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大祭司アベンと黒溜まり

アザリアは黒い波を見つめていた。

どれだけ意識を失っていたのか、気が付いたら黒い波を見下ろす台座のような場所に横たわっていた。

慎重に周囲の気配を探りながら上体を起こす。寝返りを打っていたら下に落ちていたかもしれない。台座はほぼ正方形で、幅は両手を広げて仰向けに寝転がると端に指先が触れるくらいだ。高さは1階建ての建物の屋根くらいだろうか。

建物の中らしいということは分かる。

天井に明かりはなく、窓もないが空間はかなり広い。

人の気配はない。眼下に広がる黒い波以外の動きはない。空間は薄暗いが水面近くの壁が仄かに明かりを発していて何とか室内の形状が想像できる。

自分の居る台座は室内の中央にある。黒い波打つ得体のしれない液体の中心だ。床はない。壁まで距離にして50歩以上は離れていそうだ。

どうやってここに運ばれたのか。

扉もない。

これも魔法とかの力だろうか。


確か、黒い鳥が黒竜は王都に入ったと教えてくれた。


そうだ。

漆黒のフードを被った男が言った。黒竜を倒せるだけの力をくれると。

そして、そこから先の記憶が無い。


台座の周囲の黒い液体は波打って、時々跳ね上がって壁にシミを作る。そして、シミは壁の中へと消えていく。波の動きは海とは違って方向性が無く、まるで生きているようだ。船で魔物に襲われた時の波に似ている気がする。あの時の波も水しぶきが黒く厚みがあったように思う。そう、弾力のような勢いもあった。


じっと台座に座っていると、壁に薄ぼんやりした白い光が浮かび上がり、扉が開くように壁が消えた。

驚きつつも息を潜めてじっとしていると、黒い波が左右に分かれてアザリアのいる台座まで道が現れた。

床がせりあがってきたというべきだろうか。大理石でできたようなその床は、淡い色調で黒い滲みもなく濡れてもいなかった。台座と同じ幅だが、高さは違っていた。壁から途中までは台座より低く、中心に近づくと台座の高さまで登れるように階段になりアザリアのいる台座面と繋がった。

床の両側では黒い液体が床を汚さない程度に波打っている。


誰かが来る。

アザリアは無意識に剣の柄に手を掛けた。

漆黒のフードを深く被り長い杖を持つ魔導士が入ってきた。王都門の前で会った魔導士だ。その後ろを青い髪の、やはり長い杖を持つ魔導士らしき男が付き従うように入ってきた。その男はフードを後ろへ下ろしているので顔を見ることが出来た。まだ若いが整った顔の落ち着いた雰囲気の男だ。

「アベン様、捕えたテモテの者達は、いかがいたしましょうか。一人は神の声に応えております」

「テモテは相変わらずのようだな」

静かな愁いさえ帯びたようなアベンの声は長い年月を生きたもの独特の深みがあった。

アベンは振り返って言った。

「ザドク、その者達をここへ連れてきなさい。話を聞こう」

ザドクは、アベンの返事を聞くと呪文を唱えようとして、アザリアの存在に詠唱を止めた。


「アベン様、あの者は?」

ザドクはアベンに問いかけながらも台座の上のアザリアへ視線を向けていた。

真っ白な髪に紅い眼の女。

「神に呼ばれた戦士」

アベンは意味ありげにそう答えてアザリアを見上げた。アザリアの座る台座は彼らの立つ場所より20段ほど高かったのでアザリアは二人を見下ろす形となっていた。


ザドクはトパーズの瞳を煌めかせてアザリアを観察した。

魔眼と目が合うとザドクは自身の血が騒めくのを感じ、直ぐに目を逸らした。何か得体のしれない力を秘めた魔眼だ。淘汰の際に出現する魔物とも違う力を感じる。


「ザドク。そなたは拝殿へ行き、神が顕現された後の信徒たちの混乱に対応する準備を進めなさい」

「混乱など起きないかと」

バアル・ゼポンの信徒は神を信じている。同様に祭司の言葉に従順である。混乱が起きたことなど無い。

「この世には予期せぬ邪魔が存在するのだ。だからこそ、常にバアル・ゼポンの神を信じる力が揺るがぬように」

アベンの言葉にザドクは深々と頭を下げた。

ザドクは優れた魔導士であると同時に敬虔な信者でもある。そして、祭司として信者を導く者。

アベンは、若さゆえに頑なな態度をとることがあるザドクに笑みを誘われた。幼いころから優秀で右に出る者のいない魔導士であり祭司だ。何よりも濃青の髪とトパーズ色の瞳。バアル・ゼポンの神は未来への道を示されたのだ。

「この黒い溜まり空間は、建国の初期には青く輝いていたという。よくもここまで黒くなったものよ」

「伝説の青き泉ですね」

「そなたの髪のように濃い青色の泉であったのだろう。人の欲が澱み、泉を変えていったのだ。だからこそ、溜まり過ぎた欲には淘汰が必要なのだ」

「神の御心のままに」


ザドクは詠唱し、杖を振った。

すると、開いていた扉付近にぼんやりと白いものが浮かび上がった。

そして、それは室内に入ってきた。

白い光が檻のような球体を作り、その中に人が閉じ込められているのが透けて見える。

光の檻は、アベンの横をふわりと飛んでいき、アザリアとアベンの間、段差の手前で停止して床に下りた。


ザドクは特に何も口にすることなく、アベンに一礼して出ていった。

すると、壁に開いていた(あな)が閉じて、ただの壁となった。


アベンは杖を少しだけ動かした。

その様子をアザリアはじっと見つめていた。

何が始まるのだろう?

アザリアが知っている魔法はハーリールのものくらいだ。ハーリールはザドクのような詠唱をしなかった。時々「霧散」といった単語は怒鳴っていたが杖すらあまり使っていなかった。普段は笛を吹いていたし。

いろいろ旅してきたが、ザドクのような青い髪も初めて見た。

魔法とはいったい何なのだろうか。ザドクの使った魔法はハーリールのものとは違うものなのだろうか。


アザリアが用心深く見下ろしていると、白い光の檻が消えて、3人の人間が床に崩れるように倒れた。

光が消えたことで、空間は先ほどより薄暗く感じられたが、すぐにアベンが杖を振り、天井に近い壁に一斉に明かりが灯った。

アベンが詠唱していないことに気が付いた。詠唱の有無はどういう違いなのだろうか。


倒れているのは傷だらけの男が二人と女が一人。一人は兵士のような服装をしているが、3人とも着ている衣類は汚れ、ところどころ破れている。服の黒いシミは血に違いない。髪の色は3人とも違っていた。金髪の男と黒髪の男、それに銀髪の女だ。

テモテもバアル・ゼポンも異民族を受け入れてきた歴史がある。だから、多民族国家として形成された。人種は様々で髪の色も肌の色も瞳の色も様々だ。

3人から呻き声は聞こえるが立ち上がる気配はなかった。おそらく怪我が酷くて立つことが出来ないのだろう。


アベンはアザリアを無視して、3人の罪人を見下ろして、話しかけた。

「さて、悔い改め神の声を聴く者には、寛大な処置をする。テモテの結界を抜ける呪文を答えよ」

声に真っ先に反応した金髪の男は、首を振って女を見た。女は無言だった。無言でアベンを睨みつけていた。

もう一人の黒髪の男が、碧瞳をアベンに向けて呻くように声を上げた。

「結界は…外からは、入ることはできない。中から解除する。そういう、仕組みだ」

声は途切れ途切れだが、逆らう気のないことを証明していた。

アベンは3人の態度を冷ややかに見つめ、女に杖を向けた。女が一番敵意をむき出しにしていた。

「魔力を蓄えることが上手いようだな。魔物の好物はそういう魔導士だ」

女は恐怖以上に怒りを纏っていた。床に肘をついて上体を起こしながらアベンに食って掛かった。

「貴様は大罪人だ、アベン!覇王が折角、封印した魔王を蘇らせるなど愚かにもほどがある」

アザリアが女をよく見ると、女には手首より先が無かった。切り落とされたのだろう。拷問だろうか。

それでも女の眼には力があった。怒りという力だ。


その怒りに対しアベンは冷ややかだった。

「“人”にいかほどの存在価値がある?傲慢なテモテの者よ。自国の繁栄のために搾取するだけの貴族や魔導士という存在は、人を餌とする魔物と大差ない。そんなことも分からないのか?」

「搾取などしていない」

唸るように女が反論すると、アベンはフードを少し上げて、憐れむように3人を見つめた。トパーズの光を放つアベンの瞳は遥か過去の世界を想起するような深みを見せた。

「かつて、貴様たちテモテの魔導士が我が物顔でこの大陸を徘徊し、大地に隠された古代魔法陣を国に持ち帰って秘匿していることを知らぬとでも思っているのか?その魔法陣が小国を守っていたというのに、奪われた小さき者達は外敵を防ぐ力を失い滅びた。テモテの歴史は搾取と、そう、略奪だ」

「嘘を言うな」

確かにテモテの長い歴史の中には、古代人の遺跡から多くの知識を得た時代がある。

古代人たちは魔王との戦いで、要所要所に魔法陣を描き、それを活用して戦いを進めていた。覇王が去った後、それは遺跡となり、やがて森の中に沈んでいったのだが、国が興り、落ち着いて魔法という力を学ぶ者が増えると古代人の力を探す者も生まれた。魔法陣を読み解くことで魔力について失われた知識を補うためだ。そうした時代があったことは事実だ。しかし、テモテが搾取や略奪して小国を滅ぼしたなどとは濡れ衣だ。


「バアル・ゼポンこそ、魔法が南方へ広がるのを妨害し、魔法使いを消し去っているではないか」

魔法と魔力の知識は、国の興亡の中、失われる危機が何度もあった。特にバアル・ゼポンは異国の魔法の伝承を邪魔していた。それは戦略としても有効だった。

アベンは嘲るような笑みをこぼした。

「力の無い者の火遊びというのは、この世を害する」

アベンはザドクよりも鮮やかなトパーズの瞳をしていた。その瞳に魔力が宿ると黄金色に輝き始めた。3人は息苦しくなり声を発することも出来なくなった。魔力を体内で効率よく使用するには血筋が重要と言われている。バアル・ゼポンのトパーズの瞳は魔力を扱う優れた証としてテモテでも有名だった。その瞳を持つ魔導士は危険。用心するよう言われている。魔力を効率よく使えるということは放つ魔法の威力も絶大ということだ。


アベンはテモテの若い魔導士達を見下ろしながら過去について思いを巡らせた。

「テモテには800年の歴史がある。その歴史の陰で消えていった魔法陣は数えきれない。テモテは自国の脅威となる魔法陣を研究もせずに破壊したのだ。魔法陣には失われた古代魔法の秘密があるというのに」

「平和を保つのに危険な魔法は不要だからだ」

金髪の方の男が反論したが、アベンは怒らず、少し首を傾げた。

「果たしてそうかな?最近の話をしよう。最近と言っても20年近く前になるかもしれない。古代魔法の研究をしていたテモテの魔導士がテモテの国内で焼き殺された。知っているか?」

あり得ない。

金髪の男はそう言いかけて、黒髪の男の声に遮られた。

「ルキオはバアル・ゼポンへ潜入して、失敗したんだ。貴様の呪いをリノス様が祓ったんだ」

「ルキオって、あのルキオのこと?」

女はルキオと面識はなかったが、優れた魔導士で古代魔法を扱う数少ない存在だったと噂されていた。そして、呪いを祓うため家ごと、家族ごと火を放って骨まで灰になったという壮絶な最後。それは魔導士学校の教官から聞かされた話だ。


アベンはゆっくりと溜息をついた。

「ルキオという名前だったか。あの魔導士は才能があった。改心するなら私の弟子にしたいくらいには有能だった」

3人はその言葉に驚愕してアベンを見上げた。アベンがテモテの人間の才能を評価するなどあり得ない。驚く3人をよそにアベンは少し思案気に小首を傾げた。

「テモテの王族は才能ある魔導士を恐れているのか?この800年の間、若く才能のある魔導士を前線へ送る習わしは変わらない。宮廷魔導士長のリノスなど保身に走り、部下を守るどころか見殺しにした。その者がもたらした情報も握りつぶした。まぁ私にはその方が良かったが、中でもルキオという男は哀れだった。私に挑み、破れ、家族もろとも呪われ焼き払われた。ルキオはとても才能があったのだ。神の導きを得られないために命を落とした。知っているか?ルキオは古代魔法の研究に熱心で、古代人が残した魔法陣の解明に取り組んでいた」

アベンは饒舌だった。

囚われたテモテの魔導士たちは逆に戸惑っていた。自分たちを惑わすつもりなのは分かるがアベンがテモテの人間をこんなに褒めることが意外過ぎた。あり得ないことだ。しかも、噂に聞くアベンはもっと狡猾で邪悪で冷酷だ。捕まった時、魔物の餌になることを覚悟した。もちろんこれから餌になる可能性はある。


「私は才能ある人間には寛大だ。ルキオが諜報活動のために私のもとへやってきたことは直ぐに気づいたが、彼の才能は素晴らしかった。古代魔法を少しではあるが扱えるだけの技量もあった。古代人の魔法陣は難解でその魔法陣が何の目的で描かれたのか読み解ける人間は少ない。ルキオは完璧ではないが糸口をつかんでいた。おそらくそれがリノスには気に入らなかったに違いない。自らが読み解けない物を読む部下を信用できなかった。愚かなことだ。ルキオほどの逸材を死地へ追いやるとは。あのような才能を持つ魔導士は早々出ないであろう。残念なことをした。しかも、最後はリノスによって全て焼かれてしまった。彼が調査していた魔法陣まで灰になったのだ。信じられるかね?何という暴挙」

ルキオに呪いを掛けたのは紛れもなくアベン自身だ。そのことを棚に上げて遺憾そうな表情をしてみせた。

金髪男が唸り声を漏らした。

「お前は魔物や魔王より邪悪に違いない。リノス様は国を守ることに全力であらせられる。貴様の呪いを浄化するためにすべてを焼くしかなかったのだ」

「リノスは炎魔法よりも呪詛解除の方が得意だったのでは?」

アベンが嘲るようにそう問うと金髪男は拳を握り締めた。ルキオの事件について、この3人の年齢では噂しか耳にしていない。事実を目撃していないことが、弱みになる。

悔しそうに教官たちの言った言葉を繰り返した。

「リノス様が駆け付けた時は手遅れだった。そのことは貴様たちも調査済みだというのによくも抜け抜けと」

アベンの放つ呪詛はテモテの宮廷魔導士レベルでも手を焼くのだ。信仰心が生み出す呪詛ほど厄介なものはない。ルキオとルツはそれを自らの家の中に封印することに成功したが、宮廷魔導士10人による浄化魔法で焼き尽くすしかなかった。そもそも、ルキオもルツも家の中で既に息絶えていたのだ。リノスの決断は間違っていなかった。

それをこの男は惑わすように語る。


アベンは未熟な魔導士に興味を失うようにため息をついた。

「さて、バアル・ゼポンの神は欲深いものを許すことは無いが、テモテへ大人しく戻るというなら解放しよう」

解放?そんなことが信じられるだろうか。拷問の末、殺されるのが常識の国だ。狼狽える3人を無視し、アベンはアザリアへ目を向けた。


アザリアはずっと4人の会話を聞いていた。テモテの人間がバアル・ゼポンに捕まって拷問されたのだろうということは何となくわかったが、口を出せるような状況でもなかった。

アザリアにとってどちらの国も異国だ。

ただ、テモテの領都はとても活気があって明るかった。王都は賞金稼ぎが入ることが出来ないくらい厳重だった。

一方、この国の事は宗教国家ということくらいしか知らない。二つの国にこんな戦いがあるとは全く意識していなかった。アザリアにとって黒竜以外は他人事なのだから仕方ない。


「国に害を為す者を開放することについて、そなたはどう思う?」

声を掛けられ、アザリアは3人を見つめた。

3人はアザリアの存在にその時初めて気が付いた。

白い髪に紅い瞳。

3人はアザリアの紅い瞳に釘付けになった。

「魔物?」

「まさか、魔王?」

狼狽える3人に、アザリアは片眉を上げた。

魔物と言われたことはあるが、魔王?そこまで言う?


アザリアは3人を無視して、アベンの問いに答えた。

「私は黒竜以外に興味はない。国や世界が滅びようとも黒竜を討てるならどうでもいい」

このセリフにアベンは静かな笑みを浮かべた。強い憎しみは魔物の好物だ。黒い澱みに艶が増す。

しかし、3人はアザリアの回答にあっけにとられた。黒竜?個人を討つために世界が滅びてもいい?どういう意味?

利己的過ぎではないのか。

「世界が滅ぶということがどういうことか分かっているの?あなたも、あなたの仲間も無事ではいられないということよ」

「仲間などいない。仇は黒竜ただ一人。黒竜を討つ。それがすべてだ」

「黒竜というのは、あの傭兵黒竜か?自力で倒せないから世界が滅びれば、黒竜も死ぬっていう理屈か?」

金髪男が吐き捨てるような声を発すると、アザリアは男を睨みつけた。自分が討つのであって、世界が滅びるから、というのは微妙に違う。だが、どちらにしろ黒竜が消えるのなら同じことか。なら腹を立てることもないな。


アザリアは肩を竦ませた。

「あなた達は命を懸けて何をしようとここまで来たんだ?」

「バアル・ゼポンの陰謀を暴き、阻止するために決まっているでしょ」

「…どちらも失敗したのか?」

失敗。

その現実を見ず知らずの女に言われるとは。

アザリアは無言になる3人を不思議そうに見つめた。

「国というのは不便だな。個人なら目的も単純だ。成否も分かりやすい」

「わかったようなことを言うな。私怨などくだらない」

「仇討ちは私の生きる目的だ。国の事はよくわからない。私の故郷の周辺では国名がよく変わった。敗戦兵が農村を荒らすこともよくあった。近衛兵が恫喝する国もあった。この国の目的とあなた達の国の目的が違ったとして、どちらが正しいとどうして言える?生き残った方が強かった。ただそれだけなのでは?」

国という形が、定住しないアザリアにはよくわからない。その意義を理解できていない。ハギオイと暮らした時、法律を守ることは学んだ。しかし、国によってそれも変わるというから不思議だった。

国の意義は?安全?安定?

同じ目的の者が一つの場所に集まる。違う目的の者が隣に集まる。集団は力を生む。諍いが起きる。戦争になる。集団になっても戦うというなら個人の諍いと変わらず、生活に安全など無いということだ。

結局、弱肉強食。

アザリアに母国は存在しない。ハギオイが死んだ今、テーマーンも自国になり得ない。

アザリアには「国」というものの価値がわからない。経済の発展を考えたこともない。

賞金稼ぎが成り立つ国と成り立たない国がある。

国同士の意見が合わないのは当然だろうと思えた。価値観は個人差がある。個の集団が国ならばそこにも差が出るのは当たり前のことだ。

それなのに旅する間、至る所で、国単位で争い我を通そうとしていた。

国によって文化・法が違うのは当然だというのに。

異なるものを認められない。同じにしようとする。<支配> それを「欲」というのだろうか。

冷ややかなアザリアは人にも世界にも興味がなかった。


アベンは黙って聞いていた。

アザリアの周囲に今、呪詛は取り巻いていない。あの港での猛威は何処にもない。

それでも、彼女が呪詛を身に着けている事実は変わらない。

何故、ケデムで呪詛は猛威を振るったのか。

この3人の敵意では、呪詛は発動しない。

3人はアザリアの紅い眼に明らかに敵意を向けたというのに。

何故、呪詛は発動しないのか。

敵意の質とも思えない。


アザリアはただ自分を睨むだけで反論してこない3人から目を逸らし、アベンへ視線を移した。

「この人達を解放すると言うが、あの大量の魔物の中を怪我した体では抜けられないだろう」

唐突にアザリアはそう言ってアベンの言う解放について、疑問を投げた。解放というより処分に近いではないか。


それは一理ある。

アベンが杖を一振りした。

何が起きるのか。

一瞬にして3人の傷が癒え、女は手首の先を取り戻していた。その時、黒い水が数滴跳ねて3人の衣類に付着したことにアザリアは眉を潜めた。3人は自らの傷が癒えることに驚嘆してそのことには全く気づいていない。

黒い滲み。

それは血に汚れた衣類に浸透していった。


3人が自分の状態を確認しているとき、()()を睨んでいたアザリアは不意に頭を殴られたような激しい頭痛に襲われて台座の上で目を閉じて歯を食いしばった。

激しい痛みの中、闇が包み込みトレスの叫び声が嵐のように頭の中を吹き荒れた。トレスは真紅の血の雨を避けているのに、トレスに纏わりつくのは黒い影だ。

トレスは黒い影に気づかない。トレスを助けなくては。


「神の奇跡です。感謝しなさい」

アベンの尊大な声が空間に響き渡った。

アベンは癒されたことに驚いている3人に向けて告げたのだが、その声は鈴の音のようにアザリアの頭の中で弾け、アザリアを正気に戻した。アベンの声で何故か頭痛も幻聴も治まっていた。


いつの間にか、3人が隠して持ち込んでいた杖も床に出現していた。

女は杖に気づくと真っ先に自らの杖を掴み、攻撃しようと呪文を口ずさみはじめた。しかし、それは、黒髪の男によって妨害された。

「エラ!よせ。ここは神殿の深部だ。我々の魔法は作用しない」

実力差も分からない愚か者などアベンの敵ではなかった。

アベンは冷笑を浮かべ、3人に杖を突きつけた。

「テモテの北の領地へ転送しよう。テモテがどういう国か、身をもって知るといい」

3人は反論する間もなく、その場から消えていなくなった。


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