ヘルエスタ王国物語(81)
ウィスティリアが釈放されるまで、■■はリヴァネルの店を手伝うことになった。
やった事といえば、リヴァネルの家を掃除したり、店番を任されたり、リヴァネルと一緒にクッキーを焼いたりしたくらい。
休みをもらった日には広場に行き、鈴原を探してみたりしたのだが、残念ながら彼女に会うことはできなかった。
そうして二週間が過ぎた頃、
「たっだいまー!!!」
元気よく扉が開き、ウィスティリアが店に入ってくる。
■■は棚に商品を並べている最中だった。
「リアさん、おかえりなさい」
「クレア! 寂しかったよー!」
ウィスティリアに抱き着かれる。
感動に声を震わせる彼女の身体からは、牢屋にあったカビ臭さは感じられない。■■はウィスティリアの背中に手を回し、優しく抱き締める。
「でも、こんなに早く出てられるなんて思わなかったよ。あと十年くらいは監禁されると思ってたから」
「それは日頃の行いが良かったから……とは言えないでしょうね」
カウンター席に座って、遠い目でリヴァネルが言った。
「ネルちゃん!」
「こっちに来るな!」
抱き着こうとするウィスティリアを、リヴァネルは手で押し返す。
なんだか猫のじゃれ合いを見ているようだった。
■■はふと思い出して、ウィスティリアに尋ねる。
「そうだ、リアさん。一週間ぐらい前にグウェルって名前のダークエルフの方がこの店にいらっしゃいましたよ。なんでも馬車の手配が終わったとかで」
ウィスティリアはリヴァネルから離れて、
「あ、その話ならさっき確認してきたよ。明日にでも出発できるってさ」
「明日ですか?」
「そう、明日」
ようやくこの国にも慣れてきたのに、また違う国に行くのは少し寂しい気もする。
「それとダークエルフの国にはネルも連れて行くから。いいよね?」
「リヴァネルさんですか?」
カウンター席で突っ伏していたリヴァネルが立ち上がる。
「ちょっと! そんな話聞いてないわよ!?」
「カフェで話そうと思ってたんだけど……ほら、私捕まったじゃん? だから伝えるチャンスなかったんだよね。でも、一緒に来てくれるでしょ? あの国には錬金術に使える貴重な素材がたくさんあるから」
「そりゃ……行きたいけど……」
「じゃあ、決まりね! それじゃあ私は牢屋で仲良くなった警備兵の人たちと飲みに行ってくるから。また後で」
そう言い残して、ウィスティリアは店から出ていった。
「あれ? リアさんの声が聞こえた気がしたんだが……」
店の奥からベルモンドが顔を出す。
彼が持っている木製のティートレーからは、ほんのりと甘い香りがした。
「リアならさっき出ていったわよ。朝まで飲むんだって。酔っぱらってまた余計なトラブルを起こさいといいけど……」
「あはは……そうですね」
■■は苦笑いで答え、ベルモンドからミルクティーを受け取る。
「悪いんだけどベルさん、しばらく店を任せてもいいかしら」
「何処かに行くのか?」
「リアの付き添いでちょっとダークエルフの国まで。多分、一ヶ月くらいだと思う」
「そうか……」
ベルモンドは顎に手を乗せる。
「どうかしたの?」
「いや、カトリーナ家の執事が月一で来るだろ? その時はどう説明したものかと」
「そのまま説明していいわよ。どうせ帰ってきたらダークエルフの国で採取した素材を寄越せって言ってくるでしょうから」
ベルモンドは愛想笑いで、
「分かった。心配するなって伝えておく」
「……───」
その答えを受け取ったリヴァネルの顔には、複雑な表情が浮かび上がった。恥ずかしさが七割、怒りが二割、残りの一割は素直になりきれない彼女自身の優しさだろう。なんだかんだ言って、彼女は家族のことを大切に思っているのだ。
「ベルさん、残業確定」
「はいはい」
軽くあしらわれたリヴァネルは、不貞腐れた感情をため息で落としてから、クレアの方に歩み寄る。
「クレア、買い物に行きましょう」
「分かりました」
■■はエプロンを外し、リヴァネルと一緒に市場に向かう。
「なんで笑ってるのよ……」
「いえ、リヴァネルさんが一緒にいてくれるのは心強いなと思いまして」
「……アナタね、ここ二週間でアタシのこと信頼し過ぎじゃないかしら?」
「そうでしょうか?」
でも、と■■は笑って言う。
「リヴァネルさんは良い人です。だからリアさんも、リヴァネルさんのことを信頼しているんだと思います」
彼女と一緒に過ごした時間は二週間と短いが、■■にとってとても居心地のいい時間だった。
それこそ、前世の親友二人と比べても何の遜色ないくらいに───これからは手を繋げる関係を目指していきたい。
「なんか……リアに似てきたわね……」
「それ、褒めてます?」
「さあ? どうかしら」
先を歩くリヴァネルは振り返り、■■の疑問に意地悪い笑みで答える。
こういう勿体ぶったセリフで誤魔化すところは、彼女の師であるウィスティリアに似たのだろう。声にこそ出さなかったが、リヴァネルの浮かべる意地悪な笑い方もウィスティリアにそっくりだった。
でも結局、彼女の浮かべた笑顔の真意は分からないので、■■は勝手に、リヴァネルからの信頼の証だと思う事にした。
買い物も終盤。
残すは防寒着だけになった。だが、リヴァネルは服屋に入ろうとはせず、錬金術の素材になるモノを探して店を転々としている。
「リヴァネルさん、防寒着は買わなくていいんですか」
「どうして?」
「だって、ダークエルフの国って寒いんですよね?」
何気ない■■の質問に対して、リヴァネルはそっと目を閉じる。
「それはどうかしら……あの国の環境は複雑で、正直、行ってみないと分からないの」
「複雑な環境?」
「日によって暑かったり、寒かったり、枯れたりするの。まあ、そのおかげで希少な素材が豊富にあるわけなんだけど……」
リヴァネルは一度言葉を区切って、クレアを見つめた。
「もしかしてリアに言われたの?」
■■は頷く。
「言われたというより、リアさんから渡されたメモに書いてあったんです」
「……───」考える。そして。「念のために買っておいた方がいいのかもね……クレア、もう少し付き合ってくれる?」
「それはいいですけど……どこに行こうとしてるんです?」
「服屋だけど?」
「でも、服屋なら目の前に───」
すぐ近くにある服屋を指差す。
リヴァネルはその店を一瞥し、
「アタシが市場で服を買うわけないでしょ。追い出されたとはいえ、これでも一応貴族なんだから。ちゃんとした店で服を買わないと笑われちゃうじゃない。あ、ついでにクレアの服も買ってあげようか?」
嬉しい提案だったが、■■用の防寒着はすでに買ってある。
無駄にお金を使う必要はない。
■■は断腸の思いで断ったあと、リヴァネルの後に続いて市場を出る。
そして広場を抜けた先には、いつものひび割れた通りとは違って、完璧に整備された道が続いていた。
「凄いですね」
見渡して、思わず息を飲む。
市場の賑やかさとは切り離された、別世界。
普段なら絶対にお目に掛かれないであろう家紋の入った馬車も、ここでは日常的に目の前を通り過ぎていく。
「ここが貴族街。クレアは初めてよね?」
「はい」
■■は呆然、と。
ただ呆然と眺めて、あの子の───鈴原るるの家もこの辺りにあるんだろうか、なんて考えていた。
「ちょっと歩いただけなのに、随分印象が違いますね」
「見てくれだけよ。中身は市場にいた人たちと変わらない。まあ、変な人は多いけど……」
「変な人……?」
「ほら、あそこ」
リヴァネルに釣られて顔を向けると、白衣を着た男がいた。街灯にしがみつき、二人の少女に引っ張られ、絶叫している。
「ロゼミ、ペトラ、やめろと言っているんだ! 聞こえないのか!?」
「ダメですよ、先生。研究から逃げちゃダメダメです」
「そうです、そうです。早く帰りますよー」
男の右足を持つピンク色の髪の女の子が言って、頭に魚のアクセサリーを付けた女の子が左足を引っ張っている。
「あ、ヤバいって……抜けるって。このままだと本当にイっちゃうから……離そうよ。話せば分かるよ? 下半身」
「本当ですか?」
ロゼミと呼ばれた女の子が疑惑の目で男を見つめる。
男はまるで誠実性を感じない笑みを浮かべて、
「おいおいおいおい、信じてくれよー。このレオス・ヴィンセントが君たちに嘘をついた事なんてあったかな? あったか、なぁぁぁぁぁあああああああ!!?!!!?」
絶叫は続く。
「めちゃくちゃある」答えたのはペトラだった。「魚くれなかった」
「ごべんなざぁーーーーい。もう嘘つかない。レオス、嘘つかないからああああああああああああああああああああああ!!!!!」
最後は二人の少女に引きずられる形で、青髪の男は■■たちの前から消えた。
「な、何だったんですか……あの人……」
「彼はレオス・ヴィンセントって名前の科学者よ。変態で有名ね」
「……お知り合いですか?」
「まさか」と、リヴァネルは否定する。「アタシが一方的に知ってるだけよ。話してみたいと思ったことはあるけど……まあ、会話にならないでしょうね」
リヴァネルはそう自嘲気味に笑って、再び■■の前を歩き出した。
だが、その足取りはいつもより遅い。
彼女は普段通りのつもりだろうが、リヴァネルは落ち込んだ時や、考え事をしている時は歩幅に出る。それはここ二週間足らずで■■が見つけた彼女のクセだった。
どう声を掛けるべきか迷う。
しかし、今のリヴァネルがどちらの感情で揺れているのか■■には分からない。落ち込んでいるなら励ましたいと思うし───でも、出会って二週間ちょっとの自分がそんな事をすると気持ち悪がられてしまうんじゃ───とも思う。
横から覗き込んだ彼女の顔は落ち込んでいるようには見えない。どちらかと言えば考え事をしているように見える。
邪魔をすればかえって、嫌われてしまうかもしれない。
歩いて。
歩いて。
歩き続けて。
そして夜になった。
「クレア……その、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……でも、ちょっと疲れました」
リヴァネルの家に戻ってくるなり、■■はソファに倒れ込む。
結末からいうと、買い物を忘れ、自分の世界に没頭したリヴァネルは国中を歩き回り、後について回っていた■■は、最後まで彼女に声を掛ける事が出来なかった。ある意味、観光デートともいえなくもないが、一日中歩きっぱなしだと流石に燃え尽きてしまう。
「ごめんなさい……今日の晩ご飯はアタシが作るから……」
「お、お願いします」
部屋着姿で台所に立つ彼女の背中にエールを送って、ぬいぐるみのお腹に頭を乗せる。
歩き疲れて、眠気が気絶の一歩手前まできていた。目を閉じればすぐにでも意識を手放せそうである。
「……───」
限界になって微睡の中に意識を落とす。
頑張って起きていようと思ってたけど、やっぱりダメでした、という敗北感。
優しい布団に温められながら寝息を立てる■■だった。が、なんだかこの布団とってもお酒臭くありませんか? と疑問に思い目を開ける。
「……───」
寝ぼけ眼の先には、いつの間に帰ってきていたのだろう、ウィスティリア・ヘルエスタが同じソファの上で寝ていた。
■■が感じた酒気の正体は、どうやら彼女だったらしい。
「おはよう」
声のした方に視線を向けると、お風呂上がりのリヴァネルが立っていた。
「おはようございます」
「ご飯にする? それとも先にお風呂に入ってくる?」
「お風呂にします」
「じゃあ、スープは温めておくから。ゆっくりしてきなさい」
■■は「はい」と頷き、着替えを持って風呂場に向かう。端っこに置かれている鏡と出来るだけ顔を合わせないようにしながら、■■は湯船に浸かる。
髪を洗って。体を洗って。
また湯船に浸かる。
髪を乾かしてリビングに戻れば、焼きたてのパンと温かいスープが■■を待っていた。
「美味しいです」
「良かった」
リヴァネルと顔を合わせながら食事を堪能する。
「あのー、リアさんはどこに行ったんでしょうか? 先ほどまでソファにいたような……」
部屋中を見回してもウィスティリアの姿は見えない。
お酒の臭いと一緒に、跡形もなく消えてしまっている。
「外に放り投げたわ」
リヴァネルは言って、
「だって臭かったし……」
「なるほど」
と、■■は納得した。
ウィスティリアは家主の特級権限で追い出されてしまったらしい。きっと明日まで戻ってくることはないだろう。
「でも、大丈夫でしょうか」
「念のため毛布に包んで捨てたから、凍死の心配はないでしょ」
「いえ、そうではなく……」
■■の言葉に、リヴァネルは「ん?」と頭を傾ける。
「また誘拐事件に巻き込まれたりしたら……」
「その時はその時よ。アタシたちが心配しなくてもいいわ」
「でも……」
「大丈夫よ。それにね、クレア。リアは酔っぱらってたほうがもっと面倒くさいんだから」
「それって、別の問題が起きるってことですか?」
沈黙が落ちた。
そして、
「アタシは他人のフリするから」
「えぇ……」




