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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
92/94

ヘルエスタ王国物語(92)



 笑顔で振り返った先には誰もいなかった。

 ついさっきまでの思い出からは、今も温かい両親の声が聞こえてくる。もう、家族の声は思い出からしか聞こえない。一緒にヘルエスタ王国を守るために動いていた兵士たちも、えるを置いて消えた。

 かわりに、赤黒く変色した空気と、鼻の奥に居座る錆びた臭いが、呆然としたまま動けなくなっている彼女に現実を突き付ける。

「……───」

 ウル・モアと目が合う。

 一瞬で虹に焼かれた兵士たちと、絶望に睨まれている彼女。一体どちらが幸せなのか比べるまでもないだろう。

「……───」

 えるは初めて、死んでいった者たちを羨ましいと思った。

 同時に。

 ウル・モアが伸ばしてくる爪に安堵する。

 抵抗はしない。

 そして、

「える!!!」

 声が聞こえた。

 えるの目前まで迫っていたウル・モアは、樹木の巨人によって殴り飛ばされる。

 ウィスティリアが杖を聖樹へと還すことで召喚された巨人は、ウル・モアの放つ虹の光に焼かれながらも、掴み合い、ウィスティリアが動くまでの時間を稼ぐ。

「ネルちゃん、あとは任せた!」

「こっちの準備が終わるまで、くたばるんじゃないわよ!」

 リヴァネルは放心状態のえるを抱えて王城まで飛ぶ。そしてウィスティリアは樹木の巨人とウル・モアが入れるだけの巨大な魔法陣を大地に敷いた。

 咆哮するウル・モアを樹木の巨人が押しとどめる。魔法陣を描いたとはいえ、目的地に転移するためにはまだ数秒かかる。その数秒はまるで、空と大地が殺し合いを演じているような光景だった。

 虹が、ヘルエスタ王国の森を焼き払う。

 樹木の巨人は体の再生が追いつかず、その身を木の根のように伸ばすことで、ウル・モアを魔法陣の中に縫い留める。

 そして光があり、ヘルエスタ王国からウル・モアが消えた。

 次の瞬間。

 ウィスティリアの足元には、見覚えのある廃墟が広がっていた。

「───ッ!?」

 悔しさに唇を噛む。

 事前に話し合って決めていた事とはいえ、ウル・モアに滅ぼされたリヴァネルの故郷には人が育んだ時間は何ひとつ残されていない。

 あるのは嵐が通ったという結果だけ。

 今ここでウル・モアをどうにかしなければ、目の前の光景がずっと続く事になる。

 廃墟に落ちた樹木の巨人は役目を果たし、その機能を停止させる。ようやく巨人の拘束から解放された虹の龍は、自身の体に纏わりついた最後の木の根を引き千切り、眼前に立つウィスティリアを睨んだ。

 咆哮。

 あるいは罵声。

 ウル・モアが吐き出したものが何であれ、直後、ウィスティリアの体はその衝撃によって、いともたやすく吹き飛ばされる。

 本来なら今の一撃でウィスティリアの体は粉々に砕け散ってもおかしくなかった。

 彼女の寿命をほんの少しだけ伸ばしたのは、モアの王冠による加護。

「ギリギリだなぁ……」

 実際のところ、ウィスティリアにはモアの王冠しか残されていない。聖杖を失い、巨大な魔法陣を描いたせいで魔力も底をついた。

 これから頼れるのはモアの王冠による奇跡のみ。

 だが、幸か、不幸か───必然か。

 ウィスティリアは飛ばされた先で自身の魔力を感知した。

 そして瓦礫の山を突き破って、一本の箒がウィスティリアのもとに飛来する。

 先ほどまでウィスティリアが座り込んでいた場所には、虹が落ち、そのままあの場所に留まっていたら彼女の命はなかっただろう。

 しかし、

「ベルさんめ、いい仕事するじゃん」

 間一髪。

 ウィスティリアは箒を掴んで飛翔した。

「よっ、と」

 箒の柄に立って、ウル・モアと向かい合う。

 ベルモンド・バンデラスが何を思って箒の手入れをしていたのか分からないが、ウィスティリアはそのおかげで命を繋ぐことが出来た。

 彼が慣れない手つきで箒の世話をしていたと思うと、ちょっと面白い。

「んぅー、でも少しコーティング、甘いかな……」

 文句を垂れつつ、ウィスティリアは箒の具合を確かめる。

 多少のバランス感覚は必要とするものの、機動力に関しては何の問題もない。

「あとは私の気持ち次第───」

 虹の嵐に引っ張られ、美しい銀色の髪が左右に揺れる。

 ウィスティリアは両の頬を叩いて、白い息を吐いた。

 ウル・モアが復活したからといって彼女の気持ちは変わらない。あくまでもウル・モアの封印というのはリヴァネルが皆を連れてきたあとの話だ。自分ひとりでウル・モアと対峙している現状は、封印の事など考えてない。

 今、ウィスティリアの頭の中にあるのは誰もが腹を抱えて笑ってしまうような幻想だ。

 それでも、

「……───」

 彼女は手を合わせ、藤色の瞳に覚悟を灯す。

 これから時間の許す限り、ウィスティリア・モア・ヘルエスタはウル・モアの討伐に挑戦する。



 ウル・モアが落ちてきたという情報はエリーを通して、またたく間にヘルエスタ王国中の妖精たちに伝えられた。

 加えて、ウィスティリアがウル・モアと一緒にヘルエスタ王国から消えたという内容は多くの民草の度肝を抜いた。虹の龍が問題の大部分を占めているとはいえ、ひとりでウル・モアを足止めするのはいくらなんでも無謀すぎる。

 作戦を聞かされた■■でさえも、彼女の正気を疑ったほどだ。

「まあ、別に驚くようなことでもないだろ」

 王の間に戻ってきたチャイカは余裕の表情で納得する。

「姉様がそんな無茶な作戦を実行したのは、聖樹の安全と、まだ避難の終わっていない国民を守るためだ。……オレが聞きたいのはその先だ」

 チャイカの視線に捕まる。

■■はウィスティリアに聞かされた内容を、一語一句、彼に伝えた。

「オーケーだ。つまるところ、オレたちは戦力を集めてリヴァネルが戻ってくるまで待ってればいいんだな?」

「お願いします」

 ■■は頭を下げる。

 チャイカは気にする様子もなく、

「リヴァネルは今どこにいる?」

 その問いにはエリーが手を上げた。

「える様といっしょにこちらに向かって来ています。もうすぐ着くと思いますよ」

「なら、こっちもすぐに準備をしないとダメだな。クレアだったか? お前は夜王と面識があったはずだよな?」

「まあ……」

 曖昧に返事をしながら、■■は視線を逸らす。

 夜王と会った事はあるが、あまり良い印象を持たれていなかった気がする。むしろ嫌われているのではないだろうか。

 そんな■■の苦手意識を察してか、チャイカは優しく微笑みかける。

「夜王国の方で問題があったらしい。ここからは───って、グウェルの奴はどこ行きやがった……」

「グウェルさんがヘルエスタ王国に来てるんですか?」

 濡れたハンカチを折りながら、グウェルが王の間に入って来た。

「スッキリしました」

「……そりゃ良かったな」

 チャイカは眉間にしわを寄せて、

「グウェル、さっきオレにした話をクレアにも聞かせてやってくれ。問題ないだろ?」

「そうですね。クレア様でしたら……」

 と、話を続けようとしたところで、エリーが慌ててチャイカに報告する。

「チャイカ様、大変です!」

「今度はなんだ……」

「リヴァネル様とえる様の近くに、ドラゴンが落ちてきました!」

 全員の表情が固まる。

 報告を聞いた■■は、真っ先にウィスティリアの顔を思い浮かべた。

 彼女がウル・モアと消えてそこまでの時間は経っていない。せいぜい一分か、二分ほどだろう。

 しかし、それでも決着がつくには十分な時間が過ぎている。

 再びこの地にウル・モアが落ちてきたとすれば、それはウィスティリアが敗北したという事実に他ならない。

「エリー、二人の現在位置は!」

「えぇっと、王城の近く……目の前です!」

 エリーの言葉に続いて、大きな地響きが■■たちのいる王城を揺らした。

 チャイカは舌打ち混じりに、

「オレが先に出る! グウェルとエリーもついてこい。……お前は」

「わ、わたしも行きます!」

 力強く答えて、■■はチャイカと一緒に走り出す。

 王城の見張り台まで来ると、その場にいた全員が同時に、ドラゴンに追いかけられているリヴァネルを見つけた。

「ウル・モア……じゃないな。また別の問題か?」

 チャイカは呟き、

「グウェルとエリーはここで待機。オレはリヴァネルと交代する」

「ご武運を───」

 丁寧にお辞儀するグウェルに見送られ、チャイカはドラゴン目掛けて跳躍する。

 そして残された■■の頭には、白いミニ竜が着地した。

「ピックルさん!?」

「キュイ!」

 名前を呼ばれたミニ竜は「また会ったね!」と可愛らしく手を上げる。

「ピックルさんがどうしてヘルエスタ王国に……」

「それはアタシを殺そうとしている、あのドラゴンがエリーラさんだからよ」

「リヴァネルさん! 無事で良かったです」

 彼女の顔を見て安心するのと同時に、■■は自分の耳を疑った。

「える様はエリーが安全な場所まで運びます」

「お願いね」

 エリーはえるを背負って来た道を戻る。

「あのドラゴンがエリーラさんって……本当なんですか?」

 ■■からの質問にリヴァネルは首を縦に振った。

「でも、理由が分かりません……エリーラさんはどうして」

「モアの王冠でしょうね。彼女はアタシとリアがモアの王冠を持っていることを知ってたみたいだし。彼女の口からもモアの王冠の名前を聞いたから。間違いないわ」

 穏やかな口ぶりでそう分析するリヴァネルだったが、口の端に浮かんだ僅かな焦りは隠しきれていない。

「時間がないわね……」

 目の前で繰り広げられている戦いを見ながら■■も唇を噛んだ。

 今は一秒でも早くウィスティリアに合流し、向こうでウル・モアを封印するための準備をしなければならない。

 そのためにはチャイカ並びにヘルエスタ王国の兵力が必要不可欠。

 彼らが時間を稼いでくれなければウル・モアの封印式は完成しない。

 だが、ヘルエスタ王国で暴れるエリーラを放置してしまえば、ウィスティリアが必死に守ろうとしているヘルエスタ王国がエリーラの手によって壊されてしまう。

「……───」

「……───」

 選択の余地はない。

 ここはエリーラを殺してでも、ウル・モアの封印を優先させるべきだ。

「夜王様から伝言があります」

 グウェルの声が、鼻息を荒くする二人の意識に風穴を開ける。

 はっ、とした様子でリヴァネルはグウェルを見つめた。

「あ、アナタ……いつからそこにいたの……」

「私ってそんなに影薄いですかね? ちょっとショックです」

「冗談を言ってる場合じゃないでしょ! 今は───!」

 グウェルは薄笑いで返して、リヴァネルを制す。

「失礼。お二人が殺気立っていましたので、空気を良くしようと、つい洒落込んでしまいましたが……失敗ですね。ですがこれで、私の話も聞いていただけるでしょうか?」

 胸に手を当て、グウェルは小さくお辞儀する。

「現在、ヘルエスタ王国には夜王様が転移させた私含め、夜王国の全兵力がチャイカ様の命令で待機しています」

「夜王国の協力ってのはそれだったのね……分かった。リアは大きめに魔法陣を描いてくれたし、余裕はあると思う。それよりもまず、あのドラゴンを何とかしないと!」

「いえ、もうひとつ」

 グウェルは向き合い、続ける。

「お二人は魔王の側近である、リュ・ハリという女性をご存じですか?」

「ええ、知ってるわ……でも、どうして今そんな質問をするのよ」

「つい先ほど、そのハリ様が私とチャイカ様の共通の友人を乗せて、夜王国にやって来ました。どうやら魔界にもウル・モアと戦う用意があるそうです」

 相変わらずの笑顔で話すグウェルを、リヴァネルは信じるべきかどうか、しばらく悩んでいた。

 今の話が本当なら、彼女の先入観を覆す、嬉しい報告には違いない。

 しかし、リヴァネルの記憶にある魔界の状況はまさに最悪───魔界ノりりむが魔王城に攻め込んで来ただけでなく、イ・ロハの死を知ったヤン・ナリの暴走。続く、ウル・モアによる生命の破壊。

 血、と。

 叫び、と。

 憎悪しか聞こえない場所で、果たして命が残っているだろうか。

 地獄まで逃げ去ったウィスティリアとリヴァネルでさえ、彼らの生存を絶望視していたというのに。

「ハリさんは……どうなりましたか?」

 震える声で、■■が尋ねる。

 グウェルは顔に残った薄ら笑いを消して、

「彼女は夜王国に着いてすぐ、亡くなったそうです」

「……───」

「夜王様も手を尽くしたそうですが、どうする事も出来ず……」

「分かり……ました……」

 ■■の心中を察してか、グウェルは無言で頭を下げた。

 その行為が謝罪である事は誰の目にも明らかだっただろう。

 だが■■には、謝罪をされる意味も、理解もない。あるのはただ、自分が救えたかもしれない命が亡くなってしまった事への悔しさだった。

「わたしが頑張れば……ハリさんを……魔界の皆さんを救えましたか?」

「いいえ」と、グウェルは断言する。「クレア様は普通の人間です。きっと貴方にはどうする事も出来なかったでしょう」

「……───」

「ですが、人間は過去を振り返って強くなる生き物です。……次は何をしますか?」

「……───」

 煽るようなグウェルの問いに、■■は少しだけムカついた。

 けれど、涙を拭くには十分すぎる理由だった。

「続きを、教えてください」

「もちろんです」

 ■■の言葉を受けて、グウェルはまた口を笑わせる。

「報告によりますと、魔王ヤン・ナリはウル・モアとの戦いで死亡したとのことです」

 また■■は頭をハンマーで殴られた。

 あらためてウル・モアという怪物を意識させられる。本当に封印出来るだろうか。出来なければ世界はどうなってしまうのか。

 その答えをハッキリと教えられた気分だった。

「ですが、ナリ様が命を懸けてウル・モアから守った命もあるそうです。そして残された者たちのリーダーを魔界ノりりむという方が任されている、とか」

「魔界ノりりむ……」

 ウィスティリアの話に出てきた、反魔王軍のリーダーだ。

 なるほどね、とリヴァネルが呟く。

「でも、それを知ったところでアタシたちには、どうする事も出来ないわよ? 夜王様が何とかしてくれるの?」

「いえ、夜王様は気になる事があるらしく、遅れてくるそうです。魔界の件に関しましてはリヴァネル様に丸投げされましたよ」

「……───」



「ったく、余計な体力使わせやがって……」

 チャイカは地面に膝をつくエリーラを睨む。無傷とまではいかなかったが、最小限のケガで済んだのはチャイカにとっても嬉しい結果となった。

 あとは時間。

 ウィスティリアとウル・モアの戦いがどこまで進んでいるのか、チャイカには予想もできない。

「さて、と。言い訳があるなら聞いてやるぞ?」

「モアの王冠さえあれば……モアの王冠を手に入れさえすれば……ッ!!!」

 言葉を聞かず、妄言を繰り返すエリーラを見て、チャイカはため息を吐く。

「お前に姉様もリヴァネルも殺させねぇよ。まあ、お前もウル・モアに故郷を滅ぼされて死に場所を探してる口だろ? だったら力になってやれると思うぜ」

「……───」

 エリーラの瞳が僅かに揺れる。

「どういう意味ですか……」

「お前、リヴァネルの話に出てきた天界の女だろ? ここから天界までの距離は魔界とそう変わらない。その距離をどれだけの速度で飛んで来たのかは知らないが、その翼が今のオレたちには必要だ」

「……私に魔界まで飛べと、そう言いたいわけですか」

「ああ」

「断ったら───」

「殺す。ヘルエスタ王国に牙を剥いた奴を生かしておく理由も無いしな」

 チャイカは言って、

「でもよ、どうせ死ぬならカッコよく死にてぇだろ?」

「……───」

「時間はねえぞ」

「ウィスティリア・ヘルエスタはどこです……」

 エリーラの質問に、チャイカは頭を掻いて、面倒くさそうに答える。

「ウル・モアと戦ってる。今はリヴァネルの国にいるらしい」

「……ひとりで?」

「そうだよ。それがどうした?」

 しばしの沈黙。

 そして、

「分かりました。貴方の言う通りにします」

「物分かりのいいドラゴンは好きだぜ」

 チャイカは、にっ、と笑った。




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