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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
再会編(プロット)
8/33

ヘルエスタ王国物語(8)


「……い、一体何があったんだ!?」

 アンジュと加賀美が畑まで戻った頃には、育んできたものすべてが焼き尽くされた後だった。

 混乱のなかで加賀美はどうにか冷静さを保ち住民の安否を最優先する。アンジュも加賀美の指示に従い、薬を渡した少女の家まで走る。しかし、確認するまでもない。少女の家はどこにもないのだから。焼け崩れた家の残骸を見て、アンジュは言葉を失う。

 そこは地獄と表現しても何の遜色もない、灰と炭に犯された場所。

「おい! しっかりしろ。ここで何があったんだ!?」

 加賀美は畑の近くに倒れている影に声を掛ける。

「カ……ガ……ミ……さん。ニ、ゲテ……」小さな言葉を残し、炭は崩れた。

「逃げられると思ってたん?」

 煙の向こう。……アンジュは聞き馴染みのある声に震えた。黒炎で染められた髪にオッドアイの瞳が近づいてくる。想像は確信に───この災害の元凶をアンジュはよく知っている。リゼと一緒にいた頃、リゼを守るために地獄から連れてこられた───自分の親友ともいえる存在。

「アハー! さっきぶりやね、社長さん」

 ケルベロスは加賀美を見つけ、嬉しそうに笑った。

「戍亥……」

 その呟きは心から漏れたもの。アンジュも無意識だった。が、戍亥の耳にはハッキリと死人の声が届く。

「ンジュさん……?」

「久しぶり」

 アンジュを無視して、戍亥はただ加賀美を見つめた。

「なるほど。アタシを動揺させるためにンジュさんのおもちゃを作ったわけか。随分と、趣味が悪いことで」

「今はそんなことどうでもいい。戍亥さん……あなたがこれをやったんですか?」

 怒気を含ませた声で加賀美が問う。

「ん?」

 疑問符を浮かべる戍亥は、どうして自分が責められているのか分からない。彼女はただ着地しただけ。逃げられた加賀美の匂いを追って、着地した場所が偶然、焦土になっただけで、手を下したわけじゃない。

「あなたのせいで……これまで積み上げてきたものが……みんな死んだんですよ」

「あれ? 貧民街の人ってまだ生きてたん。てっきり、全員死んだと思ってたんやけど」

「加賀美さん。戍亥は何を言ってるんです?」

「ホントによく出来たおもちゃだこと……」

 戍亥はアンジュに近づき、じっと観察する。獣がエサの品定めをするように。

「でも、ンジュさんじゃない」

 親友との再会はアンジュが望んでいたことのひとつである。会えば昔話に花を咲かせ、また三人で遊べるものだと勝手に思っていた。

 しかし、その考えは甘えだった。

 十六年という歳月は、生き方を変えるには充分すぎる時間だ。それは人間もケルベロスも同様に、知性ある者なら絶対に逃れられない変容でもある。

 つまり、この場で変わっていないのはアンジュだけということ。

「社長さん。ンジュさんを用意してくれたのはありがたいんやけど。ンジュさんはもう一年前に死んでる。アタシもリゼも……そのことはちゃーんと、受け入れたんや」

 一年前? アンジュは言葉を失う。

「それにしてもホムンクルスとはね……ただのおもちゃ屋に出来ることとは思えへんな」

「さっきから何を言って……」

「社長さんも裏では結構えげつないことしてたんやねって話」

 無言だった。次から次へと襲い掛かってくる情報が今の状況をさらに複雑にしている。加賀美は戍亥に対して最大限の警戒をしながら、アンジュに視線を送った。

 時間を稼げ。

「戍亥……その、久しぶり」

「……───」

「……───」

「……───」

「えーっと……リゼは元気に───」

「殺すぞ」

 アンジュは無表情になっていく戍亥を見た。湧き上がってくるありとあらゆる感情を殺した瞳。戍亥にとって目の前の彼女はアンジュではない───戍亥が親友として認めているのはアンジュ・カトリーナただ一人であり、アンジュ・スカーレットではない。

 それがどういう意味なのか。

 アンジュは身をもって教えられる。

 人間の動体視力では到底追いつけない速度で爪が襲ってくる。アンジュはただ向かってくる殺意を茫然としたまま受け入れた。

「危ない!」

 加賀美ハヤトが紙一重でアンジュを庇う。彼の背中には深々と爪痕が刻まれ、小さな呻き声を上げる。が、加賀美は勢いを殺さずアンジュを抱き上げ、貧民街の廃屋に姿を隠した。

「もう逃げられないのに隠れる意味ある?」

 血を流した以上、彼女から逃げることはほぼ不可能だろう。ケルベロスに鼻詰まりを起こさせる薬があれば逃げられるかもしれないが、そんなどこに需要があるのか分からないバカみたいな薬はあいにく持ち合わせていない。

 作れるのは葉加瀬冬樹ぐらいだろうか。

「はは……。懐かしい顔が浮かんだな」

「笑ってる場合ですか! 社長、背中! 急いで薬を」

「私、走馬灯見てる気がします」

「冗談言ってる場合ですか!?」

 いや、冗談ではなく。

 マジックが上手だった夜見れなの顔を思い出す───ヘルエスタ王国の至る所に隠し通路を作って、多方面に怒られていた。謝罪するのはいつも私だったな……。

 怒られ損だったな、と加賀美は思う。

「アンジュさん。私はもう動けません」

「さっきまで元気に走ってたじゃないですか! そんな弱気に」

「いえ、さっきの攻撃で背骨をもっていかれました。なんで走れたんでしょう? 火事場の馬鹿力ってやつですかね」

 加賀美は笑う。

「ほな、止血してあげる」

「がぁ! ぐぅ……」

 ひょこ、と顔を出した戍亥に背中を焼かれ、加賀美は絶叫するのを堪え、苦悶の声に留める。黒炎は傷を上手に焼きあげると、そのまま消えた。

「ハァ、ハァ。助かりましたよ……戍亥さん」

「せやろ。薬の節約にもなって一石二鳥や。もっと感謝してくれてもええよ?」

 アンジュは加賀美を隠すように、戍亥の前に立つ。

「ああ……ホンマに気味が悪い」

「どうして加賀美さんを……」

「他人を入れ物にしただけの人形には黙っといてほしいんやけど」

 戍亥は声を荒げることもせず淡々と口角を釣り上げる。表情には出さないものの、言葉に含まれている殺気は純粋な怒りそのものだ。しかし、誰も彼女を責めることは出来ない。死んだ親友の声を聞くことは彼女にとって、地獄の大釜で焼かれることに等しい。

 一年前に『さんばか』の物語は終わっている。

 終わっていなければならないのだ。

「まずは説明してほしい。戍亥がどうして加賀美さんを狙うのか。その理由を」

「なあ、偽物……人間には我慢の限界ってもんがあんねん。わかる? アタシ、今めちゃくちゃ我慢してて。そろそろ爆発しそうなんよ」

「戍亥が質問に答えてくれれば───」

「だ・から・ら。ンジュさんの顔で……ンジュさんの声で……これ以上、アタシの名前を呼ぶなああああああああああああああ!!!!!!」

 大地が激しく揺れ、噴き出した黒炎がアンジュに襲い掛かる。アンジュは瞬時に畑の方に飛ぶ。間一髪で避けれたのは加賀美を巻き込まないようギリギリのところで調整された威力だったからだろう。

 もしも加賀美のことを気にせず戍亥が感情のままに黒炎を使っていれば、今頃アンジュたちは炭になって踏み潰されていた。

「ホンマに許せへん」口から吐く息が炎に変わる。「偽物だって分かるのに。アイツを心の奥では信じようとしている自分がおる───」

 低く唸る戍亥に加賀美が言う。

「彼女……アンジュさんを……あなたはホムンクルスといった。でも私には、彼女が本物の『人間』のように見える。もし迷っているなら殺すべきじゃない。話し合って確かめるべきだ」

「人殺しが何を言って……ん?」

 戍亥の耳に入ってきたナニかを必死に叩く音。それは昔、親友に散々聞かされた錬成陣を作る作業に他ならない。挑発とも取れる行為。だが、加賀美が動けないことを考えると奇襲するために描かれたものではく……想像するに、罠である可能性が高い。

 それでも、

「まさか錬金術まで使えるなんてなー」社長を睨む。「どうやって作ったん?」

「はは……戍亥さんも意地悪だ。知ってるでしょ? 私には錬金術どころか、魔法の才能が一切ない。ホムンクルスについても知識として本で読んだぐらいです。創れるわけがありません」

「錬金術の知り合いならたくさんおるみたいやけど?」

「さっきもお伝えしましたが、アンジュさんは『人間』です。どれほど熟練した錬金術師でも『人形』に魂を入れることは出来ない」

 ホムンクルスは錬金術の禁忌───人が『神』として崇められたいがために、人によって創造された『人間』である。そのエゴは残酷な歴史を作ったと同時に人類の未来を切り開いたとも言われている。

 だが、錬金術師たちが研究を重ね、積み上げてきた山のてっぺんには、

「我々は『神』になれないという現実を受け入れなければならない。錬金術によって人間を創ることは不可能である」

「ほな、あのンジュさんの顔した偽物が、実は本物でしたと言いたいわけか?」

「そうですね……それも難しい話です。だけど、アンジュさんには確かに人間としての意思があり、感情がある。私の読んだ歴史書を参考にするなら、少なくともアンジュさんをただの『人形』として否定することは出来ません……」

 錬金術で『人間』を創る。その上でもっとも問題になったのは、魂の所在地だった。姿形は完璧に作れても、中身が無ければ生まれたとはいえない。ただ心臓を動かしているだけの空白の命に人間は魅力を感じない。

 求めているのは共存と賛美、そしてまだ誰も成しえていない未知への挑戦。

「どこまでいっても独りの人間の手によって作られる命は生きていない。欲望の塊ともいえる存在である。……これがホムンクルスの歴史……で……す」

 言い終えると加賀美は糸が切れたように、意識を手放した。

「……認めない」

 戍亥は呟く。握り拳から血が滴り落ち、剥き出しの牙で唇を噛む。

 それでも加賀美の話は戍亥の足を止めるのに十分な仕事をした───錬金術の光が目を眩ませ、突如、いくつもの岩槍が彼女に向かって飛来する。

「ちっ」

 加賀美の首根っこを掴んで跳躍する。戍亥は近くの屋根に着地すると、周囲に張り巡らされた錬成陣を見下ろした。

 踏めば発動するもの、アンジュの意思で発動するもの。どんな効果があるのか、錬金術への関心がない戍亥には見当もつかない。が、しかし、分かることもある。地面に描かれてたすべての錬成陣には、かつての親友、アンジュ・カトリーナの面影があった。

「……認めない」

「加賀美さんを返して」

 アンジュ・スカーレットが睨みつける。

 戍亥はゆっくり目を細めた。

「……───」

 屋根から飛び降り、加賀美をその辺にポイっと捨てる。

「ええよ。相手したる」

「話し合いは出来ないんだよね?」

 アンジュの問いは、無言の業火によって燃やし尽くされた。


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