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園の余談

覇者の園の中には、様々な時代の、様々な国の、様々な身分の、様々な年齢の住人がいた。

価値観も違う。当然、気が合う者もそうでない者もいる。

不老不死と財宝目当てで入ってくる者も稀に居るのだが、門を通ったということは、門番の選考をクリアしているわけで強さも気概もある。

共通点、人生の目的が、強さを極めること。


一度園に入れば箔が付くということで、元の世界に戻る者もいる。

しかし、結局、園に戻ってくるものが多い。

強さを求めると、そうなってしまうのだ。

だから、園にはかなりな住人がいる。

ただ、大半は眠っている。

強い奴が来たら起こしてくれと伝言を残している者が多い。


「なぁ、最近、誰か外に出たか?」

「さぁな。入ってくる奴はもう50年くらいいないだろう?」

門番が厳しいのか、園の評判が廃れて挑戦者がいないのか。ここ最近、入ってくる人間がいない。

起きている園の住人は退屈になると外に出ることが多い。

「最近、出入りの激しいハーリールも見かけない」

「門が、開かないってボヤいていた奴がいる」

「門が開かない?」

「俺も開かなかった」

そう言われて、即、園から出るための門を呼ぶ呪文を唱える。

呪文は簡単なもので、魔法について知識のない人間でも呟ける。

「開け外へ」

この一言だ。

間違いようもない。

しかし、門は出現しなかった。

「な?開かないだろう?」

いつもは出口用の白銀の門がすぐに現れる。

いつから開かないのか。

時間の感覚も狂いがちなのが園だ。

その場にいた13人の住人は顔を見合わせた。

「園の異変は<覇王の霊廟>に関係しているって言われているけど、こんなことは初めてだ」

「お前、何年ここにいる?」

「400年」

400年では古参に入らない。

「誰か古代人はいないのかな?異変に強そうだ」

「古代人は眠っているんじゃないか?」

「廟の守人に聞いてみては?」

「え、それって、あの怪しい錬金術師?」

騒いでいた全員が固まって、その発言をした住人を凝視した。

発言者はつい口を塞いだ。怪しい…などと形容しては、廟の守人の不興を買うかもしれない。

廟の守人。剣を持っているところは見たことが無いが、廟の周りの金塊や金貨は彼の生み出した黄金だと言われている。

いつもフードを深く被っているので顔を見た者はいない。しかし、覇者と共に戦場を駆けた古代の魔法使いと言われており、実はとんでもなく危ない奴だとの噂もある。

…とはいえ、園歴500年程度の住人には錬金術師という印象しかない。

その昔…500年前、園に来たばかりの剣士が覇王に憧れ霊廟に祈りを捧げに行ったとき、そこに居る守人に「あなたはどなたですか」と問いかけたところ「錬金術師だ」と答えが返ってきたという逸話が伝えられている。

だから、錬金術師なのだろうと語り継がれている。

しかし、古代人曰く、<霊廟を守る守護者>とのことだ。その実力は誰も教えてくれない。


「喋ったことあるか?」

「ないよ。怖いし。その、剣士じゃないけど危印ってのはわかる」

「元の世に戻るときに金貨をくれるし、声を聴いたことはないが、良い奴だ」

とくに守人に危害を受けたものはいない。それなのに、近寄りがたい雰囲気がある。

「サーハラはあの人に魔法文字を教わったらしいぞ」

「サーハラは人たらしだし、それくらい楽勝だよ。毎回、金貨も遠慮なく持ち出している」

「金貨は持ち出し自由だ。会話が問題だ」

顔を見たこともない(いにしえ)の錬金術師とどうやって話せばいいのか。霊廟を守るということは凄まじい実力があるに違いない。

「誰か、聞いて来いよ」

怪しい存在だが廟を守っているということは異変についても対応するだけの力があるだろう。門が開かない理由を知っている者がいるとしたら、霊廟の守人しかいない。

「そういうことなら、一番日の浅い奴が適任だ」

一人がそう言って一番新人の若い剣士に視線を走らせた。

その視線の先を追いながら、別の住人が呟いた。

「それって、面倒ごとを新人に押し付けてないか」

呟いたが、新人に任せるのは名案だ。

園に長くいるのに今更、聞けない。どうやって聞けばいいのかも分からない。

そんなことも知らないのかと怒られる可能性だってある。

子どものようだが、得体のしれない存在に対しては何年生きていようとも、及び腰になるものだ。


その場の視線を一身に浴びたのは一番新人のガドだ。50年前に園に入った若い亡国の騎士だ。

短い金髪とぱっちり開かれた青い瞳がより幼さを強調している。おそらく覇王門を潜った最年少騎士だろう。

ガドは敗戦国の騎士として処刑されかけた時、門に出会ったのだ。そもそも騎士になったのも騎士団に所属していた家族が戦死したから繰り上がったためだ。若すぎる年齢で騎士になった3日後に国は負けた。何もできず、ただただ処刑を待っていた。だから覇王門を見たとき、仇を討つ機会があるかもしれないと思って挑んだ。ところが、園に入るといろいろな事情の人間がいて、自分が何に怒りを向けているのか分からなくなった。正義は立場で変わることを学んだ。守りたいものを守るだけだという剣士が多くいた。守るための強さを磨く努力をしていた。国を守るために園を出ていくものもいる。家族を守るためだけに強さを磨く者もいる。

もちろん自分の信念のために強さを追及している者もいる。そういう者達は国に囚われない。

ガドの家族や友人はもう誰も生きていない。

強さを極めてみたいと思った。だから、50年間、園から出ていない。

50年、鍛錬の日々。それでもガドは若すぎるままだった。どこから見ても15歳で騎士なり立てに見える。


ガドは、先輩住人たちの眼力の前に、ため息をついた。

皆、俺より強いのに、あの守人が、怖いんだ。うん。わかる。不気味だもんな。妖怪とか魔物ってきっとあんな感じだよな。幽霊っていう人もいたな。

外見15歳と言えど、俺はもう65歳だ。元居た国の平均寿命より長生きしている。怖いものなど無い…と思う。


ガドは仕方なく、会いに行く。

霊廟に扉はない。

常に開かれている。

左に鳥の彫刻がある水晶柱と右に猫の彫刻がある水晶柱。その間を通り、二階分はある高い天井のエントランスに入ると、真っ先に両側に積まれた煌めく財宝の山に目が行く。

その間を進むと、覇王が眠るという石造りの広間がある。その広間の前にその守人はいた。

漆黒のマントフードを身に纏い、床に直接座っている。長いマントは体格すべてを隠していた。深く被ったフードからは年齢も性別も分からない。

彼の周囲にも山になった金銀財宝があり、床一面に金貨が散らばっている。黄金の山から金貨があふれ出ているというのが正しいかもしれない。しかし、眩しいというより、怖いのだ。漆黒の守人が漂わせる雰囲気がただただ怖い。そもそも、動いているところを見たことが無い。息をしているのかどうかも分からない。

「あの、門が開かないんです」

ガドは勇気を振り絞って声を掛けた。50年前にちらっと覗いて以来、ここに来るのは初めてだった。

石膏のように動きのなかった守人が少しガドの方へ首を傾げた。

「<血の洗礼>が行われた」

静かな声が返ってきた。その声は老人のものでもないが、若者のものでもなかった。ひっそりと落ち着いた単調な声だった。

ガドは、目を瞬いた。血の洗礼?聞きなれない名称。

「え、それって…」

理解できないんですけど?それはどういう意味でしょう?そう聞きたかった。…聞く前に再び声が返ってきた。

「不正な侵入者を防ぐための防衛機能」

防衛機能?そのようなものがあることをガドは全く知らなかった。そもそも、侵入とかできるの?幻と言われている覇王門なのに?

「えっと、出られない?の、でしょうか??」

「門が開いた時、覇王が目覚める」

それってどういう意味ですかー?

「え…?我々はどうすれば?」

「出陣となる」

「は?」

出陣?防衛機能で門が閉じて、開くと、覇王が目覚めて、出陣?!

「覇王と共に古代人が目覚めるだろう」

古代人って、覇王と共に戦ったという伝説の覇者たち?みんな、目覚めるってこと?

ガドは、自分の心臓が早鐘を打っていることに気が付いた。

「戦争、ですか?」

「そうだ 参戦したければ剣を研ごう」

参戦?戦争?覇王の戦い!!

ガドは、霊廟の周囲に目を向けた。


覇王の霊廟の周囲には色とりどりの花が咲く空間が広がっていた。そこには、花だけでなく、古代人がかつて使っていた剣が立っている。剣の下には持ち主の古代人が眠っていると言われている。つまり、花畑ではなく墓ということだ。と言っても死んでいないので墓とも言えない。

何百という剣が千年の時、ただそこにある。それなのに手入れは行き届いている。

いつでも戦えるように

ガドは鳥肌を立てた。

武者震い。

まるで、初陣の時のようだ。

そして、今、目の前の人物は剣を研ぐと言ってくれた。

ガドは生唾を飲んだ。

「剣を研いでいただけますか?参戦します」

敵もわからないのに、ガドはそう答えていた。覇王の敵は、多分、人間じゃない。ここに50年も暮らしていると分かる。人間同士の戦いに空しくなったからこそ覇王は眠っているということが。覇王は最強で、強い者にしか興味が無い。人外しか(あいて)にならない。

「良い覚悟だ。千年の時を経て魔王が復活する。魔王とその眷属は楽しませてくれるだろう」

顔も見えないのに、守人が妖しく微笑んだのが伝わってきた。

ガドは緊張しながら剣を鞘から抜いて渡した。

剣を受け取る守人の手は透き通るように白く、ほっそりした指は長く美しかった。

そんな手でどうやって剣を研ぐのか。


剣が一瞬、銀色の光を放ち、ガドの見守る前で真っ赤に燃え上がった。あまりの熱と炎にガドが飛びのくと周囲はいきなり暗転した。闇が霊廟を包んだ気がした。しかし、それも一瞬だった。

「受け取るがいい」

先ほどと変わらない景色がそこにはあった。黄金の山と漆黒のマントフードの守人。

ガドは、差し出された自分の剣を受け取った。

剣の柄には鳥の文様が刻まれていた。波紋も洗練されて澄んでいる。

「あ、ありがとうございます!」

「鳥は左翼だ。猫は右翼。覇王の軍勢は鳥と猫からなる。たまに龍がいるが、龍は遊撃ゆえ、気にすることはない。楽しんできなさい」

ガドはつい騎士の礼をしてしまった。

守人が小さく笑った。

「礼は王にするものだ。私はただの錬金術師だからな」


王。覇王に会えるのだ。ガドは霊廟を出ると飛び上がってガッツポーズをした。


ガドの研がれた剣と覇王の目覚めの予言に園は大騒ぎになった。

霊廟の前には研いでほしいと剣を手にして長い列が出来上がった。

鳥と猫。

研がれた剣で軍団が分けられていく。

「鳥って左翼だろう?誰か起きてたっけ?」

「猫は第6の門番ラハブと第4の門番老ハギオイだけど?」

「第5の門番リベルデンって鳥だったような?あれ?龍かな?」

「龍は第7の門番カーファルと第3の門番エクレシアだろ?」

「第1の門番ケナズと第2の門番アンデレは鳥だったぞ?」

「今寝てる古代人たち、覇王と一緒に目覚めるなら王の従者が揃うってことだろう?」

王の従者は、テモテで例えるなら王の騎手だ。

(いにしえ)の時代、国もなく王もいなかった。覇王もまだ王ではなく、誰もが覇権を争っていた時代だ。その時代を制して覇王となった最強の覇者が認めた者こそ王の従者だ。そんな強者たちとともに戦場に立てるのだから誰もが興奮していた。

鳥の軍団と猫の軍団のリーダー的存在について議論が始まった。従者で一番強いのは誰か。


ガドは第1の門番ケナズによって処刑場から助けられたも同然だった。だから、ケナズの事が実の兄のように大好きだった。ケナズと同じ鳥の軍団になれたことが嬉しくて拳を握りしめた。


彼らはまだ門番不在の門があることを知らない。


園の住人たちは、自分がどの軍団に加わるのか、そのトップが誰なのか、そのことで頭がいっぱいだった。トップは当然強い者がなる。古代人の強さを知ることが出来る数少ない機会だ。

なにより伝説の古代人と共に戦うことが出来る。

敵は人外、魔王。

あとは門が開く時を待つのみ。


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