風のアクロン
バルク、サーハラと別れたアクロンは、テモテの西の領都の一つに立ち寄ってから、北の山岳地帯に入っていた。
バアル・ゼポンの王都を目指す以上、サーハラが言っていたように魔封じの防具は必要だ。
テモテの領内でも魔封じの道具を扱う店はある。
しかし、いくつかの店に寄ってみたが、どうにもしっくりこなかった。
アクロンは魔法使いではない。
守護魔法の代わりになるものは必須だ。
そうなるとダベルネに行く必要がある。
少し出遅れてはいるが、ダベルネで買い物をしても一番遠い道を行くバルクよりも早くバアル・ゼポンの王都に入ることはできるだろう。
ダベルネに寄るには北の山岳地帯経由が安全だ。
テモテより北の小国たちは戦争ばかりしている。
戦場を駆け抜けることなど容易いのだが、それをしてバアル・ゼポンに目を付けられるのは良策ではない。
バアル・ゼポンの祭司が魔王を蘇らせようとしているのなら、至る所に魔王の眷属の目があると考えられる。
人の流れに隠れて移動するのが一番だ。
「たぶん、バルクたちもこの山岳地帯のどこかを登っているんだろうな」
アクロンはそう呟いて、山道へと入った。
山登りは修行時代を思い出す。
もう遥か昔の事だが、岩山での修業はきつかった。
しかし、おかげで覇王門を潜るほどの剣術を身につけることができた。
強くなることで自信が生まれ、逆に祖国と仲間を誇れるようにもなった。
もっとも、覇者の園は本当にクセ強の剣豪揃いで一瞬で自信が砕かれた。
砕かれ落ち込んだ自分を励ましてくれたのが老ハギオイだった。
老ハギオイは覇王の子どもの頃も知っているという古参の覇者で、園の住人にとって剣の師だった。
面倒見のいい彼のお陰で自信を取り戻すことができた。
そんなことを思い出しながら、アクロンは単調な山道ではなく、獣道を通りダベルネ方面への最短ルートをハイペースで突き進んだ。
食べる必要も寝る必要もない園の住人にとって野営地は情報収集の場でしかない。
情報収集はしたいが、きっとバルクやサーハラがやっているだろう。
自分自身は口下手だ。
いや、真面目過ぎるらしい。話がつまらないから相手から情報を引き出せない。
いや、引き出せないことはない。副団長時代は部下の悩み相談にも乗っていた。
ただ、バルクやサーハラほど上手くないというだけだ。
サーハラに関しては手練手管があり過ぎて別枠だ。
…とにかく、自分にできることは、早めにバアル・ゼポンの王都に入り込み、状況を把握することだ。
そう思って、不眠不休で獣道を駆け抜けようとした。
それなのに、厄介ごとが降ってきた。
通常の登山ルート以外には、訳アリの人間がいる。
たまたまアクロンが駆け下りた岩の下で、山賊が商人から奪った荷を解いていた。
「見られたぞ!殺せ!」
見てないし、殺されたくないし。
アクロンはいきなり15人の山賊に斧や槍、剣で襲われた。
「風のアクロンに剣を抜かせてタダで済むと思うなよ!」
剣で山賊に負ける気はない。
―― 風のごとく流れる剣は、触れるすべての物を切り裂いていく。
そう噂されるアクロンの剣術には無駄がない。
風が舞うように、まず、迫ってきた3人を切り裂いた。
「か、風のアクロン…ヤバいぞ」
そう呟いて、狼狽える者の前でさらに2人が倒された。
「一斉にかかれ!」
「遅い!」
8人がアクロンを取り囲んで切りかかったというのに、アクロンが「遅い」と言い終わる前に、8人はこと切れていた。
そして、一人が叫びながら切りかかり、もう一人は反転して逃げ出した。
切りかかってきた山賊は瞬殺。
逃げ出した山賊をどうしようかとアクロンが剣を握りなおすと、木の向こう側で叫び声と共に絶命した。
勝手に死んだか?
木の陰から、血の付いた剣を振りながら白髪の女剣士が現れた。
「賞金首だから切った。15人セットなら稼げたけど、たった一人の首しか取れなかったので稼ぎにならない」
女剣士の瞳は紅かった。
アクロンは噂を思い出した。
白髪、紅い眼の賞金稼ぎ ――
「魔眼のアザリアか」
「あなたは…風のアクロン?」
噂ではどこかの国の騎士団長で、旅して見聞を広げているとか偵察しているとか。とにかく風のように剣を扱う達人ということだ。
「俺を知っているのか?俺も有名になったな」
「魔眼のアザリアよりはるかに有名人だ」
アザリアは剣の血を拭うと鞘に納めた。そして、正直に名前を当てることができたわけを話した。
別にアクロンの顔を知っていたわけではない。
「噂は聞いたことがあるが、風貌は知らなかった。風のアクロンと名乗っていたのがたまたま耳に入った。騎士団長にしては若いな」
若いなって…どう見ても魔眼のアザリアの方が年下だ。
そのアザリアに若いなとか言われたくない。
「俺は騎士団長じゃないよ。噂はでたらめだ。国にも仕えていない。無職だ」
「じゃあ、この賞金首もあげた」
最後の一人についてアザリアが視線を向けると、アクロンは慌てて首を振った。
無職と言っても、おそらくアザリアよりは所持金は多いに違いない。
「俺は賞金稼ぎじゃない。他の奴らも君に譲る。たまたま襲われたから応戦したまでの事だ」
余裕の笑みを浮かべて、アクロンは賞金稼ぎが本職のアザリアに他の賞金首も示した。
アザリアもたまたま通りかかって自分の方に逃げてきたのが明らかに山賊だったので切っただけだ。
最近はお金にも困っていない。
しかし、ここで遠慮するようでは賞金稼ぎとして駄目な気がする。
アザリアは無表情のまま頷いた。
「ありがとう。路銀の足しになる。お礼に酒でもご馳走したいけど生憎、山の中だ」
そういいながら、アザリアは記録石にお尋ね者の山賊達を記録していった。
アクロンは、淡々としているアザリアに肩をすくませた。
「イメージが違うな。もっと血に飢えた感じの賞金稼ぎかと思った」
全くガツガツしていない。
確かに瞳は紅いが、魔眼というほど妖艶でもなく怖くない。
しかも、本当に若い娘だ。アクロンからすると幼くも見える。
アザリアは記録しながら、アクロンの感想にコメントを返した。
「賞金稼ぎは目的のおまけみたいなものだ」
「おまけ?目的って…?」
聞いていいのか?そう思うより先に口をついて出ていた。
アザリアは全てを記録し終えると、アクロンを振り返った。
「仇討ち」
魔眼のアザリアが仇討ち?
そんな噂は聞いたことが無い。
アクロンは首を傾げた。
「賞金稼ぎをしているくらいなら、遠の昔に仇を討てそうなものじゃないのか?」
風のアクロンだから言えるセリフだ。
アザリアは自嘲的な笑みをこぼした。
「仇の方が、遥かに腕が立つ。実力差はまだ50倍だ」
実力差50倍?数値化できる実力差ってなんだ?
眉間にしわを寄せるアクロンに対し、アザリアは片眉を上げた。
「仇の首には賞金が金貨1000枚。私の首は金貨20枚だ」
金貨1000枚の首?どこの王族だ?
アクロンは、頭の中に幾つかの名前を思い浮かべた。
賞金稼ぎの仇となると、国王ってことはまずなさそうだ。
有名なところでは… 超高額な傭兵がいたな。
黒竜を雇うには金貨1000枚と言われていなかったか?
「もしかして、傭兵黒竜か?」
いきなり正解を言われ、アザリアは驚いたが、すぐにその通りだと頷いた。
「いろいろ旅をしているなら傭兵黒竜の事を知っているか?」
物知りっぽいアクロンに黒竜の事を聞いてみた。
いつもは黒竜の名に驚きや緊張が走るのに、アクロンはまるで普通に首を傾げて記憶を辿っているようだった。
「最近は噂も聞かないな。血の渓谷が最後の噂かな」
何気ない台詞だった。
しかし、アザリアは血の渓谷と聞いた瞬間、殺気立った。
殺気は一瞬で消えたが、その一瞬でアクロンはアザリアの素性について思いめぐらせた。
盗賊連中の関係者だろうか。
それって、なんか変じゃないか?
賞金稼ぎなんて盗賊とは逆の立場に思えるんだけど?
盗賊って賞金首だよな?
とりあえず、まぁ、黒竜の噂で耳にしたことを伝えてみるか。
「その血の渓谷で黒竜は仕事の報酬を受け取らなかったらしい。そのまま姿を消してそれっきりっていうことだ」
予想外のアクロンの話にアザリアは無言で顔をしかめた。
何の話だ?黒竜が報酬を受け取らなかった?
それにどういう意味がある?
「思うんだが、盗賊トレスは黒竜にとって仇だったのかもしれないな」
噂をもとにアクロンは冷静に分析していた。
黒竜が報酬を受け取らなかったという話は、昔、その仕事に関わった傭兵の一人から聞いた話だ。おそらく嘘ではないだろう。
その後、黒竜を見たものはいない。
黒竜にとってその依頼は、人生の転機になるくらい重要なものだったのかもしれない。
アザリアの中にハギオイが昔、呟くように言った言葉がよみがえった。
――黒竜の方こそ復讐したのかもしれないよ
出会った頃、ハギオイはそんなことを仄めかした。
復讐の連鎖……それがどうした。
急速にアザリアの中に怒りが沸き上がった。
また苛立ちが始まっていた。
「仇が黒竜ということに変わりはない」
アザリアは自身に言い聞かせるようにハッキリとそう言いきった。
まだ若い将来のある女剣士が仇討ちに生きていることにアクロンはため息をついた。
説教しても聞く耳は持たなさそうだ。
「黒竜に会ったことはないが、凄腕らしい。勝算はあるのか?」
「なければ作るだけだ」
強気で妙に前向きな女剣士の眼力に、アクロンは苦笑した。
黒竜は噂が本当なら化け物だ。
一人で国一つを滅ぼしたと言われている。
「顔を知っているのか?」
「会ったことはない。少し前、黒竜に剣を教えたという人物には会った」
「そんな奴がいるのか?聞いたことが無いが…?」
傭兵黒竜の出自は謎だ。
何処の国の出身で、何歳かも不明。
剣の師がいるなら、それはある意味、貴重な情報だ。
「亡霊の狩人という二つ名の男だ。確かリベルデン」
「リベルデン?それは… …」
…嘘だろ?リベルデン?それって、第5の門番の、リベルデンだよな?
会った??彼に???
アクロンは目も見開いて固まっていた。
アクロンだってリベルデンには会ったことがある。
覇王門を潜るときは会っていないが、その後、園で会った。
園では鍛錬に付き合ってもらったこともある。
亡霊というか、魔物を狩る園の住人だ。
ハギオイと同じく古参の古代人で凄まじい剣術を使う。
あまりに動揺しているアクロンにアザリアは首を傾げて揶揄うように付け加えた。
「彼を知っているのか?嘘か本当か、本人曰く覇者の園の住人だそうだ」
「……」
まじか。
それをリベルデンが魔眼のアザリアに伝えたってことは?
どういうことだ?
まさか?
アクロンは、恐る恐るアザリアに質問してみた。
「君は園の住人ではないよな?」
アザリアは不愉快そうに片眉を吊り上げた。
「トレスは第3の門までくぐったらしいけど、私はそんなものに興味はない」
「トレス?」
どうしてそこで盗賊トレスの名前が出るんだ?
あ、やっぱり盗賊トレスの所縁の者か。
当惑しているアクロンに、アザリアはため息をついた。
どうして、こんな話を初めて会った剣士にしているのだろう?
多分、誠実そうなアクロンの雰囲気のためかもしれない。
「私はトレスの娘だ。だから、黒竜が仇だ」
血の渓谷の噂を知っているのだから分かるだろうと言わんばかりに説明は省いた。
察して当然だ。
アクロンも納得した。
「トレスに娘がいるとは知らなかった」
というか、血の渓谷の生き残りがいることが意外だった。
噂では全滅だった。
「実の娘ではない。赤子の時、トレスに拾われた」
「拾われた?ってどこで?」
戦場とか?盗みに入った家の中?
「トレスは森の中で拾ったと言っていた。本当の娘のように育ててもらった恩がある」
「森の中で??」
森に赤子が一人でいるなんてあり得ない。
親は何処に?トレスに殺されたんじゃないだろうな?
極悪非道とも言われる盗賊トレスだぞ?
赤子を拾うか?
アクロンがいろいろな視点で思考を巡らせていると、森で拾われたことに疑問を抱いたことのないアザリアは森の名前を知りたいのだろうと勝手に解釈した。
「涙枯の森で拾われたらしい。トレスが覇王門に挑んだ帰り道だと言っていた」
涙枯の森?!
アクロンは絶叫しそうになり、慌ててのけぞるに留めた。
【血の洗礼】の起きた場所!
それは偶然なのか?
森に赤子?
よりにもよって紅い眼の?
【血の洗礼】の起きたまさにその時に?
ちょっと、まてよ。変だろう。偶然過ぎじゃないか?
つまり、必然?
いやいやいや…
トレスは赤子を拾う必要があったのかもしれない?そんなことがあるだろうか?
アクロンはいくつかのパズルを見つけた気がした。
――パズルのかけら
覇王門への挑戦者
第3の門のエクレシア
【血の洗礼】
トレスが生き延びた「理由」
拾われた赤子
目の前の紅い眼の女剣士――魔眼のアザリア
覇王門が開かない「理由」=対象を殲滅できない「理由」
そして、
リベルデンがアザリアに園の住人だと打ち明けた「理由」
理由はなんだ?
「リベルデンは何だって言っていた?」
「知り合いなのか?」
そういえば、さっきリベルデンの話をした時のアクロンは様子がおかしかった。
アクロンは訝しげに自分を見るアザリアに苦い笑みを向けた。
これは誤魔化すより伝えた方がよさそうだ。
「あー、なんというか、俺も園の住人なんだ。120年前に覇王門を潜った」
「…。…。」
沈黙が続いた。
アザリアの中で理解を拒否する感情の方が優っていた。
リベルデンは亡霊、幻ということで気持ちを整理した。
しかし、目の前の男は亡霊にも幻にも見えない。
山賊を倒している。
「おーい。リベルデンで免疫があるだろう?居るんだよ。園の住人は。この世に」
沈黙にたまりかねてアクロンは訴えた。
おいおい。ここで存在否定はしないでくれよ。
アザリアは目を瞬いた。
何を言えばいいのだろう?
120年?
目の前の剣士は何歳なのか。
若くはなかったらしい。
唐突にアザリアはアクロンの先ほどの質問に答えた。現実逃避だ。
「リベルデンは北のバアル・ゼポンの王都に黒竜が現れるからそこを目指せと言い残した」
その回答にはアクロンが戸惑った。
黒竜が現れる?
何を根拠に?
傭兵だからか?
ここ最近、全く噂を聞かないというのに?
何の意図があるのか不明だが、リベルデンはアザリアに何かの気配を感じ取ったのかもしれない。
兎に角、自分が<覇者の園の住人>ということを彼女は認めてくれたようだ。たぶん。
アザリアは平然としているように見える。
だから、アクロンも心を落ち着けて忠告した。
「バアル・ゼポンは危険だ。宗教国家で魔力を日常的に使う唯一の国だ。対策をしないと黒竜を見つける前に命を落とすことになる」
この忠告にアザリアは頷いた。
「ダベルネで魔道具を揃えようとは思っている。ただ、魔法の知識が無い」
「ダベルネなら、俺も行くところだ。魔法には多少知識があるから、助言できる。ダベルネで酒をおごってくれ」
さっき、賞金のお礼に酒をご馳走するとか言っていたので、振ってみた。
もう少し彼女からリベルデンの情報が欲しい。
それに、彼女自身の情報も知りたいところだ。
アザリアは酒をご馳走すると自分が言ったことを覚えていたので肩をすくませた。
「それで貸し借りなしになるなら」
「貸し借りなしだ」
アクロンは、ニコニコと笑顔を見せながらも今後の事を考えていた。
<魔眼>がバアル・ゼポンの王都に入る。
……何やら背筋を冷たいものが走った。
誰の策略だ?
何が起きている?
これは、サーハラとバルクにも伝えなければ。
他の園の住人たちはどうしているのだろう?
魔眼のアザリアの事を知っているのだろうか?
リベルデンは何処で何をしているのか?
魔眼のアザリアの立ち位置は何処にある?
…魔王はいつ蘇る?




