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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
63/75

ヘルエスタ王国物語(63)




「久しぶりのしゃばの空気うんめェーーー!!!」

 全身で太陽の光を浴びながら、元気よく叫んでいるのは、新しくリゼ・ヘルエスタ御一行に加わった名取さなという小さな少女だった。

 自由奔放に振る舞う彼女の背中を追って、リゼは呆れたように溜息をつく。気持ちは分からないでもない。名取は地獄に不法侵入したせいで、今日までずっと地獄の釜に閉じ込めれていた。

 リゼと戍亥とアンジュが地獄の観光をしていた四日間、名取は何の刺激もない真っ暗闇の中で四日間、体育座りをして過ごしたらしい。もしも自分が同じ状況だったらこうして外に出られただけでも、有り難いと思う。

「名取、そんなに急いだら危ないよー」

「このぐらい平気だって」

 リゼの心配をよそに、名取は元気いっぱいに走り回る。

 途中で、岩に登ったり、木に登ったり。そうやってしばらく遊び歩いていると、四人はいつの間にか森を抜けていた。

 近くにあった川で休憩を取る。今日はここでキャンプする事に決まった。

「リゼも早くこっちにおいでよ。冷たくて気持ちいいよー」

「私……水はあんまり得意じゃなくって……」

「深いところまで行かなきゃ大丈夫だってば。ほら、早く」

 迷うことなく靴を脱ぎ、裸足で川の中に入っていく名取とは対照的に、水に対しては昔読んだ本から恐怖を植え付けられているリゼ・ヘルエスタ。足首までならともかく、膝まで水に浸かってしまうと、堪えきれない恐怖に襲われる。

 もしかしたら足を掴まれて水の底に引きずり込まれるんじゃないか、とリゼは余計な想像を働かせてしまう。

 一方で、アンジュと戍亥は近くの岩場に座って、

「釣れないねー」

「釣れへんなー」

 などと呑気な会話をしつつ、川に向かって糸を垂らしていた。時折、リゼの身を案じて戍亥の耳がピクピクと働く。

「そーれ!」

 名取に水をかけられ、リゼはお返しにといわんばかりに、

「よくもやったなぁ!」

 水を蹴って、名取に浴びせる。

 鳥の声といっしょに、少女たちの楽しそうな笑い声が森中に響いた。

 戍亥は小さく笑い、竿を引く。

「あ、釣れた」

「……おめでとう」

「なんで不服そうなん?」

 アンジュに問いかける。

 すると、アンジュは黙って自分が釣り上げたものを戍亥に見せた。

「わぁー、立派な木の枝ですこと」

「次はちゃんと釣れるもん!」

「アハー」と戍亥が笑う。

 それからも喧騒とは無縁の穏やかな時間が続いた。最初は気にしていた名取さなについても、戍亥は警戒を解いていた。

 名取とリゼはとても相性がいい。彼女の方もリゼのことを気に入っていて、心の声を聞いても、そこに悪意は混ざっていない。ただ二匹の猫がじゃれ合っている。

 日が傾きはじめた頃、四人はそれぞれ準備を始めた。

 テントを張る係と夕飯を作る係。

「今日はわたしがぁ! 釣った、魚を食べます」

 自分が釣ったことを誇張する戍亥。

 最後の最後まで一匹も釣れなかった赤い髪の少女。不憫である。

かわりに。

 アンジュは六匹の魚の下処理を任された。錬金術師である以上、素材の扱いは熟知している。しかし、一匹も釣れなかったのがメンタルに効いたのか、やけに落ち込んだ表情で魚の内臓を指で掻き出していた。

 そんなアンジュを見ていたリゼは、

「アンジュ、こっちもお願い」

 慰めるわけでもなく、焚火の火を起こすよう命令した。

「はいよ……」

 やや憂鬱気味に返事をして、アンジュは今捌いたばかりの魚の内臓を、錬金術を使って炎へと転化させる。この四日間でリゼを助けるために使用した『星』の錬金術の負債は払い終わった。今の彼女は以前と同じように錬金術が使える。

 手の平で再構成した炎を、積み上げられた薪に向かって投げる。炎はゆっくりと燃えはじめ、ぱちぱち、と拍手の音を立てた。

 癒してくれるのはお前だけだよ。そう思っていた矢先───。

「なに今の!?」

「え?」

 その一部始終を見ていた名取から驚きの声が上がる。アンジュは振り返った。

「今のってもしかして錬金術!? 名取、初めて見たよ! すごいね!」

「そ、そう?」

 えへ、えへ、とアンジュは自分でも信じられないほど口角が吊り上がる。

 普段。心配はしてくれるけどあまり褒めてくれない王女様と、頑張ってもしょっぱい反応しかしてくれないケルベロスの二択だったせいもあって、素直に錬金術を褒められることはなかった。

 魔法と錬金術が日常に溢れかえっている今の時代では『ある』ことが当然のように思われている。しかし、それを日常生活で使えるようにするには途方もなく長い時間が掛かる。アンジュのように十代で錬金術を修め、日常生活で使えるように至る者は、それこそ百年にひとり、千年にひとりの天才だけだろう。

 これまでの努力が報われたような気がして、憂鬱な気分など吹き飛んでしまう。

 そこに、

「アンジュのことあんまり褒めちゃダメだよ。すぐ調子に乗るんだから」

 リゼが言った。どうやらテントを張り終わったらしい。リゼがやって来た方を見れば、確かに、地味な色をした大きなテントが建設されている。

「リゼよ、もうちょっと友達を立ててくれてもええんやで?」

「でも厳しくしないとアンジュってばダメな方向に進むじゃん」

「そんな事ないもん! あたしは褒められて伸びるタイプなの! ねぇ、名取!?」

「名取に振るの!?」

 ボールを渡されるとは思っておらず、名取は戸惑ってしまう。

「と、とりあえず……リゼもアンジュさんを褒めてあげたらいいんじゃないかな。実際、錬金術が使えるってスゴイことなんだし……」

「そうだ、そうだ!」

 アンジュはここぞとばかりに便乗する。

 リゼは渋るように「でもぉ……」と言葉を濁した。

 アンジュの錬金術に助けられたことは何度もある。そのつど感謝の言葉を伝えた。多分、きっと───伝えてるよね?

「魚ぁ……まだぁ……?」

 三人の間をぬって、戍亥のしょもくれた顔がまな板の上の魚を見つめる。

 和服を着た彼女もまた、自分の役割を終えたらしい。

「ごめんな、戍亥……すぐ持っていくから……もうちょっと我慢してな……」

「ん」

 簡単な返事をした戍亥は、焚火に向かって歩いていく。リゼと名取もついて行き、焚火の前に座る。ひとり残されたアンジュは黙々と魚の下処理に戻った。



 豪華な夕飯。

 そう表現するにはあまりにも特殊な、地獄飯だった。

「これは四日間何も食べていなかった人間が食べても良いモノなんでしょうか?」

 不安、というよりは毒とか入っていませんよね、という意味を込めた名取の発言。他三人に関しては特に気にすることはなく、目の前に置かれた禍々しい鍋から具材を取り合っている。そして美味しそうに食べている。

 今のところ名取が食べれたのは、塩焼きの川魚だけ。地獄で取れた新鮮な野菜たちで作られた料理には手をつけられていない。

 正直、食べ物と呼ぶにはあまりにも───なんというか、凄まじかった。

 名取の皿に盛り付けられた料理は今もよく分からない呪いの言葉を吐いているし、ニオイも……食べ物と呼んでいいものじゃない。

 しかし、食えば都とはよく言ったもので、勇気を出して口に入れてしまえば、表現しようのない食感と、禍々しい見た目とは裏腹に、想像を絶する美味しさが隠れていた。

 四人はあっという間にご飯を平らげる。

「ふぅ、ご馳走さま。美味しかったー」

 最初は躊躇っていた地獄飯も案外悪くなかった。

 これを本場の地獄で食べられなかったのはちょっと悔しいが、こうして新しい刺激に巡り会えただけでも良しとしよう。

「名取、ちょっと気になったんだけどさ」

 リゼに名前を呼ばれ、満腹で寝転がっていた名取は「なーにー?」と幸せそうな声で返事をする。

「いやね。さっき錬金術を初めて見たって言ってたじゃん。あれってどういう意味?」

「どういう意味って、そのまんまだけど……」名取は続けた。「名取の国には錬金術を使える子はいないの。だからアンジュさんが錬金術を使ってるのを見て感動しちゃった。錬金術っておとぎ話の世界ばっかりだと思ってたから」

「錬金術を使える子はいなくても、大人なら───」

「名取の国に大人はいないよ。しいて言えば、名取が大人の立場になるかな?」

「そうなの?」

 リゼは上から下まで舐めるように名取を観察した。自分の想像する大人の姿とはあまりにもかけ離れたその身体を。

「今、見た目は子供なのに? とか思ったでしょ」

「はい……思いました……」

「おい、素直すぎだろ。もうちょっと隠せよ」

 名取に睨まれ、リゼは慌てて目を逸らす。

「こう見えても子供たちからは先生って呼ばれて、慕われてるだからね!」

 人を見た目で判断してはいけない、と常日頃から自分に言い聞かせているリゼだが、名取に対しては適応されない。こうして面と向かって話していても、名取は大人というより、元気のいい子供と紹介されたほうがしっくりくる。

「でも名取が先生ってちょっと想像つかないなぁ……子供たちとか大丈夫? ものすごい勢いで反抗期に突入したりしてない?」

「リゼは名取のことをなんだと思ってるの……。その辺はちゃんとケアしてるから大丈夫だよ……」

「例えば、どんな?」

「その子の相談相手になってあげたり、名取が解決できる問題なら解決してあげたり。まあ、色々かな」

「……意外としっかりしてる」

「ケンカ売ってんのか?」

 売ってない、売ってない、とリゼは手を振って謝罪した。

「ただ、こうして話してると最初のイメージと随分違うなぁ、と思って」

「そりゃ名取は小さいから子供だって間違われることの方が多いけど……責任のある立場に就いてる以上はちゃんとしなきゃと思ってるよ」

 その言葉はヘルエスタ王国から飛び出して、三人でのんびりぶらり旅をしているリゼにとっては致命傷だった。心を抉られる。

 そこでふと、

「あれ? それならどうして地獄にいたの?」

「ぐっ……」

 名取が言葉に詰まった。

 リゼは問い詰めるような事はせず、ただ話が再開されるまで首を傾げている。

「……つ、疲れたから」

「え?」

 返ってきた答えにリゼは最初、聞き間違いかと疑った。けれど、そうじゃないらしい。名取は曖昧に笑ったあと頬を掻く。

「な、名取って実は先生だけじゃなく、王様の仕事もやってるの」

「王様の仕事?」

 はて? とリゼは疑問符を浮かべる。

 リゼも少し前までは王様として椅子に座っていた。といっても人形のようにポツンと、玉座に飾られていただけだけど。それを王様として数えていいのかは分からないが、少なくとも王様の仕事というのは全部周りの人たちがやってくれていた。

 だから名取の言う、王様の仕事というものがリゼには理解できない。そもそも王様に仕事なんてあるのか? と思ってしまう。

「ホント……爆発しちゃうくらい忙しいんだよ。それがイヤになって、勢い余って国を飛び出してきちゃったってわけ。そのついでに地獄の観光に……あはは」

 自嘲気味に笑う名取は、ほんの少しだけカッコ良く見えた。

「まあ、こんなこと言っても王様じゃないリゼには分かんないか」

「は?」

その言葉を聞いたリゼの顔には、まるで威嚇する虎のようなしわが、眉間に集まる。

「それはちょっと聞き捨てならないよ、名取ちゃん。私ってば由緒正しい血統書付きの王族なんですけどー」

「なら、リゼは王様やった事あんのかよ。ああん?」

 お互いに顔を突き合わせ、睨みをきかせる二人。それを横目で見ていた戍亥は唐突な猫のじゃれ合いに「アハー」と楽しそうに声を上げた。

「ありますぅー。ヘルエスタ王国の三代目女王は、なにを隠そう、この私なんで」

 リゼが言う。

 名取が言い返す。

「別に血筋とか王様に関係ないと思いまーす。国民に認められた人がその国の王様になった方がいいに決まってるでしょ。そんな血筋だけで、王様になっても、国民に認められてなかったら、意味ないんだから」

「そこまで言わなくてもいいじゃん!」

「リゼの方から先に言い出したんでしょ!」

「名取のくせに……生意気だぞ!」

「あれあれ、リゼ様はそんなガキ大将みたいなセリフしか言えないんですか? お可愛いでちゅねー」

「なんだ、やんのか!?」

「はっ、掛かってこいよ! 今日こそ決着つけてやる!」

 こうして始まった二人のケンカのようでいて、全くケンカではない。

 心の声が聞こえる戍亥からしてみれば、それは圧倒的な茶番だった。最後はアンジュか戍亥のどちらかに、自分たちの止めてもらおうと考えている。そんな二人の気持ちは読めている戍亥だからこそ、あえて、高みの見物を決め込むことにした。

 落ち所もなく、いずれ助けを求めるような視線を向けられても絶対に助けない覚悟。

 すっごく心が痛むけど。

 可愛い女の子が傷つけ合うなんて見たくないけど。

 けどよ!

 そっち方が面白そうなんだもん、と戍亥は温かい目で二人を見守る。

「またやってんの?」

 テントから出てきたアンジュが言った。その手にはバケツと釣り竿が握られている。

「ンジュさんは昼のリベンジしに行くん?」

「もちのろんよ。一匹も釣れないままじゃ終われねぇから!」

「ほな、たくさん釣ってきてや」

「任しとき!」

 川に向かって歩いていくアンジュの背中に、

「夜釣りは危ないから気をつけてなー」

 そう言葉を投げた。

 心配の言葉を貰えるとは思っていなかったアンジュは「戍亥!」と戍亥の優しさに涙が出そうになる。

 手を振り、うっきうきで川に釣りをしに行くアンジュ。

 そしてじゃれ合っている二匹の猫はというと、

「……!?」

「───!」

 ほっぺたを引っ張り合い、ふへふへ、と何かを言い合っている。

 時折。

 救いの手を欲しそうにこちらを見てくるが、戍亥は最初から答えるつもりはない。

「あ、ウチの事は気にせんでええよ。続けなさい」

 ───え、止めないの? ホントに?

 名取の声。

 ───とこちゃん、そろそろ頃合いだよ?

 と、リゼ。

 二人の心の声を無視して、戍亥はずっと笑顔だった。

 雲ひとつない空に輝く満点の星には目もくれず、ただ友達と一緒にいられる時間を噛みしめる。ただそれだけで幸せだった。

 戍亥に残された寿命はケルベロスという種族を差し引いても、あまりに短い。

 あと三十年。

 下手したらもっと───。

 そんな残りの人生。

 こんな風に穏やかなに過ごせたらと、今は胸に刻むばかりである。




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