小さな国と大きな国
北の大国バアル・ゼポン 南の領都ダーローム ――
異国との国境は大河によってハッキリと示されていた。大河を挟んで北側が南領ダーローム。大河を挟み南にあるのが小国ダベルネだ。
ダベルネ経由でバアル・ゼポンへ入る旅人は多く、そのため、ダーロームは商人の都とも言われていた。
大河を行きかう船は何隻も出ていて河を渡ることで困ることは皆無だ。
サーハラはアクロン達には「ダベルネ経由で南の領都ダーロームを通って王都へ行く」と伝えたが、テモテを出るとさっさとバアル・ゼポンの南領ダーロームまでやってきていた。
黒い噂も絶えないバアル・ゼポンだというのに、ダーロームの南門は領都へ入ろうとする者達の列ができていた。バアル・ゼポンの中で一番異国者が多く訪れる領都だけのことはある。
サーハラが入都の列に並んでいると門の付近がざわめいた。
この都は入る時と出る時の両方が厳しいから揉め事は少なくない。
ダーロームの南門で荷車を引く商人風の一家が出入門を管理する守衛官に止められていた。
見たところ女ばかりなので舐められたのだろう。
「入る時に入都税を支払いましたのに、出る時にも払えとはずいぶんじゃないですか」
一家は初めてダーロームを訪れ商品を仕入れて出ていくところだったのだが、出国税も要求され驚いてつい訴えたようだ。
「バアル・ゼポンの法を守らぬ商人は優遇措置の対象外だ。払わぬなら投獄となるがよいか」
「何ですって!仕入れ証を示せば出られると聞いたわよ」
気の強い娘が母親に代わって守衛官に食って掛かった。
「我らが出国税が必要と判断した。仕入れ額が足りていない」
明らかに言い掛かりだろう。
守衛官は脅すように商人一家に剣をちらつかせた。
このままでは血を見るだろう。バアル・ゼポンの役人は裁判官同様、異国者を処刑する権利も持っている。
決して安心して通ることのできる門ではない。それでもダーロームに異国の商人が訪れるのは優れた特産品が多いからだ。
サーハラは溜息をつくと、スカーフを腕に巻き付けて、竪琴を奏でながら列を離れて守衛官たちのいる門に歩み寄る。
「お役人様、信徒以外の人々は無知なものです。どうぞお許しになってください。」
サーハラが奏でたのはバアル・ゼポンでは有名な讃美歌だ。
この曲が流れては守衛官も無視はできない。バアル・ゼポンは宗教国家で信徒を大事にしているというのが売り文句だ。
「無知なものに出国税について説明をしているだけだ。国の者ならさっさと入れ」
守衛官はサーハラを国民と勘違いして顎で中に入るように促した。
サーハラは艶やかな笑みと潤んだ碧瞳を守衛官に向け、柄を握る手にそっとスカーフを巻き付けた腕を伸ばして耳打ちした。
「献金です。これで哀れな無知なる者をお目こぼしください」
ささやく声も色めいていて、守衛官の心拍数は跳ね上がったが、何より手にはいつの間にか金貨があった。それも重さから5枚はある。
出国税より遥かに多い。
サーハラは金に目がくらんだ守衛官をよそに、ムキになっていた娘にそっとウインクしてから母親に早く出るよう目で訴えた。娘はまだ13歳くらいに見えたが真っ赤になってそっぽを向いた。
商人一家は雰囲気的にお礼も言えず、気の弱そうな母親が気の強い娘を急かしてそそくさと去っていった。
ここでさっさと出てくれて助かった。サーハラは内心胸を撫でおろした。
あの商人風の一家、妙に素人臭い。そこが怪しい。おそらくどこかの国の諜報員だろう。畏れ知らずなことだ。バアル・ゼポンの都の一つで情報収集しようなどとは。
守衛官は舌打ちして商人一家を見送った。
「仕方ない。心優しい信徒のためだ。今回は目をつぶろう」
「ありがとうございます」
心優しい信徒のふりをするサーハラは守衛官を羨望のまなざしで見つめて魅惑を振りまいた。
「これからどこに行くのだ?」
「神殿で讃美歌を奏でる予定です」
この国は宗教が言い訳になる。サーハラを値踏みした守衛官も神殿が相手では慎重になる。
「気を付けて行け」
サーハラはスカーフを翻して門を通り神殿へと向かった。ちゃっかり列に並ぶより早く入っているところが、サーハラらしいところだ。まぁ袖の下は高額だった。
この国に来るのは2度目だ。何よりも信仰心が重視される国なのでもともとあまり好きな国ではない。再訪するつもりはなかったが、魔物退治となれば仕方ない。
竪琴を小脇に抱えながら領都の中を商人に紛れて歩く。
以前来た時よりも空気が重い気がした。普段は商人たちで賑わう街角も物静かだ。領都兵の装備も飾りではなく実践用の物になっている。巡回する兵士の数も多い。
おまけに領民は腕を胸に当て祈るしぐさを頻繁にしている。
「噂は本当のようだね。バアル・ゼポンは兵を集めて戦いの準備をしているそうじゃないか」
商人たちが声を潜めて周囲を窺った。
「まさかテモテと戦争なんてことはないだろうね?」
「流石にそれは無いだろう」
「いや噂では、世界に神の威光を示すようにとご神託がくだされたそうだ」
ご神託。
その言葉を口にしながら商人たちは都で一番高く天に聳えんばかりの塔を見上げた。
この領都で一番目立つ建物は領主の城ではなくバアル・ゼポンの神殿だ。領民の多くが神殿に毎日一回は出掛けていく。信心深さがこの国では美徳となる。
だが、この国が信仰する神には名前が無い。祭司は知っていても名前を口にしない。人が呼ぶなど畏れ多いためだ。偶像信仰を嫌うこの地の宗教は祈りの対象が形として存在しないため神殿に向かって祈ることが多い。
サーハラは名もなく形もないバアル・ゼポンの神について少しばかり知っていた。
吟遊詩人がこの国で活動するためには神を讃えなくてはいけない。だから讃美歌も奏でることができる。宗教の教えを説く聖典も呼んだことがあり教義を理解している。敵の事は調べるのが基本だ。
そして、そこからこの宗教が国の支配を目的としていることを理解した。
民の洗脳支配のみならず、王族の支配。果ては世界の支配が目的なのだ。そして、神の力というものは実は魔力というわけだ。この世界において魔法使いが広まらないのはバアル・ゼポンの祭司たちが魔法使いという存在を異国から消し去ろうと地味に動いているからだ。
要するに大祭司は<神>など信じてはいない。神に名が無いのも時代時代で臨機応変に信仰の対象を変更するためだ。
バアル・ゼポンの歴史は古い。周辺諸国への干渉は常に行い、魔力の修練に利用している。
だからこそ、小国は戦争ばかりしている。文明は育たない。歴史は受け継がれていかない。
あまりに巧妙なバアル・ゼポンの手口にテモテの存続は奇跡とさえ思えてくる。
いや、テモテには覇王の伝説を語り継ぐ者達がいるためバアル・ゼポンの祭司でも騙せないのだ。
バアル・ゼポンとテモテは古代の知識を継承するという点で共通している。
覇王の記録もある。
古代の知識があるバアル・ゼポンだからこそ魔王を復活させようなどということが可能なのだ。
サーハラはご神託の全容を知りたくて、信者のふりをして神殿の中に入り込んだ。
神殿に入るには合言葉のような大昔の聖人が残した言葉も必要だが、それも問題ない。要するに信徒なら誰もが知っている使徒信条だ。
サーハラは軽薄そうな吟遊詩人に見られるが、探索者としての能力は高い。
「ようやく戻ってくることができました。今、神は何を望まれているのでしょうか」
旅から戻ったばかりという設定で若い祭司に問いかけてみた。ストレート過ぎるが意外にもその方が怪しまれないのがこの国だ。
控えめな笑みで信仰心をアピールするサーハラに若い祭司は少し緊張気味に背を反らして告げた。
「神は常に信仰心の高い者達の平安を気にかけてくださいます。国の外では戦火が消えることがありません。そこで、神は心の曲がった者達に神の威光を示そうと決められたのです。信仰心の無いものはいずれ神の御力により淘汰されるでしょう」
淘汰。要するに信者以外は排除ということだろう。
「それは、素晴らしいことです。外では浅ましい戦いが多く、到底、知的な存在とは思えませんでした」
教義では知的な存在は信徒と祭司と神のみだ。
「そうでしょうとも。最初の淘汰はこの偉大なる神の地で行われ、世界へと広がります。何も心配することはありません」
つまり、まず国内の不穏分子を抹殺してから世界征服に乗り出すということだろう。
「淘汰は偉大なる神の御手によるのですね」
「そうです。世界が神を知る<約束の日>が訪れるのです。我々はまっすぐな信仰心で平和を祈るのみですよ」
この若い祭司は、ただ上からの言葉を盲目的に信じているだけで、淘汰が何かを知らないかもしれない。
これ以上の質問は藪蛇になるだろう。
サーハラは信者同様、腕を胸の高さまで上げて祈る姿勢を取った。儚げな笑みも浮かべて祭司を敬うように一礼すると若い祭司は顔を赤らめた。
神よりも私の方が魅力的だと気付いたか?
どんな信仰心も自分の美貌の前には崩れるのだと確信してサーハラは神殿を後にした。
さて、<淘汰>とは何時どうやって起こるのか。
信徒は誰一人分かっていないだろうが<約束の日>が魔王の復活日だろうことは間違いない。今、この国の神は“魔王”だ。
とりあえず、気になるのは<淘汰>という単語だけだが後からこの国に入るものに伝えた方が良いだろう。危機感を高めるには丁度いい謎かけになる。
サーハラは一度、ダーロームを出ると、ダベルネに入った。
ダベルネの幾つかの魔道具屋に言伝を残すためだ。
この国の魔道具屋には魔術師としても腕の立つものが何人もいる。だからこそ、この国は滅びないのだ。
ただ、腕が立つというのではない。
建国の歴史はバアル・ゼポンの半分ほどしかないが、古代の歴史にも精通し、テモテの宮廷魔導士に匹敵する情報を隠し持っている。情報を隠している場所はセモール山脈だ。
セモール山脈には結界があり、普通は登るどころか見ることもできない。
しかし、覇者なら登れる。
そして、歴史を知る者、呼ばれた者は登ることができる。
ダベルネの王族は、幼少期にセモール山脈を見ることのできたものが継承権を得る。即位の前に必ず山脈に入り古代人の墓まで登る儀式が行われる。それも秘密裏に。
それと同じようなことを国のルールとして魔道具屋も行っている。
店主として店を構えるにはセモール山脈が見えなければいけないのだ。
要は国家試験のようなものだ。
優秀な店主は登ることができる。登ることのできた店主は必ず成功すると言われている。
だから、というわけでもないのだが、信用できる人間が多い。
彼らは覇者を騙せばセモール山脈には二度と入ることが出来なくなると分かっている。
魔道具屋<山の背>はサーハラのお気に入りの店だった。
だから、にこにこと笑顔で店主に声をかけた。
「言伝を頼む。細身の剣士で真面目そうな奴が来ると思うんだ。風のアクロンっていうんだけど知っているかな?あと、大会荒らしのバルクっていう闘剣士も来るかもしれない」
「お二人の方にご伝言ですか?」
「うーん。その他にも来るかもしれないな。まぁ後は適当に」
華やかな笑顔を見せるサーハラに店主は営業スマイルで対抗した。
「かしこまりました。それで、言伝の内容は」
「これ。読めないおバカさんがいたら翻訳してあげてくれ。依頼料はこれくらいでいいかな」
サーハラは魔法文字の書かれた紙を渡し、金貨5枚を差し出した。
「言伝に金貨5枚は多すぎます。いつもご贔屓にしていただいておりますし、料金は不要です」
「とんでもない。いつもいい品揃えで、信用もできる貴方だからこそ頼めるんだ。遠慮なく取っておいてくれ。覇者の園には財宝がたくさんあるからね」
にっこり。
サーハラは園の財宝だから遠慮するなと金貨を店主の手に乗せた。
覇者の園には献上された財宝も多いが、園の中には自称<錬金術師>がいる。覇王の廟内にいるので話したことのある者は少ないが、園の中の金貨が減らないのはその存在が大きい。
ちなみにサーハラは錬金術師から魔法文字の読み方を習い、この店が代々評判が良いことを聞いて、もう100年以上の常連客だった。
店主は覇者たちが金払いがよいのは伝説通り園の財宝が潤沢なのだと納得した。
「ありがとうございます。山脈へ詣でる時に役立てたいと思います」
流石、一流の店主だ。あの山脈に登れるらしい。
お礼を言い、サーハラは店を出ると、その後も幾つかの魔道具屋でも同様の言伝を依頼した。
その際の会話はほぼ同じ。
最後は山脈に詣でる時に役立てるということでまとめられた。
園の住人が持ってきた金貨は山脈の通行証になるのかもしれない。
サーハラは気が済むと再びバアル・ゼポンの南領ダーロームへ向かった。目指すのは王都バアル・ゼポンだ。
小国ダベルネの王城はテモテやバアル・ゼポンに比べて明らかに地味だった。
城は絢爛豪華とは真逆で、無駄を一切省く堅牢な石の城だった。魔法対策だけでなく物理的な対策も施され大軍が攻めて来ようとも簡単には打ち崩せない造りになっていた。
その城門を小さな一団がこっそりと潜り抜けた。一団は姿隠しのマントを羽織っており、誰にも見られることが無かったが、“過所”を門に翳して入っていった。
一行がマントを脱いでいるところに一人の騎士が駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ。首尾はいかがでしたか?」
「マリアが美人過ぎるから守衛官に絡まれた」
出迎えた壮年の騎士に娘がぶっきら棒に返答した。その態度は商人のものではなく王族のものだった。
気弱な母親風の笑みを湛えていた女性はいつの間にか腕組みして娘を横目で睨んでいた。
「姫君が喧嘩腰なので危うく牢屋入りになるところでしたよ。全く。あのようなところで口答えなさるとは」
「でも、出られた」
あっけらかんとした娘役をしていた姫に母親役の女性はあきれ果てて大きな溜息をついた。
「助けてくれる勇敢な吟遊詩人がいたからでしょうに」
「バアル・ゼポンの民だ。きっとマリアに気に入られたかったんだ」
「違います。さっさと出ろ。揉め事を起こすなって凄い目力で睨まれたではありませんか」
「ウインクしてきたぞ。無礼な奴だった」
「真っ赤になっていましたね。姫ってば」
あ、赤くなってなどいなかった!!
コロコロと笑われ姫は、バタついて再び真っ赤になっていた。
二人の言い争いから出迎えた騎士は首を振りつつ溜息をついた。よくぞ無事で戻ったものである。
呆れているところに、もう一人若者が奥から駆けてきて加わった。
騎士よりもはるかに若く成人前の少年だった。
「気の強い我が妹姫は、約束を違えて大人しく淑女を演じられなかったのかな?」
「お兄様!」
この少年こそダベルネ国の第一王位継承権を持つ王子だった。
王子の名前は、ダン。
姫の名前は、ドルシア。
壮年の騎士は王の騎手の一人で、ナホルという。
マリアと呼ばれた母親役の女性は姫の乳母で、元騎士団員でもあったが、出産後まだ騎士には復帰していなかった。
「さぁさぁ陛下がご心配されております。まずは城の中にお入りください」
「無事であったか。大儀であった」
ダベルネの王は庶民と変わらない服装をして気さくな笑みを浮かべて出かけていた者達を出迎えた。
「父上様!バアル・ゼポンのダーロームは全然素敵じゃないわ。商人達はびくびくしてた!」
「そうか。危険に備えよと予言者たちが口を揃えるわけか」
ダベルネでは危険を冒してバアル・ゼポンの情報を現地調査で集めている。その時、諜報活動を専門にする者達ではなく、敢えて王族の血を引く者が加わる倣いがあった。バアル・ゼポンの危険な魔力の前では通常の諜報活動では太刀打ちできない。しかし、セモール山脈の加護を持つ王族のものが加わることで無事に帰還できると言われているのだ。
今回、末の姫が初めて遠くに山脈を見ることが出来た為、幸先良しとして、調査団に加わったのだ。
ドルシアは臆することなく調査団に加わり、戻ってきた。
「父上様、その服装は?」
「セモール山脈に出かけようかと思ったのだが、国を出る前に覇者に止められ戻ってきたところだ」
「覇者様?!剣士?どんな人?怖い?」
「いや、剣士ではなく魔術師であった。どこもかしこも魔物で埋め尽くされるかもしれないという警告を残していかれた」
ドルシアは覇者に会ったことが無い。滅多に会えないからこそ伝説だ。セモール山脈に登ると運が良ければ会えると言われているが山脈に出会うことにも運がいる。
王と姫が喋っている間にマリアは城の奥に入っていき、身重の王妃を見舞った。腹部も目立ち、臨月が近いこともあって産婆が常に付き添っていた。
「お帰りなさい、マリア。ドルシアは大丈夫でしたか?」
「領都を出る時にヒヤッとすることがありましたが、バアル・ゼポンの吟遊詩人に助けられました」
「吟遊詩人?バアル・ゼポンにそんな職業の人間はいないと思いますが?」
「でも、讃美歌を奏でていましたよ。この世のものとは思えぬほど美しい男でした」
「まぁ。それはお会いしてみたいわ」
「美しいだけでなく、底知れない凄みも持っています。只者とは思えませんでした」
銀髪の吟遊詩人の話題は、今回のダーローム現状調査の報告時にも上がり、王も興味を示した。
王への報告は調査団に加わった全員とナホル含む王の騎手3名とダン王子、それに王の相談役の魔法使いが加わり、地図を広げた丸テーブルを囲んで立ち会議で行われた。
王の近くに控えている老齢の魔法使いエリシャは幾つかの噂を思い浮かべた。
「銀髪の吟遊詩人?凄い美形とな?しかも守衛官を黙らせる?もしかすると覇者かもしれません」
「覇者なのに剣を持っていないなんてことある?」
ドルシアは、竪琴を奏でていたサーハラの姿を思い出して首をひねった。剣らしきものは身に着けていなかった。それに細身でナヨナヨしていた。あんな腕では剣は持てそうもない。
近くに控える王の騎手たちは皆、筋肉質で腕も太い。ナホルなどかなり大柄だ。
誰もが、吟遊詩人の事を思い思いに想像して、答えを探そうとしていた。
銀髪で碧色の瞳。竪琴を奏でる若者。すごぶる美形。
エリシャは覇者なのに…というドルシア姫の疑問に対し、思い出した噂を口にした。
「覇者の園に<旋律の貴公子>という二つ名の剣士がいるそうです。竪琴を奏でながら剣を振るうとか」
「不可能だわ。出鱈目ね」
ドルシアは人差し指を口元で振り、否定した。竪琴を奏でながら…なんて無理だろう。あり得ない。
ドルシアにとって剣は重い。剣士は強く逞しい存在だ。
ところが、マリアはサーハラの顔を思い出してうっとりしていた。
「あの美しいご尊顔にはぴったりな二つ名です」
美しい旋律を奏でる美しい貴公子。なんて素敵。澄んだ碧の瞳にもピッタリ。
「それ、その、旋律なんだが、もし本当に覇者ならわしが若かりし頃に聞いた噂に引っ掛かる人物がいるぞ」
王はうっとりしているマリアに咳払いした。覇者の園の住人を見た目で判断してはいかん。
「噂では旋律に戦慄を引っ掛けているらしい」
王の一言に、皆、目を見合わせた。
<戦慄の貴公子>
一気に物騒になった。
マリアは目力を思い出して納得した。
くしゅん!
「誰かが私の美貌に恋したに違いない」
サーハラは大河の上で自己愛たっぷりに弦を弾いた。




