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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
67/75

ヘルエスタ王国物語(67)




 シスター・クレアは土煙の上がる方に向かって走っていた。逃げる国民とぶつかりそうになりながらも、ただ一心不乱に、爆発音の鳴り響く場所へ。

 王の間に入って聞かされたもうひとりの自分の存在。もしも本当にアレがヘルエスタ王国に落ちてきたなら大変なことになる。今はまだ人々の悲鳴が聞こえるだけで済んでいるが、それは奇跡といっていい。もしもこれからクレアの想像通りに事が進むのなら、その悲鳴もいずれ消えて無くなる。

 なにせ、相手は───。

 クレアが爆心地に辿り着いたとき、すでに戦いは始まっていた。

 棺桶から飛び出した、見惚れるほど美しい純白の翼がクレアの視界を覆う。操るのは紛れもなく自分と瓜二つの、ナニかだった。

 対するのは、鬼神・竜胆尊。

 尊は高笑いとともに、襲い来る翼をその腕で軽々と弾き返す。

「───っ!」

 突風が巻き起こり、クレアはその場に屈み込む。そうやって耐えるしかない。

 修理の進んでいた建物たちは崩壊し、また瓦礫の山へと帰る。

 しかし、尊がいてくれたおかげでクレアが想像していたような大虐殺は免れた。その事については幸運だったと思う。事実として、尊が異変を感じて我先にとこの場所に来ていなかったら、今頃この場所は血の海になっていた。

「見つけた!」

 クレアが声のした方を見れば、あろうことか、そこにはリゼ・ヘルエスタがいた。

 今、一番いてほしくない相手。

 彼女が死ねばこれまで積み重ねてきた努力が水の泡になってしまう。

「リゼ様ここは危険です。今すぐお城に戻ってください!」

「……これって」

 リゼは二人のクレアを交互に見つめ、困惑した面持ちで立ち止まる。

「どういう……」

「───っ! リゼ様!」

 ふと、クレアは目の端で風に乗ったレンガを捉えた。

ギリギリだった。

 クレアはとっさにリゼに覆い被さり、飛んできた瓦礫からリゼを守る。

 瓦礫はクレアの頭に命中した。

「クレアさん、血が……」

「わたしのことは気にしないで。それよりもリゼ様の身の安全を───」

 守らなければならない。どんな手段を使ってでも───かと言って、まだ瓦礫の中に残された人たちを見殺しにすることも出来ない。

 クレアが結論を出せないでいると、そこにアンジュと戍亥が追いつてきた。

「あの大人っぽい鬼、もしかして尊様? なんか少し見ない間に大きくなったといいますか、膨らんだといいますか。すごく母性を感じますね、はい」

「こんな時にふざけたこと言ってないで、アンジュはクレアさんの怪我を治す!」

 アンジュは「はい」と返事をしてからクレアに近づき、怪我の具合を確かめる。

「クレアさん、じっとしてて下さい。すぐ終わりますんで」

「ありがとうございます、アンジュさん……」

 クレアはお礼を言いつつも、複雑な心境に駆られる。隣りに立っているリゼ・ヘルエスタと自分とでは、一体何が違うのか。いつもの自分らしくない。少し前の自分だったらこんな気持ちにはならなかった。

 何故、今になって───クレアは頭を振る。

 膨らんだ感情は消化しきれないが、今は目先の事を優先しなければならない。

「まだ……避難できてない人が……どこかに」

 まるで緩やかな自殺をするように、クレアの足はゆっくりと破壊の海に向かう。

 言葉で戦ってきたクレアだからこそ、自分自身が生み出している『死』に、クレアは耐えられなかった。

「ちょっと、何考えてるんですか!」

 リゼに腕を掴まれる。

「逃げ遅れた人がまだいるかもしれません。助けにいかないと。リゼ様も早く避難してください。死んじゃいます……」

「それはクレアさんも同じでしょ? 逃げるなら一緒に」

「わたしは大丈夫です」

「理由になってません! 人間は一度死んだら終わりなんですよ!?」

「……───」

 数秒ごとに、尊とクレアの戦いは苛烈さを増していく。破壊に次ぐ破壊。その渦中にあって、時折、尊から意味あり気な視線がこちらに投げられる。

 理解したのは、戍亥が先だった。

「ここにはアタシら以外、逃げ遅れた人はいないみたいやね」

「え?」クレアが言った。「戍亥さん、それはどういう事ですか」

「さあ? 戦いが終わったら尊様に直接聞いてみればええんちゃう?」

「それならここにいる意味もないね!」

 リゼに腕を思いっきり引っ張られ、クレアはあやうく転びそうになる。

 そして。

 それは。

 新しい虹が落ちてくるのと同時だった。

「まだ全員生きてるー?」

 軽い口調で虹の向こうから話しかけてくる声に、クレアの足は止まる。

「ニュイさん……」

 呟く。

 どうして、なんて疑問は出てこない。

 ニュイ・ソシエールが立っている場所を見れば、彼女が敵であることは明らかだった。



 クレアが自分の身体と再会を果たしていた頃、王の間では美兎の命令で留まったメンバーによる話し合いが始まろうとしていた。

「まあ、話し合いといってもほとんど裏切り者が誰なのか分かってるんですけどね」

 自信たっぷりにそう話す美兎は、悠然と問題の人物へと歩み寄る。

 先にネタばらしをしておくと、この場にいる全員はただひとりの人間を取り逃さないために集められたにすぎない。そしてその人物もまた、自分が怪しまれていることにとっくに気づいているだろう。

 だが、彼女は逃げも隠れもせず、王の間に来た。

「本当は暴動なんて起こらなかった。わたくしと先生だけが覚えてる。あの日、何があったのか。そうでしょう?」

「もちろん」

 ニュイは笑顔で答える。

「でもまずは、先生が裏切り者だっていう証拠を見せてもらいたんだけど……美兎さんに用意できるかな?」

 美兎は制服のポケットから一枚の紙を取り出し、ニュイに見せつける。

「ありゃ、これって」

「そうです。先生がこれまで進めてきた計画……その一部を書き写したものです」

「なるほどね。確かにこれは言い訳できないわ」

「最初から隠すつもりなかったでしょ」

 実際、美兎はニュイの掲げる勇者育成計画を、何の苦労もなく知ることができた。

 何故なら、計画の全容が書かれたノートはヘルエスタ魔法魔術学校の職員室のテーブルに、無造作に置かれていたのだから。

「美兎さんのおかげで計画は次の段階に進んだ。研究もいい具合に進んでるし。私がもうヘルエスタ王国に隠れる理由がどこにもないんだよね。でも、良かった。分かりやすいところに置いておいたけど、ちゃんと気づいてくれるか不安だったから」

 それで、とニュイ・ソシエールは質問する。

「美兎さんはどうして、私が怪しいと思ったの? そうやって睨むってことは、どこかで決定的な直感が働いたんでしょ」

 美兎は俯いて、

「……違和感があったからです」

「と、言いますと?」

「もう誰もあの日のことを覚えていない」

「美兎さんがヘルエスタ王国の敵になった日だね」

「はい。あの日、先生はわたくしを助けてくれました」

 ニュイから期待の眼差しを向けられる美兎だったが、あえて、美兎はこの先の話を焦らすことにした。

「え? もしかしてそれだけ?」

「それだけです」

 美兎は言う。

「あの日、わたくしはヘルエスタ王国の敵だった。そしてわたくしの味方になってくれた人には必ず、何かしらの理由がありました。敵であるわたくしを理由もなく助けてくれたのは、ニュイ先生、貴方しかいなかった」

「それが美兎さんの違和感の正体ってわけ? 都合のいい味方だとは思わなかったの?」

「思いたかったです……先生の授業は、楽しかったですから」

 美兎は心の中に残った最後の未練を口にする。

 だが、納得もしていた。

 黒魔女ニュイ・ソシエールはきっと、誰もが見惚れるような薔薇の道を用意されたとしても絶対にその道を選ばない。

 彼女はどこまでも自分に素直な人間であり、残酷な夢に取り憑かれた怪物なのだ。

「残念だけど、それが正解だよ」

「……分かってます」

 ニュイの言葉を受けて、あまりにも呆気ない幕引きに、美兎は不満を噛み殺した。もっと思う存分言い訳をして、最後まで足掻いてくれればいいのにと思う。そうれば美兎も、こうして矛盾した気持ちに苛まれる事もなかった。

 誰も彼もが忘れている『月ノ美兎』の物語。

 暴動という形に書き変えられた物語をこの場で覚えているのはニュイと美兎だけ。

「ローレンさん」

 美兎からの命を受けて、ローレンが一歩前に出る。

「ひとつ、俺からも質問させてもらう」

「どうぞ」

「……ニュイさん、アンタいつから裏切ってた?」

「そんなの最初っからだよ」

 ニュイは躊躇うことなく答える。

「私がウル・モアの使徒になったときから。私はこの世界を裏切っている」

 そうかい、とローレンは軽く笑って、鞘から剣を抜いた。

「どうせ簡単に捕まるつもりはないんだろ?」

「そりゃあね。これからやりたい事もたくさんある訳だし。でも、戦うつもりもないから安心していいよ」

「逃がしてもらえる、なんて思ってないよな?」

「それは美兎さん次第かな」

 ニュイの呼びかけに応じて、美兎の手が上がる。二人の会話が終わるまで、誰にも手出しは許さない。ローレンもそれを分かって、口を閉じた。

「美兎さん、先生のこと見逃してほしいんだけど……どうかな?」

「話を聞いてからです」

「もちろん、美兎さんの知りたい情報だから安心して」

 学校でも見たことないくらい楽しそうに話すニュイを、美兎は力強く睨み返す。そうして取引材料としてニュイが提出してきたモノは、美兎がもっとも知りたい情報───その切れ端だった。

「アルスちゃんが何処にいるか、知りたいでしょ?」

「なっ!?」

 美兎は驚きの声と共に、自分を支えてくれた友人の事を思い出す。

 餅のような顔をしたアルス・アルマル───彼女もまた暴動の犠牲者のひとりとして数えられている。しかし、現実は違う。美兎の知っているアルスは光の中に消えた。その後の消息は、何も分かっていない。

 死んでいるのか。

 生きているのか。

 そもそもヘルエスタ王国にいるのか。

 何も───だ。

 美兎がヘルエスタ王国の国王として戻ってきてからは、さり気なくレヴィ・エリファに彼女の行方を探させたりもしていた。が、その結果は芳しくない。美兎は無駄に時間を使うだけ使って、結局アルスの捜索は打ち切られた。

 だからこそ、ここにきてニュイから提示された内容は、出来立てのチョコレートのように甘い匂いがした。

「アルスは、生きているんですか……」

 よだれを垂らすような美兎の呟きに、にやり、と。

 ニュイは笑ってみせる。

「生きているかどうかは知らないけど。アルスちゃんを消した人が誰なのかを知ってる。でもこの話を聞きたいなら、まず先に、先生と約束する事があるよね?」

「……いいでしょう。わたくしは先生を見逃します」

「オッケー、それじゃあサクッと逃げる準備を済ませるから、ちょっと待っててね」

 そう言ったニュイが足元に描いているのは、美兎にも分かりやすいように設計された、転移の魔法陣だった。行先はヘルエスタ王国の国内に指定されているようだが、生徒に見破られるような安っぽい魔法陣を先生が描くわけがないので、おそらく向かう場所を特定されないためのフェイクだろう。

「それで、アルスの居場所を知ってる人っていうのは誰なんです?」

「私の同僚」

「……その人もヘルエスタ王国の敵なんですか?」

 美兎からの質問を受けて、ニュイは頭を悩ませる。

「ちょっと違うかな。彼にはもっと別の目的があるみたいだし。アルスちゃんを消したのも邪魔されたくなかったからだって言ってた」

「一体、誰なんです?」

「だから先生の同僚だって。ほら、魔法魔術学校にいる校長先生」

 息をすることも忘れて、美兎は考えに耽っていた。ニュイの口から同僚という言葉を聞いた時点で、美兎の頭の中では少なからず、魔法魔術学校で教鞭を取っている先生たちの顔が浮かんでいた。その中の誰かなら多少の時間は掛かっても、必ず見つけだせるだろうと踏んでいた。が、校長先生とあっては話が変わってくる。

「それって……星導ショウ先生ですか?」

「そうだよー」

 美兎の重苦しい呟きとは違って、ニュイの返事はあっさりしていた。その表情からも仲間を売った罪悪感は読み取れない。

 違う目的を持つ者同士───アルスを消した件については理外の一致があったのだろうが、その他では特に仲良くしている訳ではないのだろう。

「本当に星導先生がアルスを消したんですか?」

 ダメ押しの質問をする。「もちろん」とニュイは答えて、転移魔法陣を完成させた。

「……───」

 一方で美兎は、信憑性を度外視して、ニュイの話をどう飲み込むべきか考えていた。

 点と点が線で繋がらないまでも、星導ショウが敵という可能性は十分にありえる。魔法魔術学校の校長といっても、星導は滅多に校長室から外に出ない。この間の学園祭でぶつかったのも奇跡と呼べるくらいに、彼はどこで何をしているのか分からない存在だ。

 もし仮に。

 人違いだったとしても、ただの笑い話で済む。

 あとは自分で確かめるだけだ。

「それじゃあ皆さん、今度は敵としてお会いましょう。そん時は、夜露死苦!」

 ニュイが魔法陣を杖で叩くと、甲高い音とともに魔法陣から、目が眩むほどの光が放たれる。光が止む。もうどこにもニュイ・ソシエールの姿はなかった。




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