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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
救済編(プロット)
78/94

ヘルエスタ王国物語(78)



「到着!」

 ようやく人間の国の前に降り立ったウィスティリアと■■。

 体感時間でいえば十年くらい経っただろうか。

 ■■は箒から降りて、足の裏に感じる大地の温かさに思わず涙する。

「もう二度と箒には乗らない……もう!!!! 二度と!!!!!!!!」

 そこには断固たる決意があった。

 確かに人間の国に到着するのは早かった。だが、箒は■■が想像していたスピードを遥かに凌駕していたのだ。楽しかったのは最初だけ。あれは音速を越える馬に乗っていたとういより、しがみ付いていたという方が表現的に正しい。

 人間には音速を越える馬にしがみ付いていられる握力なんか持っていない。

 そりゃあ、落ちる。

 とことん、落ちる。

 箒に乗って死んだと思ったのは一度や二度じゃない。常に死んでいたとさえ思えるほど最悪の乗り心地だった。

 大地を踏みしめている今でさえ、チカチカと、まだ走馬灯が点滅している。

「クレアってば大袈裟だなー。あれでも遅かった方なんだよ?」

 冗談はやめて欲しい。

「し、死にかけましたけど……」

「それは、ほら……ごめん……」

 クレアから向けられる抗議の視線を華麗にスルーし、ウィスティリアは見張りをしている兵士のところまで歩いて行った。

「二人、中に入れてもらえる?」

 兵士は声を掛けてきたエルフの、そのあまりの美しさに思わず息を飲む。

「おーい。もっしもーし」

 ウィスティリアが手を振ると、兵士は惚けいていた意識を取り戻す。

 兵士はあとから追いついてきたクレアの姿を確認すると、二人を門の中に案内した。

「こちらで検査をさせてもらいます。荷物はこちらに」

 女性の兵士の指示通りに持っていた荷物をテーブルの上に置く。簡単な身体検査と荷物のチェックが終わるとすぐに解放された。

「それでリアさん、ここには何をしに……」

「知り合いに会いに来たの」

「知り合い?」

「そう。子供の頃からの知り合い」

 ■■は疑問符を浮かべた。

 エルフに人間の知り合いなんているのだろうか。

 仮にいたとしても、その人はとっくに死んでしまっているだろう。エルフと人間の寿命はどう足掻いたって交わる事はないのに……。

 ───お墓参りかな?

 そんな■■の心配をよそに、ウィスティリアは迷うことなく路地裏へと入る。置いて行かれないように急いで後を追う。そして、茶色い立て看板のある、小さな店の前で彼女は足を止めた。

 店の名前は───スカーレット工房。

 ウィスティリアは大きく深呼吸をひとつ。そして意地悪く笑った。

「リアさん?」

「おっじゃましまあああああぁぁぁぁす!!!!!!!」

 勢いよく店のドアを開ける。

 おそらく店のオーナーであろう女性は、

「うるっせぇぇぇぇえええええ!!!!!!」

 叫び、入り口に立つエルフに向かって魔法をぶっ放した。

 ウィスティリアは軽く杖を振って、放たれた魔法を消し飛ばす。

 ■■は動かなかった。

 動けなかった。

 しばらくして、

「ネルってば久しぶりー! 元気にしてた? 私がいなくて寂しかったでしょー」

 手を振りながら入店するウィスティリア。

 対して店主は、額に青筋を浮かべ、笑顔の裏にある怒りを隠しきれていない。

「あ、あの……リアさん……今はやめておいたほうが……」

 ■■の制止を聞かぬまま、ウィスティリアは赤髪の女性に歩み寄る。

「紹介するね、この子は私が認めた聖女ちゃん! 名前はクレアっていうの。今は一緒に旅をしてるんだ。可愛いでしょ?」

「ど、どうも……」

 簡単な紹介。

 赤髪の女性は同情するようにクレアを見つめた。

「アタシはリヴァネル。リヴァネル・スカーレット」

「……───」

「……───」

 沈黙。

 ……沈黙。

 ウィスティリアが二人の間に割って入る。

「私はネルって呼んでるからクレアもそう呼ぶといいよ。ちなみに本名はリヴァネル・カトリーナ。でも今は家から追い出されて、カトリーナの姓を名乗ることを禁止されてるんだぁ。可哀想でしょ?」

「えーっと……」

 ■■は『カトリーナ』という名前を聞いて、前世の親友を思い出しそうになった。

 しかし、またしてもノイズに邪魔される。

 ……ザザザ、ザ……ザザ、ザァ───。

 ■■は痛みに耐え、なんとか苦笑いを浮かべた。

「可哀想かどうかは置いておいて、とりあえず謝ったほうがいいんじゃないでしょうか。リヴァネルさん……すっごく怒ってるみたいですよ」

 さっきから殺意の込められた視線が肌に痛い。

 このままではストレスで、しわしわのお婆ちゃんになってしまう。

「大丈夫。ネルちゃんはどうやっても私には勝てないから。ねー、ネルちゃん?」

「そんな、リアさん! 煽っちゃダメですって……」

「ネルちゃんの、ざーこ、ざーこ。よわよわー。悔しかったら私よりも強いって証拠見せて見なさいよ。バーカ、アーホ、ドジまぬけ」

「やめてください! やめてください! これ以上は本当にダメですから! リヴァネルさんの顔がスゴイことになってますから!!!」

 ■■は慌ててウィスティリアの口を塞ぐ。しかし、もう遅い。手遅れだ。

 さて、散々煽り散らかされたリヴァネルの返事はというと、

「ぶっ殺してやる」

 当然、静かな殺意だった。

 彼女の体から漏れ出す魔力に当てられ、■■は再び走馬灯に襲われる。

 今日で何度目になるか分からない走馬灯。

 ■■は実際に一度死んでいるので、そこまで死への恐怖ないように思われるかもしれないが、やっぱり生きているなら死にたくないと思うのが彼女である。

 なんとかしてこの場を生き延びる方法を考えなければならないが……今のリヴァネルは大人しく■■の話を聞いてくれるほど冷静じゃないだろう。

 多分。

 きっと。

 私はここで死ぬんだなぁ───と■■は半分諦めかけていた。

 だって、リアさん戦闘態勢だもん。

 店のひとつや、ふたつ、ぶっ壊したくてうずうずしてるもん。

 無理だよー。

 止められないよー。

 誰かー! 助けてくださーい!

「コラコラ、店で暴れるのは勘弁してくれ……修理するのは俺なんだぞ」

 男の声がして、■■は振り返る。

 他力本願の思いが届いたのか、そこには筋骨隆々の見知らぬ男が立っていた。手には果物の入った袋を抱えている。

 威圧感があって、少し怖い……。

「あっ!」

 と、ウィスティリアが声を上げて振り返る。

 そしてドアの前に立っている男に近づき、その肩を叩いた。

「ベルさんじゃん! 久しぶりだね!」

「あ、ああ……リアさんか。お久しぶり、です……」

 ウィスティリアに肩を叩かれ、怯えた表情を浮かべる大男。

「リアさん、知り合いなんですか?」

 ■■の質問に、ウィスティリアは笑顔で答える。

「もちろん。ここでネルと一緒に働いてる人だよ。名前はベルモンド・バンデラス。ちょっと前に、森で野垂れ死にそうになってるところを助けてあげたんだー。……ベルさん、怪我の具合はどう? 元気になった?」

「リアさん、あれからもう三年も経つんだ。大丈夫だよ。ありがとう」

 三年? とウィスティリアはベルモンドの言葉を繰り返す。

「三年ってまたまた、ご冗談を。私がベルさんを助けたのは一週間くらい前の話でしょ? そんなに時間が経ったとは思えないんですけど」

「リア、エルフと人間の時間感覚は一緒じゃないって前に教えてあげたでしょ」リヴァネルが言った。「ちなみに、貴方がアタシに手紙を送ったのは一年も前の話だから。そのことはちゃんと覚えてる?」

「当たり前じゃん。今日はその件で来たからね」

「そう。……ベルさん、ちょっと店を出るからあとの事は任せもいい?」

 ああ、とベルモンドは承諾する。

 三人は路地を歩き、通りに出ると、すぐ近くのカフェに入った。ウィスティリアは店内を見回し、出来るだけ周りに人のいない席を選んで座る。

「それでリアさん、話っていうのは……」

 恐る恐る、■■が尋ねる。

 ウィスティリアとリヴァネルは事前に手紙でやり取りをしていたようだが、■■はその内容を知らない。

 先ほどとは違う空気に、■■の胸は締め付けられる。

「クレアにはまだ話したことなかったよね、ウル・モアのこと」

「ウル・モア……」

 その名前を聞いた瞬間、■■の脳内では見たことも、聞いたこともない、ウル・モアの記憶が再生される。

 おそらくこれはクレアの記憶だろう。

 彼女はどこかでウル・モアに会った事があるのだ。

 ヘルエスタ王国でシスターとして働くずっと前に───。

「虹の龍……ですね……」

 コーヒーを飲んでいたウィスティリアは目を丸くする。

「知ってるんだ……なら話は早い。今、そのウル・モアの封印が解けようとしてる」

 ゾッ、とクレアの体からイヤな汗が吹き出した。

「理由は分からない。まあ、千年も前の封印だから緩んでても仕方ないんだけど……」

「ウル・モアを復活させようとしている奴がいる。手紙にはそう書いてあったわね。それが気になってるんでしょ?」

 リヴァネルの言葉に、ウィスティリアは静かに頷いた。

「調べてくれた?」

「まあ、世界が終わるかもしれないレベルの話だからね。……でも、アナタの望むような答えは用意できなかったわよ」

「そっか。……ありがとう、ネル」

 会話を区切り、ウィスティリアは顎に手を当てる。

 ■■にはウル・モアがどういう存在かは分からない。頭の中にあるウル・モアはただイメージとしてあるだけで、その脅威までは想像できていないのだ。仮にその本質を理解したとしても、■■にはどうする事も出来ないだろう。

「お二人なら、その……ウル・モアを倒せますか?」

「アタシは無理だと思う」リヴァネルが答えた。「もしも、リアから聞いたウル・モアの話が本当なら、絶対に倒せない」

「どうして……」

「リア、彼女に何も教えてないの?」

「ごめん、忘れてた……悪いんだけどネルが教えてあげて。私は話を聞きながら、頭の中を整理するから」

 リヴァネルはため息を吐き、クレアに向き直る。

「クレアはモアの王冠について聞いたことある?」

「いいえ」

 ■■は首を振った。

 だが、クレアの記憶には少なくとも『モアの王冠』という言葉は出てくる。同時に、モアの王冠が戦争の火種になったことも……。

「じゃあ、まずはそこから話さなきゃね……」

 モアの王冠───それを持っている者はどんな奇跡をも引き起こす事ができるという。

 それがいつの時代からあるのか、どうして創られたのかは分かっていない。歴史上はどこにでも存在し、そして必ず、時代の転換期にその権能を振るったとされている。

「……───」

「戦争は続いた。魔王がモアの王冠を勝ち取るまで」

「魔王……」

「先代の魔王、えま☆おうがすと。王冠戦争では彼女がモアの王冠を勝ち取ったんだよ」

 ウィスティリアが言った。

 続ける。

「そしてモアの王冠を勝ち取った魔王は奇跡を起こした」

「それってどんな……」

「異種族間での争いをやめさせたのよ。血で血を洗うのは無駄だと言ってね」

 リヴァネルの言葉に、■■は思わず息を飲む。

 もしも今の話が本当なら、ソレはあまりに次元が違いすぎる。違いすぎている。奇跡などという、薄っぺらい言葉で片付けていいものじゃない。まさに、この世の理不尽。誰にも抗うことを許さない絶対の権能だ。

「それじゃあ、世界は平和になったって事ですか。良かったです」

「一時的にはね」

 ■■が安心したのも束の間、リヴァネルから不穏な言葉が投げられる。

「平和な時間は一年にも満たなかった。……魔界に、ウル・モアが落ちてきたの」

「落ちてきた?」

「そう。ウル・モアは何の前触れもなく落ちてきた。魔界で当時最強といわれていた、でびでび・でびるっていう悪魔が率いる悪魔たちと、魔王が率いる魔王軍でウル・モアを足止めしてたらしいわ」

 ■■には足止めという言葉が妙に引っ掛かった。

「それだけの戦力があって倒せなかったんですか?」

 返ってきたのは短い沈黙。

 肯定だった。

 ウル・モアは魔界に住む、およそ九割の魔族たちを殺し尽くして、

「最後は人間側から送られてきた勇者と魔王が力を合わせてウル・モアを封印。こうして今のアタシたちが生きている時代が出来上がるのでした」

 ちゃんちゃん、とリヴァネルは話をそう結んだ。

 聞かされた■■はというと、雲の上を歩いている気分になった。

 ……ザザ、ザ───ザザ、ザ……ザァ───頭痛がする。何かがおかしい。クレアの辿ってきた記憶とはどこか大きく食い違っているような。しかし、その事を二人に伝えようとすれば、また喉が破れたみたいに言葉が出てこなかった。

「魔界には今でもウル・モアが封印されてる。……リア、どうするつもりなの?」

「分からない」

 リヴァネルの鋭い眼光に、ウィスティリアは表情を曇らせる。

「一度魔界に行って封印を見てきたけど、編み直せるようなモノじゃなかった」

「つまり、ウル・モアは必ず復活するってわけね」

 先ほどの仕返しとばかりに、煽るようにリヴァネルが言う。ウィスティリアは返事をせず、何かを考えているようだった。

 話を戻そう。

「それでここからが本題なんだけど……このウル・モアをどうして倒せないのか」

 ■■はリヴァネルに視線を向けた。

「ウル・モアはこの世界の生き物じゃない。だから、この世界の攻撃じゃ倒せないの」

「リヴァネルさん……」

「分かってる。でも、言わないで」

 正直、何を言っているのか分からない。

 この世界の生き物じゃないというのは一体どういう意味なのだろう。

「アタシもリアから聞いた話をそのまま伝えてるだけで詳しい事情は知らないの。これ以上の話を聞きたいなら、当事者の彼女に聞いてちょうだい」

「当事者?」

 ■■の疑問に、リヴァネルはウィスティリアを指差した。

 えっへん、と。

そこには腕を組んで、お手本のようなドヤ顔を浮かべている銀髪エルフの姿。

「そう我こそは! ウル・モアの時代を生きている、数少ない生き証人なのです!」




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