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涙枯の森

覇王が眠る「覇者の園」。園への道は覇王門によって守られている。強者しか入ることができないことから腕に覚えのある者達の間では一度は挑んでみたい目標なのだが門がどこにあるのかわからない。盗賊トレスは門の情報を盗み聞いて居ても立っても居られなくなり、挑戦することに。しかし、運命はトレスではなく拾った赤子に引き継がれた。

盗賊トレスは“涙枯の森”にある山の頂に立っていた。

喧嘩では負けたことがなく、剣を握ってからはどんな屋敷の警備兵も、お偉い騎士も敵ではなかった。

仲間と盗みを働き始めて20年は経っている。

盗賊トレスと言えば、泣く子も黙る情け容赦のない大盗賊だ。

そんなトレスが緊張していた。

天空の、赤みを帯びた満月を見上げ、覇王門が姿を現すのを待っているのだ。

覇王門、伝説の「覇者の園」への入口。


1か月程前、トレスは東の大国テモテの北の領地でひと仕事しようと思っていた。

下調べのために忍び込んだ屋敷で偶然、耳にした。


「次の満月、“涙枯の森”の頂に覇王門が現れる」


覇王門、その単語にトレスは盗みも忘れて聞き入った。


「それは覇者の園への入口ってやつか?しかし、園は、永遠の安息地、あの世ってことだろう?」

「覇王が眠っているという伝説から考えるとあの世だな」


夜更けだというのに明かりは円卓の中央に燭台が1つあるだけで、室内は薄暗い。

そこに集まった7人の男たちは春だというのに外套を着こんだまま座って話していた。

妙に低い声での会話は密談のようだが、金持ちの屋敷では陰謀はつきものだ。


「おいおい。千年前の伝説の覇王が眠る幻の地のことだろ?覇王門なんてものは実在しないと思っていたのだが…」

「門は不定期だが、満月の夜に現れるのは事実だ。月明かりの下、突然門が現れるらしい。挑んだ者を何人か見つけた」

「伝説では、門をくぐると「死」ではなく永遠の命を与えられるらしい。おまけに財宝も山積み」

「本当か嘘かはわからないが、気にはなる。巷では財宝より不老不死になる方が人気を博しているよなぁ」


「門を通るには覇者と呼ばれるくらいの強さが必要。見つけたっていう挑戦者どもは通ることができなかったんだろ?」

「まぁな。だから不老不死が真実かどうか、確証はない。ただ、門は本当に現れる」

「園の住人はあの世とこの世を出入り自由だという噂もある。本当だとしたら、誰だって永遠の命に憧れる」


「門の出現を予言して誰かを焚きつけるつもりか?」

「自国の騎士が覇王門を制覇して不老不死となったら国王は喜ぶと思うか?」

「僻むだろう?」

「国の政情不安を生むには面白いきっかけになるとは思わんか?」

「この国の騎士を唆すつもりか?」

「騎士ではないが、一人凄腕の国境兵がいる。性格が悪く乱暴者なので位が低い。領民に威張り散らしている」

「国境兵の下剋上か…。今の王は善良すぎるよ」

「善良すぎると戦にならない。戦にならねば儲からん」

「その兵士には地図と旅費をくれてやろうと思っている」


覇王門。

それは腕に覚えのあるものなら喉から手が出るほど見つけたい門だ。

盗賊の間では、ひとたびその門をくぐれば、覇者としての栄光も永遠の命も財宝も手に入り、どんな願いも叶うと言われている。


トレスは屋敷で耳にした多くの情報をもとに話題になった森の入口でテモテの国境兵を待ち伏せた。

幸いなことに北の領都内で毎日のように暴れていた兵士なので見つけやすかった。

トレスは覇王門に挑むためにやってきたその兵士をあっさり打倒した。

とても噂の覇王門を通過できる腕ではなかった。

こんな奴が永遠の命などとはお笑いだ。

さっさと地図と所持金を奪い取る。


地図には封蝋印が押されていたが、気にせず開くと封蝋は黒い塵となってトレスの影に紛れていった。

森の中を詳細に示した地図の端にはメモ書きがあった。


――覇王門は7門ある。7門の総称が覇王門であり、それぞれに門番がいる。

7人の門番を倒さなければ園への道は開かない――


噂では門番はこの世で覇者と呼ばれた英雄達。

その英雄達を倒して進む先に「覇者の園」がある。

園にはかつて力で世界を制した覇王と財宝が眠っているという。



しかしトレスは知らなかった。

トレスが屋敷を去ったあと、密談をしていた者達から嘲るような冷たい笑みがこぼれたことを。


「盗賊トレスか。生きのよい贄が引っ掛かったようだ」

「いくつの門を壊してくれるか楽しみだな」



トレスは山頂で身震いした。


それはトレスの目の前で突然起きた。

月光が波打つように頂を照らし、揺らめく道が天へと続くように現れ、霞のような何かが交錯し、銀色の門が出現した。


本当に出やがった。


トレスは幻のように現れた門を茫然と見つめて立ち尽くした。


そんなトレスの前にいつの間にかニヤリと笑う栗毛色の髪をした優男が立っていた。

「門に挑戦するのか?」

大柄で筋肉質なトレスは大抵の者を外見だけで威圧できる。

目の前の男は恐れるどころかトレスを面倒くさそうに見つめていた。


対するトレスも目を疑った。

こんな奴が門番なのか。狩人のほうがまだ強そうだ。

トレスは明らかに一回り小さい優男を前にゆっくりと剣を抜いた。


トレスは容赦なく第1の門番に切りかかり、力任せに強引に優男の剣を叩き落して、門番を切り捨てた。

あっけない。

トレスは、躊躇うことなく門をくぐり抜けた。

抜けた先は、青白く輝く門だった。


「第2の門へようこそ。久しぶりの挑戦者だ」

軽口をたたく妙に色男の銀髪の剣士に、なぜだかトレスは苛立った。

全く強そうじゃない。

こんな奴らが門番?かつての英雄?

トレスは、二人目の門番をたたき切った。

弱すぎる。


次に現れた金色の門にトレスは息を飲んだ。

第3の門番は、女だった。

「女、か…。」

妙な脂汗がにじみ出る。目鼻立ちのハッキリした顔立ちは美しく、美人なだけに迫力があった。

女は黄金の長い髪を振り払い、目を細めるとトレスをジッと観察する。

トレスは、剣を握りなおした。女だからと容赦するようなトレスではない。


女もゆっくりと剣を抜いた。

この挑戦者は敵。

「悪しき影に惑わされし者。ここはお前のような者の来るところではない。去るがいい」

女の声は妙に重厚で、トレスを威圧する。

「くたばれ!」

思わず、吠えるような大声をあげてトレスは門番に切りかかった。

さっきまでのように簡単にはいかなかった。

剣は何度もぶつかり、力任せでも女は倒れなかった。

第1の門、第2の門では全く感じなかった切迫感に焦りさえ出てくる。


トレスは全力で攻撃を仕掛け続けた。

体力には自信がある。

力にも自信がある。

しかし、どれだけ打ち合っても決定打にはならなかった。


第3の門番はトレスが疲れることなく剣を振るう様に眉をしかめ、大きく跳躍すると距離をとった。

「お前を通すわけにはいかない」

「何?!」

女は自らの剣を、自分の首に当てて微笑んでいた。

蒼色の瞳がトレスに挑戦的に向けられ、妖艶な笑みが口元に浮かび、彼女は自らの剣で自らの首を切り落とした。


血しぶきが上がり、

トレスの眼前は深紅の血で染まり、その血はトレスの上に降り注いだ。

女の首はどこに転がった?

血がトレスに纏わりついて、女の笑い声が森中に響き渡る。


「くそっ」

口の中にも鉄のような味が広がり、血があふれてくる。

息ができない。

トレスは恐怖と狂気の中、血を振り払うように腕を振り回し元来た道へ駆け出した。

転がるように山頂から駆け下り、纏わりつく血を振り払う。

満月のはずが何処を向いても世界は血の紅一色で染まり、森の木々さえ血の雨を降らしてくる。

「誰か、誰か、助けてくれ」

恐怖の中、トレスは泣き叫んでいた。

叫びながら森の中を駆け回る。

血はどこまでも追ってくる。


恐怖で方向も見失っていた。

誰からも恐れられる盗賊トレスが狂気に取りつかれて森の中を逃げ回っていた。

目の前には夜の闇も、生い茂る木々が生み出す影もなく、ただ目に焼き付いた赤い血しぶきがあるだけだ。

逃げなくては。

あれは化け物だ。

呪いそのものだ。

振り向くことも止まることもできない。

追ってくる。

血しぶきが迫ってくる。

 やめろ!

 来るな!

捕えられたら「死」以外ありえない。


足がもつれ、傾斜面を転げ落ちた。

木や岩にぶつかりながら最後は大木に激しく体を打ち付けて止まった。

その瞬間だった。


赤子の泣き叫ぶ声が森にこだました。


赤子の声が邪気を払うように血に染まった世界が一変していた。

トレスは慎重に深呼吸した。

夜の闇に包まれた森に冷たい風が流れ込んできていた。

追ってくる気配は消えていた。


まだ、赤子の声は響いている。

それもすぐ近くだ。

トレスは用心深く周囲を見回してから声のする方に忍び寄った。


闇が晴れ月明かりが森を照らし、赤子のもとへとトレスを導いているようだ。

赤子は濃紺のマントにくるまれて木の根元に置かれていた。

元気よく泣き叫んでいる赤子をトレスは抱き上げた。

抱き上げられて、赤子はトレスを見た。

その瞳は血のように赤く、トレスはその色に息を飲んだ。


何故かはわからないが、この赤子の声が呪いを払ったことは感じ取れた。

この赤子が身代わりになり、血の呪いを払ったのかもしれない。


「よし、俺を助けたお前は俺の命の恩人だ。俺の子にしてやる。」

赤子は笑った。

「名前はアザリアだ」


トレスは赤子を抱いたまま、仲間の待つ塒へと駆け出した。

既に覇王門は姿を消していた。


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