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西都アーホール

アクロンはハーリールにアザリアを任せて、西へ向かっていた。

川上へ行く船を使う手もあるのだが、少しばかり急いだほうが良い気がしていた。だから、全力疾走という古典的な方法にした。風の異名をとるだけあってアクロンは疾風の如く大地を駆け抜ける。船よりも早く、魔物よりも敏捷に、閃光が走るように。このスピードに追い付ける者はいない。

あっという間にバアル・ゼポンの西領アーホールに入っていた。ここから半日も進めば領都の門が見えてくる。

ここからは怪しまれないように領内を走る相乗り馬車に乗って領都門の検問所へ向かった。


西領アーホールの領都は学問の都。バアル・ゼポンの宗教について調べたいならこの都だ。ただし、調べている間に木乃伊取りが木乃伊になって洗脳されるので、危険と言われている。

アクロンは、都の入口の前に立つ検問官ににこやかに告げた。

「世界の変革の時、偉大な神を頼ってまいりました」

検問官は胡散臭そうにアクロンを上から下まで観察したが、特に止めようとはしなかった。

「正規兵へ応募したいなら急ぐことだ。締切が迫っている。まっすぐ行った兵舎前広場で受け付けている」

「ありがとうございます」

一礼してアクロンは都に入った。都は思いのほか、人通りが多く、明るい雰囲気だった。兵募集受付らしい列に並ぶ者もチラホラといる。

それにしても締切?どうやら淘汰が迫っていることと関係しているらしい。例の北の宴も近いということだ。

正規兵に応募する気のないアクロンは兵舎前広場の兵募集受付を無視して、とりあえず、神殿近くの書物庫へ向かった。学問の都に来て書物庫を訪ねないのは怪しまれる。


書物庫の中には「入信希望」と言えば、簡単に入ることが出来る。

まず神について勉強しろということだろう。書物庫は神殿と同じくらい巨大な石造りの建物で、中の書物も膨大な量だった。吹き抜けの天井まである壁全てが本で埋め尽くされていた。流石、歴史ある大国バアル・ゼポンだ。

アクロンの母国も書物を大切にしていたが、この建物の1/5もなかった。この国のような歴史もないから仕方ない。圧巻の書架を目の前にアクロンは感嘆符を吐いた。

そんなアクロンの背後から笑みが聞こえてきた。

アクロンが振り返ると見知った顔が手を振っていた。

「やぁアクロン。君に会えてよかった。一緒に王都へ行く仲間が欲しかったんだ」

「ハシーディム」

調子のよい好男子ハシーディムは園の古株だ。貴族のような雰囲気だが、彼が生まれた頃は今のような貴族制度はなかったらしい。

ハシーディムは驚いているアクロンに書庫の奥を示した。

「魔法についての書物も多いし、歴史書もかなり開架されている」

「もっと閉鎖的かと思っていました」

「バアル・ゼポンの西都アーホールは学問の都だ。“求めよ、さらば与えられん”という知の都でもある。ただし、さりげなく信仰に関連付けられているので心の平安を得て最後は神の御手に委ねられ信徒になる」

心の平安。つまり洗脳されるということだ。この国に無償の愛などない。求めた結果、得られるのは支配される人生だ。

アクロンは苦笑した。

「詳しいですね。何度も来られているのですか?」

「4・5回は来たかな。長生きしているからね。それにじっとしているより旅が好きだ。可愛い子に出会えるし」

爽やか貴公子は栗毛を揺らして糖蜜の笑みを浮かべた。アクロンはげんなりした。

「笑みの無駄遣いですよ」

つい冷ややかにコメントしてしまうアクロンに、ハシーディムはめげずに明るく笑いかけた。

「君はサーハラと仲がいいからな。ああいう美形が好みか?」

「サーハラなんか好みじゃないですよ。俺には大切な家族がいます」

「げ!君もリベルデンと同じか」

純愛。

ハシーディムには信じられなかった。一人を思い続ける意義って何だろう?

アクロンの妻は当然、寿命を迎えた。喧嘩別れしたわけではないから、時々無性に会いたくなる。老いて病床に伏す妻をただ看取ることしかできなかった。だから、余計に忘れられない。

平均寿命は60歳。倍以上生きているアクロンの家族や友人はこの世を去っている。血筋は残っているが、何となく違和感があり会っていない。ただ遠くから見守っている。


「他に大切なものができても、それは罪ではないと思うぞ」

ハシーディムは園の住人の中に時々、世捨て人になる姿を見てきた。ある程度のメンタルが無ければ園には入ることが出来ないはずが、心の時まで留まってしまう奴が稀に居るのだ。

アクロンにはそうなってほしくなかった。

「園に入って何年になる?」

「120年くらいですね」

「じゃあ、まだまだこの世に未練たらたらだな。120年じゃ縁は切れない。君を覚えている人間もいるよ」

「まさか」

「身内で覇王門を通った剣豪がいたら子子孫孫迄語り継ぐ」

「俺はそういうのは頼んでない」

「自慢しない子孫はいない」

「あなたの子孫は?」

「国はないからな。子孫を辿るのは無理だ」

とくに感傷的になることなく、あっさりとハシーディムはそういうと、歴史書の方へ視線を向けた。

「あの本の山の中にも俺の国はない。昔、探したことがある。テモテの書庫にもなかった。たった、800年。俺の国はどこにもない。ところが、覇王は千年も語り継がれてる。この差は大きいな」

世界一を目指した覇王は歴史に名前を刻み、今なお生きている。逆に考えると今ある歴史には忘れ去られた事象が多いということだ。

「魔王が復活したら新しい歴史が生まれますね」

「新しい歴史か。魔王が勝ったら歴史が塗り替えられる。覇王はその存在を消されるかもしれないな」

「歴史は勝者の歴史ということですか」

「声の大きな奴が歴史を作る。いや、人間の脳は正しく記憶するなんてもともと出来ないよな。思い込みと勘違い。都合のいい解釈。歴史は歪んで当たり前か」

「記録石のようなものがあるといいですね」

「それも、魔力で歪む。人の作ったものに正確なものなんてないよ」

「意外と斜め思考ですね」

「現実を語って何が悪い。人間は感情の生き物だ。正義も立場で変わる。ここの正義が正しいかもしれないよ」

立場変われば魔王も正義か。

「でも、王都へ行くのでしょ?」

「行く」

我々の正義は覇王だ。

「歴史に名前を残しますか」

「そんなもの、要らない。俺は俺が楽しむために戦う」

ハシーディムはとても嬉しそうだ。彼は笑顔で外へ出ようとアクロンを促した。

アクロンは、権力に振り回されることのない覇者たちのこういうところが憎めない。脳筋だけど、どこか清々しい。

何故王都へ行くのか。もちろん、魔王を倒すためだ。何のために?力を試すため?いや、人に害為す魔王は叩く。どこかにいる子孫を守りたいと思うのは当然だ。


書物庫を出ると二人は広場の正規兵募集の列が長くなっていることに驚いた。野盗のような風貌の男たちも並んでいる。書物庫に入っていた短い時間で空気が変わったらしい。

「おい!そこの二人!ご神託だ。応募していない異国人の武器の携帯を禁止せよという神のお告げだ」

巡回兵にそう声を掛けられ、ハシーディムとアクロンは顔を見合わせた。

あからさまなご神託もあったものだ。どう考えても異国人差別だ。国民の安全を考えているにしてもどうなんだ?そもそもこの国、日ごろは言い掛かりをつけて異国人の身ぐるみを剥ぐくらい正規兵の方が荒っぽいというのに。

「どこかの領都で魔物が狩られたのかもしれない。だから、淘汰の前に選別する気か?」

小声で囁くハシーディムにアクロンは無言で頷いた。淘汰は国内の危険分子を殲滅することに違いない。

「登録するのは不味いですよ。魔装具を没収されかねない」

「ああ。それに、登録証としてバックルを填められている。あれは魔道具だ。爆弾を抱えるようなものだ」

ハシーディムは長い列を指して笑顔で巡回兵に声を掛けた。

「昼飯を食べてからにします。その頃には列も短くなってますよね」

無邪気そうな正直者の笑みに巡回兵は鼻を鳴らして去っていった。

アクロンは好男子で爽やか系と言われるハシーディムはもしかすると天然かもしれないと思った。サーハラの意図的お色気系とはまた違った詐欺師だ。

二人は領都の繁華街で昼食を取ることにした。コソコソするとかえって人目を引くことになる。隠れるなら人ごみの中の方が良い。

「食事は旨いに限る!」

ハシーディムはにこやかに混み合う繁華街の中でも一番の人気店に入った。木組みの3階建ての建物の中も各テーブル満席状態だ。おまけに店内の壁面は神の言葉で埋め尽くされ、バアル・ゼポンの紋章が天井には掘られている。まるで神に見張られているようだ。何だか居心地が悪い。

「壁と天井に魔法陣が隠されている。監視と盗聴だ」

「不味くないですか?」

「いや、ここの料理は絶品だ」

そうじゃなくて。アクロンは溜息をつき、ハシーディムについて2階に上がった。2階席の窓際に二人分の(あき)を見つけるとハシーディムは素早く席に着き給仕に定食と酒を二人分注文した。

あまりの手際よさにアクロンは目が点だった。

ハシーディムはアクロンが席に着くとテーブル中央に小石を置いた。一見、ただの灰色の小石だが、明らかに何かが変わった。

「ハーリール手製の魔道具だ。これで会話が聞かれないし、我々の姿は普通の都民にしか見えないはずだ」

「そんな都合のいい魔力が発動したら、逆に怪しまれないのですか?」

「ハーリールもそこはちゃんと工夫したって言っていたから大丈夫だろう。あいつの古式魔法は守護者仕込みだ。まぁここの魔導士も上級者なら古式魔法に精通しているだろうけど」

「それってヤバくないですか?」

「どうせ、魔王が復活したらヤバいし、他の領都で誰かがやらかして覇者の存在をアピールしているっぽいから衝突は時間の問題。それに魔王の復活も時間の問題」

園の住人は出たとこ勝負が多い。アクロンは溜息をついた。本当に計画性が無い。全くどうしようもない。こんな上司や部下だったら激怒するところだが、ハシーディムは上司でも部下でもない。

「淘汰の詳細はご存じですか?」

「初めは徴兵制度の何かかと思ったんだが…。兵士たちの間で噂がいくつかある。正規兵に応募しに来たならず者を淘汰して処分。その他にも失敗を犯した兵士を北の谷に投げ入れ処分。力量不足な兵を奴隷に降格。もっと小声で囁かれているのが処分方法だ。なんと魔物に喰わせているらしい」

魔物のエサ。ありそうなことだ。

「つまり、魔物の存在が噂になるくらい増えている…?」

「そこかしこに沸いているからね。で、君はどこまで知っているのかな、アクロン君。【血の洗礼】は?」

「それについてはサーハラに教えてもらいました。あと、魔眼のアザリアに会いました。ハーリールが今、一緒にケデムに向かっています」

ハシーディムは意外にも情報を入手しているアクロンに驚嘆した。魔眼のアザリアの事まで知っているとは。

「魔眼のアザリアに会ったのか」

「ええ。彼女は何なのか。トレスが涙枯の森で拾った赤子で、セモール山脈に詣でるくせに、魔物に北の宴に誘れたそうですよ」

「それ、本人に聞いたのか?」

「はい」

それが、何か?アクロンはいたって普通の態度だったのだが、ハシーディムはむくれるように椅子の背にもたれて腕組みした。それほどの情報をハシーディムは彼女から聞いていない。会ったタイミングが違うのだから仕方ないのだが、そんなことは考えなかった。どうしてアクロンの方が情報量が多いのだろう。

「俺も魔眼のアザリアと結構、親しく話したんだけどな」

「俺は最近ですから、事情が混み合って覇者が身近になったからでは?」

「園の事を話したのか?」

「リベルデンが話したらしく、園の住人のことを知っていたので俺も喋りましたよ。ただハギオイが覇者ということは知りませんでしたし、言っていません」

なるほど。トレスが憧れていた園の住人と知ればトレスの娘である彼女も口が軽くなるかもしれない。ハシーディムは納得した。

そんな話をしているところに料理が出された。

湯気の立つ煮込み料理はこの店の人気no.1だ。近隣の森でとれる大型の獣肉を10時間以上、野菜とスパイスと共に煮込んである。深めの器にたっぷりと盛られ香りも胃を刺激する。その横には穀物を焚き上げ丸く固めたボール状の団子が3つ。団子一つが拳大なのでかなりのボリュームだ。続いて給仕は酒の入った木のジョッキを2杯置いていった。

「毒は入っていないから大丈夫だ」

ハシーディムはそう言ってジョッキの酒を勧めた。アクロンは酒の匂いを嗅いでから一口飲んでみる。その間にハシーディムは飲み干して2杯目を注文していた。

「この店は異国者の気を緩ませて情報を引き出すためにある。だから毒は使わない」

そう言われると余計に危険な気がする。だがまぁ酒は旨かった。一口食べた料理も美味だ。ダベルネの<尾根の雲>も美味しいがこちらは何やら高級感がある。団子状に丸めただけに見える白っぽい穀物にも味がついていた。

「王都に入ったら、ハーリール達と落ち合う」

「場所は決まっているのですか?」

「目印があるらしい。多分、門番の誰かが用意していると思う」

らしい、多分、誰か、どうしてこんなに適当なんだろう。命懸けの王都入りになるというのにコレだ。

「生きている門番は3名ですか?」

「ああ。まぁ残っている3人はこの世が滅んでも死ななさそうなメンバーだから何があっても王都に来るだろう。ただ、リベルデンは一度テーマーンに行くって言っていたから遅刻だな」

「あの、第7の門番に会ったことが無いんですけど」

アクロンは門番と剣を打ち合っていないので、面識がない。リベルデンやラハブのことは園の中で特訓に付き合わされたので知っている。

「カーファル?彼は寡黙で無駄嫌いだからな。エクレシアの恋人なんだ。だから今回の【血の洗礼】には激怒していると思う」

激怒していても静かなのがカーファルだ。

「ラハブより強いというのは本当ですか?」

「ああ。起きている園の住人の中で最強だ」

ラハブは超人的だ。それ以上ということはどんな人物だろう。アクロンは眉をしかめてしまった。

そんなアクロンに対し、ハシーディムはニヤニヤとヒントを出した。

「あのさ。この世で暮らしているなら傭兵黒竜の噂は知っているよな?」

「もちろん。昔、遠目ですけど戦場で見かけたこともありますよ。同盟国が雇った傭兵の中にいました」

「ああ、それは良かった。敵に回すと厄介だ」

同盟国側に雇われていたのでアクロンもアクロンの祖国も傭兵黒竜の被害はない。本当に凄まじい戦力だった。あれ?それっておかしくないか?あの戦場はいつだ?園に入る前だ。自分はまだ18歳だった?黒竜って世襲制?自分が園に入ってしまったため、その混乱からか時間感覚がおかしくなって忘れていた。それに深く考えるほど興味が無かった。

眉間にしわを寄せて改めて黒竜の事を思い出すアクロンに対し、ハシーディムはニタついた。

意味ありげに笑うハシーディムにムッとしてアクロンは不審に思いつつも落ち着こうと無言で酒をすすった。

「カーファルのこの世での職業が、傭兵黒竜だ」

アクロンは思わず酒を噴出した。ハシーディムは素早く避けて笑い声をあげた。

「強さに納得したか?」

「ど、どうして園の住人が傭兵なんてやっているんですか!ルール違反では?国に干渉しないはずだ!」

つい怒鳴ってしまった。

「あいつは龍だ。龍は遊撃。なんでもありだ。だから、猫のハギオイもラハブも見て見ぬふり」

それにしても、破格の強さを、金で動く傭兵業に使うというのはどうなんだ?歴史が変わる。あり得ない。魔眼のアザリアが知ったらぶっ飛ぶぞ。というか魔王とタッグを組むんじゃないか?

「すごく、不味い」

「お前、舌がどうかしてないか?絶品じゃないか」

ハシーディムは煮込み料理を満足げに食べていた。

「料理じゃなくて、黒竜です」

「気にするな」

「魔眼のアザリアの仇ですよ」

「リベルデンから伝言。黒竜に殺されないように魔眼のアザリアを守れってさ」

「無理です」

「俺もそう思う」

呑気に食べている場合だろうか。

「焦るな。勝負は王都だ。物事、なるようになる」

「そうは言いますけど…」

唸りたくなる。なんだって園の住人はバラバラで連携が取れない人間ばかりなのだろう。事前に情報交換出来ていたらもう少し何とかなったのでは?

「ハギオイは黒竜の事を知っていて」

「もちろん知っていたさ。何が狙いか。こっちはさっぱり。門番は俺達より情報を持っているから王都で聞き出すしかないな」

「王都に入ったら即戦争かもしれないのに悠長ですね」

「怒るなよ。ハーリール曰く覇王の目覚めには7人の門番が必要らしいし」

「え?」

「門番は今3人。覇王が目覚めないということは、だ。俺達で魔王を倒すことになる。新しい歴史の誕生だ」

ご機嫌なハシーディムが信じられなかった。覇王に会ったことは無いが、あの、ラハブが仕えた人物だ。桁外れに強いことは想像できる。その力があったからこそ魔王を倒せたのだろう。いくら第7の門番カーファルが最強であったとしても、どうなんだ?

考え込んでしまうアクロンの前でハシーディムがフォークを振った。

「真面目に悩むなよ。多分、おそらく、門番なんていなくても、覇王は目覚めると思う」

? 今、7人必要と言ったばかりじゃないか。

「古代人たちの性格を考えろ。面白そうな戦いを黙って眠っているなんてありえない。俺たちは時間稼ぎをするだけだ」

「時間稼ぎですか」

「そう。命懸けの時間稼ぎだ」

命懸け。その言葉を口にした時のハシーディムは珍しく妖艶な笑みを浮かべた。アクロンはその笑みにハシーディムの本性を見た気がした。

「とにかく、食べろ。美味いんだから」

そう言われて、アクロンは食べ始めたがもはや味が分からなかった。いろいろな情報が頭の中を駆け巡っている。アザリアの事も心配になってきた。淘汰のことも気になるが、それこそなるようになるだろう。しかし、黒竜とアザリアの出会いはとんでもないことになる気がする。



王都バアル・ゼポン――

園の住人が4方の領都に入り始めたころ、バアル・ゼポンの王都にある大神殿では、5人の魔導士による防衛強化魔法が構築されていた。

大神殿は王都の北側にあり、都の中心に立つ王城の背後に聳えていた。国の中で一番高い塔を持つのが大神殿だ。大神殿が王の城を威圧する様は、民から神の栄光を示していると考えられていた。

聳える塔の上の尖塔からは魔力が広がり、巨大な魔法陣を描き始めている。そのことに王族すら気づいていなかった。

大神殿は正面に円錐形の祈りの空間、礼拝堂があり1万の民を収容可能としていた。さらに、その奥に高さのあるドーム型の本殿があった。本殿は大祭司の許可なく入ることが出来ず、日々、大祭司が祈りをささげる場所とされている。

しかし、ここ何か月も大祭司は本殿に居なかった。大祭司アベンは大神殿の地下にある迷宮にいた。地下には表向き歴代の大祭司の墓があるとされている。もちろん、墓はある。しかしそれだけではなかった。魔力のない者には通り抜けることが出来ない通路があり、最下層には黒い魔力溜まりがあった。

最下層だというのに空間は上に立つ礼拝堂よりも広い。ただ、明かりはアベンが手にする杖に灯った炎のみ。

アベンが杖を翳すと魔力溜まりは漆黒で波打っていた。周囲の壁には魔法文字が無数に刻まれている。漆黒の波が時折跳ね上がり壁につくと黒いシミとなり、やがて壁に吸い込まれて消えていった。正確には消えたのではない。外へと放出されたのだ。アベンは静かに笑みを浮かべた。

順調だ。

覇者の邪魔もなく、魔物たちは順調に外へと出始めている。溜まり具合から魔王の復活も近いことがわかる。

愚かな覇者どもは覇王門が閉じていることに気を取られて、こちらの計画に気づかなかった。今になってようやく気付いたのかこの国に入ってきたものが何人かいるが、手遅れだ。魔王の復活は止められない。そして、覇王がいない今、覇者と言えど、ただのエサだ。

淘汰に巻き込まれ魔物の糧となるだろう。

そうして、このバアル・ゼポンに魔王が復活し、全地を魔物が支配する。

人間の国同士の争いなど、なんと愚かしいことか。すべてが魔王に支配されてしまえばすっきりする。欲まみれの人間どもには神の裁きが必要なのだ。滅びこそが人間には必要だ。

アベンは教典が示す神の栄光の時代を無の時代として理解していた。だからこれは教義に乗っ取った正しい行動だった。人は魔王によって浄化されるべきもの。それこそが今世の神が描いたシナリオだ。


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