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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
66/75

ヘルエスタ王国物語(66)




 朝が来た。雨を含んだネズミ色の雲が、空を覆っている。その空はまるで、リゼの悲しみに暮れている心境をとピッタリだった。晴れていれば、太陽に向かって唾を吐いてやろうと思っていたが、どうやら世界は、リゼのご機嫌取りを優先したらしい。

 昨日、名取と話した崖の上に二つのお墓を立てた。お墓といっても、土を集めて小さな山の形にしただけの簡易的なものだ。

 最初は立派なお墓をアンジュに作ってもらえないかとお願いした。

 その方がきっと、名取も喜ぶだろうと思って。

 けれど、最終的にはリゼが名取の墓を作った。友達の墓は自分で作りたかったという気持ちもある。それが自分に出来る、唯一の事だったから。

 アンジュと戍亥も手伝ってくれた。

 二つある墓のうち、大きめに作ったのが名取のお墓だった。もうひとつ隣に作った墓は名前も知らない猫耳少女のお墓。名取の生徒だと思って、一緒に弔ってあげよう。

 森から摘んできて花を、墓の前に置く。

 三人は手を合わせ、静かに黙祷を捧げた。

「帰ろう」

 立ち上がったリゼが前を歩く。戍亥とアンジュはその背中を追いかけた。

 いくつもの夜を越えて、また朝を迎える。そうした日々を繰り返し、三人は久しぶりに、ヘルエスタ王国へと帰ってくることができた。

「私たちのいない間に、何があったの……」

 絶句する。

 北門をくぐってリゼが最初に見たのは、ボロボロになったヘルエスタ王国だった。道を歩けば倒壊していない建物を探す方が難しい。あちこちには、瓦礫が散乱しており、怪我をしている人もたくさんいた。

「あのー、すみません……」

 近くで瓦礫を片付けていた兵士に声を掛ける。

 兵士は振り返ると、一瞬リゼを見て戸惑ったような顔になったが、すぐに埃まみれの、くたびれた笑みを浮かべた。

「リゼ様……お戻りになられたんですね……」

「ヘルエスタ王国で何があったんですか?」

「暴動が起きたんです」

「暴動……どうしてそんな……」

「私も詳しい事はさっぱり。城に行けば話を聞けるかと」

 それでは、と兵士は礼をして瓦礫の山を片付ける作業に戻っていった。

 戍亥が言う。

「聞く限りやと、被害が大きかったのは北側だけみたいやね。他の娯楽街や貴族街に関してはそこまでの被害は出てないらしい」

「……───」

 リゼたちは途中、小野町亭に寄った。

 ここまでの道のりで、小野町亭がどうなっているのか不安だったが、旅に出た時とほとんど変わらない姿のまま、リゼたちを迎え入れてくる。

「暴動があったって聞いたんですけど……皆さんは大丈夫でしたか?」

 リゼの言葉を受けて、小野町亭の女将。小野町春香が頭を下げる。

「お気遣いありがとうございます。小野町亭も多少の被害はありましたけど、倒壊するほどのものじゃありません。壊れたのは外れにある、小さな倉庫ぐらいです」

「良かった。でも……」

 ほっ、とリゼは胸を撫でおろす。しかし、食堂を見渡せば傷だらけで、包帯をぐるぐる巻きにした人たちで溢れかえっていた。

「今は状況が状況ですから。私たちに出来る事をしているといった感じです」

「出来る事を……」

「リゼ様たちの部屋はまだ空けてあります。ですが……」

 もごもごと口を動かす小野町に、リゼは首を傾げて、相手の言葉を待った。

 小野町が言う。

「申し訳ありません」と頭を下げて。「今はリゼ様が以前使われていたお部屋しか用意できなくて。アンジュさんと戍亥さんが使っていた部屋はケガ人のために……」

 リゼは「ああ」と小さく呟いた。

 そこまで聞けば想像できる。

「私たちは一部屋あれば十分ですよ。ありがとうございます」

「申し訳ありません」

「……───」

 二階に上がり、今日までの旅の荷物を部屋の隅っこに並べる。

 三人が部屋で着替えていると、おそらく旅の労いだろう、果物をのった皿を持って小野町春香が部屋に入って来た。

 テーブルの上に置いて、

「失礼します」

 小野町は部屋から出て行く。

「ありがたく頂こうよ」アンジュが言った。「あたしらの為に用意してくれたんやし」

「……うん」

 着替えをすませると、三人は小野町亭を出て、王城を目指す。

「ほんまに酷い状況やね……」

 戍亥が呟く。

 道中、壊滅的な被害を受けた建物は数えきれないほどあった。

 瓦礫になってしまった自分の家を片付ける人々の影もまた、リゼと同じように悲しみを積もらせ、背中を曲げている。

「……───」

 王城まで辿り着いたリゼは、王の間へと向かう。

 扉を開けた先で、

「おかえり、リゼ」

 名前を呼ばれたリゼは玉座にいる、月ノ美兎を見つめた。

「どうして美兎さんがここにいるの?」

「決まってるでしょ。わたくしがヘルエスタ王国を乗っ取ったんですよ!」

 帰ってきた答えに、リゼは思わず固まってしまう。

「じゃあ美兎さんは、私の敵なの?」

 沈黙が落ちる。

 美兎の方は冗談で言ったつもりだったのが、その冗談が相手には伝わっていない。王族の従姉妹はマジのマジで美兎を敵だと思っている。

「冗談に決まってるでしょ。リゼがどっかに行っちゃったから、かわりにわたくしが王様をやらされてるってだけ」

「そう……だったんだ。ごめんね、美兎さん。迷惑かけて」

 確かに、四代目女王として美兎は適任といえた。彼女はリゼと従姉妹同士。多少なりとも血のつながりがある。そのことを踏まえれば、彼女がリゼの代役として王様になることは当然のように思えた。

 しかし、リゼダヨーと鳴く二頭身野郎はどこにもいない。

 気掛かりな事はそれだけじゃなかった。エクス、レヴィ、ローレンをはじめとするヘルエスタ王国を守る人たちがこの場に集まっている。彼らは全員ヘルエスタ王国で重要な役職に就いている人たちだ。ただの偶然でここに集まった、という訳ではないのだろう。

 だが彼らの中に、シスター・クレアの姿はいなかった。

「暴動が起こったって聞いたけど……」

 リゼからの質問を受けて、王の間に漂う空気が、真冬の湖のように凍りつく。

「ああ、その話ね」

 いつもと同じ口調で美兎は言った。

「……わたくしが大変な目に合った話、する?」

「美兎さんが?」

「そうだよ。わたくしってば王様に就任したその日に誘拐されて、口では言えないような酷い事をたくさんされたんだから」

 それから美兎の口から聞かされた内容は、リゼの想像を遥かに超えるものだった。誘拐された美兎を助け出したのは、壱百満天原サロメ、ジョー・力一の二名。彼らは月ノ美兎を牢屋から救い出し、その後命を落とした。

 リゼもジョー・力一というピエロの事は覚えている。一緒に舞元の救出に行った人だ。いつかお礼をしようと思っていたが、もうその機会は訪れないらしい。

「サロメさんとジョーさんが死んだ……」

 リゼの後ろから、アンジュが呟く。

「アンジュさんは二人と知り合いだったの?」

 美兎からの質問に、アンジュは目を細めて「はい」と頷いた。

「二人には、自分が辛い時期に助けてもらいました。感謝しています」

「わたくしもです」

 静寂が落ちる。

「ほんで? この場にいる皆さんはどういう理由でここにおんの? まさか、ヘルエスタ王国が大変な状況やってのに、自分たちは油売ってる訳じゃないやろな?」

 前に出た戍亥に凄まれ、全員がお互いの顔を見合わせる。その中で月ノ美兎だけは、ケルベロスの眼光に怯むことなく面と向かって答えた。

「戍亥さん、実はまだ暴動を煽った人物が誰なのか、わたくしたちは分かっていません。今日はその誰かを特定するために、皆さんに集まってもらいました。まだ全員が集まったわけじゃありませんけど……」

 美兎の声を聞いて戍亥は、ハッ、とした表情を浮かべる。

「……なるほどね。ウチらはお邪魔虫ってことか」

 ひとりで納得する戍亥。

 次にリゼが質問する。

「美兎さん、クレアさんはどこにいるの? 聞きたい事があるんだけど」

「クレアならもうすぐここに来ると思うよ」

 答えたのは美兎ではなく、神父服を着た緑仙だった。

 彼の言った通り、それから十分ほど経って、クレアが王の間に入ってくる。

「遅れてお申し訳ありません。今日はいつもより……ってリゼ様!? いつお戻りになられたんですか?」

 肩で息をしているクレアは、この場に居合わせたリゼに目を丸くする。

「そういうの、いいから」

 リゼは冷たく返して、

「クレアさん、率直に聞きます。どうして名取の国を襲ったんですか?」

「名取さん? すみません、わたしには重当たらないのですが……」

「とぼけないで! 貴方は私たちと名取の国で会ったじゃないですか。それを無かったことには出来ませんよ!」

 リゼの声が王の間に響く。

 誰も、何も、女王の邪魔はしない。

 怒りを向けられたクレアは、身を震わせて、質問する。

「リゼ様……今、わたしに会ったって言いましたか?」

「そうです。私たちは名取の国で戦った。そうでしょう?」

「リゼ、それはあり得ないよ」

 美兎が口を挟んだ。

「だって彼女は、ずっとこの国にいた」

「証拠は?」

「この場にいる全員が証言できる」

「……なら、私たちが見たクレアさんは何だったの。まさか別人とは言わないよね?」

「……───」

 リゼと美兎が睨み合う。

 クレアが一歩、リゼの方に近づいた。

「わたしに会った。……それは本当ですか?」

「はい」

「嘘じゃ……ないんですよね」

「だからそう言って───っ!」

 リゼは、言葉に詰まる。感情が壊れてしまった人間を初めて見たからだ。

 絶望。

 まさに、その言葉を形にしたような表情だった。

 クレアに肩を掴まれたリゼは、その顔をまじまじと見せつけられる。

「いつ!? どこで!? リゼ様はわたしを見たんですか!?」

「それは───」

 リゼが言いかけたところで、街に───虹が落ちた。

 誰よりも早く、

「行かなきゃ」

 そう呟いて、シスター・クレアは王の間を飛び出す。

「ちょっと! まだ話は終わってない!」

 リゼもクレアを追いかけて、王の間を出ていった。

「ウチらも行くよ、ンジュさん」

「え? 分かった」

 戍亥に言われるがまま、アンジュもその場を後にする。

「次から次へと、全く……」

 美兎はため息を吐く。

「どうする? 僕たちも行った方がいいかな?」

「いいえ、緑仙さん。わたくし達はこのまま会議を続けます。向こうには戍亥さんが付いてますし。万が一の事があっても大丈夫でしょう」

 それに、と美兎は───三人がいなくなった事で、ようやく、危険な話し合いを進めることができる。

「こっちはこっちで始めるましょう。裏切り者が誰なのか、特定するためにね」




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