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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
84/94

ヘルエスタ王国物語(84)



 長い旅が終わる。

 本当に充実した旅だった。

 ダークエルフの国に辿り着くと、入り口のところで不破と白雪に別れを告げる。

 彼らは彼らで商人としての仕事をするらしい。

 肝心のグウェルはというと、国に到着するやいなや馬車を降りてしまった。夜王様に謁見の許可を貰ってきます、とそう言い残して……。

「グウェルが戻ってくるまで暇になっちゃったね。観光でもする?」

 ウィスティリアからの提案はとても魅力的に思えた。

 夜王国の自然は複雑だと聞かされていた■■は、極端に寒いとか、めちゃくちゃ熱いとか、勝手な想像をして警戒していた。が、今は比較的穏やかな時季なのだろう。木々の隙間から入って来る日差しも色鮮やかで、肌に気持ちの良いものばかりだ。

「勝手に動いて大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だよ。どうせ、夜王国に入った時点でお爺ちゃんにはバレてるだろうから。グウェルが戻って来るまで街を探索する時間はあると思うよ」

「アタシは賛成ね。この気候ならきっと良いモノが揃ってるはずだし。さっさと素材を見に行きたいわ」

 悩んでいる■■とは違い、今にも飛び出して行きそうなリヴァネルの視線は賑わっている街の方へと注がれている。

 だが、あくまで決定権を持っているのは■■だ。

 リヴァネルも目を合わせてくるだけで、催促はしてこない。

「それじゃあ……」

 行きましょうか、と■■が言おうとした、その直前だった。

 城に行ったはずのグウェルがタイミング悪く戻ってくる。

「皆さん、お待たせしました。夜王様の許可が降りたので、お迎えに───おや? リヴァネル様はどうして、私をゴミを見るような目で睨んでいるのですか? せっかく夜王様から伝言を預かっているのに」

「……伝言って?」

 リヴァネルは口をへの字に曲げて、グウェルの言葉を待った。

「では、伝えます。『会いに来れば、夜王国にある素材を好きなだけくれやる』とおっしゃっておられました」

「リア、クレア、今すぐ行くわよ」

 先ほどの不貞腐れていた顔が嘘みたいに晴れやかな表情に変わる。

 それを聞いてウィスティリアも笑った。

「あはは! 流石お爺ちゃんだね。子供の扱い方をよく分かってらっしゃる。クレア、悪いんだけど先にお城に行こう。観光はまたあとで」

 ■■は頷いて、グウェルに案内されるまま、その後ろを付いていく。

「でも、わたしが会いに行って大丈夫なんでしょうか。呼ばれているのはリアさんとリヴァネルさんだけなんじゃ……」

「それについては心配いりません」グウェルが言った。「夜王様はリア様の友人なら全員連れてこい、とおっしゃっておりました」

 グウェルはそこで言葉を区切り、ウィスティリアに視線を向ける。

「それともうひとつ……リア様にお聞きしたいのですが」

「なーにー?」

「夜王様からは四人を連れてくるように言われております。あとひとり、リア様のご友人はおられますか?」

「……いないけど」

 ウィスティリアは少し考えてから、疑念の眼差しでグウェルを見つめた。

「他に……お爺ちゃんは何か言ってた?」

「そうですね。クレア様について少し」

「わたしですか?」

 グウェルは「はい」と頷いて、

「理由は分かりませんが、夜王様はクレア様の事をとても気にかけておられました。警戒している……と、言い換えてもいいかもしれません」

 ■■は驚きに目を見開く。

 心当たりがなかった。昔々に夜王と面会し、失礼を働いたというのならば警戒されている理由も分かる。だが、■■は今日という日までただの一度たりともダークエルフの国に来たことはない。

 ウィスティリアやリヴァネルのように、■■が強い力を持っているわけでもない。

 ■■は何の変哲もない、どこにでもいる普通の女の子である。

 それが■■であり、クレアなのだ。

 もしくは単純に───夜王様が初対面の人と話すのが苦手なのかもしれない。初めて話す相手を警戒してしまうのは■■も同じだった。それが理由なら夜王様とは後々のさらに後になって、真に仲良くなれるだろう。

「クレアを警戒する理由ね……私には思いつかないな……」

「ウィスティリア様もそう思いますか」

「うん。クレアは素直で良い子だよ。強いわけじゃない。私やお爺ちゃんみたいな血筋だったら話は変わるけど……」

 ウィスティリアと目が合い、内心ドキリ、とする。

「私が調べた範囲じゃ……何もなかったよ」

「ええ、ですから私にも分からないのです。夜王様がどうしてクレア様を警戒しているのか」

「こればっかりは直接会って聞いてみるしかないか……」

 ウィスティリアの声に不満が混じる。

 その不満は解消されないまま、四人は歩を進めた。

 やがて、色鮮やかな道から陰鬱とした雰囲気に変わり、木々の影を集めたような黒城が■■たちの前に姿を現した。



 廊下を歩き、長い階段を上る。そうして辿り着いた先には黒い樹木で作られた扉があった。グウェルの手で扉が開かれると、その扉の向こうにはたったひとり、ダークエルフの国王が玉座から三人を睨んでいた。

「久しぶり、お爺ちゃん」

 ウィスティリアの声音に緊張が乗る。

 いつもとは違う彼女の口調に、■■の胸の内側にあった浮ついた感情も消えた。友達になれるかもしれない、なんてほんの少しでも考えるべきじゃなかった。

「ああ、よく来たな」

 夜王からの労いの言葉は低く、重い。

 しわの浮かぶ顔にある全ての傷は、彼が戦争の勝利者である事を証明している。

「話は聞いている。お前が何を欲しているのかもな」

「……話が早くて助かるなぁ」

 ■■としても、最初に自分の話題を持ち上げられないのはありがたい。

 それにウィスティリアがどうして夜王国を目指していたのか、その目的もずっと気になっていた。馬車の中で聞こうとした時は不破や白雪のことを気にして、彼女は頑なに目的を教えてくれなかった。

 ようやく、彼女の口から聞ける。

「じゃあ、早速……お爺ちゃん、貴方が持っているモアの王冠を私に継承してほしい」

「……───」

 目的を聞いた夜王に驚きの色は見えない。

 逆に驚いていたのは■■と、他二人───リヴァネルとグウェルだった。

 グウェルが一歩前に出る。

「リア様、自分が何を言っているのか理解しておられますか?」

「もちろん。だから取引の材料も持ってきた」

「そういう問題では───」

 まだ納得できない様子で口を開こうとするグウェルを、夜王は右手を上げて制する。

「聞こう」

 ウィスティリアは一呼吸おいて、顔を上げた。

「私が夜王様との取引に用意したのは、ヘルエスタ王国が守護する世界樹の権利と、私の目的を果たした際に、私の持つすべてのモアの王冠を夜王様に継承する、というものです」

「では、それをどう保証する? モアの王冠を譲った夜王国が真っ先にお主の手によって滅ぼされる可能性もあるだろう」

「もちろん、口約束だけじゃありません。契約書も用意してあります」

 ウィスティリアは空間から一枚の紙を取り出し、それをグウェルに手渡した。

「これは……隷属術式ですか」

 一目見てグウェルは渡された紙切れが何なのかをウィスティリアに問う。グウェルから向けられた顔にウィスティリアはただ微笑んで、それから頷いた。

 内容を確認したグウェルは態度を改め、スクロールに書かれた文言を読み上げる。

「一、モアの王冠を所持していない夜王国が他国から攻められた場合。ヘルエスタ王国並びにウィスティリア・モア・ヘルエスタは持てる力のすべてを使って夜王国を守護する。

 ヘルエスタ王国が夜王国を守り切れず、夜王国が滅ぼされた場合。ウィスティリア・モア・ヘルエスタはあらゆる奇跡を使って夜王国を復活させる。

 二、ウィスティリア・モア・ヘルエスタが目的を果たした後も、世界樹の権利は永続的に夜王国が持つものとする。ヘルエスタ王国は世界樹の権利を欲して、夜王国を侵略することはない。

 三、ウィスティリア・モア・ヘルエスタが夜王からモアの王冠を継承した場合。継承されたモアの王冠の所持期限を十ヶ月とし、ウィスティリア・モア・ヘルエスタは期間内にモアの王冠を夜王へ返還しなければならない。

 返還する際、その時ウィスティリア・モア・ヘルエスタが所有するすべてのモアの王冠を夜王へ継承する。

 四、ウィスティリア・モア・ヘルエスタが目的を果たし、三つのモアの王冠を手に入れた場合は───夜王が生きている限り、ウィスティリア・モア・ヘルエスタはその力を行使することはない。

 五、以下の条件が破られた場合。

 ウィスティリア・モア・ヘルエスタは自身を除くエルフという種族を絶滅させたのち、夜王国へ永久的に隷属することを誓う。

 このスクロールは、ウィスティリア・モア・ヘルエスタがモアの王冠を継承した瞬間から発動する」

 グウェルは一礼すると、夜王とウィスティリアの視界に入らないよう後ろに下がる。

 部屋には異様なまでの静けさが落ちていた。

 リヴァネルは考え込み、聞かされた内容を消化するために沈黙を使っている。

 ■■の方も、ぐるぐると目まぐるしい思考の渦に飛び込み、なんとか理解しようと努力していた。

 だが、二人が答えを出すよりも先に、夜王の口角がニヤリと動く。

「穴の多い条件だな」

「そう思った理由を聞かせていただけますか?」

「まずは、今のスクロールのどこにも我の身の安全を保障する文言がなかった。これをどう説明する?」

「夜王様は自身の身の安全よりも、ダークエルフという種族……夜王国の民を大切に想っていると察してのことです。どうかご理解ください」

 夜王は鼻を鳴らし、ウィスティリアを軽く睨む。

「随分と、傲慢な娘に育ったものだ。千年前、好奇心だけで魔界までついてきたあの可愛らしさはどこにいってしまったのか」

「そ、その話はしなくてもいいじゃないですか……」

「はて? ウル・モアからお主を守り。ヘルエスタ王国まで連れ帰ったのは誰だったか」

「ぐぬぬ……」

 夜王の言葉に、ウィスティリアは毒のある花を噛んだような顔になった。

「そして、だ。このスクロールには我ではなく、『夜王』という地位にある者を表しているな? モアの王冠を使わないという条件に関しても、ウィスティリア・モア・ヘルエスタの魔法では殺せるという風にも聞こえるぞ」

 夜王の言葉を聞いて、■■は顔を上げる。

 そしてウィスティリアを見つめた。夜王の言う通り、スクロールには『夜王』という言葉だけで、今自分たちの目の前にいる個人を指しているとは言えない。スクロールに個人として名前が記されているのは『ウィスティリア』だけだ。

 あとは夜王国とヘルエスタ王国。

 その他の国……種族に関するものばかり。

 モアの王冠の返還すらも『夜王』への手土産話として締めくくられている。

「絶対の隷属を約束するなら『夜王が生きている限り』などという文言は必要ない。これはつまり、お主の言いなりになる夜王をこの立場に置きたいだけなのだろう?」

 ■■も、リヴァネルも、グウェルも───息をするのも忘れて、ウィスティリアの言葉を待った。

 緊張。

 そして。

 ウィスティリアは笑った。

「それじゃあ、今度はお爺ちゃんの話を聞かせてよ」

 初めて、夜王の顔に影が落ちる。

「なるほど。こうなるのか……」夜王はしばらく黙っていた。「ならば、こちらからもひとつ、条件を出そう」

「その条件というのは?」

「モアの王冠を継承するのはウィスティリアではなく、その後ろにいるリヴァネルに継承する。それが、こちらがモアの王冠を譲る条件だ」

 夜王の口から出た言葉に、ウィスティリアは唖然とした。

 それは彼女が予想したどの選択肢にも当てはまらないものだったからだ。

 ヘルエスタ王国と夜王国には千年を超える付き合いがある。その長い年月の中で、夜王は一度も玉座を譲ることなく、ダークエルフという種族を優先的に守ってきた。人間に攫われたダークエルフを含め、彼は種族を大切にしているのだ。

 だからこそ、ウィスティリアは夜王の提案に違和感を覚えた。

「それだと私が手塩に掛けて作った契約書が、無駄になってしまいますよ?」

 隷属術式は夜王が持つモアの王冠をウィスティリアに継承することで発動する。

 しかし、モアの王冠がリヴァネルに継承されてしまえば隷属術式は発動せず、夜王国はただモアの王冠という奇跡の力を失うことになる。

 老衰による思考の放棄───というのは夜王に限ってはあり得ない話だろう。■■が見つめる夜王の目には今も恐ろしいほどの知性が輝いているのだから。

 夜王はウィスティリアの問いの意味を理解し、

「問題があるか?」

 と、笑ってみせる。

「だってほら、私ってかなりの美少女に育ったじゃないですか? 手元に置いて置きたいといか、夜のおかずに欲しいなぁ、とか思ったりしません?」

「背伸びをしている子供に興味はない」

 あっさり突っぱねられたウィスティリアは、がっくりと肩を落とす。

 問題は次へ。

 ウィスティリアは振り返り、面白い顔で困惑しているリヴァネルを見つめた。




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