歴史を語り継ぐ者
リベルデンは、まだテモテの王都にいた。
「バアル・ゼポンで会おう」そう言ってハーリール達と別れたものの、王都には別の目的があってきたのだ。
テモテは、昔からバアル・ゼポンと軋轢がある国だ。水面下の魔力的な戦いは800年以上続いているに違いない。
そんな国なら【血の洗礼】の標的につながる何かを知っているかもしれない。
それに、どうやら不穏な動きも水面下だけではなくなっているようだ。
テモテには優秀な魔導士が何人もいる。その中の何人かがこの20年の間に不審死を遂げているという噂を耳にした。
これは確認する価値がある。
とはいえ、よほど切羽詰まらないと訪ねることはない。
覇者の園の住人は、あの世の住人。
あまり目立つと厄介ごとが寄ってくる。
しかし、老ハギオイが命を落とすというのは緊急事態だ。
賑わいのある王都の中でも、王の城がある堀の内側は落ち着いていた。
通常、旅人が簡単には入ることのできない堀の内側に、白昼堂々、誰にも見咎められることなくリベルデンは入り込んだ。
テーマーンを目指す前に、テモテの王都で訪ねておきたい人物というか、一族がいる。
その一族の中の誰でもいいのだが、できれば高地位にいる者がいい。
その一族は覇者の園の住人ではないが、歴史を知っている。
情報収集には欠かせられない存在だ。
テモテで最も美しく巨大な白亜の城の近くでリベルデンは目的の一族を見つけた。
テモテの王の騎手の一人だ。
帯びている剣の柄には鳥の文様が刻まれていた。
鳥にもいろいろあるが、やや抽象的な鳥だ。
間違いない。探している一族だ。門番の特権でこの一族の系図は把握できている。
名前も知っている。
テモテの王の騎手ルシヤ。
面識はないが、面影から間違いなくルシヤだろう。
彼の祖父とは面識があった。
顔立ちが祖父によく似ている。
ルシヤの見た目はリベルデンよりも年上で、落ち着いた雰囲気の壮年だ。
彼の黒い髪には白髪も混ざっていた。
ルシヤは代々王の騎手を排出する家系で、祖父も当然の如く王の騎手だったが、既に他界している。
彼の一族の系図は少し変わっていて剣士だけでなく有名な魔法使いも名を連ねていた。
その系図は国の歴史に並ぶ古い家系であることも示していた。
「王の騎手のルシヤというのはあなたかな?」
人懐っこい笑みと共にリベルデンは王城から出てきた騎士に声をかけた。
騎士はリベルデンを見て、一瞬、警戒し、それから戸惑うように首を振り、慎重に返事をした。
「私がルシヤだ。……まさか、とは思いますが、<亡霊の狩人>というのはあなたか?」
どう見てもリベルデンの外見は狩人で、堀の内側に入ることのできる身分ではなかった。
それなのに、入っている。
衛兵も騒いでいない。
そうなると、答えは絞られる。
会ったことはないが、祖父から聞いたことはあった。
何処にでも忍び込む幻のような狩人。
ルシヤの戸惑いに対し、リベルデンは嬉しそうに豪快に笑った。
「やぁ!俺を知っているなんて流石だ!まさしく<亡霊の狩人>リベルデンだ」
ルシヤもつられるように破顔した。
信じられない!
ルシヤは年甲斐もなく興奮してしまった。
リベルデン<亡霊の狩人>については赤子の頃から子守歌のように聞かされてきた。
「まさか、会えるとは思いませんでした!我が家は代々あなたの雄姿を語り継いでいます。まさか、私の名前をご存じとは!光栄です」
子守歌はどれも覇王の伝説だ。
その伝説に生きる覇王の騎手が目の前にいるのだ。
赤毛の狩人。
しかも自分の名前を当てた。
それが意味するところは、自分たちも語り伝えているが、覇者の園でもこちらの事を語り伝えてくれているということだ。
ルシヤの予想どおり、覇者の園の古代人はルシヤの家系を把握していた。彼らは古代人と所縁のある血族でありながら、この世に留まった者達の末裔。
この世とあの世をつなげることのできる数少ない血筋だ。
覇王門の門番は皆、この一族のことを知っている。
リベルデンはにこやかに問いかけた。
「18年くらい前、君の一族のルツという魔導士が亡くなったと聞いた。何があったか知っているか?」
魔導士同士の戦い一つ一つを調べたわけではない。
当時のテモテとバアル・ゼポンの事情など今まで特に不審に思うこともなく気にも留めていなかった。しかし、今になって、あの時もっと詳細を確認し、正確に状況を把握すべきだったと思う。
【血の洗礼】、それが発動した時の、幾つかの符号。
思えば、空間そのものが干渉されていた。
ルツは、情報によると優秀な魔導士だった。しかも回復魔法が得意だった。簡単に病や事故で命を落とすはずがない。
全くあの時の自分は抜けていた。
下手に自分たち園の住人だけで調べるよりも、この世の事はこの世の人に聞くのが一番だというのに。
この国に来るのを躊躇していた。
「ルツおばさん…」
ルシヤはため息をついた。
ルシヤは剣士の親を持っているが、親戚の中には魔法を扱う家もある。
それが、ルシヤの伯母ルツが嫁いだ家だ。
伯母のルツは剣よりも魔法の才能があった。
「そうですね、伯母が他界し18年くらいになるかもしれません。ルキオ…宮廷魔導士の一人でルツおばさんの夫でもあるルキオが、バアル・ゼポンの動向を探っていて、呪い殺されたのです。それを助けようとしてルツおばさんも命を落としました。子どもが生まれたばかりだったのに赤子も失われました。バアル・ゼポンの呪いは強力です。あれを躱せるものなどいないかと」
「ふーん」
テモテは北のバアル・ゼポンの動向を常に探っている。
北のバアル・ゼポンの魔法に対抗しながら無事なのは、覇王が眠りについた後の歴史の中でテモテだけだった。
近年はダベルネが頑張っているが国土が狭い。バアル・ゼポンからすれば敵に数えるほどでもない小国だ。
その点、テモテは常にバアル・ゼポンから狙われている。
無事なのは優れた魔導士と騎士がいるからだ。
それでも、何度も危うい目にあっている。
「北のバアル・ゼポンで魔物が蠢いているのは知っているのか?」
「7,8年くらい前から活発ですね。リノス様はもっと前からだと言っていますが、テモテには魔物の侵入を許していないとのことです」
「リノスっていうのは宮廷魔導士か?」
「ええ。ルキオの叔母さんで、現在、宮廷魔導士長を務めています」
「会えるか?」
「あなたになら会うと思います。どうぞこちらへ」
ルシヤが城への道を示すとリベルデンは手をバタつかせた。
「出掛けるところだったのなら、勝手に入るから案内は不要だ」
「勝手に入らないでください。急ぎの用件ではありませんので、ご案内します」
ルシヤは苦笑していた。
王城に勝手に侵入を許すなどとんでもない。
たとえそれが伝説の覇者で、子守歌の主人公の一人であろうとも。
ルシヤはリベルデンを連れて王城の階段を上ると、すれ違う騎士の一人に自分の用事を代わりに任せて、リノスのいる奥の隠し部屋へ向かった。
本来、外部の人間が絶対に入ることのできないエリアだ。
しかし、そこに通していいというのが代々受け継がる伝承の中にはあった。
いつ、どこで、誰が伝説の覇者に出会うかもしれない。
そんなときの対応を一族全てに伝えて徹底させている奇特な家系だ。
二人は人気のない通路の行き止まりで立ち止った。壁には全面に絵が描かれていた。
王城の庭を模した花園の絵で、アーチ型の花の通路、至る所に寛ぐ猫、飛んでいる鳥が描かれていた。
壁画としか思えないその壁の前で、ルシヤは剣の柄を3回鳴らしてから壁画に描かれた猫の爪を2回ノックした。
すると、壁画の中のアーチ型部分が消えて通路が現れた。
二人はその中へと入っていった。
二人が出た先は、真っ白な石でできた部屋だった。
床も壁も天井も白一色だ。
二人が入ってきた入口も既に白い壁になっていた。
何もない部屋の中心には、銀髪の老女が一人立っていた。
手には身長よりも長い杖を持ち、銀刺繍の入った白いマントを羽織っていた。
老女と言っても、背筋も真っすぐで眼光も鋭く、少ししわがあるという程度だ。
ルシヤは恭しく一礼した。
「リノス様、お客人をお連れしました」
「ルシヤ、約束のない客を同伴する時は、前触れを送るのが礼儀ではなくて?これでは何のもてなしもできませんよ」
「リノス様なら前触れなど無くても大丈夫かと思いました」
「生意気な!」
平然と言い返すルシヤを睨みつけ老女はいきなり杖を床に打ち付けた。
何が起きるのか。
慣れているルシヤは全く動揺せずにこやかだ。
次の瞬間、
木目調の重厚なテーブルと共に椅子が3客出現した。テーブルの上には湯気の立つ紅茶と甘い香りの菓子が人数分セッティング済みという周到さだ。
「どうぞおかけください。リベルデン様」
老女は上品な笑みを湛えて優雅な物腰で椅子を勧めた。
先ほどの杖を打ち付けた人物と同じとはとても思えない。
リベルデンは驚くことも、相手の優雅さに気負いすることもなく粗野な振舞のまま手をバタつかせた。
どれだけ優しげな笑みを浮かべようと、目の前の老女はこの国の権力者で油断できない存在だ。
「…様つきで呼ばれるのはくすぐったいからやめてくれ。それにゆっくりとしている時間が無い」
「そうは言われましても、年寄りは座りたいものです。私に付き合ってください」
とても弱々しくは見えない老女だが、そう言われるとリベルデンも年寄りを労わらなくてはという気分になる。たとえ実際の年齢がリベルデンよりはるかに若くとも。
ルシヤが何も報告しなくてもリノスは明らかにすべてを見ていたようだ。リベルデンの名も把握していた。
この白い部屋は、世界を映し出すのに適しているのだろう。
3人が席に着くと、リノスは紅茶を一口飲んだ。
リベルデンも礼儀として有難く紅茶と菓子に手を付けるが、いきなり本題を切り出した。
「用件は、予想していると思うが、バアル・ゼポンの魔物の件だ」
昔話や世間話をしている時間はない。
「覇者の方々もご活躍してくださいますか?」
「ご活躍…というか、困ったことが起きている」
困ったこと?
リノスもルシヤも意外なリベルデンの言葉に首を傾げた。
覇者が困るとは。
「盗賊トレスが覇王門に挑戦したのは知っているか?」
「知っていますとも!あれこそ、ルキオの失態。まぁルキオでは勝てぬ相手でしたね。ルキオはトレスを止めようとしたのです。ただ、最悪なことに……相手が、アベンだったのです」
リノスの舌打ちにリベルデンは彼女を凝視した。
アベン?
「トレスを止めようとした?アベンだったって?…アベンというのは、まさかバアル・ゼポンの大祭司か」
それはリベルデンにも初耳だった。
いや、アベンが今の地位に就いたのは12,3年前だ。
【血の洗礼】の時は別の人物が大祭司だった。
18年前、トレスを止めようとするほど、テモテがバアル・ゼポンの企みに気づいていたとは。
当時、覇者の園ではそんな噂は一つもなかった。
というか、トレスを止める?とはいったいどういうことだ?
覇王門への挑戦は誰でも自由だ。
止めるという発想が出るほど、テモテはバアル・ゼポンの悪巧みについて情報を掴んでいたということだ。
「覇者の皆様はこの浮世の世事に疎いのでしょう。でも、このテモテは何処よりも世事に敏感ですからね」
リノスはリベルデンの驚く表情を見つめて微笑んだ。
まぁその通りだろう。園の住人は世事に疎い。
園の住人はバアル・ゼポンに何かがあると考えてもトレスとバアル・ゼポンの繋がりは全く分かっていない。
逆にテモテは、その圧倒的な情報力で大国を維持してきただけあって、バアル・ゼポンの悪巧みを掴んでいるのだ。
「バアル・ゼポンは神の名のもとに魔物を生み出し、魔王を復活させようと目論んでおります。彼らは何百年も懲りずに魔王の研究をしていますからね。アベンは古い文献を読み解いて古代の呪いを復活させたようです。魔王を単純に復活させても、覇王門が開いては邪魔が入る。覇王が目覚めては千年前の繰り返し。何とか門を封印するか、破壊し、可能ならその呪いを門から園へ振りまこうと企てたようです」
古代の呪いを覇者の園へ振りまく?
門番を倒し、強引に入り込もうとしたのか。
そんなことをしても、園には守護者がいる。呪いが眠る覇王に届くとは思えない。
むしろ、強引な侵入は覇王を起こすことになる。
顔をしかめるリベルデンの様子を見ながら、リノスは話をつづけた。
「用心深いアベンはバアル・ゼポンに魔王誕生の気配(噂)がしては覇王や覇者たちに計画を気づかれるかもしれないと考えました。アベンは、狡猾な人物です。覇王門の破壊にしろ、封印にしろ、その企てがバアル・ゼポンのものとバレない工夫をしようとしたのでしょう。依り代を使うことにしたのです。依り代、門に挑戦する人間を隠れ蓑にしようという企てです。適当な挑戦者を探していたところ、偶然、トレスが罠に嵌った。アベンは、トレス自らの意志で門に挑戦することにより門番を油断させようとしたのです。トレスの実力では門はおそらく破れない。そこで、トレスに黒い呪いの息吹を吹きかけた。門番は無事ではないのではないですか?黒い呪いは強力です」
リノスはトレスが覇王門に挑戦した状況を正確に読み解いていた。
なんということだ。
門番の誰一人としてあの日の状況を正確につかんでいなかった。
「この情報はルキオが命を懸けて伝え送ってくれたものです。ルキオはトレスを止めることができず、妻ルツと生後間もない乳飲み子と共に呪いに倒れたのです」
リノスは黙とうするように言葉を切り、瞳を閉じた。
ルキオは呪いを自らの家という空間に閉じ込めて漏れることのないよう封印するという手段を取った。
伝達魔法を受け取ったリノスが駆け付けたときは手遅れだった。家もろとも浄化魔法を施したが救える者はなかった。
「大祭司アベンはとても強い魔力を秘めています。油断できない相手です」
警戒するリノスの心情は、その声色にも表れていた。
リベルデンは思わずため息をついた。
「…最初から、ここに聞きに来ればよかったな。第3の門まで破られた。そこで留めているが、トレスが死んでも呪いが解けない」
「アベンの呪いは継続性があり、広がりますから。ルキオもそれで家族ごと殺されました」
アベンの呪いも分析しているとは、流石、テモテだ。
敵を見逃さない。偵察力も伝達力も優れている。
老ハギオイもおそらくアベンの計画に気づき呪いに近づきすぎたのだろう。
感心しているリベルデンに、リノスが予想しなかった名を告げた。
「でも、意外ですね。<霹靂の戦士>ラハブ様は呪いに気づいていたようですよ。ここにお見えになりました。ご存じなかったのですか?」
ラハブ?
ハギオイではなく?
あの、ラハブ?
あの、とつけたくなるくらい戦闘狂で、手に負えない「暴れん坊」が<霹靂の戦士>ラハブだ。
ここでその名を耳にするとは!
「ラハブに会ったのか?」
「面白い狂戦士ですね。ルキオに文句を言いに来たようですが、最後はエクレシアという名前をあげて罵詈雑言を浴びせていました。エクレシアというのは第3の門番でよろしいですか?」
ラハブは脳まで筋肉で、決して頭脳派ではない。
しかし、妙に勘が鋭い。
どこでルキオのことを嗅ぎ付けたのか。
ラハブは第6の門番だ。
門番をやってはいるが、じっとしているのは苦手でいつも誰かを相手に剣を振り回している。
覇王の従者の一人でハギオイの弟子の一人で一番の乱暴者だ。
それなのに、誰よりも早くここに来たというのは妙だ。
あの戦闘狂を誰かが動かしたか?
動かせるとしたらハギオイくらいだろうけど。
「…エクレシアは第3の門番だが、トレスとの戦いで命を絶った。…ラハブがここに来たのはいつだ?」
「ラハブ様が来られたのは、10年ほど前ですね」
「トレスが殺された頃か」
「血の渓谷の後です。トレスの死により、何かが判明したのでしょうか」
トレスに呪いがかかっていた場合、トレスの死で【血の洗礼】は解除される。
しかし、それ以前に、トレスに【血の洗礼】がかかっていたらトレスは狂っているはずだ。
正常でいられるわけがない。
だから、門番ならトレスが【血の洗礼】のターゲットでないことは理解していた。
…にも拘らず、トレスの死でラハブがここに来た?
ルキオの件を知るきっかけがあったのか?
エクレシアに罵声を浴びせたくなるほど苛立っていた?
何故だ?
だいたい、あいつは面倒臭い。
ラハブと連絡を取ろうなどとはこの18年間一度も考えたことが無かった。
どちらかというと、絡まれるから避けていたくらいだ。
どうやら失策だったな。
「この件は、俺達よりあんたの方が詳しいよ。一番、真実に近かった老ハギオイがおそらくアベンに呪い殺された」
覇者が呪い殺される?!
リノスもルシヤも驚愕した。
老ハギオイのことはそれこそ子守歌で多くを聞かされてきた。
古代、覇王軍 中心人物の一人で軍師だったという。
「門に向けられたアベンの呪いは予想より遥かに強いということですか…」
リベルデンは苦笑しながら頷いた。
「ああ。かなり手の込んだ呪いなんだろうな。ルキオやルツは、呪いを封じ込め、この国を守った。大したものだ」
ルキオがアベンに負けたとしても、アベンが放った呪いを食い止めたというならそれは勝利と言えるのではないか。
ハギオイも呪いをその身に封じて死を選択したのかもしれない。
残された門番は覇者の園を守ることができるのか。
アベンの計画が、呪いを使って覇王をこの世に顕現させないためのものだったとしたら…。
【血の洗礼】はアベンにとって願ってもない魔力だったわけだ。
覇王門は閉ざされた。
呪いを解くにはターゲットを消すこと。
アベンがターゲットとは思えない。
何か小細工があるはずだ。
糸口は必ずある。
リベルデンはニヤリと勝気な笑みを浮かべた。
「なんとなく状況が分かった。ありがとうよ」
余裕を見せるリベルデンにリノスはため息をついた。
「私達はテモテを守るのが精一杯。バアル・ゼポンはどう動き、世界はどうなるのでしょう」
「予言はしないのか?」
「アベンが相手では予言など無意味です。アベンは手強く、過去も未来も動かします」
「過去も?」
「神の名のもとに歴史を塗り替えます。それは過去を変えることです。正義も悪行も変わります。覇王も悪と言われるでしょう」
リベルデンは笑い声をあげた。
「覇王が悪か。ま、それも一理ある。覇王は強さを求め、最強という高みを目指したからな。平和を求めたわけじゃない。ただ、強さが弱者を守ることになっただけだ。弱い者いじめはしなかったからな」
まだ、国というものもない時代だ。強くなければ生き残れなかった。
覇王は本当にとんでもなく強い。
今は眠っているが、目覚めたら、倒したはずの魔王の復活をどう思うだろうか。
案外、嬉々として喜んで戦うかもしれないな。
リノスは強さを重視する覇者に対し、静かに語りかけた。
「国は民を守るため、強い王のもと生まれました。互いに補い助け合って生きていくのが人というものです」
「テモテはいい国だな」
はてさて、バアル・ゼポンの悪巧みとアベンの動きは、覇王を封じる計画だということはハッキリした。
覇者の園はこの世の権力争いには興味が無いが、覇王門を狙って門番3人を殺したやり方は無視できない。
覇者がバアル・ゼポンを討っても文句は出ないということだ。
文句を言うのは覇王くらいだろう。
覇王にとってバアル・ゼポンはおそらく弱い国だ。
大国であろうと有限な人の国というのは覇王にとって弱いのだ。
だから、弱い国、覇者が戦えば勝てるとわかっている国に弓引くのは、反対だろう。
しかし、売られた喧嘩なら買うしかない。
大義名分は立つ。
覇王も文句は言わないだろう。
何しろ、第1の門番~第3の門番、それに第4の門番ハギオイまで殺されたのだ。
老ハギオイは、覇王の剣の師だ。
その死は覇王を激怒させるだろう。
「バアル・ゼポンは園の住人でケリをつける。テモテは自国防衛に専念してくれ。ただし、我々の敵は魔物と魔王だ。それ以外の政治的やり取りには関与しない」
「承知しております。この世はバランスが大切です」
覇王門は伝説だ。
あまり目立つのは得策とは言えない。
しかも魔物や魔王など世の大半の人間からすれば伝承されるお伽噺の中の存在だ。
「それから、ラハブに「様」などつけなくていいぞ。あいつはただの問題児だ」
リベルデンは話が済むとそれだけ言い残し、さっさと出ていった。
扉の開け方も知らないはずのリベルデンがあっさり抜け出る様にルシヤは目を点にした。
「<亡霊の狩人>というのは、亡霊のような人という意味ですか?」
「そうかもしれません。でも、彼がラハブより落ち着いた人物だったので頼りにできそうですね。古代人の彼が動いたということは、魔王の目覚めが近いということでしょう。覇王がこの世に助けに再来するとは限りませんし、我々も一層の防衛を行いましょう」
リベルデンは困ったことになっていると言っていた。そう困っていそうに見えなかったが、何かあるのだろう。
テモテとしては、決してバアル・ゼポンの呪いを国に入れない。国を民を守る。
そのためには、魔力と騎士の力の結集が必要となるだろう。




