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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
93/94

ヘルエスタ王国物語(93)



 目を逸らしたくなるような光景が広がっていた。

 リヴァネルが送ったヘルエスタ王国軍と夜王軍は、■■とリヴァネルが魔界の生き残りを連れて転移してきた頃には、その数を半分まで減らし、今もなおウル・モアの虹に焼かれ続けている。

 ウィスティリアとチャイカ、そして夜王の三人が前線に立っていたが、リヴァネルが合流した時点で、魔界ノりりむと入れ替わるようにウィスティリアは戦線を離脱。リヴァネルと共に世界構築論を使った封印式を描きはじめる。

 封印式が完成するまでの時間を稼ぐために、最後の援軍として、ウル・モアの頭上に突如として現れた地獄門から、戍亥よると獄獣たちがウル・モアに喰らいつく。

 その結果を、■■は見ていた。

 エリーラの光速を越えた体当たりも、戍亥よるが投げる黒炎も、樹木の鎧を着たチャイカの努力も、すべてが意味をなさない。

 ウル・モアという存在がもたらす破壊は、人の秤の上にある生も死も、善も悪も関係なく蒸発させる絶望だった。

「……───」

 だが、そんな惨状を目の当たりにしながらも、■■はじっと、戦う彼らの背中を見続けていた。血しぶきが舞い、命の灯りが消えるその時まで───無意味な行為だと分かっていても───■■は歯を喰いしばって、その雄姿を最後まで見届ける。

 そうしているうちに、■■の中で奇妙な感覚が沸き起こった。

 目の前にある現実のすべてが夢のような気がして、心が勝手に自分の非力さを呪いはじめる。得体の知れない願望が■■の唇を切った。頬を触る冷たい風にはほんの少しの痛みがあって、鼻に入ってくる涙からは鉄の味がした。

 感じられる事はそれぐらいしかなかった。

 本当は彼らと一緒になって戦いたかったのかもしれない。

 でもそれが出来ないから、

「……───」

 ■■は現実を見ている。

 ありとあらゆる角度から、自分を正当化できる言い訳を探している。

 卑しくて、ずるい。

 前世を含めた今日までの自分を、大嫌いになりそうだった。

「───できたッ!!!」

 ウィスティリアの声に振り返る。

 彼女の手にはモアの王冠を使って創り上げられた球体の魔法陣───世界構築論を基盤にした封印式が握られていた。

 その完成を待っていた者たちが一斉に動き出す。

「あとは誰が内側から鍵をかけるかだけど……」

 躊躇いがちに呟いたリヴァネルに、ウィスティリアが即答する。

「私がやる。だから、ネルちゃん」

「……なによ」

「私のモアの王冠をネルちゃんにあげる」

 声を聞いて、リヴァネルは顔を伏せた。

 そんな優しい彼女をウィスティリアは抱き締める。

「クレアもごめんね」

「……いえ」

 でも、とウィスティリアは笑う。

「ウル・モアを倒す方法はこれしか思いつかなかったんだから、しょうがないよね!」

「……───」

 結局のところ、ウィスティリアの目的はウル・モアの討伐。あとはその無理難題をどこで行うのか、という話だ。

「リア……アンタの思っているようになるとは限らない。封印式の向こう側がどうなってるかなんて、誰にも分からないんだから」

「それでも誰かがウル・モアと一緒に封印されなくちゃいけないって事実は変わらないでしょ? だったら私は可能性に賭けてみたい」

 ウィスティリアの瞳にウル・モアが映る。

「封印式の向こう側でウル・モアを倒す。これならみんなに迷惑は掛からないし、私も思う存分ウル・モアと戦える。まさに一石二鳥ってね!」

「……勝手にしなさい」

 ツン、と返すリヴァネルだったが、顔をよく見れば目の端に涙を浮かべている。

 リヴァネルは幼い頃からウィスティリアに師事を受けていた。

 彼女にとってウィスティリア・ヘルエスタは魔法師というだけでなく、何の気遣いもなく話せる、もうひとつの家族のような存在だったのかもしれない。

 そんな彼女ともうすぐお別れだ。

「それじゃあ、ちょっと触ってみるね」

 誤算があったとすれば───。

「ッ!?」

 ウィスティリアが封印式に触れた瞬間、バチッ、と音を立ててウィスティリアの人差し指が真っ黒に焦げる。

「どういうこと?」

 痛みよりも疑問。

 ■■も、リヴァネルも、目の前で起こった事象に言葉を失う。

「魔法に……拒絶された?」

 二人がモアの王冠を使って完成させた封印式は、完璧な形でこの世界に存在している。

 だからこそ、信じられない。

 魔法に拒絶されるなんて事があるのだろうか。

 試しにリヴァネルも触れてみるが、結果は同じ───怪我を増やすだけだった。

 そして、

「あっ」

 と、間の抜けた声が二人の視線を釘付けにする。

「わたしなら大丈夫みたいです」

 そこには封印式に触れても拒絶されない少女の姿───■■・■■■■■こそ運命に選ばれた主人公だった。



 結論から言ってしまえば、封印式は■■以外を受け入れなかった。

 夜王であれ、チャイカであれ、戍亥よるであれ、封印式は■■以外を拒絶する。

「つまり、封印式の内側から鍵を掛けられるのはクレアしかいないってわけね」

 戍亥よるが確認のためにそう告げると、その場にいた全員が口を閉じた。

 ■■は空気を読んで喋らなかっただけだが、肝心のリヴァネルとウィスティリアは違った。互いに目を合わせようとせず、呆然としている。

 二人の中でもとくに動揺していたのはウィスティリアの方だった。彼女は全身を脱力させ、座り込み、顔を伏せたまま動かない。

 やがて顔を上げたウィスティリアは、光の失せた瞳で■■を見つめる。

「……リアさん。わたしなら大丈夫ですから」

 ■■の言葉にウィスティリアは首を横に振った。

「そうじゃない」と、ウィスティリアは言って。「……クレア、これから私の言うことを信じてほしい。信じられなくても、信じてほしい」

「もちろんです」

 彼女の言葉を待つ。

 どんな内容を聞かされても■■は受け入れるつもりだった。

 そして、

「クレアは、一度……死んでるの」

「え?」

 ■■の心臓が大きく跳ねる。

 しばらく無言になった。

 ウィスティリアは喉から絞ったような、弱々しい声で先を続ける。

「クレアは一度、魔界で死んだ。でも、よるちゃんの家で生き返ったの……これがどういう意味か、分かる?」

「……いいえ」

 答えて、■■は思わず息を飲んだ。一度死んだことのある■■にとって、そこまで驚くような事でもない。……そのはずだ。

 だが、もし違っていたら?

 ウィスティリアの話している内容と、■■が思い浮かべている解釈は果たして同じだろうか?

 そんな■■の疑問に答えるように、ウィスティリアは地上の灰を握りしめる。

「もしもクレアがウル・モアと一緒に封印されたら……クレアは永遠に死に続けることになるかもしれないって話なの」

 ウィスティリアは再び顔を伏せる。

 今度は、自分の間違いを告白する罪人のようだった。

「だから……ちゃんと考えて……無理なら無理って、恐いなら怖いって、素直に言ってほしい。そしたら皆でウル・モアを倒す方法を探し出すから……」

「それは不可能だって……リアが一番分かってるでしょ?」

 戍亥よるが言った。

「アタシも攻撃を続けながらウル・モアの弱点を探したんやけど。アレは倒せない。正確には、死ねるように生まれていないって感じやね」

 それに、と。

「あと三分もすればこの戦いは終わる。そうなれば───」

「分かってるよ!!!」

 ウィスティリアは声を張り上げ、戍亥よるを黙らせた。

「でも! 今回はなんとかなるかもしれない。モアの王冠だってある。ネルちゃんも、よるちゃんもいる! 倒せる可能性だって十分にあるでしょ!?」

「それが皆無なんだよ、リア」

「───ッ!?」

 暴れていたウィスティリアの感情は、戍亥よるのその一言で打ち砕かれた。ウィスティリアの悲哀に歪んだ表情は、見ているだけで■■の心を締めつける。

 だが、戍亥よるに言われるまでもなく、ウィスティリア・ヘルエスタは最初から全部分かっていたのだろう。千年前に魔界でウル・モアを見た時から───彼女はずっと夢を見続けている子供だった。

 しかして子供の夢は、現実に否定される。

 彼女の手が理想に届くようなことは起こらない。

「まあ、ウル・モアがアタシらの想像してたより、どうしようもなく、ただ苦いだけの怪物やった。……それだけの話よ」

 そう言って、戍亥よるは最前線で戦うチャイカたちに合流する。

 三人に残された時間は、三分と短い。

 選択肢は二つ。

 世界を滅ぼすか、ひとりの人間を犠牲にするか、どちらかを選ばなければならない。

 必ず。

 そのどちらか、だ。

「……リアさん」

「ネルちゃんは、どうしたいの?」

 ウィスティリアは■■の声を遮るように、リヴァネルへ顔を向けた。

 リヴァネルは言葉に詰まりながら、

「アタシは……封印するべき……だと思う」

「理由は?」

「ウル・モアは今のアタシたちじゃ倒せない。だけど、封印しなくちゃウル・モアはやがて世界は滅んでしまう。……アタシたちは世界がウル・モアを倒せるようになるその日まで、時間を稼ぐのが今のアタシたちに出来る最善でしょ。違う?」

 質問を返され、ウィスティリアは気まずそうに視線を逸らす。不本意ながらも、彼女はリヴァネルの意見に納得してしまった。

 モアの王冠を使った奇跡でもウル・モアは倒せない。

 それはつまり、現代に存在するどんな手段を用いても虹の龍は倒せないのと同義だ。

「……───」

 ウィスティリアの銀色の前髪が揺れる。

 その裏に隠れていた彼女の表情を■■は想像すら出来なかった。

「ネルちゃんはさ、クレアがいなくなってもいいの?」

 雪のような白さで、ウィスティリアは泣いていた。

 リヴァネルは答えない。

「……これからだった。これからだったんだよ!? 私とネルちゃんとクレア。それによるちゃんも合わせた四人でウル・モアのいなくなった世界を旅するはずだった! なのに……その中のひとりでも欠けたらダメじゃん! いなくなったらダメじゃん!」

 ありったけの感情を込めてウィスティリアは叫ぶ。

 それらはすべて痛みとなって■■の心に襲い掛かってきた。そして思うのだ。彼女に出会えて本当に良かった、と。

「……───」

 だが、感傷に浸っている暇はない。

 リヴァネルが自分で答えを出したように、ウィスティリアもまた自身を納得させられるだけの言い訳を見つけなければ───。

 その背中を押すために、

「リアさん、大丈夫ですよ」

 ■■は笑った。

「大丈夫じゃない。全然……大丈夫じゃないよ!」

「わたし、頑張れますから」

 静かに泣きながら胸の痛みに耐える彼女に、■■は手を差し伸べる。

 ウィスティリアは両手で、その優しさを掴んだ。

「死に続けるといっても限度はあると思うんです。ほら、寿命的な意味で」

「それは……そうかもしれないけど……」

 ぐすっ、とウィスティリアは鼻を鳴らす。

「クレアは何が言いたいの?」

「えーっと、つまりですね……」クレアは頭の中で数えて。「今が十七歳だから……あと五十年くらいですね。それまでに助けにきてください」

「───ぇ?」

 ■■は前世でもした事のないヒロインめいた告白をしたせいで、ちょっとだけ胸が熱くなる。

 ウィスティリアは表情をくるくると変えて、しばらく混乱している様子だった。

 涙を拭いて、

「……分かった。必ず、助けに行く。絶対に助けに行くから。クレア、待ってて!」

「はい」

 結論は出た。

 リヴァネルは杖を掲げ、空に向かって合図を送る。

 それを見た者たちは安堵することなく、最後の抵抗とばかりに、体に残るありったけの魔力をウル・モアにぶつけた。

 ウィスティリアとリヴァネルは再び封印式を編み直す。

 モアの王冠によって創られた封印式は■■を中心として広がり、やがて、ウル・モアを光の向こう側に閉じ込めた。

 ザザ───ザ。

 ───ザ、ザザ───。

 ザァ───ザァ──────。





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