ヘルエスタ王国物語(79)
「リアさんは、ウル・モアと戦った事があるんですか?」
「ううん。当時の私はまだ子供だったし。戦う力なんて持ってなかったよ。でも、生きてはいたの。あのどうしようもない……醜い時代をね」
ウィスティリアは疲れたように笑ってみせる。
「ネルが話したウル・モアに関する情報にはほとんど穴がない。もしも、私が話を付け加えるとしたら、モアの王冠についてだろうね」
「まだ何かあるんですか……」
■■の不安をよそに、ウィスティリアは「うん」と続ける。
「実はね、モアの王冠は魔王が手に入れたひとつだけじゃないの。あと二つ。合計三つのモアの王冠が世界には存在してる」
「三つも……」
王冠の力は願うだけで種族間の戦争を終わらせられるレベルのものだ。
そんなものがあと二つ。
世界のどこかで争いの火種になっている、という事だろう。
「その内のひとつは、リアが持ってるわよ」リヴァネルが言った。
「へ?」
■■は間の抜けた声を出して、ウィスティリアに顔を向ける。
さらなるドヤ顔で、彼女はピースしていた。
「で、でも……リアさんは王冠なんて被ってないですよ」
「モアの王冠っていうのは『形』として世界に存在しないの。どちらかといえば、奇跡を起こす『概念』みたいなものなのよ」
「……───」
「おーい、クレアー。大丈夫ー? ついてこれてますかー」
つんつん、と指先でクレアの頬っぺたを触るウィスティリア。
そんな悪戯をされても■■は反応しない。まるで壊れた魔道具のように頭から煙をプスプスと立ち昇らせている。
どうやら、■■が処理できる情報量を越えてしまったらしい。
「ダメだこりゃ。完全に意識が飛んでる」
「飛んでません! ちょっと困ってただけです!」
「あ、起きた」
虚ろな眼差しのまま、■■は頭を抱えた。
確かに、ウィスティリアとは知り合って日が浅い。たった数日で秘密を打ち明けてもらえるほどの信頼関係は築けていないだろう。
その点でいえば、■■も彼女に対してどこか遠慮している部分はあるのだが……。
しかし、タイミングが悪すぎる。
ウル・モアや、モアの王冠で胸焼けしそうになっているのに、まだそんな重要な情報を隠し持っていたとは、
「ごめんね。隠してたわけじゃないんだよ? 話すタイミングがなかっただけで」
「それは、まあ……分かりますけど……」
二人の会話にリヴァネルが割って入る。
「信じちゃダメよ、クレア。この女はね、自分が出来るからって、他人にも出来るだろうとか勝手に思っちゃう、バぁカなんだから」
「ネルちゃん、ひどい!!!」
「犠牲者が出る前に事実を言って何が悪い!!! アンタが勿体ぶるせいで、アタシが何回死にかけたと思ってんのよ!?」
「あいたたたたた! ちょっと、耳引っ張らないでよぉ……」
涙目で抗議するウィスティリア。
対するリヴァネルは再び臨戦態勢である。
このままだと出会った時と同じように喧嘩になってしまう。ベルモンドがいない状況で二人の喧嘩が始まってしまったら、今度こそ■■には止められない。
思い切って、
「い、今更なんですけど! お二人はどういう関係なんでしょうか!?」
二人の顔が同時にクレアを見た。
「どうって……腐れ縁だけど……」
「ネルちゃんは、私の弟子です!」
リヴァネルは椅子に座り直し、テーブルを挟んでウィスティリアを睨みつける。
ウィスティリアは子供の反抗期を楽しんでいる様子だった。
「ネルの店で言ったでしょ、彼女は家から追い出されたって」
「はい」
その事は覚えている。リヴァネル・スカーレットは本名ではなく、家から追い出されたから仕方なくそう名乗っているだけなのだと。
「どうしてリヴァネルさんは家から追い出されたんですか?」
「それは───」
「錬金術の才能がなかったからよ」
ウィスティリアが答えるよりも早く、リヴァネルが言った。
「アタシの家は代々、優秀な錬金術師を世に送り出してきた名家なの。錬金術の知識に関していえば、いつも時代の先頭に立ってるようなね。アタシにはその才能がなかった。だから追い出された。それだけの話よ」
飄々とそう告げる彼女はどこか寂しそうに見えた。
もちろん納得の出来る話ではない。だが、■■にとっては胸が痛くなるほど理解できる内容だった。
死ぬ直前───■■は兄と姉の三人で玉座を奪い合っている。家族から向けられる敵意というのは、どこにも存在しない、虚無的な寒さだ。これから先もきっと、その寒さに慣れる事はないだろう。
「だからアタシは『カトリーナ』じゃなく、自分で『スカーレット』っていう名前をつけたの。店の名前がスカーレット工房だったのもそういう理由ね」
「リヴァネルさん……」
「でも───」ウィスティリアが言った。「あの工房を作るにあたって、ネルに金銭的支援をしてくれたのは彼女の家族だったんだよ。店に客が来なくても潰れないくらい、それはもうたくさんのお金を用意してくれたんだから!」
「じゃあ、リヴァネルさんは家族に嫌われているわけでない、という事ですね」
「その通り!」
嬉しそうにウィスティリアとクレアが笑う。
リヴァネルはそんな二人から顔を逸らした。
「それならどうして家に戻らないんです? 今のリヴァネルさんならすぐにでも受け入れてもらえそうですけど」
金銭的な支援があるなら、カトリーナの家の人たちは少なくともリヴァネルのことを嫌ってはいないだろう。むしろ大切に想っているはずだ。
仮に、リヴァネルが家に戻ろうと思えば、すぐにでも入れてくれるだろう。
それなのにどうして、あんな人気のない路地裏で店を続けているのか。
「それはね……ネルに魔法の才能があったからだよ」
■■は少し考えて、
「それで困るような事があるんですか?」
「普通なら喜ぶところだよ。普通なら、ね」
含みのある言い方だった。
「錬金術の鉄則はあくまでも等価交換。鉄を金に変えるためには、それと同じか、それ以上の『質』と『量』が大事になってくる。だからこそ、そのルールを無視して何でも出来る魔法が心の底から許せないってわけ」
「なるほど……難しい話ですね」
つまり、娘の事は好きだけど、魔法は嫌いだから家には受け入れない、というプライドの話なのだ。
魔法が錬金術に与える影響は、いつの時代も存在している。
前世でも、■■は錬金術師の親友から似たような話を聞かされた事があった。
曰く───錬金術に出来ることは魔法にも出来る。
だが、その逆はあり得ない。
「魔法は確かに便利だけど、錬金術にも可能性はある。私たちが見つけてないだけでね」
「アタシは、諦めてないから」
リヴァネルは声を落とし、静かにその決意を露わにした。
「あはは、ネルちゃんも頑固だよねー」
「別にいいでしょ。アタシの人生なんだから」
「うん。だから私はいつだって、ネルちゃんを応援してるよ」
「……うるさい!」
リヴァネルは恥ずかしさに声を荒げ、立ち上がる。頬を赤らめて「ふん」とそっぽを向く彼女はとても愛らしかった。
「アタシは店に戻るから、何かあったらまた来なさい」
リヴァネルは三人分のお金をテーブルの上に置いて、足早に店から出ていった。
「相変わらず素直じゃないんだから。クレアもそう思うでしょ?」
「そうですね」
■■は頷く。出会ってすぐ、魔法で攻撃された時はどうなるかと思ったが、面と向かって話してみると、彼女の印象は大きく変わった。今後話す機会が増えれば、彼女のことをもっと好きになれるような気がする。
「リヴァネルさんは、不器用で優しい人です。ちょっと怖いですけど……」
「口が悪いのは彼女の個性みたいなものだよ。まあ、そのせいでモテないんだけどね!」
ふふ、と■■は笑った。
カフェに残った二人は、それからしばらく、これからの事について話をした。
次の目的がダークエルフの里───夜王国であること。
そのためにウィスティリアは夜王国行きの馬車を手配するらしい。■■は旅に必要なモノを買い揃えるために、市場に向かう事になった。
「宿はどうするんです?」
途中、■■が質問する。
「そりゃあもちろん、ネルちゃんの家に押し掛けるんだよ」
にちゃり、と良くない笑みがウィスティリアの顔に浮かんだ。
「嫌がられそうな気がしますけど」
「どんなに嫌な顔されても絶対に一緒の布団で寝てやるんだから! それにクレアも、私たちと一緒に寝たいでしょ?」
「……わたしは別に一緒じゃなくても」
「ダメダメ、ネルちゃんの家にはベッドがひとつしかないんだから。一緒に寝ないと朝になるまで冷たーい床で、ひとり寂しく泣く事になっちゃうよ? それなら人肌で温め合いながら一緒に寝たほうが健康的で、私は幸せだと思うんだけどなー」
「……───」
有無を言わせぬ物言い。
■■に拒否権は無いのだろう。ウィスティリアの脳内ではすでに、三人が同じベッドで寝ることは確定している。
騒がしくなりそうだなぁ、と悪い予感に思いを馳せながら、しぶしぶ了承した。
「分かりました。待ち合わせ場所は……リヴァネルさんのお店でいいんですよね?」
市場の入り口の前で立ち止まり、最後の確認をする。
ウィスティリアは少し悩んで、
「そうだね……私の方が時間掛かりそうだし、そうしよっか」
頷いた彼女は元気よく手を振って、人混みの中に消える。
ウィスティリアの姿が見えなくなると、■■は市場に入った。
市場には活気があり、たくさんの商品が店の前に並べられている。ウィスティリアのメモに書かれた商品を探しながら、出来るだけ店を回り、二度、三度───間違いがないか、騙されていないか───注意深く観察して■■はメモにある品物を揃えていった。
「……ダークエルフの国って寒いのかな」
最後に残ったのは『クレア用の防寒着』だった。
■■は寒いのはそこまで嫌いじゃない。
ただ、好きかと聞かれると首を傾げてしまう。
買い物を終え、余ったお金で■■はリヴァネルにお土産を買って帰る事にした。
彼女が何を喜ぶのか分からないので、とりあえず、市場で見つけた美味しそうな物を片っ端から試食してみる。
決して。
決して、だ。
お腹が空いていたとか、自分が食べたいだけとか、そういうんじゃない。
これは仕方なく、これから迷惑をかけるであろうリヴァネルを思っての事なのだ。
印象を良くしようという下心が無いわけでは無いが、親切にしてもらう以上、■■は自分なりに感謝の気持ちを伝えたいと思っている。例え相手にどんな風に思われても、そこだけはハッキリと残しておきたいのだ。
買い物が終わると、■■は市場から離れ、近くの広場で休むことにした。
ふくらはぎが棒のように固くなっている。
どうやら生まれて初めての市場で、はしゃぎ過ぎてしまったらしい。
そして、
「こんにちは」
声を掛けられた。
ハッとして顔を上げると、目の前に空色の瞳をした女の子が立っていた。右手には市場で売っていたチーズパンを持っている。
■■がリヴァネルのお土産にと、選んだものと同じやつだった。
「あの隣、座ってもいいですか? 他に座れる場所なくって……」
「どうぞ」
■■は置いていた鞄をどかして、彼女が座れるだけのスペースを作る。
「ありがとうございます」
お礼を言った彼女は手に持っていたパンをむしゃむしゃと食べ始めた。
「わたし、鈴原るるっていいます」
「え? あっ……クレアです」
「へぇー。いい名前ですね」
自己紹介はそれだけ。
あとは黙々。
もぐもぐ、と。
彼女はネズミみたいにパンを齧っていた。




