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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
91/94

ヘルエスタ王国物語(91)



「これで、よし。それじゃあ二人とも私に掴まって」

 戍亥よるにメッセージを残し、ウィスティリアの魔法で三人は一気にヘルエスタ王国に転移する。微かな眩暈と大きな耳鳴り。不調が治まったあとは森のさえずりと妖精たちの歌声が■■の耳に入ってきた。

「ここがヘルエスタ王国……」

「そうだよ。帰ってきたのは百年ぶりくらいかな」

 ■■の知っているヘルエスタ王国とはまるで違う。

 完全に別世界だった。

 周囲を森に囲まれたヘルエスタ王国。黄金に輝く草花は風に揺れ、巨大な樹木からはいくつもの滝が流れ落ちている。そしてその樹木の中心に建設された城こそ、今の■■たちが必要としている場所だ。

「今は見惚れてる暇なんてないわよ」

 感慨にふける二人の背中を叩いて、リヴァネルは先を急がせる。

「分かってる。すぐに王城に向かうから、もう一度掴まってくれる?」

 三人が次に転移した先は王城の一室だった。

 ■■の足元には頭に白いカチューシャを付けた少女がきょとん顔で尻餅をついている

「ウィスティリア様……ですか?」

「エリー!」

 名前を呼ばれたエリー・コニファーは目に涙を浮かべる。

「ずっと帰りをお待ちしておりました!」

 飛びついてきたエリーを、ウィスティリアは華麗に避けて、

「ごめん、エリー! 今はチャイカの所に行かないといけないの、またね!」

 手を振って部屋を出る。

 ドア越しに「ええぇー!!?」というなんとも悲痛の声が聞こえてきた。

「よ、良かったんでしょうか……」

「大丈夫、エリーは強い子だから」

 樹木で作られた廊下をウィスティリアの指示通りに駆け抜ける。

 そして三人はいくつもの根っこが重なる、大きな扉の前で立ち止まった。威圧感のある扉からはどことなく夜王の部屋と似たような雰囲気を感じさせる。

「ウィスティリア様!? お戻りになられたのですね」

 扉を守るエルフの男に出迎えられ、

「うん。弟は中にいる?」

「もちろんです。チャイカ様もウィスティリア様が来るのを心待ちにしておられました」

「え?」

「すぐに開けます」

 ウィスティリアが疑問を挟む余地などなく、エルフの男は持っていた杖を振る。扉の前に現れた魔法陣によって、複雑に絡み合った根っこはいとも容易く解かれ、三人は塞がれていた王の間に入った。

 そして。

 そして、だ。

 ■■たちは玉座に頬杖をついて座っている、完璧で究極の美少年───チャイカ・ヘルエスタを見つけた。



「……なるほどな」

 これまでの経緯を聞いたチャイカはとくに取り乱す様子もなく、姉であるウィスティリア・ヘルエスタからの説明に頷いた。

 しかし、チャイカの隣に立つ絶世の美女、スノー・ホワイト・パラダイス・エルサント・フロウ・ワスレナ・ピュア・プリンセス・リーブル・ラブ・ハイデルン・ドコドコ・ヤッタゼ・ヴァルキュリア・パッション・アールヴ・ノエル・チャコボシ・エルアリア・フロージア・メイドイン・ブルーム・エル───通称える。

 えるはチャイカとは違い、怪訝そうに眉をひそめる。

 口元に手を当てる所作でさえ美しい彼女が睨むのは、ウィスティリアにくっついている二人の人間。

 失敗の原因をクレアとリヴァネルに責任があると考えている。あえて口に出さないのはウィスティリアの友人という立場を尊重しての事だった。

「チャイカ様、こちらも情報共有を」

「近い」

 えるに耳元で囁かれ、チャイカは玉座から立ち上がる。

「姉様、これは二週間くらい前にグウェルが持ってきた手紙だ。読んでくれ」

 手紙を受け取る。手紙は妖精文字を使って書かれており、その内容は■■たちが夜王国から出発してすぐのものだった。

「……お爺ちゃんはスゴイなぁ。こうなる事も分かってたんだ」

 夜王からの手紙にはウル・モアの討伐ではなく、封印するという条件であるならば夜王国はヘルエスタ王国に協力すると書かれている。

「あのクソ爺、面倒ごと押し付けてきやがって」

「ウル・モアの封印に協力してくれるんだから文句言わない」

 姉に怒られて嬉しいのか、先ほどまで不機嫌そうだったチャイカの表情が少しだけ柔らかくなる。本来なら百年ぶりの会話に花を咲かせるべき場面だが、あいにくと今はそんな悠長な話はしていられない。

「おい、リヴァネル。いくつか質問させてほしい」

 二人は顔を合わせ、チャイカは先を続ける。

「ウル・モアの足止めするって約束をした天界の連中はもう滅ぼされている。これに間違いはないな?」

「ええ。エリーラって子が戍亥の家を出た頃には滅ぼされていたはずよ」

「じゃあ今、ウル・モアはどこにいる?」

「極東の国に落ちてる。モアの王冠を使って観測したから間違いない」

 そう断言するリヴァネル。

チャイカは頷いて言葉を飲み込んだ。

「次で最後だ。ヘルエスタ王国にウル・モアが落ちてくるってのは分かった。それで具体的な場所と時間は?」

「分からない。とりあえず、ヘルエスタ王国の何処かに落ちてくるとしか」

「つまり、極東の奴らの頑張り次第ってわけか……」

 チャイカは顎に手を当て、残された時間を大雑把に予想する。

 数分、数秒後に落ちてくるであろうウル・モアに対処するためには、

「えるの両親にも話を通しておかないといけないな……」

 返答を聞いたチャイカはすぐに、えるを呼びつける。そしてヘルエスタ王国の全域に兵士を配備するよう伝えると、彼女は頷き部屋を出ていった。入れ替わるようにして、エリー・コニファーが入って来る。

「エリー、ちょうどいいところに来たな。お前は出来る限り、暇にしている妖精たちを集めて、各地にいるエルフ全員につけろ。それが終わったら、エリーは姉様たちの近くで待機だ。いいな?」

「喜んで!」

 ぱぁ、と光が差したように笑って、エリーもどこかへ行ってしまう。

「現状の最善手はこんなところだな。オレもすぐに準備しないと───」

「チャイカはここに残らないの?」

「……姉様、オレだってもう子供じゃない」

「私より身長低いのに?」

「……───」

 チャイカはため息を吐いて続ける。

「姉様が残るなら、オレがここにいても意味ないだろ。それにウル・モアの情報が姉様たちに届くまでの数秒は、誰かが時間を稼がないといけない」

 カッコ良くそう言い切るチャイカ。

 そんな弟の頭に、ウィスティリアはそっと手を置いた。

「本当に立派になったんだね。えらい、えらい」

 頭を撫でられ、チャイカは頬を薄く染める。

「あ、もしかして照れてるの? 可愛いね」

「別に」

 ツン、と返すもチャイカは姉の手を払い除けようとはしない。

「本当に成長したんだね。百年前までは私の後ろをついてくるだけだったのに」

「姉様の帰ってくる場所を守らないといけなかったからな」

「大丈夫? ハーレムとか作ってない?」

「作ってない」

「じゃあ、昔みたいに女風呂を覗いたりとかは?」

「……───」

 チャイカはウィスティリアから顔を逸らす。

「してない」

「めちゃくちゃ嘘ついてるじゃん!」

 ウィスティリアは笑って弟の頬を引っ張る。チャイカは抵抗する姿勢すら見せず、腕を組んで仁王立ちしていた。

 それが終わると、

「チャイカ、気をつけてね。死んじゃダメだからね」

 頬を掻いて、チャイカは贈られた言葉の意味を考える。素直に受け取るなら姉が弟を思っての発言だろう。

 しかしチャイカには、また別の意味が込められているような気がした。

「姉様も死なないでくれよ」

「もちろん」

 そして王の間を出ていくチャイカの背中を、ウィスティリアは手を振って見送った。



 王の間に残された三人もすぐに作業に入る。

 ウィスティリアが最初に取り組んだのは、ウル・モアを封印していた結界の再現。これが一番の問題だと、ウィスティリアは睨んでいた。

「これが封印式だよ……ネルちゃん、分かる?」

「うーん……基礎的な魔法の詰め合わせみたいな感じよね」

 ウィスティリアの手で再現された封印式は、ひとつの魔法陣を中心に置いて、その周りをいくつもの魔法陣で閉じ込めている。

 一見、複雑そうに見える術式だが、そう見えるだけだ。

 ある程度の魔法知識を持っていれば、簡単に再現できるような構築になっている。

「特徴的な部分でいえば、これかしらね」

 リヴァネルの指差したのは中心部分───『鍵』と『扉』を意味する魔法式だった。

 ウィスティリアも頷いて同意する。

「結界に閉じ込めるだけならこの部分はいらない。多分だけど……ウル・モアを長く閉じ込めておけるよう、条件付けをしたんだと思う」

「条件付け?」

「見てて」

 そして、ウィスティリア・モア・ヘルエスタは奇跡の言葉を告げる。

「レタ・セ・モア」

 王命の言葉はモアの王冠を通って、奇跡の力を封印式に流した。平面として完成していた封印式の形は崩れ、本来ならありえない球体へと姿を変えていく。

「嘘でしょ……」

 リヴァネルは驚愕に目を見開いた。

 それは現代でも噂程度にしか聞かない、不完全な技術。

 誰もがその理論に挑戦し、不可能とういう結論だけを残して去っていった魔法式。

 それが今、彼女の目の前で完璧な『魔法』として成立している。

「世界構築論……千年前にこれを完成させた人がいるなんて……」

 完成された魔法式の美しさに涙すら浮かべるリヴァネルだったが、次の瞬間にはその感動は彼女の中から消え去っていた。

「条件付けっていうのは、まさか……モアの王冠のこと?」

「正解」

 ウィスティリアは頷く。

 一方のリヴァネルはというと、奇妙な満足感に心を奪われていた。

 世界構築論を完成させるのは絶対に不可能だとされていた理論である。しかし、モアの王冠を使って奇跡で構築された術式ならば話は別だ。ありとあらゆる奇跡が、世界構築論の完成を導いてくれる。

 理不尽と非合理。

 偶然と奇跡を重ねて、世界構築論は不可能な技術ではなくなった。

「そもそもモアの王冠ありきじゃないと完成しないように設計されていたわけか。それじゃあ、その使用者もモアの王冠を持っている人物に限定されるってこと?」

「平面だけなら魔法で作れなくもないけど、球体として使うならそうだね」

「なるほどね……」

「つまり、どういう事でしょうか????」

 ここまで二人の話を遠巻きに聞いていた■■が質問する。

 ずっと意味不明な単語を聞かされてきた身としては、もっと簡単で分かりやすい説明をしてもらえるとありがたい。

 いつの間にか部屋に戻ってきていたエリー・コニファーも「意味分からん」みたいな顔をして人数分の紅茶を用意してくれている。

「あぁー、とりあえずウル・モアの封印は大丈夫ってこと!」

 親指を立てるウィスティリア。

 一抹の不安を拭いきれない■■だったが、彼女が大丈夫というのなら、きっと大丈夫なのだろう。

 そして■■は、エリーの持ってきたお菓子をひと口食べる。

「エリーさん、このケーキ? とっても美味しいです」

「それは花のババロアです。妖精たちと一緒に頑張って作りました。こっちは紅茶と合わせるために焼いたクッキーです」

 ■■はまた、小皿に置いてあるクッキーを取って、ぱくり。

 続けて紅茶を飲んだ。

「甘い香りの紅茶を用意したので、クッキーは少し甘さを控えめにして作りました。どうでしょうか?」

「どちらも本当に美味しいです……」

「良かったです! えへへ」

 すっ、と■■の肩から力が抜ける。もしかしたら彼女はリラックス効果のある紅茶を選んで用意してくれたのかもしれない。

 はにかむエリーの後ろから、難しい話を終えた二人がやや疲れた顔をしてやってくる。

 ウィスティリアは真っ先に花のババロアに手をつけた。

「美味しいね、クレア!」

「はい、とっても」

 リヴァネルは紅茶をひと口飲んで、

「……美味しいわね」

「ありがとうございます! 嬉しいです」

「おかわりをもらっても?」

「どうぞ!」

 そして四人は一緒に甘いものを食べて囲んで、笑い合う。

 それだけ。

 殺伐とした会話なんかなくて、ただ穏やかな数分間。

 ウル・モアという脅威さえなければ、この時間は永遠に続いていただろう。

 ───時間だ。

「ウィスティリア様!」エリーが声を荒げる。「ヘルエスタ王国の南東! える様のいる場所にウル・モアが落ちてきました!」




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