表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
再会編(プロット)
9/33

ヘルエスタ王国物語(9)



 もはや、笑うしかなかった。

 加賀美の時間稼ぎもあり、いくつもの罠を仕掛けていたアンジュにとって、目の前の光景は完全に予想外のものだった。

 戍亥は怯むことなく地雷の埋まっている場所に突っ込んでくる。錬成陣がすべて見えていたとしても、それを信じて、地雷の埋まった場所を躊躇いなく走れるだろうか。否、出来ない。少しでも間違えれば死ぬと分かっているからだ。加えて、目印のないものだって仕掛けられている可能性も考慮すれば必ず遠回りするものだ。

 しかし、戍亥には躊躇いはない。

 アンジュは襲い掛かってくる黒炎を避けるべく、建物の裏に隠れる。が、その建物もすぐに溶けてなくなった。

「ん?」

アンジュは見えていない魔法陣を起動させる。

 戍亥はただ不思議そうに首を傾げ、全身に炎を浴びる。ダメージにはなっていない。ちょっとしたシャワーぐらいの感覚だった。

 ───これでもダメか!

 驚嘆の声が心から漏れる。相手はケルベロスだ。炎に耐性があってもおかしくはない。問題は、何が苦手なのか検証すること───爆炎の向こうから靴音と共に戍亥は顔をのぞかせる───嗅覚を鈍らせたり、聴覚を刺激してみたり、足元を泥沼に変えて動きづらくしてみたり、と思いつく限りのことは試した。

これだけの努力が簡単に否定されると笑ってしまうのも仕方がないだろう。

「親友なんだから、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃない!?」

 挑発と同時に、新しく描きあげた錬成陣を発動させる。

 その光に連動して戍亥の逃げ道を潰すように四つの錬成陣が一斉に輝き、無数の岩棘が───またも、黒炎によって溶かされた。

「……うーん」

 また、首を傾げる。眉間にしわを集中させ、戍亥はアンジュの行動からくる直感的な違和感に戸惑っていた。

 ここまで相手をしてきたからこそ分かる。今戦っている相手は一年前の自分が知っているアンジュの戦い方を真似しているだけだ。そう思うのは単純に錬成陣と魔法陣の差。罠として仕掛けるなら錬成陣の方が格段に意味がある。

 発動するまでのタイムラグが錬金術の弱点であるものの、発動するまで何が仕掛けられているか分からないのが錬金術の長所ともいえる。故に、錬金術による奇襲は見えないよう隠すのが鉄則だ。

 しかし、ここまで踏んできた罠のほとんどは魔法によるカウンターばかり。錬成陣もいくつか仕掛けられてはいたが、それも指で数える程度しかない。

 魔法陣は常に魔力が流れているため、錬成陣よりもどこに何があるのか分かりやすく、また、その内容を看破するのも容易い。

 結論を言ってしまうと、警戒するのもバカバカしく感じるほど呆れた攻撃の数々に、戍亥とこは少し萎えていた。

「錬金術、苦手やろ」

 戍亥の問いに、アンジュは言葉に詰まる。

 図星だった。加賀美ハヤトが情報で稼いだ時間は、錬成陣を描くにはあまりにも足りない。足りなすぎる。用意出来たものといえば簡単な再構築の錬金術だけであり、ケルベロスに致命傷を与えるものは作れなかった。

 ───自分は天才錬金術師ではない。

 だからこそ、アンジュは自分の得意とする魔法陣による強襲に頼るしかなかったのだ。

「師匠からも散々言われた。あたしには才能がないって……」

「見えない場所に魔法陣を描いたのもンジュさんの戦い方を真似てるだけみたいやし。アンタ、何がしたいねん」

 またしても、痛いところを突かれる。

 アンジュ・カトリーナは見えない場所に錬金術を描き、見える場所に魔法陣を描いて戦っていた。アンジュ・スカーレットはその逆をしているだけ。

 二人を一言で説明するならひとえに才能の差だろう。

 アンジュ・カトリーナにしても……彼女は錬金術の天才でしかなく、魔法に関しては世界が見離すほど才能がなかったのだから。

「それでも頑張って使えるくらいにはしたんだよ」

「……せやな」

 アンジュは南門を目指して走る。

 戍亥は一息で、アンジュの隣に並んだ。

「どこ行こうとしてんの?」

 加賀美の背中を抉り裂いた爪がアンジュを襲う。

 両腕でガードを固め、受ける。貧民街の空き家をいくつも貫通し、ボウリングみたいに転がっていくアンジュ。木材で出来た椅子に受け止められ、ようやく止まったかと思えば、今度はひじ掛けに置く両腕が見当たらない。

「はは……まだ生きてる」

 痛みを和らげようとしてアンジュは軽く笑う。

 両腕が吹き飛んだだけで済んだのはラッキーだった。本来ならあのひと振りで全身バラバラになっていてもおかしくない。

「日頃の行いが良かったのかな……」

 いつもヘンなところで運がいいな、とアンジュは思う。

なにより、これだけ痛めつけられても戍亥のことを嫌いになれない。そのことが不思議で妙に嬉しかった。

 初対面では緊張して上手く話せなかったこともあり、戍亥に変な誤解をさせてしまった。おもちゃの椅子に揺られて、アンジュの中で張り詰めていた気持ちはどこかに抜け落ちていった。今なら何も気負わず話せるかもしれない。

 もちろん、相手にその気があればの話だが。

「殺したと思ったんやけど……ショックやわー」

 アンジュは『月』の錬金術によって両腕を再生させ、それから一分も経たない内に戍亥は何食わぬ顔で家に入ってくる。

「立ち上がれるか怪しいけどね」

「……───」

 アンジュの戦う意思のない笑みに、戍亥は思わず顔をそらす。

 戍亥はテーブルを挟んで、空いているイスに座った。

「なあ、さっきは貴族街を目指してたん? それともアタシを社長から遠ざけるのが目的やったん?」

「その両方かな」

 噓はない。

 アンジュの目的は、加賀美の言っていた合流地点にいる協力者に現状を伝えること。たとえ合流できなくても騒ぎを起こせば察してもらえると思っての行動だった。

 そして、あわよくば自分のことを無視して加賀美ハヤトを助けに行ってもらえれば、リゼに会うというアンジュの一番の目的も達成できる。

「アタシ相手にそれは贅沢やない? 二兎追う者は一兎も得ずって言うやろ。あれと同じで諦めは肝心やと思うけど」

 それに、と戍亥は続ける。

「どうしてウチがここにいるのか分かってないやろ?」

「どういう……」

 アンジュは言いかけて、やめた。

 思い出せば……アンジュが加賀美と会う約束をして、指定された場所は何もないただのドアだけが置いてあった。それだけ慎重になる理由。加賀美が指名手配されていることを踏まえると、裏切られることを加味しての行動だったのかもしれない。

 戍亥は微笑んで、

「ちょっとお願いしたら教えてくれたんよ。優しい人ばっかりで嬉しいわ」

「どんなお願いの仕方をしたの?」

「なに? 気になるの?」

「今後の参考までに……教えてもらえたら嬉しいな」

「ええよー」戍亥は言った。「まず、逃げないように足を燃やす。それから順番に皮膚を焼いていく。ここでポイントなんが、死なへんようじっくり焼いていくこと。じゃないと途中で意識を飛ばされたり、死んでしまう。人間は肉の焼き加減でいうところのレアぐらいがちょうどよくてな。あとは教えてくれるまでのんびり焼いていけば完成!」

 アンジュの口から空笑いが漏れる。

「やっぱり……参考にならないかな」

 加賀美が信頼して側に置いている人がそう簡単に裏切るとは思えなかったが、なるほど、とアンジュは納得する。

 おそらく渡会という見ず知らずの誰かは、戍亥に捕まり拷問まがいのことをされたに違いない。それがいつから始まったのかは定かではないが、おそらくここ数日の話じゃないだろう。

「その人はまだ生きてるの?」

 アンジュからの問いに、戍亥は頬杖をつき、にんまりと口角を上げる。

「もう殺した」

「……そっか」

「最初は社長をおびき出すためのエサとして利用するつもりやったんやけど……それも上手くいかんくてな……憂さ晴らしにちょうど良かったのよ」

「名前を教えてもらえる?」

 落ちる沈黙。しばらくして、

「オリバー・エバンス」

 戍亥は答えた。

 アンジュの身体が震える。

 渡会じゃない?

「そっか……それなら……」

 アンジュは立ち上がり、

「もう少しだけ……もうちょっとだけ……頑張ろうかな」



     △△△



 意識を取り戻したアンジュがまずしたことは天井に描かれた木目となんとなく睨めっこすることだった。

「アンジュさん! 良かった。目を覚ましたんですね」

 すぐ隣で小野町春香の声が聞こえる。

 アンジュはゆっくりと顔を向けた。

「小野町……さん? どうしてここに……」

「ムリに喋らないでください。すぐにフミ様を読んできますから」

 そう言い残すと小野町はバタバタと一階に降りて、すぐにフミの腕を引っ張ってきた。後ろには桜凛月の姿も見える。

「みなさんがどうして貧民街に……戍亥は……どこ……」

「ふむ、魂に問題はないか。記憶に多少の混乱があるだけのようじゃ」

それなら、と。

「赤髪の娘、ここは小野町亭じゃ。おぬしは、あの戍亥とかいうケルベロス娘に負けた」

「……───」

「ちょ、ちょっとフミ様! 今そこに触れるのはデリカシーが……」

 狼狽して手をわなわなさせている凛月に対し、フミは冷静にアンジュを見つめる。

「凛月、今がどういう状況か分かっておるじゃろ」

「でも……その……も、もう少し優しくしてあげましょう」

「そんな呑気なことを言っている場合じゃなかろう!」

「はは……大丈夫ですよ。痛っ……」

 軽く笑っただけで全身を針で刺されたような痛みがアンジュを襲う。

「教えてください。わたしが寝ている間に何が起こったのか」

「そうだな。まず、ぬしが会いに行った加賀美ハヤトという男を覚えておるか?」

 アンジュは頷く。

「五日前に処刑された」

「処刑された!? あ、ぐぅ……」

 飛び起き、苦悶の声を上げる。

「アンジュさんムリしないで。少しずつゆっくり身体を倒してください」

 小野町に背中を支えられ、アンジュはベッドに倒れる。

しかし、アンジュの頭の中ではフミの───加賀美ハヤトの処刑のことでいっぱいだった。自分は彼を逃がすために戍亥と戦っていたはずだ。

「渡会さんは……どうなりましたか?」か細い声でアンジュが鳴く。「それだけでも教えてください」

「そのことじゃが……小野町、おぬしが話してやれ。妾は下で酒を飲んでおる。いくぞ、凛月」

 部屋を出ていくフミに続いて、凛月がお辞儀をして出ていく。

 扉が閉まると、

「アンジュさん、落ち着いて聞いて下さい」

「はい」

「渡会……渡会雲雀さんは、現在、地下で治療を受けています。アンジュさんほどではありませんが……火傷がひどくて……その……」

 小野町が言葉に詰まる、と同時にアンジュは察した。

「わたしが弱かったせいで」

 アンジュは両手で顔を隠す。

 自分が弱かった。

 それだけだ。

 たったそれだけ。

 自分は何も守れないのだ。

 現実だ。

 これが現実。

 残酷な現実なんだ。

「アンジュさんは悪くありません! この件に関しては誰が良いとか悪いとか……そういうのじゃ」

 どうしようもない怒りと、複雑な気持ちが沈黙を落とす。

 今はどんな言葉もアンジュにとって痛みに変わってしまう。

 小野町も彼女にどう接したらいいのか分からなくなっていた。

「渡会さんの治療には一週間ほどかかるそうです。それが終わったらまた連絡するとチャイカさんが……」

「わかりました。それじゃあ、小野町さんも部屋から出ていってください」

「はい」

 扉を開けて部屋を出た小野町の後ろで、声を殺してアンジュは泣いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ