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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
73/75

ヘルエスタ王国物語(73)




 イディオスが仕掛ける───しかし、その道はエクスの大楯に阻まれた。

「さッッッすがに! オレたちの間を抜けるのは無謀だろ!」

 これといった陽動もなく、最短距離で目的地に辿り着こうとする、あまりにも真っ直ぐすぎる一手だった。エクスは右腕に装備した大楯に身体を入れて、相手の体当たりに押し込まれないよう踏ん張る。

 動きの止まったイディオスの首根っこをレヴィが掴んだ。

 そして弛緩と緊張を繰り返したレヴィの体は、無条件に、神を引っ張るだけの瞬発力を可能にする。

 レヴィが跳んだ。

 エクスも後を追う。

 だが動き出す瞬間、振り返り、エクスはニュイと対峙する三人を見る。

 この場で二つの戦いが起こるのは絶対に避けたかった。レヴィがイディオスを別の場所に運んだのも、自分と同じことを思ったからだろう。もしもリゼのいる場所で二つの戦いが同時に始まってしまえば、戦いの余波に巻き込まれて、リゼが命を落としてしまう危険性があった。

 だから無理をしてでも、どちらか一方はこの場所を離れなければいけない。

 エクスは突っ立っている石神の真横を通り抜ける。石神に顔に戦う意思はなかった。エクスは石神を置いて、レヴィとイディオスが落ちた場所に向かう。

 そこで、

「よく、分からないな……」

 裸足で石畳を踏むイディオスの呟きを聞いたエクスは無言になった。

 いつもの自分らしくないと感じる。全身の筋肉が強張り、軽口を叩く余裕もない。

 それは、久しぶりに味わう緊張感だった。

「エクス、大丈夫?」

 レヴィに心配され、エクスの口が勝手に喋る。

「オレってば、懐かしい感覚に怯えてるみたい……」

 いつも通りに振る舞おうとしたエクスだったが、自分の弱音を吐き出してしまう形で、レヴィとの会話が途切れてしまう。エクスは慌てて言葉を繋げようと思考を巡らせるも、口は素振りをするばかりで、適当なことも言ってくれなかった。

「分かるよ、その気持ち」

 沈黙のあと、レヴィから返ってきた言葉は意外にも肯定の言葉だった。

「……そっか」

 ぺたぺたと足音を鳴らしてこちらに歩いてくる少女に、エクスがフレン・E・ルスタリオの面影を重ねたのと同じように、レヴィもまた同じように感じていたのだ。それが分かっただけでも、エクスは自分の呼吸を整えることができた。

「あの女の子はどうしたの? あの神様の横に立ってた子」

 レヴィが質問する。

「置いてきた。戦う意思もなさそうだったし」

「……───」

 微妙な顔をするレヴィ。エクスにはその理由が分からなかった。

 イディオスの足が止まる。

 少女は何もないはずの空間に白い指を向けて、優しく撫でた。そうして何もない空間に一本の線が刻み込まれ、途端に裂ける。エクスに見えた向こう側の景色は、なにも見えない闇色の世界だった。

 裂けた空間の向こうにイディオスが腕を入れ、やがて、空間の向こうから戻ってきたイディオスの手には、一本の錆びた剣が握られていた。

 ゾッとする。

「なんだ、アレ……」

 呟くエクスの横で、レヴィもイディオスの持っている剣の異質さを感じ取ったのか、頭に生えた角を顔の前まで伸ばして、魔王の姿へと変貌する。

「やっぱり……石神が持たないと光を取り戻さないか……」

 錆びついた剣を見て、イディオスが言った。臨戦態勢に入る二人を無視して、イディオスはただ剣を見つめるばかりで、動こうとしない。

「その剣に……名前はあるのか……」

 昔は、エクスも英雄の物語に憧れてそういった絵本を読み漁った事がある。もしも聖剣の類であれば、剣の名前次第で能力が分かるかもしれない。

 しかし、そんなエクスの好奇心は裏切られる。

「名前だと?」

 エクスからの質問に、イディオスはハッとしたような表情を浮かべた。

「そうか。……そういえば、そうだったな」

 イディオスはエクスの疑問に納得し、錆びた剣を二人に見せつける。

「この剣は、魔剣だ。名を───ダインスレイヴ」

「魔剣……」

 口にしてみて、エクスは全身が鳥肌になったような気がした。

 もしかしたら今の自分なら自由に空を飛べるかもしれない、そう錯覚してしまうほどに、イディオスの持つ錆びた魔剣は禍々しかった。

「今となってはこの魔剣もかつての輝きを失い、力の大半を失ってはいるが……まあ、錆はお前たちの血で落とすことにしよう」

「剣の錆っていうのは、人の血で洗っても落ちないぞ」

 剣の手入れはしっかりしなきゃ、とエクスなりに相手を思いやっての発言だった。

「もしも手入れの仕方が分からないなら、オレが教えようか?」

 レヴィは頭を抱える。

 イディオスは無言になる。

 エクスは首を傾げた。

「なあ、レヴィ。オレってば、なんか変なこと言った?」

「僕に聞かないでよ……まあ、空気は読んだ方がいいんじゃないかな……」

「空気を読む? 空気に文字なんて書いてないだろ」

「うん。そうだね」

 母親のように温かい目で見つめてくるレヴィは、まるで何かを諦めたかのように、エクスの肩にそっと優しく手を置いた。

「どうしたんだよ、レヴィ」

「エクスのおかげで元気が出たよ、ありがとう」

「ん? そうか。なんかよく分かんないけど、良かったな!」

 レヴィが元気になるのは、エクスにとっても嬉しい報告だ。

 和やかな会話が終わる。

 瞬間、イディオスの顔が一気に険しさを増した。エクスとレヴィも相手が仕掛けてくるのを警戒し、全身に意識を集中させる。

 イディオスが言う。

「さて、二千年前の戦いをここに再現するとしようか」



     △△△



「あの神様を連れて行ってくれた二人には感謝しないとね。おかげでこっちはリゼ様に集中できるってもんですよ」

 背伸びをするニュイの周りで、六つのカボチャ頭がケタケタと笑った。

 不気味に口の割れたカボチャ頭をと目が合ったリゼは、アンジュの後ろに隠れる。それから不安に負けないよう、深呼吸を繰り返した。

 ニュイが自分に向けてくる目にも殺気は込められていた。しかし、イディオスの純粋な殺気とは違って、彼女の瞳にある光からは敵意を全く感じられない。

 どちらかといえば───そう、希望の光のようなものが輝いているような感じだった。

「ニュイさんは……」

 一度、言葉区切って、リゼは続ける。

「本当に私たちの敵なんですか?」

 どこまでも場違いな質問だった。

 それが自分を殺すと宣言している相手にする質問だとは到底思えない。

 だが、リゼは質問せずにはいられなかった。

 ニュイが見ている光の正体を、リゼは知りたかった。

「うーん、質問の意味が分かりませんね」

 物覚えの悪い生徒を見るような目で、ニュイは言った。

「答えはとっくに聞いているはずでよう? どうして今更そんな事を聞くんです?」

「ニュイさんが……光を見ているから……」

 あはは、とニュイは笑った。

「光! 光ですか! そりゃ見ますよ。だって、目の前に欲しい物があって、もうすぐ手に入るっていうんですから。目を輝かせない方がどうかしてる。あ、もしかしてアレですか? リゼ様ってば私を笑い殺そうとか考えてます?」

 良くも悪くも、それがニュイの本音だった。

 リゼが魔女の瞳に見た光は偽物だったのだ。その偽物の匂いを感じてリゼは安心しようとしていた。もしかしたら言葉で解決出来る問題なんじゃないかと、僅かばかりでも思ってしまった。

 しかし、相手はあくまでリゼのことを優勝トロフィーとしか思っていないのだ。

 恥ずかしい勘違いしていたのはリゼの方だった。

「いえ、確認をしたかっただけです。……水を差してしまって、ごめんなさい」

「自分の立場を弁えている子は先生、嫌いじゃないですよ」

 リゼは歯を食いしばる。素直に悔しかった。自分に出来る事は何もない。そう分からされたようなものだった。

「ウチのお姫様をあんまイジメないでもらえます?」

「お手でもしに来たのかな? ケルベロスちゃん」

 ニュイの立っていた場所に戍亥が爪を立てるのと、ほぼ同時だった。四つのカボチャ頭が戍亥を見て笑う。カボチャ頭はそれぞれ属性の違う魔法陣を展開し、ニュイを狙う戍亥に的を絞った。

 魔法が撃ち込まれる瞬間、ニュイはもう戍亥の前から消えていた。戍亥の意識はカボチャ頭へと移る。

 魔法が放たれる前に破壊しようと爪で引っ掻いた。

「───っ!?」

 戍亥にとってそれは初めての体験だった。

 爪が弾かれる。

 カボチャ頭の破壊が不可能だと判断した戍亥は、回避に徹しようと、囲まれた状態から抜けられる道を探す。

 だがその過程で、戍亥は消えたニュイを見つけた。

 意識を奪われる。

 一斉に、カボチャ頭は足の止まった戍亥目掛けて、魔法をぶっ放す。

「ありゃ? こうもあっさり片付いちゃうと、なんだか拍子抜けしちゃうなー」

「ごめん、まだ生きてるわ」

 ニュイへの返事はすぐ隣からだった。

 カボチャ頭のひとつが戍亥の爪から主人を守ろうと、その全身で攻撃を受ける。

「ちッ!」

 舌打ちを残して、戍亥はアンジュとリゼのいる所まで退いた。

「ンジュさん、あのカボチャ硬すぎんねんけど……なんでなん?」

 戍亥に尋ねられたアンジュの職業は錬金術師だ。その都合上、魔法に触れる機会はほとんどなかったアンジュである。しかし今は、もうひとりの───アンジュ・スカーレットから貰った知識を使ってニュイの魔法を分析する。

「多分だけど……硬くなる魔法を使ってるんじゃないかな」

「んなぁことは、分かってんねん。アタシが聞きたいのはね、ンジュさん。そのカボチャをどう対処するのかってことよ。分かる?」

「いや、そんなの初見じゃ分かる訳ないって……」アンジュは続ける。「だけど、同じ魔法を使うまでのクールタイムなら分かる……と思う」

「どれくらいなん?」

 アンジュは、戍亥が襲った後とニュイが転移した間の秒数を大まかに思い出して、

「五秒か、六秒。それが同じ魔法を使うために必要な時間かな……」

「……───」

 あまりにも短い時間だった。

「まずニュイに転移の魔法を使わせて、カボチャの猛攻を避けつつ、ニュイが転移した先を見つけ出し、仕留める。大体こんな感じ?」

「まあ、そんな感じ」

 口に出してみて、戍亥は不可能だと思った。

 アンジュは五秒、六秒と言っていたが、魔法のクールタイムが実際にはもっと短い可能性だってある。長ければそれに越したことはない。さらに加えて、これらすべての行動をニュイが転移した五秒以内に終わらせなければならないのだ。とてもじゃないが、戍亥ひとりで出来る範囲を、完全に超えている。

 今の作戦を実行するためには、アンジュの手ともうひとり───。

「ンジュさんって、まだ魔人ちゃん呼べる? リゼを助ける時に呼んでた、あの子」

「呼べるっていうか……創れるけど……」

 アンジュは後ろにいるリゼを見た。

「なあ、リゼ。街がちょっと壊れても怒らない?」

 人差し指を合わせて気まずそうに言うアンジュは、どうやら炎の魔人が街を破壊してしまうことを気にしていたらしい。

 しかし、それは今更だ。

 戦火はヘルエス王国中に広がりはじめている。ここで家のひとつ、街のひとつ消し飛ばしてしまっても、誰も気にしないだろう。

 リゼは少し考えたあと、静かに頷いた。

「一般の人を巻き込まないなら……」

「了解!」

 アンジュは魔法と錬金術の『星』を手の平に落とし、それを合わせた。

 二つの『星』が重なったことで、アンジュは新しい生命をこの世界に創造する。

 そうして、炎の魔人と岩のゴーレムは奇跡の円陣によって完成した。

「アンジュって意外と……」

 リゼはそこまで言って、口を閉じた。

 言葉の先が気になったアンジュはリゼに詰め寄り、なんとか聞き出そうと、リゼに向かってちょっかいを出しはじめた。

「やめなさい」

 戍亥はアンジュの首根っこを掴んで、リゼから引き剥がす。

「褒められると思ったんだもん!」

「あとで褒めてもらいなさい」

 しゅん、とするアンジュ。

 創られた魔人とゴーレムは、主人がうな垂れるのを見て焦っている様子だった。

 戍亥はそんな二体の全身を眺めて、言う。

「ゴーレムの方はリゼを守る。守れなかったら殺す。……そっちの魔人は、アタシと一緒にあそこに立っている魔女を倒す。分かった?」

 ゴーレムと魔人は激しく同意した。

「よし」

「え? なんで戍亥が命令してんの? お前らもなんで戍亥の言うこと聞いてるの? もしかしてアンちゃんって、いらない子?」

「勝手にネガティブにならない。ンジュさんは、アタシと魔人のサポートっていう重要な役割があるでしょうが」

「戍亥がいつにもまして厳しい……いや、いつも通りか」

 立ち上がったアンジュは、がっくりと肩を落とした。

 こんな扱いに慣れてしまった自分が、少しだけ怖い。だが、二人は褒めるときはきちんと褒めてれくれるので、この戦いが終わったら二人に膝枕でもしてもらおう、と涎を垂らすアンジュだった。

「ンジュさんは戦いが終わったら壊した民家を作り直してね」

「戍亥、夢を潰すようなこと言わないで……アンちゃん、過労死しちゃう」

「ごめんて」

 戍亥からの謝罪を受け入れて、アンジュと戍亥、そして炎の魔人は、空中で眠そうにあくびをするニュイ・ソシエールに近づいた。




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