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淘汰-ツァーフォーン(北)

バルクは北の山岳地帯から西の山岳地帯へと入り、歩みを速めながら北のツァーフォーンへ向かっていた。北へ進むほど木々が姿を消していく。岩山が続き、不毛な荒野が遠く北西へと広がるのが見える。水場も少なくなってきたことで、旅は保存食のあるうちに領都に入る必要に迫られていた。

この岩ばかりで全く楽しくない荒地の道を歩きながらバルクはあきれ果てていた。バルクのように山越えしてバアル・ゼポンの北領ツァーフォーンを目指す者が多いのだ。人が歩くのに適した北への道は1本。歩く者達は行進するように真っすぐ、黙々と進んでいる。商人はいない。大半が敗戦国の兵士だが、傭兵業やならず者の男達もいる。皆、何かに憑かれたように北へ向かっている。ツァーフォーンの兵募集が金になるということで目指しているようなのだが、北に近づくほど早い者勝ちとでもいうかのように歩みを速めているのだ。今やその数300人以上の集団になっていた。何処ぞの国の小隊より遥かに多い人数だ。


バルクが西の山岳地帯を抜け荒地を進み、この北の岩山を登り始めて10日。バルクは何かがこの行軍と並行して走っていることに気が付いた。禍々しい気配は日に日に数を増している。時々、男達が噂する淘汰の事が脳裏に浮かんだ。

ツァーフォーンは剣士養成所であり奴隷の墓場だ。恐怖や怒り、絶望と欲望が溜まっている大地だ。どこよりも呪いを生みやすく魔物を育成しやすい都といえる。だから、この旅は魔物の餌になりに行くようなものだ。それなのに周囲の男達は全く気付いていない。とにかく進むことしか考えられなくなっているようだ。


満月が近くなり、夜でも月明かりで岩場が見通せるということもあって、休まず進む者も出始めた。しかし、翌朝、岩肌に血糊がこびり付いているのを見つけた。集団を離れた者は間違いなく狩られている。異様な集団だが、この中に紛れている方が安全に敵の目を欺けるということだ。

それにしても、そこかしこに呪いが渦巻いている。これでは、周囲を助ける余裕はないかもしれない。

バルクは久しぶりに緊張する自分に気が付いた。遥か昔の戦場を思い出す。いや、それ以上に容赦のない殺戮が始まろうとしているのを感じて鳥肌を立てた。武者震いと思いたい。


北の領地に入ると一段と空気が張り詰めた。

その日は、朝から霧が深く、視界が利かなかった。一日中、遠くで鳥の鳴き声がした。耳障りな不吉な鳴き声だ。夕闇が岩山を包む頃、集団の歩みは鳥の声に急かされるように一段と速くなった。領都の門の明かりが遠く霧の中に揺らいでいる。その明かりに吸い寄せられているようだ。集団は昼食どころか休憩もなしで進んでいるのに、まるで明かりに近づかない。霧は一段と深く濃くなった。空に昇り始めた満月の明かりも濃霧に遮られ道を照らすことはできなかった。そんな中、集団の真ん中で様子を窺うバルクの目に霧の中を黒い影が横切る姿が映った。

来る--。

バルクは剣の柄に手を掛けて身を低くした。

鳥が頭上で甲高い声を上げた。

次の瞬間、前方と後方で叫び声が上がり、血しぶきが上がった。それと同時に人肉が降ってきた。

「淘汰だ!!」

誰かが叫んだ。

「淘汰が始まった!戦え!生き残らなければ喰われるだけだ!」

「喰われるって、何だよ!」

「逃げろ!!」

「魔物だ!」

集団は混乱に陥った。霧が映す影は人か魔物かの区別もつかなくなった。バルクは、恐怖で剣や槍を振り回す集団から抜け出ると襲い掛かってきた魔物を切り倒した。倒したと思っても次々と黒い影は飛びかかってくる。予想以上に魔物の数が多かった。おまけに逃げ惑う人間が振り回す武器が何処から飛んでくるか分からない。皆、生き抜くために必死だった。

濃い霧で視界が利かない中、岩を背に剣を振り回していた兵士達の真上で双の赤眼が光る。近くにいて驚き慌てた人間が一瞬で屠られた。ほぼ同時に下にいた兵士達も惨殺された。ただの黒い影よりも明らかに強い妖気が漂ってくる。しかも赤い眼は濃霧の中、数を増していた。

「ヤバいな」

思わず、バルクはそう呟いきながら影を切り裂いた。その横で、自慢話をしていた傭兵の首がはじけ飛んだ。四方八方から押し寄せる魔物に囲まれた集団はただの餌でしかなかった。逃げ場など何処にもない。

バルクは冷静に魔物の動きを見極めながら、赤い眼の魔物を狩ると決めると逆に魔物に襲い掛かった。

「闘剣士を舐めるなよ!」


化け物どもはあの世に行ってくれ!バルクの振るう剣にはいつしか鳥の文様が現れ、触れる魔物を霧散させ始めていた。必死すぎて、鳥文様の出現にバルク自身、全く気付かなかった。

バルクは、必死で応戦する集団の中で、一人ずば抜けて、凄絶な剣を振るう男がいることに気が付いた。空間を広げるように霧まで切り裂いて剣が舞う。その一閃で何体もの魔物が爆散した。男が長い黒髪を翻して、黒い霧の中に飛び込むと黒装束ということもあり瞬く間に姿が見えなくなった。その先で赤い眼の魔物が絶叫して崩れ落ちた。どう考えても只者ではない。


集団の中に魔法使いがいたらしく、いきなり炎が巻き上がり魔物を焦がした。その一瞬の煌めきで、バルクは現状を把握した。半数以上が既に肉片だ。

炸裂した炎に苛立った魔物が魔法使いに突進した。岩場を蹴ってバルクは魔法使いに襲い掛かる魔物を串刺しにしたが、魔法使いは次の魔法を唱える前に別の魔物に切り裂かれていた。これは、助けようがない。数が多すぎる。自分が生き残ることで精一杯だ。異常な戦場だ。弾け飛んだ剣が空から落ちてきて逃げ惑う兵の背を貫いた。いきなり血しぶきが上がったと思うと首が飛んでくる。狩るか狩られるか。どちらかが死に絶えるまで終わらない。悲鳴と怒号、武器が発する金属音が響く間はまだどちらも生きているということだ。



いつしか濃霧が晴れ、天頂に満月が輝き夜空が広がった。静寂が訪れた。蠢く魔物はいない。しかし、開けた視界には地獄絵の様相が映し出された。死臭が漂い、魔物の死骸と人の肉片と血の海がどこまでも続いている。

冷たい夜の風がゆっくりと流れ始めていた。


バルクは、岩の上に大の字になって天を見上げていた。静かすぎて他に生きている者はいないのかと思った時、人の気配がして左の岩上へ視線を走らせた。そこには長い黒髪を夜風になびかせて黒装束の細身の男が立っていた。

凄絶な剣。黒装束。剣に掘られた龍。これだけ揃えば間違いない。

「お前、傭兵黒竜だろう」

バルクはその男に声を掛けた。尋常の強さではない存在。自分より遥かに強い。その風貌は噂に聞く黒竜そのものだ。

黒髪の男は、少しだけバルクの方へ顔を向け、冷めた視線を投げた。

「園の住人か?確かに傭兵黒竜だが、第7の門番でもある」

何?

バルクは耳を疑った。

傭兵黒竜が、園の住人?!しかも門番?男をまじまじと見たが、園で会ったことなど無い。

「驚いた。傭兵黒竜が覇者?」

「時間がない。行くぞ。淘汰が終ると門が開く。王都へ入るなら今しかない」

「って、まだ領都にすら入ってないぞ」

「だから、急げ」

嘘だろ。

舞うように岩から降りた黒竜は音もなく駆け出した。

その後をバルクは必死になって追いかけた。全力で戦った後に全力疾走かよ。

領都門は開いていた。門番もいなかった。ただ、頭上を鳥が旋回していた。まるで見張っているようだ。

領都の中は信じられないくらい静かだった。石畳は血糊で滑るくらいに悲惨だった。

夜でよかった。日が当たったら恐ろしい惨状を目の当たりにすることになるな。

「ここでも淘汰が起きたのか」

「そうだ。魔王の目覚めに必要なだけの血肉と負の感情が生み出された」

「止められなかったのか」

「止められるのは、魔術師だけだろう」

確かに、魔法や呪いは剣では切れない。二人は、屍の山を疾風の如く駆け抜けた。北の大地は血の海だ。


どれくらい走り続けたのか。

日頃、信徒以外には決して開くことのない王都への巨大な門が、開いていた。

門の上では巨大な鳥が赤い眼で睨みを利かせ二人を出迎えた。

「北の宴に参加するか」

いきなり鳥は喋りかけてきた。バルクが驚嘆している間に黒竜はあっさりと返答した。

「そうだ。我々は戦士だ」

「餌か戦士かは魔王が決める」

鳥はそう言って首を振って、二人に進めと促した。

二人が王都に入ると門が静かに閉ざされた。

何が起きるのか。

妙に静かだった。

ツァーフォーンとは全く違って、石畳に汚れ一つなく、血の匂いもしなかった。何処にも蠢く魔物の気配がない。一見、普通の都の夜だ。ただ静かすぎるだけだ。まるで全てが眠りについているようだ。

「どうなっている?」

バルクは用心深く黒竜の後について歩いた。黒竜は、目的地があるらしく迷うことなく歩いている。街灯は少ないが、満月の明かりで街の様子も分かる。

この大陸で最大の都と言われているバアル・ゼポンの王都は、均整の取れた街並みを作っていた。巨大都市で人口も多い。それなのに町中に進んでも人の気配がしない。どうにも静かすぎる。

二人は門から真っすぐ進み広場に出た。広場を東に向かい大通りから逸れて路地裏に入る。魔物でも出てきそうな暗い道だがその気配はない。

何本もの細い道を何度も曲がりながら、いつしか二人は駆けだしていた。カーファルが走るからバルクは後を追っているのだが、後に続きながらまるで迷路だと思った。元来た道へ戻るのは無理そうだ。走っている道は明らかに裏道で建物の裏側らしく時々ゴミのような物も置かれていた。

バルクはいきなり黒竜に腕を掴まれ、裏木戸の中に引っ張り込まれた。

「ここだ」

「?」

黒竜は階段を示し、2階へ上がった。中は暗く、物音ひとつしなかったが、2階の扉を開けて中に入ると奥の方で明かりが灯った。

「楽しめたか?」

「サーハラ」

バルクはサーハラの姿に少し安堵した。知り合いがいるのは嬉しい。しかし、次の瞬間、バルクはサーハラの姿に目を剥いた。サーハラはいつもの吟遊詩人の薄いひらひらした衣装で、水色のスカーフを腕に巻き付けて寛いでいる。対する自分は魔物の返り血と周囲で飛び散った血のせいで酷い有様だ。何なんだ、この差は。

「おい。何でそんなに身綺麗なんだ?淘汰は?」

「え?私は華麗な存在だ。そういう汗臭く汚れるような戦闘はパス」

バルクの眉が吊り上がった。パス?そんなバカな。

「私の美貌には魔物も見とれるということを理解してくれたまえ」

「嘘つけ」

バルクが唸るとサーハラは悪戯っ子の笑みを浮かべた。

「実はラハブと一緒に来たんだ」

笑顔のサーハラにバルクは脱力した。ラハブ。園の住人でラハブを知らない奴などいない。誰にでも喧嘩を売る古代人。おまけに強い。売られた喧嘩を買ったが最後、滅多打ちにされる。そうだった。ラハブは門番だ。ここに居ても何の不思議もない。おまけに魔物狩り放題の淘汰だった。ラハブはご機嫌だったに違いない。

「お前、良い奴と淘汰を潜り抜けたな」

「そっちは?一人じゃなかったんだろ」

「まぁな」

確かに一人じゃなかったが、助けてはくれなかったぞ?

「えっと。第7の門番」

バルクは、いつの間にか窓際の壁に身を隠しながら外を窺うよう立つカーファルを振り返った。カーファルは外に向けていた視線をサーハラに向けると静かに名乗った。

「カーファルだ。ラハブは?」

「さっき、外を見てくると言って出ていった」

サーハラがそう答えるとカーファルは頷いて外へ視線を戻した。外に人の気配はない。風がゆっくりと流れているが魔の気配を含んでいる。王都に入った時よりも「魔」の密度が上がっていた。

サーハラは噂によると最強の第7の門番の姿を観察しながら、バルクにニヤニヤと笑みを向けた。

「彼は私同様、全く汚れていないけど」

「うるさい。俺は、ど真ん中で戦っていたんだ」


バルクは頷きながら床に座って胡坐を組んだ。

「保存食ならあるけど、食べるか?」

「いや、今はいい」

バルクは室内をぐるっと見回した。20人は入りそうな空間だ。部屋にしては机も椅子もない。窓も1か所のみ。扉は入ってきた木戸だけのようだが、何やら仕掛けがありそうだ。保存食ならあると言いつつ、どこにもそんなものは置かれていない。隠戸(かくしど)があるのだろう。

「アクロンは?」

バルクがサーハラに問いかけるとサーハラは肩をすくませてスカーフをひらつかせた。

「まだだ。まぁあいつなら心配ないだろ」

真面目過ぎる奴だが魔物に後れを取ることは無いだろう。短気で怒ると容赦ないからな。

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