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淘汰-ダーローム(南)

ダーロームでの満月の夜――

ラハブはお気に入りの剣を抜いて肩に担いで広場のど真ん中に立っていた。

広場には三日月型の彫刻(オブジェ)と丸い球体の石でできたオブジェが7つ並んでいる。球体のサイズや色は全て異なり、見上げる空の明るい星と一致していた。オブジェは星占いの儀式用と言われているが年中儀式があるわけではないから普段は都民の憩いの広場だ。

その三日月の上にサーハラは座って琴を奏でていた。

人気は少ないが異国人の酔っぱらいが数人いた。他には巡回兵が隊列を組んで歩いているだけだ。巡回兵もいつもなら因縁をつけてくるが、今日はサーハラの琴にも気づかないくらい足早に巡回している。どこか焦っているようにみえる。

「あれは、正規兵じゃないな。雇われたばかりの傭兵団だ」

「傭兵?それにしては、なんだか怯えていませんか?」

サーハラが首を傾げるとラハブは鼻で笑った。

「淘汰の日に外にいる者は餌だ。奴らは貧乏くじを引いたな」

「本当に今日なんですか?」

今のところ異変はない。空には赤みを帯びた満月が輝いているだけだ。

いい月夜だ。

夜風も気持ちがいいくらいだ。サーハラは月の精霊の詩を奏で始めた。

しかし、呑気にサーハラが月を愛でる詩を奏で始めると月の精霊ではなく、大地から黒い霧が沸き始めた。

湧いた霧はゆっくりと広がり、足元だけでなく周囲の視界も奪っていく。風が止まり、空気が重くのしかかり始めていた。

「随分とゆっくりとしたお出ましだな」

ラハブが舌なめずりする

空にも雲が湧き始め、明るく輝いていた満月もあっという間に雲に覆われ陰ってしまった。やがて、空から雫が落ちてくる。


「雨?」

サーハラは手持ちの魔道具の中から雨を遮る傘を起動した。その直後、大粒の雨が降り始めた。

魔道具は透明で目立たない遮蔽幕で雨を弾いている。手で持つ必要はない。勝手に頭上に広がっている。

「便利だな。この雨は呪いを含む。濡れる者の生気を吸い取り、雨水に取り込まれた生気は地面から地下に浸み込み深く眠る魔王のもとに流れていく。この都、死滅させるつもりかもな」

「あなたは雨に濡れても平気なのですか?」

ラハブは全く気にせず雨に打たれていた。濡れた髪をかき上げながら彼女は妖しい笑みを浮かべた。

「これしきの呪いなど古代人には何の影響もない。それよりも、見ろ!我らがここにいる事を知ったアベンが大物をよこしてくれたぞ」

二人の前方に黒い影が集約され始め赤い眼を光らせる巨大な龍が出現した。

「魔龍だ」

ラハブは狂気に似た笑みを湛えていた。

建物3階分の大きさだろうか。首と尾が長く動体と後ろ足が太い。前足は鋭い爪を備え今にも斬撃を放ちそうだ。頭部には角も2本生えている。

そいつは背にある岩をも砕きそうな丈夫な翼を広げて、ラハブを威圧している。ラハブは平気っぽいが普通は度肝を抜かれる化け物だ。

淘汰とかってレベルじゃないんじゃないかな?

サーハラは魔龍が咆哮を上げる様に目が点だった。伝説の魔龍が復活して目の前にいるのだ。古い詩に登場する獰猛な姿は正しかった。詩の中で魔龍はたった1日で3つの国を焼き尽くしたのだ。


ラハブは明らかに嬉しそうに剣を抜いた。

「何かお手伝いすることはありますか?」

邪魔してはいけないと、サーハラは全く武器を手に取る気もなく微笑した。ラハブはそんなサーハラを振り返ることなく魔龍を見据えてニヤついていた。

「見物していろ。こいつとは以前にも遊んだことがある」

千年前のセモール山脈。あれは覇王の軍団が思い切り戦った魔王との決戦場。そこに魔龍(こいつ)が5体いた。

「こいつ、火を噴くからな。当たらなくても周辺を焼き尽くす威力があるぞ」

当たらなくても?

サーハラは眉を吊り上げた。そして、目の前の魔龍は明らかに火を吐こうとラハブに向けて口を開いた。ご丁寧に首を下げてラハブの真正面で。

吐息攻撃(ドラゴンブレス)

サーハラは条件反射的に魔道具で最大防衛強化を行いながら身を翻して魔龍から距離を取った。その間、ラハブは攻撃を止めようともせず、凄まじい業火が放たれた瞬間、魔龍の下に滑り込んで剣を龍の首に突き上げていた。

放たれた炎はサーハラが座っていた三日月の彫刻を一瞬で溶解し、広場の2/3を焦土化し、正面に並ぶ建物を業火で包み大火災を引き起こすとともに地鳴りのような音を立てていくつもの建物を砕いていった。


「嘘だろ…」

サーハラは一回の攻撃で都の1/3が壊滅するさまに茫然と立ち尽くした。

だが、呆けている暇はない。炎を吐いた龍はラハブによって首を刺され、痛みと怒りで暴れ狂い、周辺を尾と翼で破壊しまくっていた。

他の魔物もいるのだが、魔物も馬鹿ではないらしく暴れる魔龍から逃げ出していた。

ラハブが楽しそうに暴れる龍に何度も切りかかる姿が巨人vs小人のようで何やら滑稽にも見えてくる。剣で倒せるものなのだろうか。あの硬そうな皮膚によく剣が刺さると感心してしまう。

ラハブの剣には猫の爪が浮かび上がっていた。猫の爪で龍が捌けるか?古代人の武器は現代技術よりも何故か上だ。金属の質というよりも武器に魔力が秘められていると言われている。サーハラの使う武器も今では園の守人が作り出した逸品だ。

サーハラは魔龍からかなりの距離を取りながら周辺へ意識を向け、都民が逃げ惑っていることに気が付いた。

建物の中は安全というご神託も嘘と分かっただろう。無事な建物は扉を閉めて助けを求める声に応じる気配はない。崩れた家から逃げ出した者達は魔龍以外の魔物たちに襲撃されていた。おまけに呪雨だ。雨粒が当たると痛いのか人々は頭を押さえて叫びながら逃げている。

巡回中だった兵士ももれなく狩られている。信徒も狩るなどとんだ神様だ。サーハラは竪琴の枠の1辺を外すとクルリと手で回しその1辺から煌めく刃を取り出した。

「さて、狩りの時間だ」

サーハラが弦の1本を鳴らすとその音に誘われるように魔物が一斉にサーハラに向けて攻撃を仕掛けてきた。妖艶な笑みがサーハラの美貌を際立たせ、サーハラの周囲に風が舞い上がった。その風に合わせるようにサーハラは手にしていた刃を放った。刃はサーハラを中心に一周するように飛び、戻ってきた。次の瞬間、襲い掛かってきた魔物すべてが霧散していた。サーハラの周囲を吹く風が魔物を全く寄せ付けない。弦が鳴る毎に魔物は突進し、サーハラの刃に狩られるのだ。その刃には猫爪の文様が現れていた。

「単純な下等魔物は処理しやすいね」

サクッとサーハラが刃を放つと厳つい赤眼の魔物でさえ、切り裂かれ崩れ落ちていく。しなやかに舞うようなサーハラは風の精霊さながらの透明感のある雰囲気を纏いながら容赦なく切り裂き続けていた。


単純作業的に戦うサーハラの後方で激震が起きた。

振り返ると魔龍が崩れ落ち絶命していた。ラハブが倒したのだ。早くないか?もう倒している。凄すぎだろう。


「行くぞ!」

「え?」

ラハブが駆け出すとサーハラも慌てて後に続いた。

まだまだ魔物は蠢いているのに王都門が開き始めていた。

門の上で黒い鳥が大騒ぎしていた。

「魔龍を倒した!お前は戦士か餌かどっちだ!!」

「北の宴に招かれた戦士だよ!」

ラハブが鳥に向かって叫び返した。北の宴に招かれた?嘘つけ。サーハラが驚嘆している上で黒い鳥は羽をバタつかせた。

「さっさと王都に入れ!宴の日は近いぞ!」

どうやら、宴に参加させてくれるらしい。そんなことってあるのだろうか?ラハブはサーハラと共に王都の門を潜った。その後ろで勢いよく門が閉じられた。閉じ込められた?サーハラが振り向こうとするとラハブが腕を掴んだ。

「振り向くな。行くぞ。振り向いたら()()()()()()

「そういう仕組み?」

「ここの王都は魔法陣による仕掛けが山積みだ」

ラハブは迷うことなく歩き続けた。どうやら、目的地があるらしい。


王都は広かった。どの国のどの都よりも敷地面積が広い。建物の数も多く、路地も多い。その王都を深い堀が囲い、今、堀には黒い水が波打っていた。

「北にある大神殿から放射線状に大通りが延びている。王城の南には東の領地から川が流れ込んでいる。大通り以外の路地は升目上に整備されて表道、裏道で商業区と住民区に分かれている。地下は地上と違って迷宮ばりの入り組んだ道でできている」

「地下?」

「潜るぞ」

いきなりラハブは地面の鉄板を持ち上げて下へ続く階段を降り始めた。サーハラは驚きながらも遅れずについて行った。地下通路は細く、壁は湿っていた。何度も分岐する道に出会ったがラハブは迷うことなく走り続けていた。そして、猫の目のタイルを見つけるとそれを押した。

信じられないことに何もなかった通路上に階段が浮かび上がった。ラハブが手を伸ばすと階段が下りてきた。

その階段を上がると、木戸があり、開けると中には空間が広がっていた。ラハブが魔道具を置いて中を照らすと机も椅子もないが20人くらいが寝泊まり出来そうな室内で、窓もあった。


「ここは?」

「昔、老ハギオイが作った空間だ。ここなら少しの音や光なら漏れない。他の門番もここを知っている、と思う」

「ここで待ち合わせってことですか。飲食は難しそうですね」

机もないところを見ると、そういう準備はなさそうだ。ところが、ラハブは何もない壁を叩いた。すると、棚が出現した。棚には飲み物も食べ物も置かれていた。いったいいつから置かれているのだろう?食べられるのか?

「老ハギオイは魔法の使える剣士だ。状態維持の魔法が掛かっている保存食だから、安心しろ。腐っていない」

サーハラは試しに飲み物を棚に置かれたコップの一つに注いで毒見してみた。新鮮な水の味がした。

「大丈夫そうです。飲みますか?」

「私は酒の方が良い。外の様子を見がてら酒が落ちていないか探してくる」

酒が落ちていることは無いと思う。

サーハラが呆れた視線を向けてもラハブは気にせず出ていった。空間を見回すと他にもいろいろな仕掛けがありそうだった。まさか、バアル・ゼポンの王都にこんな隠れ家を作っていようとは。しかも保存食付き。この気配りは従来の園のイメージにはない。

門番というのは意外とマメに働いているのかもしれない。



その後、バルクとカーファル、アクトンとハシーディムが合流し、ラハブが本当に酒を持って帰ってきた。

当然、その後は酒盛りになる。

つまみは意外と旨い保存食だ。


「ところで、どうして、ラハブは濡れているんだ?堀に落ちたのか?」

バルクが疑問を口にするとラハブは肩をすくませた。酒を探して走り回ったお陰でかなり乾いたが、まだ完全ではない。

「ダーロームは雨が降ったぞ」

ラハブは答えながら保存食の袋から次々とつまみになりそうな物を取り出して木皿の上に並べ始めた。それは10種類を超えていた。

「雨?その割にサーハラは濡れてないな」

返り血も浴びなければ雨にも濡れないってどうやったらそんな器用な戦い方ができる?アクロンはジト目でサーハラを睨みつけた。サーハラは嫌味なほど涼し気な笑みでスカーフをヒラつかせてみせる。

「ああ、サーハラは魔道具で雨を遮蔽していた。あの雨は呪いを含んでいたから良い判断だ」

そういうラハブは濡れても平気そうだということにアクロンもバルクも戸惑った。

しかし、その戸惑いに応えてくれそうな人物はいないし、ラハブなら何でもありなのも皆分かっていた。


「そっちの淘汰って何時ごろだった?」

ハシーディムがダーロームが雨と知り、地域差があると考えて時間を問いかけた。王都の時間が歪んでいるなら各都市の淘汰は全く違う時間かもしれない。

「満月は天頂に赤っぽい色で輝いていた。突然、曇って、雨になった」

ぶっきら棒なラハブの回答にサーハラがにこやかに付け加えた。

「私たちは淘汰が完全に終わる前に、王都に入ることが出来たんだ。ラハブが魔龍を倒したら鳥が王都門を開けてくれた。宴の日は近いって言われたよ」

「それってありかよ。こっちは領都に入る前に淘汰が起きて俺たち以外全滅だってのに。おまけに領都も悲惨なことになっていた」

「淘汰は、満月が空に昇り始めた頃に始まった」

バルクの言葉にカーファルが淘汰の開始時間を追加した。

その言葉に、アクロンは溜息をついた。今日のアーホールは満月の位置が違う。その違和感に気が付いた。

「アーホールの夕闇の中で満月は天頂を過ぎていた。淘汰が終わった時、西に沈みかけた満月を見た。夜明けが近いと思ったんだが、満月が、沈まず、ずっと空にあったような気もする」

本来、満月は夜明け前に沈んでいる。そして、あの時間からならもう夜が明けていてもおかしくない。

「夜明けが来ないかもしれないな」

ハシーディムの慎重な声にアクロンは無言で酒を飲んだ。時間を歪める魔法など聞いたこともない。

しかし、ラハブは全く気にせずに笑みを浮かべた。

「時間なんて細かいことは気にするな。そもそも、時間は脳が勝手にカウントしているだけのものだ。過去も未来も幻だ。我々には"今"があればいい」

無茶苦茶だ。

「千年も生きているから時間の感覚がずれているということですね」

サーハラが悪気もなくラハブを見ると、ラハブは肩をすくませた。千年も生きていたら、覇王門が閉じてからの時間など一瞬に違いない。時間の感覚。それは個人差があるものだ。

「まぁ何年生きても人間は悟りが開けるとは限らないってことだよ」

ハシーディムにそう言われてもラハブは気にしていないようだった。

ラハブに悟りを開く気はない。常に戦いを求め、そのために生きている。この世で暴れると覇王に怒られるから園で住人相手に暴れているのだ。門が閉じてからは、誰よりも我慢していた。だから淘汰は待ち望んだ瞬間だった。

「はやく、宴が始まらないかな」

本音が漏れるラハブにバルクとアクロンは目を見合わせて苦笑した。



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