神の奇跡とその末裔
バアル・ゼポンの王都に聳える大神殿の南側、都の中心に黒曜石と黄金で彩られた王城は建っていた。
満月に照らされて黒曜石が澄んだ光を放っている。
周囲に人影はなく、建物の内側で騎士団が守りを固めていた。彼らは王の私兵と呼ばれていた。
王の私兵は国の正規軍とは異なるが優れている。<不敗の騎士団>として異国にも名を轟かせている。
構成も傭兵ではなく全て貴族から成り立っている。
騎士団の誰もが神に仕え、国を守ることを誇りにしているのだ。
玉座の間で、バアル・ゼポンの王ゲダリヤは溜息をついた。
隣に立つ祭司の一人ザドクが持つ遠見の鏡には、南領ダーロームの淘汰の様子が映し出されていた。
巨大な魔龍が凄まじい炎をまき散らし都を焼き尽くそうとしていた。
領都は一夜にして灰と化すだろう。
ダーロームの領主は罪を犯したのだ。
「領主が強欲で神の教えを忘れると民衆は哀れだな。神は何度も警告を与えていたというのに」
「神の慈悲に甘えすぎたのです。1つの欲が満たされるとより大きな欲に手を出す。人とは弱いものです」
祭司ザドクは静かにそう告げた。
王ゲダリヤは高齢だった。
この時代の平均寿命は50歳から60歳程度。国によって違いはあるものの王は既に80歳だ。
髪は白く皺は深く、痩せた手は血管を浮き上がらせシミも広がっていた。
寿命が迫っている。
その感覚があった。
人生に後悔はない。歴代の王と同じように神に仕えた人生だ。
王は再び溜息をついた。
玉座の周囲には家族が集っていた。長生きすると家族が先立つ。3番目の妻は若く美しいが、孫のようなものだ。その妻にも子が1人いる。8歳になる王子だ。
彼は王ゲダリヤの血は引いていない。神殿での受胎告知で身籠ったのだ。王家にはたまにそういうことがある。
バアル・ゼポンの王は神に選ばれる。その妻となる者も選民であり、建国時の王族の血を引いている。より優秀な血を玉座に就けるため神が選ぶのだ。
「皆の者、聴くがよい」
王は集う者達の顔を順番に見つめた。
その場には王族の主だった者も揃っていた。
王は昨夜、大神殿で大祭司アベンが告げた神の言葉を口にした。
「次代王は、第11王子ケダルである」
第11王子ケダルは、まだ8歳の王子である。その年齢で王位に就くのは歴史を振り返っても異例だった。
そのため、周囲がざわめいた。ゲダリヤの近しい家族は戸惑いを隠せず、妻でケダル王子の母ノバはつい許しもなく声を上げてしまった。
「ケダル王子はまだ8歳です。王族としての教育も始まったばかりです」
「控えなさい。神が告げたのです」
ノバに対し、ザドクは一瞬、威圧するような視線を向けてから、にこやかにそう告げた。
ノバは身を竦め、慌てて頭を下げた。ノバの傍らに立つケダルはザドクの視線に怯えるようにノバの装束の陰に隠れようとした。その様子に、第3王子のケトラが気づき、ケダルの肩を軽く押して一歩前へ出るように勧めた。
「王の御前へ」
落ち着いた優しい声だった。ケダルも日頃からケトラの事は慕っている。ケトラは王の私兵<不敗の騎士団>の長を務めていて強く頼りがいがある。年齢はノバよりも上。
ゲダリヤ王の最初の妻の子なのだからケトラ自身も既に何人も子供がいる。だからケダルの気持ちも理解できる。幼少の頃、自分も、子らも祭司が怖かった。
大人達から祭司は神様と対話できるから、気を付けないと神罰を受けると脅されて揶揄われるのだ。
注目が集まる中、ケダルは、王の前におずおずと進み出た。
王はケダルのトパーズ色の瞳を見つめ微笑みかけた。
王族の中にたまにトパーズの瞳を持つ子が生まれる。ゲダリヤの母もトパーズ色だった。
ただ、王は違った。王とケダルは全く似ていない。だから誰が見ても実子ではないことがわかる。
王は既に白髪だが、元は黒髪で茶色の瞳。
ケダルは濃い青色の髪にトパーズの瞳。
母親のノバは、淡い青色の髪に茶色の瞳だ。
そして、王の傍らに立つザドクは長く艶やかな濃青色の髪とトパーズ色の瞳を持っていた。
「ケダルよ。8歳なれど、そなたは神に選ばれた。神の声を聴き、人々を導く者とならねばならん。現在、国中で神の怒りを買った者達が淘汰されている。愚かな売国奴どもだ。粛清されて当然の罪を犯した者達である。神の裁きは国内に留まらず、世界へと広がっていくであろう。それは長い戦いとなるかもしれぬ。聖戦とは決して優しいものではない。わしはおそらく命尽きるであろう。故にそなたがこの国を支えねばならん。迷える者達を神のもとに集め導くのだ。できるな?」
できるな?そう言われてもケダルにはどうしていいのか分からなかった。
淘汰とは何か。
神の怒りを買った人間が罰を受けているということは分かる。ケダルは不安そうに王を見上げてから傍らのザドクを見た。ザドクは静かに瞳で頷いて見せた。
「はい。神の言葉に従います」
ケダルが礼拝の時にいつも口にする言葉だ。
王は頷くと、周囲の者を見回して声を上げた。
「皆の者も、よいな?しっかりとケダルを支え、神の言葉をよく聞き、国を守るのだ」
王の前、一斉に全員が敬礼した。
「陛下、テモテの魔導士を捕らえました」
玉座の間に、いきなりマントフードを翻し、魔導士が現れた。誰も驚かなかった。現れた床には魔法陣が描かれ、常に転移魔法が発動している状態で、ここ最近の異変を王に伝えに来るものが頻繁にいるためだ。
「淘汰を逃れたのか?」
「ダーロームの神殿に潜伏しており、発見が遅れました」
神殿に潜伏。
その言葉に、ケトラは片眉を上げた。神殿を守る正規軍は何をしていたのか。
「高度な魔装備で神殿の警備をくぐり抜けたようです」
魔導士の言葉に、ダベルネ国のことが脳裏に浮かぶ。ダベルネの魔装備は優秀だ。優秀だからこそ、生かしてある国だ。ダベルネの開発技術はバアル・ゼポンの役にも立つのだ。
「捕えたのならば良い。裁きは大祭司アベンが行うであろう」
「陛下、その前に、テモテの国防情報を入手したいと思います」
ケトラは直ぐにアベンに引き渡すのではなく、騎士団で取り調べさせてほしかった。
情報は必要だ。アベンは神の裁きを用いてテモテの間者を処刑してしまう。
ケトラの願いに王が頷こうとするとザドクが首を傾げて微笑んだ。
「テモテの情報なら私が聞き出しましょう。相手はテモテの魔導士です。騎士団長殿、同席してもよろしいでしょうか」
ザドクは王の答えを待たずに問いかけてきた。その態度は王を軽んじているともとれる。
陛下の御言葉の前だぞ。ケトラは苦虫を潰したような顔をしたが王が頷くのでザドクに一礼した。
「ありがとうございます。祭司様」
「礼には及びません」
バアル・ゼポンの人間関係は複雑だ。
一見では分からない。この祭司ザドクも王族の一人なのだ。ゲダリヤ王の母には双子の妹がいた。その妹と王の叔父の子がザドクの父親だ。
神の名のもとに玉座の継承順位も変わる。
異国から見ると信じられないことだろう。だが、ここはバアル・ゼポン、神の国だ。
異国から男尊女卑だとみられているが、それは主だった職位が男性で占められているためだ。神の名のもとに平等だとは言わない。神は優れたものを選んでいるからだ。神に選ばれる努力をすることが大事なのだ。
では、女性は努力していないのか。そうではなく、努力しすぎていると言われている。
女性がいなくてはこの国の細部は綻びるということを男性は認識している。だからこそ地位の高い男達は、女性の動きやすいよう仕組みづくりをしている。そのため、大抵の国よりも女性は自由な生き方をしていた。
祭司は男性が多いが、魔導士は意外にも女性が多い。魔導士と祭司を兼任するものもいる。魔導士長は大祭司が兼ねている。大祭司は神の声を聴くことから始まり民の救済も行うため多忙を極めている。
それを支えるのが王族だ。
王族は優秀な血筋から成り立ち、選民意識が高い。王族は、性別の区別なく帝王学と神学を学ぶ。知能の高さを示した者が要職に選ばれていく。だから、異国の男尊女卑と異なり女性も一様に学ぶ。高位を求めた女性も過去にはいた。800年以上の国の歴史の中、女性が王位についたこともあるのだ。
現状、目立つ地位に女性がいないのは、出産が命懸けということで、神はストレスのない地位を女性に配分しているという説が囁かれている。
そもそも、男性にしろ、女性にしろ、神に選ばれなければ、地位はない。
「支配欲のある者は、神に選ばれることなど無い」
王族は、神の使徒。この国を守るために選ばれた者。決して国を支配するものではない。そう子どもの頃から学ぶ。だから、継承争いはない。
献身的な王族。それがバアル・ゼポンの王族だ。
テモテの魔導士を取り調べる為、ザドクと共にケトラが出ていくと、ノバは、突然、次期王に任命された息子の目線まで屈み、目線を合わせた。
「そなたは神に選ばれたのです。この偉大なるバアル・ゼポンの未来を守るのです。良いですね」
「はい。母上」
そう答えたものの、どう守れというのか。ケダルは困ったように王へ助けを求めた。
8歳。
王は顎髭を触って賢そうなケダルの瞳を見つめた。明らかにザドクの血筋だ。ザドクは次の大祭司といわれている。より強い国となるべく神が選んだのはザドクの血筋か。
神はトパーズの瞳を気に入っている。
「ケダルよ。この国の建国についての伝承は知っているな?」
「はい」
王はケダルを手招いて、その手を取ると伝承について語り始めた。
「荒廃した世界から人々を守るため、必死に戦う3人の勇者に神が北の泉を示した。そこに力があると。泉には魔力が湧き出ていた。そして、3人は泉の力で国を興し、人々を守り、神に感謝してその泉に神殿を立てた」
覇王と魔王が戦った後の世界は、大地が疲弊して魔力が失われていた。だから、魔力の泉は奇跡だった。
バアル・ゼポンは一気に国力を高めていった。
神が味方している。そう実感していた。
「国興しの3人は、皆、青い髪とトパーズの瞳を持っていた。3人とも魔力の扱いに優れていたのだ」
だからこそ、ケダルが王位を継ぐことに誰も異論はないだろう。
バアル・ゼポンは優秀な異民族も受け入れてきた歴史があり、王族にも様々な血が混ざっている。だから近頃はトパーズの瞳の王族が減ってしまった。神と直接対話するにはトパーズの瞳が重要だと言われている。
「私も優秀な魔導士になれますか?」
ケダルの問いに王は笑い声をあげた。
「そなたは王になる。だが、まぁ魔導士の才能はあるかもしれんな」
ひとしきり笑うと王はケダルの頭を撫ぜた。
「欲はかくな。欲深いものを神は嫌う。逆に言えば、テモテは欲深き者の国だ。だから、テモテに我らが負けることは無い」
神は必ず我らを守ってくださる。我らは神にずっと仕えてきた。テモテがどんな手を使って来ようとも負けるはずはない。神は世界の欲深な者達の粛清をお望みだ。
ケトラは、テモテの魔導士を閉じ込めた牢の前まで来ると、侵入者の姿に息を飲んだ。
黒髪の細身の男が鎖に繋がれ、天井から吊るされているのだが、血まみれで腹を何かに喰いちぎられていた。
「生きているのか?」
牢番の者は跪いたまま、ケトラの問いに即答した。
「治癒魔法で生かされております。尋問には支障が無いものと思います」
ケトラは、傍らのザドクを見た。とても話せる状態とは思えない。どうやってこの死にかけた人間から情報を引き出すのか。
ザドクはテモテの魔導士を冷ややかに見つめていた。
「騎士団長殿、ダーロームの領主はテモテから金品を受け取り、テモテの間者を国内に引き入れていたのです。テモテから来る商人達は欲にまみれ利益のために、善良なバアル・ゼポンの民を騙そうとする。許されざることです」
ダーロームの領主のことは知っている。異国では賄賂がまかり通る。この国でそれは許されない。異国の商人が多く出入りする領都では誘惑が多いのだろう。領主は収賄容疑で神の審判を受け、有罪となった。今宵の淘汰はダーロームの領主一族を粛清するだろう。
「領主がテモテの間者まで引き入れるとは、な。テモテは本当に昔から汚い手を使う」
「長い歴史を振り返っても、テモテと国交が出来たことはありません。神はそれを良しとされなかったということです」
テモテは悪。
バアル・ゼポンの王族は必ずそう教えられる。テモテの王族は強欲で民の血税で贅を尽くして暮らしている。
その点、バアル・ゼポンの王族は選ばれた優秀な人材が能力に見合った報酬を得て暮らしている。
大祭司アベンなど金品に何の興味も抱いていない。
大神殿は巨大建造物だ。異国者は国民を献金で苦しめているというが、都民1万人を収容可能な大神殿は、敵に攻め込まれた時、避難場所としても利用できる。神は常に信者を守っている。
「さて、東の禍を運ぶ者よ。仲間はいるか?」
ザドクの冷めた声が石と鉄の壁に響くと、吊るされていた人間が顔を苦痛に歪めながら目を見開いた。その瞳は碧く、怒りに満ちていた。
「バアル・ゼポンに滅びを」
絞り出すような声は回答ではなく、恨みを帯びていた。
「素直に答えないのですか。あなたの王はあなたの死など気に留めぬでしょう。王はあなたの名前さえ知らないのでは?かつて、何度もあなたのような者が送り込まれてきました。我々は一度、捕虜解放を申し出たことがあります。しかし、解放された捕虜はテモテに帰り着く前にテモテの王命で殺されましたよ」
吊るされている男の体が震えた。それは、ザドクの言葉が真実だと知っているからだ。
テモテはバアル・ゼポンの恐ろしさを知っている。解放された者がバアル・ゼポンの支配下にあることを学んでいる。だから、一度捕まったら決して助からないことを覚悟しろと言われて間者となる。
つまり、捕まった自分は既に死んだも同然なのだ。
「可哀そうですね。なんと残虐な国に生まれたのか。仲間が助けてもくれないとは。あなたが庇っても仲間はあなたを庇わないのですよ。むしろあなたを殺そうとする。おかしいと思いませんか?」
吊るされている鎖から体内の魔力が吸い取られている。囚われた時からもはや魔法を使うことなどできない状態だ。どうすれば、喋らないで死ねるのか。それだけを考えていた。
ザドクは怒りを向ける気力の残る間者に穏やかな笑みを向けた。
「神はあなたの良心に問いかけます。あなたは何故、罪もないこの国の人々を苦しめるのですか?自国民も守れていないあなたの国の王は、正しいのでしょうか。今、あなたの国の王は暖かい部屋で美しい女性たちに囲まれて美味しい酒を飲んでいるでしょうね」
「陛下を愚弄するな」
唸る声と共に、口から血が溢れ出た。するとザドクは牢の扉など無いかのように中へ入り込み、間者の頬に触れて耳元に囁きかけた。
「命の灯が消えかけていますね。神に救われる最後のチャンスですよ。仲間は何処に居ますか?あなたの命を狙う仲間です。あなたの家族も狙うかもしれませんよ。あなたの血の味を覚えてしまった魔物を恐れて」
優しい声はぞっとするようなことを告げた。魔物。そうだ。この国には魔物が飼いならされている。
「よせ」
囚われた時、家族の事を持ち出される可能性は高かった。だから、家族は守られるはずだ。
「昔、アベン様を騙そうとした間者は、テモテの宮廷魔導士に家族もろとも家ごと燃やされたそうですね。本当に酷いことをする」
「ちがう」
そう。その話は有名だ。アベンの呪いが家族にまで取り憑いて殺された。誰も助けることが出来なかった。
「解呪したのに、殺されたそうですよ。怖い国ですね」
「貴様らが殺したんだ」
「彼がアベン様を騙そうとして、逃げて、挙句、信じた上司に殺された。本当に情けのない国です」
あの事例は、逃げて家に戻ったが呪いが解けなかったはずだ。解呪した?宮廷魔導士長自ら、助けに出向いたはずだ。解呪できていた?馬鹿な?
「リノス、でしたか?最強の魔法を使うと豪語されているとか。解呪できないものなどないのでは?」
そうだ。リノス様は最強だ。何故、家が燃やされたのだろう?
「仲間はあなたが呪いを持ち帰ると告げるかもしれませんね」
「やめろ」
「可愛らしい女の子ですね」
男の体が大きく揺れて、怒り任せにザドクに噛みつきかかった。しかし、ザドクは優雅に躱して微笑した。
「あなたの仲間に、親代わりをさせるのでしょうか?楽しみですね。欲望に満ちたあなたの国ならではの仲間というわけですか」
「何を…」
ザドクの言葉に、何が含まれるのか、勝手に頭の中で妄想が広がり、冷静さが失われていく。どうして娘がいる事を知っている?今回の仲間に妻を取り合った友人がいる事を何故知っている?
「あなただけ、捕まったのは何故ですか?」
俺は魔物から逃げきれなかった。それだけだ。
それだけだが、どうして、俺だけが狙われた?あの角度なら、誰かが倒してくれても良かったのでは?
「どうして…」
「どうして?あなたの傍には仲間がいましたね?」
「…2人もいたんだ。なのに、どうして」
「祭司のフリをしていたので、あなたを見捨てたということでしょうか」
「一人は祭司。もう一人は正規兵だ」
「詳細を教えてください。あなたの罪は許されるでしょう」
ザドクの術中に一度嵌ったら抵抗は出来ない。
間者は、ケトラが欲しい情報を、ペラペラと話し始めていた。テモテの国防情報を思いのほか男は知っていた。そこからテモテが大河を渡る勇気が無いということも分かった。ダベルネ国を盾にするつもりだろう。相変わらず卑怯な国だ。
それにしてもザドクは凄い。
祭司とは神の力を借りる者とも言われている。
異国の欲深な者達が敵うはずないのだ。
用が済むと、ケトラはザドクに一礼した。
「ありがとうございます。王都に潜入は不可能と思いますが、情報共有します」
「お礼など。私は神の治めるこの国が守られるのであれば何でもするつもりです」
「私もそのつもりです」
ザドクは一瞬、目を細めてケトラを見つめた。ケトラは優れた団長だ。実戦経験も豊富だ。
今後の戦いには必要な人物だろう。
「騎士団長殿。ケダル王子の事、よろしく頼みますね」
ザドクはそう言い残して去っていった。やはり、ケダル王子はザドクの子だろうか。
そんなことを考えながら、ケトラは今聞き出した情報を騎士団と正規軍に共有すべく牢を出ようとして、間者を振り返った。まだ生きている。
ザドクは「あなたの罪は許されるでしょう」と言ったが、解放されるとも思えない。
眺めていると若い魔導士がやってきて鎖を解いて、間者を運び出した。
何処へ?
おそらく大神殿だろう。
ケトラは、アベンのトパーズの瞳を恐ろしいと思ったことが何度もある。ザドクの瞳よりも底知れない。神への不敬を絶対に許さない厳格さを持っている。ただ、その分、頼りがいがある。アベンなら必ず神の意志を遂行すると信じられるのだ。
だから、あの男もアベンと話せば目を覚ますに違いない。神の偉大さを知るだろう。
夜が明ける前に、テモテから忍び込んだ間者が二人囚われ、ひっそりと大神殿へ護送された。
もうすぐだ。
もうすぐ、北の宴が開催されようとしている。




