取られている彼に柱の立つ大地を指さした。
大地は黒く波打ち始め、泡立つ液体と化していた。
「まさか、魔物?」
「魔物を生み出してやがる」
「王都全体が培養土なのかも。増殖スピードが半端ないわね」
魔物が闇好きというのは思い込みだったのかも?光を恐れる動きが一切ないじゃない。
いつの間にかハーリールも二人の近くに立っていた。
光が届く範囲は建物が崩れ、黒く蠢く大地に呑まれ始めている。それは王城の一角にも及んでいた。
王都を囲む堀から吹きあがる飛沫は、途切れることなく天へと登り続けている。
その囲みの中に大国らしい万を超える建物が連なっている。
ハーリールは大陸最大都市が闇に覆われる様に、つぶやいた。
「王都の堀を流れていた水が…都を包む壁となり結界となったってわけね」
もはや何人もこの王都から出ることは出来ない。
水の流れる音が激しさを増し、轟音となり都の周囲を渦巻いている。
歪んで盛り上がった大地からも黒い水が湧きだし、それは、無数の魔物へと変貌を遂げた。
閉じられた王都という空間を魔物が埋め尽くすのに時間は掛からなかった。
巨大な都そのものが魔王の食卓というわけだ。
「魔王の宴だ!北の宴だ!遠慮はするな!喰らえ!喰らえ!」
黒い鳥の甲高い声が響き渡ると、凄まじい地震が起きた。
「崩れるぞ!」
バルクの怒鳴り声と共に地割れが起き、一瞬で王都の大半が瓦礫と化した。
なんとか足場の安定していそうな全壊を免れた建物の上にそれぞれ飛び移って難を避けるが、王都の中心に聳える王城ですら半壊する激震だった。
この異変には、人の気配がなかった王都でも流石に人々の叫び声が上がり、正規兵や騎士たちがようやく動き始めた。
驚き逃げ惑いながら走る者たちが光につられたのか柱を目指し、黒く緩んだ大地に飲まれていく。
「助けて・・・」
次々と悲鳴と叫びも飲まれていくのだ。
必死に抵抗する兵士達も魔物の数と地震で指揮も乱れ、まともに戦えていない。
まさに地獄絵。人々の叫びにも大祭司や祭司は全く姿を見せないようだ。助ける気はないということだ。この国の魔導士は、世界一二を争う凄腕の魔法使いだというのに…。
アクロンは唖然としてしまった。
「国ごと喰らう気か」
とんでもないことをする。
魔王を目覚めさせ、自国も破壊し、いったい何がしたいのか。
アクロンはバアル・ゼポンの大祭司アベンが信じられなかった。気が狂っているとしか思えない。
「いいねぇ。遠慮なく戦えるってもんだ」
その声は隣の瓦礫と化した建物の上から聞こえた。ラハブだ。
ラハブの舌なめずりに、アクロンは眉を顰めた。この地獄絵に怒りもなく笑っているのだ。この感覚の差はなくならないだろう。
ラハブの横にはハシーディムとサーハラがいた。
「都民はいないのか?この惨状に対して静かすぎる」
ハシーディムはこれだけの揺れと破壊に住民が外へ飛び出して来ないことに首を傾げた。魔物はどんどん湧いているが、住民の姿は見ない。崩れた建物に人の叫びが無いのだ。
「兵士なら王城とその周辺の館から飛び出してきたぞ」
バルクは王城の方角から聞こえてくる剣の音や喧騒に視線を向けた。騎士や兵士は既に魔物と戦い始めている。
魔物は黒い水からだけではなく、空間の裂け目や大地の裂け目から無数に湧いている。
ハシーディムは光の及ばない暗闇の中を、目を凝らして観察した。
「住民を避難させたということか。信徒は一応守ると」
「守るって言っても、この状況で?」
ハーリールはバアル・ゼポンの信仰について詳しくはない。信徒を守る気がある者が魔王を復活させるというのも理解しがたい。しかし、魔物に襲われているのは、ほとんどが兵士だ。
ラハブの横にカーファルが何処からともなく歩み寄った。気配を消しているためか魔物もこちらには襲ってこない。
カーファルは、王城の後ろに聳える大神殿へ目を向けた。
「見ろ。大神殿は全く揺らいでいない。あの大神殿に都民はいるのだろう」
城より巨大な建造物。
バアル・ゼポンの誕生の地と言われる場所に立つ大神殿。
「やはり、あそこにアベンもいるということか」
「結界は?」
「あれは、私では無理って言ったでしょ」
絶対に結界は破ることが出来ない。ハーリールはそう宣言して、肩を竦ませると
「魔物を全部倒せばアベンも魔王も出て来るわよ。頑張って倒しましょう!」
と歌うように告げて杖を掲げて見せた。
ハシーディムが身体をほぐすように肩を回しながら頷いた。
「OK!始めよう」
楽し気にハシーディムがそう言うと、皆、鮮やかに剣を抜き放った。
ただ、アクロンだけはがっくりと肩を落とした。
全部倒さないと魔王も大祭司アベンも登場しないって、どうなんだよ。逃げられたらどうするんだよ。だから無計画な戦いは嫌なんだ。
「アクロン、ボヤっとするな!」
「ふん」
ラハブに怒鳴られるとバルクに笑われ、アクロンは鼻を鳴らしていきなり剣を振るい暴風で周囲の魔物を吹き飛ばした。
「いきなり、放つな!危ねぇな」
アクロンの攻撃を躱しそこなう覇者などいないから、文句も軽口の一つだ。
アクロンの暴風剣が引き金となり、注目が集まったのか一斉に様々な魔物が襲い掛かって来た。
真っ先に対応したのは意外にもカーファルだった。
カーファルの遠慮ない斬撃は周辺の魔物を瞬く間に霧散させていた。
「流石、傭兵黒竜」
口笛を吹くバルクの横ではハーリールが魔法で大神殿迄の道を作るようにあふれ返った魔物を一直線に薙ぎ払っていた。
「遠慮はするな!いくらでも獲物はいるぞ!」
ラハブは狂喜乱舞するかのように突撃していった。
狂戦士がこの状況を喜ばないはずなかった。
凄まじい攻撃力は伝説の古代人ということを立証していた。
古代人と魔物の戦いは、大地が血肉で埋め尽くされたと伝説の中に伝えられているが、嘘ではないことが分かる。今、まさに同じ景色が広がろうとしている。
閉ざされた空間での生き残りを賭けた戦い。
「まるで円形闘技場だな」
バルクには王都が巨大な闘技場に見えてきていた。闘技場なら闘剣士が活躍しないわけにはいかない。
「闘剣士バルク様の暴れっぷりを披露してやる」
バルクはそう言うなり襲い掛かってくる魔物に逆に襲い掛かった。
「派手好きが多くて、出遅れたかな」
サーハラは周囲の魔物を呼び寄せるように弦を弾き、琴の一辺から取り出した刃を投げる。風が舞い、刃がサーハラを中心に一周すると周囲の魔物は霧散していた。
この戦い方は装束が汚れないのが良い。
「サーハラ、そんな竪琴で遊んでないで、真面目にやれよ!」
魔物を竪琴から取り出した刃を投げて狩るサーハラに対してアクロンが文句をつけた。
「華麗な私に白兵戦は似合わないんだよ。弓矢にしたいくらいだ」
アクロンは、サーハラの弦の音で無力化するのか魔物が小さな刃によって狩られている様に舌打ちした。どうして獰猛な魔物がサーハラに切り付ける位置まで進めない?あんな小さな刃のどこにそんな威力があるのだろう。
何故かイラっとする。
サーハラの近くでは戦いたくない。その理由は幾つもある。
騎士団に所属していたアクロンは指揮を乱す存在が嫌いだ。サーハラは乱すくせに強いので文句も言えない。力量差を嫌でも見せつけられる。おまけにサーハラの戦いは自己満足のために行われることが多い。人を助けるという発想そのものがない男だ。
アクロンは全力で突進してくる赤い眼の魔物を暴風剣で吹き飛ばすと大神殿ではなく、王城周辺で魔物と戦う騎士達を助けるために駆け出していた。
敵認定しているのは大祭司アベンと魔物だ。魔物の餌にされている人間を見捨てることなどできない。
サーハラが人助けよりも魔王を優先するなら、自分は一人でも多くの人間を助ける。それが騎士だった自分の矜持だ。
その様子に弦を弾き、サーハラは冷ややかな視線を向けた。
「…アクロンはお人好し」
「お前は他人に興味、無いよな」
サーハラの言葉をバルクは鼻で笑うと、アクロンの後に続いた。
光の柱が壮絶な魔物と兵士の戦いを鮮明に照らし出している。圧倒的に数で優る魔物によって切り裂かれる兵士達を助けるために、切り込んで行く二人に呆れるように嘲笑を投げてからサーハラは大神殿へ視線を移した。
ハーリールが大神殿までの道を作るように魔法で魔物を薙ぎ払ったはずが、既に道は魔物で埋め尽くされ、ラハブやカーファル、ハシーディムがどれだけ剣を振るっても際限なく魔物は押し寄せてきた。
「切りが無いな」
ハシーディムは赤い眼の魔物に狙いを定めて狩っていたが、ハーリールの傍らに立つと溜息を吐いた。
長期化したら、いくら覇者でも体力負けする。
「雑魚も積もれば山となるってことね」
「それ、使い方、違ってないか?」
ハシーディムの突っ込みに気分を害したのかハーリールはいきなり電撃魔法を炸裂させた。
一瞬にして周囲の魔物が霧散したというのに、地面から染み出るように魔物が出現して襲い掛かって来た。
「雑魚以外、いないのでは?」
無数の魔物にウンザリ気味にサーハラはスカーフを翻しながら弦の音に合わせて小さな刃を放って魔物を霧散させ続けていた。
「サーハラ!」
ラハブの怒鳴り声が響き、サーハラが殺気に上空を見上げた時、凄まじい炎攻撃が迫ってきていた。
いつの間に上を取られた?気配などしなかったはず。
大きく瞳を開くサーハラの前に、ハーリールの防御結界が展開した。
「油断しすぎ!雑魚以外が出てきてくれたわよ」
喜べと言わんばかりにハーリールは杖を振り上げ炎を弾き散らした。
炎とともに現れたのは魔龍だったが、いつの間にか現れたカーファルの一閃の前にあっけなく大地に落ち他の魔物に吸収されていった。
「魔龍も一太刀か。早くも我々の出番のようだな」
光の柱を背に7人の巨人が聳えるように立っていた。
魔法は働いていない。だから、転移魔法陣ではない。空間から現れたのだ。
巨人の出現により、蠢いていた魔物たちがサーハラ達の周りから距離を取るように引いていった。
巨人は他の魔物とは違い黒い金属製の鎧を身に着け、斧を担いでいた。
「7人?一人一体が担当ってことか?」
「いや、私とカーファルはあっちを倒す。こいつらはお前たちの好きにしろ」
「へ?」
何の話かとハシーディムがラハブの視線の先を見ると、大神殿の前に13人の青い髪の戦士が立っていた。
目の前の巨人とは違い、人間と同じような姿形、大きさをしている。
「あれは?」
ハーリールが目を細めて、13人の姿を分析した。魔物とは桁違いの魔力を感じる。魔導士にしては人外だ。
ラハブは不敵な笑みを浮かべ、13人を見つめながら舌なめずりをした。
「彼奴等は魔族だ。千年前に我ら古代人が戦った魔王の軍団だ。まだ13人だがもっと増える。巨人はさっさと倒せよ」
13人の瞳が金色に輝いてラハブを見つめていた。向こうも古代人が分かるようだ。
ラハブに指名されたカーファルも巨人ではなく魔族を観察していた。魔族には杖や槍、剣を持つ者がいる。いずれの武器も高度な魔法を帯びていると考えた方がよさそうだ。
ハシーディムは対魔法の剣士ではない。だから、巨人を相手にしろと言われるのは納得だ。しかし、ハーリールは魔術師だ。
「ハーリールはあっちの方が相性いいだろう?」
「あんたとサーハラ2人で巨人を止められるの?」
疑うようにハーリールが調子のよい二人を見るとハシーディムは肩を竦ませて7人の巨人に視線を戻した。
「問題ないね」
自分の5倍の大きさというだけだ。
「じゃあ、私は魔族の魔法を邪魔することにするわ」
杖を13人に対して構えるハーリールは嬉しそうに笑みをこぼした。久々の魔法戦だ。園の中でも魔法戦の機会は少ない。こちら側では皆無と言える。とことん楽しまなければ。
ハーリールとハシーディムが話している間にラハブとカーファルは大神殿の前に現れた13人の魔族の前に移動していた。魔法くらいで門番は躊躇わない。
魔族の一人が周囲を見渡し、最後にラハブらの剣を構える姿を見て嘲った。
「脆弱な者どもよ。千年ぶりにこちら側へ来たというのに、少しは進化したかと思えば、相変わらず稚拙な存在だな」
「そっちこそ、千年ぶりだというのに全く変わっていないな。また、我らに切られに来たか」
ラハブもニヤニヤと言い返す。
この場にいる者の中で、魔族との対戦経験があるのはラハブのみだ。
「人族は生意気で愚かだな。我らをこの世界に呼び出したのは人族だというのに。呼び出しておいて我らに戦いを挑むとは」
「呼びつけた奴も倒すから安心しろ。魔王は目覚めた日にすぐまた眠ってもらうことになる」
全く負ける気のないラハブの挑発にも13人の魔族は嘲笑を浮かべるのみだ。
周囲を蠢く魔物に比べ、騎士や兵士が脆弱過ぎるため、人間を脅威とは見ていないようだ。千年前も人族など敵ではなかった。ただ、古代人という種族を侮った。戦いの中で古代人は進化していったとしか思えない。それほど急速に力をつけ、覇王は人族以外をこの世界から追い出したのだ。
「千年前と同じ手が通じると思うな。しかも、古代人はお前ひとりか」
魔族はせせら笑った。まるで相手にならない。千年前に驚異的な魔力を放った魔法使いも見当たらない。人族には寿命がある。魔族より遥かに短い寿命だ。
「一人で十分だ。時間がかかると、門が開くかもしれないからさっさと始めよう」
ラハブはそう言って、剣に力を込めた。カーファルも構えなおした。門が開き覇王の軍勢が出現すれば魔族など一瞬で屠られる。それでは、ラハブがアベンを倒せなくなる。ラハブにとってそれが一番気に喰わない。
魔族は目を細めて二人を見つめると呟いた。
「愚かな」
呟いた魔族の後ろから電撃のような魔法が放たれた。
それは、かつて人族の軍団を一瞬で焼き尽くした高熱だった。しかし、それは二人の前で結界にぶつかり無効化された。
「魔族の魔法はその程度?古代人の魔法は失われていないってことを教えてあげる」
ハーリールの魔法は、【人外】を想定して戦った守護者直伝だ。だから、魔族の魔法に対する時、最も効果を発揮する。
13対3人だが、魔族に僅かな焦りが生まれていた。彼らに千年前の記憶があることが、警戒感を高め、感情を高ぶらせていた。速やかに倒すこと。それが魔族の尊厳を守ることにつながる。
一斉に13人はあらゆる手段で、3人に襲い掛かった。
ハーリールが去った後、ハシーディムとサーハラは目の前の巨人を見上げ、どうしようかと小首を傾げた。
巨人たちもあまりに小さい人族に戸惑っていたようだ。
「相手が決まったか?人数が少ないからと言って手加減をしないから覚悟しろ」
巨人がそう言って、ハシーディムとサーハラに狙いを定めるように斧を構えた。急には襲ってこないらしい。礼儀正しいのか?雑魚の魔物達とは大違いだ。
ハシーディムはニコニコと剣を構えた。
「人数はハンデだ。気にしないでくれ。大きさとか人数は勝敗には関係ないよ」
その傍らでサーハラは巨人に対してあまりにも小さい刃をクルクルと回して、前衛をハシーディムに任せると態度で宣言していた。
「サーハラ、真面目にやれよ」
「巨大な生物って可愛くないから、全く好みじゃない」
「こいつらを倒さないと魔族と戦えないぞ」
「こんな奴ら、バルクに戦わせるべきだよ」
「バルクはアクロンの応援に行ったし、アクロンは、敵兵なのに、助けに行った。戻ってこないよ」
「…雑魚は魔王を倒さない限り際限なく現れるっていうのに、雑魚殲滅に力を入れるなんて本当に愚かしい。アクロンのそういうところがイラつくんだ」
サーハラは愚痴をこぼすと溜息を吐いた。魔王を早く倒す方が結果として損害は少ないに違いない。それなのに目の前の人間、それも敵兵に群がる雑魚殲滅に奔走するなんて愚かすぎる。
アクロンは雑魚殲滅に力を入れているわけではなく、人間が魔物に襲われているから助けに行っただけだが、その人間が敵である以上、サーハラにとって人助けには該当しないのだ。愚策でしかない。
ハシーディムはいつもアクロンがサーハラに怒っているが、サーハラもアクロンに怒っているのかと呆気にとられた。まぁ価値観が真逆っぽいのは見ていてわかる。ただ、怒っている割には、アクロンとバルク、サーハラは園に居る時はいつも一緒にいる気がする。
どちらにしろ、魔王を大神殿から引きずり出さないことには話にならない。もしくは、大神殿の結界を何とかして破る。強固な結界は厄介だが、確かに、雑魚ではなく、より強い敵を倒せば、この状況は変わるだろう。
巨人とハシーディム、サーハラは一定距離で睨み合った。
「来ないならいくぞ!」
巨人は意外にも俊足で、いきなりハシーディムの頭上から斧が振り下ろされた。
剣で弾くように躱して跳躍するハシーディムの前に別の斧が切り込んできた。巨人は連携も得意らしく、後方で眺めていたサーハラの真横からも斬撃がきた。
切られたスカーフが舞う中、サーハラはその巨人の首に刃を滑り込ませていた。
「この私を狙うなんて100万年早そうだね」
一体の巨人が首を落とされて大地に倒れると同時にハシーディムも一体を切り殺していた。
楽勝。
サーハラは巨人の間を揶揄うように舞ってみせた。
苛立つ巨人をハシーディムが切り付ける。7対2は直ぐに5対2から3対2になった。
サーハラは、ラハブ達が凄まじい雷鳴を轟かせて戦う音を聞きながら、アクロン達に目を向けた。
「よそ見とは!許さんぞ!」
斧が魔力を帯びてサーハラに襲い掛かるが、サーハラは軽く躱すと巨人の肩を蹴りながら、光の柱へ向けて駆け出した。
「悪い!ハシーディム!あとは任せた!」
「おい!どこ行くんだよ!」
残されたハシーディムは3体の巨人の繰り出す斧を受け流しながら悪態をついた。サーハラの気まぐれは有名だ。まさか、戦場でもかよ!
クソッタレ!




