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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
59/75

ヘルエスタ王国物語(59)




 偶然でも、奇跡でも、美兎は生き残った。

 だからといって、それで終わりです、とはならない。

 城門まで辿り着いた美兎は震える膝に手をつき、なんとかその場に立っている。そして次の対戦相手を睨んだ。

「まさか……ここまで来るなんてな……」

 呟いたのは、城門の前で仁王立ちしているベルモンド・バンデラス。彼は赤茶色のメイド服を着た少女を意外そうに見つめる。

「ひとつ、聞いてもいいか?」

「……ハァ、ハァ。どう、ぞ……」

 息も絶え絶えに、美兎は言葉を返す。さっきまでと違って、近くに頼れそうな相手はいない。このまま戦いに発展するような事があれば、美兎に勝ち目はないだろう。美兎はベルモンドの言葉を待った。

「キミの事を調べさせてもらった」

「それで? 結果は……」

「ジョーさんが言ってた通り、キミには何の罪もなかったよ」

「そりゃ……そうでしょう。わたくしは、何もしてないんだから……」

「だから質問する」ベルモンドは言った。「ヘルエスタ王国を……恨んでいるか?」

 美兎は驚きに固まった。

 確かに、これまで理不尽な扱いを受けてきた彼女だが、恨んでいるか、と聞かれれば一概にそうとも言い切れない。

 美兎がヘルエスタ王国を滅ぼす、と勝手に言い始めたシスター・クレアには多少なりとも怒りは抱えているが、それは話せば解決出来るものだと信じている。

 美兎は改めて、自分の中を深掘りしてみたが、恨み辛み、といった感情はどこにも存在しなかった。

「思ってないよ、そんな事……思ってない」

「それじゃあどうして、ヘルエスタ王国を滅ぼそうとするんだ?」

「どうしてって聞かれても……そっちが勝手に言い始めたことだし。理由ならわたくしより、貴方たちの方が詳しいんじゃない?」

「それは……」

 言い淀むベルモンドを見て、美兎は思う。

「まさか、何も聞かさてないの?」

「……───」

 しばらく経ってもベルモンドは答えなかった。シスター・クレアの予言を陳列する訳でもなく、言い訳を並べ立てるわけでもない。ベルモンドは立ったまま、胸のもやもやを晴らせないような顔をしている。

 ようやく、ベルモンドは口を開いた。

「クレアさんが変わったのは、新しい国王様が就任してからだ」

「新しい国王……」

 美兎はジャガイモ頭の『月ノ美兎』を思い浮かべる。

 ベルモンドは続けた。

「そうだ。彼女が来てからというもの、クレアさんは日に日にオカシクなっていった。最近のクレアさんは俺たちの意見にも耳を貸さない。自分の言うことが全て正しいんだと信じて疑わないんだ」

「……なるほどね」

 心の内を吐露したベルモンドは、少しだけスッキリとした表情に変わっていた。最初は堅物そうに見えた大男だったが、意外と繊細なところもあるらしい。

 一方で、美兎の心はざわついた。クレアと王城で話した時のことを思い出す。確かに彼女は周りの意見など聞かずに、美兎を王様にしようと躍起になっていた。

 それは美兎が普段から聞かされていたクレアの印象とはまるで違う。

 物腰の柔らかい少女というよりも、もっと横暴で───どちらかといえば王様のお手本のようなを態度をとっていた。

「それってさ、敵であるわたくしに教えてもいい内容だったの?」

「構わないだろう。キミも遠目で見れば関係者だからな」

「口封じをすればいいとか思ってる?」

 ベルモンドは首を振って否定する。

「俺はキミを見逃すつもりでいる。このまま引き返して、ヘルエスタ王国の外に逃げてくれるなら、俺たちはキミを殺さない」

「それってつまり、尻尾撒いて逃げろってこと?」

 美兎の内側に怒りが湧いた。

 拳を握りしめる。

「今日まで受けてきた理不尽を全部許して、全部忘れて、逃げろって。……残念だけど、お断りです! わたくしはそれを許せるほど物分かりのいい女の子じゃないのでね!」

 美兎の返事に、ベルモンドは怪訝そうな顔になる。

「……本当に逃げないのか?」

「わたくしは逃げない。誰に何を言われても。自分で立ち向かうって決めから」

「そうか……」

 威嚇するように、ベルモンドは両腕に装備したガントレッドを打ち合わせた。

 その鈍い音を聞くだけで美兎の体は緊張する。戦うつもりはない。まともに正面からぶつかっても、勝てる見込みなど絶対にないから。

 狙うのは後ろの城門。

 ベルモンドに追いつかれず、侵入できればそれでいい。

 相手もそれを分かっているのか、迂闊に動いて、道を譲ったりはしてくれなかった。

 睨み合う時間が続く。

 そして、唐突に───意識の外から、薄紫色の炎が二人の間に落ちてきた。



 初め、美兎は負けたと思った。

 ここに来るまでに出会ったドーラが、先生を倒して、自分を追ってきたのだと、そう思った。しかし、薄紫色の炎から出てきた人物は美兎も、ベルモンドも知らない美しさを纏って、満面の笑みでこう言った。

「久しぶりじゃのう。美兎よ、元気にしておったか?」

 相手の口調を聞いて、美兎は昔に会った竜胆尊のことを思い出しかける。頭に生えた二本の角も彼女との共通点だった。

 しかし、だ。

 美兎の記憶にある尊はもっと小さい。目の前にいる妖艶な女性とは似ても似つかないだろう。確かに彼女から尊の面影は感じるものの、それでも、断言するには少し難しいような気がした。

「み、尊様で……合ってますか?」

 窺うように尋ねる。

 相手の女性は「うむ!」と元気よく頷いて、美兎に近づいた。

「どうじゃ、鬼神となった妾の姿は? めちゃくちゃカッコよかろう!」

 大きな胸を張って、かっ、かっ、かっ、と笑う声は紛れもなく尊そのもの。

 美兎は返す間もなく抱擁され、全身を持ち上げられる。その瞬間───メキメキメキィ、と全身の骨を砕かれるような激痛に襲われた。

「ぎぃやあああああ!!! ちょっ、折れる折れる折れる! 折れるうぅぅ!!!」

「おっと、妾としたことが……力加減を間違えてしまったようじゃ。すまぬ」

「ハァ、ハァ……し、死ぬかと思った……」

 再会の挨拶から解放された美兎は思いもよらないダメージに、酔っぱらいのような、ゆらゆら、とした千鳥足になる。

 倒れそうになったところを、足に力を入れて、なんとか持ち堪えた。

「それで」尊はベルモンドを睨む。「何故、美兎に殺気を向ける。まさかとは思うが、美兎のことを殺そうとしておるのではあるまいな?」

「……その、まさかだ」

 答えを聞いた尊の全身から、法外の力が解き放たれる。世界を超越した者のみが扱える根源的な力の奔流。尊の後ろに隠れている美兎は力のきれっぱし程度しか認識できていないが、それでも失禁しそうなほどのプレッシャーだった。

 真正面から受け止めているベルモンドの恐怖は計り知れないだろう。

「それは妾との戦争を意味するぞ。覚悟して答えよ、何故じゃ?」

「彼女がこの国を滅ぼす……そういう、予言があった」

「予言じゃと? 一体誰がそんな戯言を」

「クレアさんだ」

 なに? と尊は訝しみ、美兎に視線を向ける。

「お主にそんな力があるのか?」

「あ、あるわけないじゃないですか。あっちが勝手に言い出したんです」

「ふむ。未来のことは分からぬが……まあ、現時点での美兎にヘルエスタ王国を滅ぼすだけの力はない。ベルよ、クレアは何処におる?」

 尊に詰め寄られたベルモンドは眉をひそめた。口を堅く結んで、答えられないという姿勢を見せる。

 かわりに、美兎が答えた。

「クレアさんならお城にいますよ」

「そうか」

 城を睨む尊。

 そんな彼女に、美兎はおずおず、と聞いた。

「あのー、尊様。ひとつ質問なんですけど……」

「なんじゃ?」

「わたくしって、どう見えてます?」

 ジャガイモ頭と言われるの覚悟して、美兎は相手の言葉を待った。

「どうと言われてもなぁ……いつもと変わらぬ、■■美兎じゃ」

 それだけ言うと、尊はなにを感じたのか、むっとした表情に変わる。

「妾からも質問するのじゃが……美兎よ、ウル・モアという名をどこかで聞いたか?」

「ウル・モア? いえ、今初めて聞きましたけど……」

 美兎は初めて、自分を■■美兎として認めてもらえたことに感動した。それと同時に、どうしてそんな事を聞くのだだろう、と疑問に思う。もしかしたら、自分が今置かれている状況とウル・モアという人物? は、関係があるのだろうか。

「わたくしがこうなった原因って、そのウル・モアが関係しているんですか?」

「間違いなくそうじゃろう……美兎の名を呼んだときに混ざったノイズが、なによりの証拠じゃ。どういう能力なのかは定かではないが……」

 言葉を区切った尊は、難しい表情を浮かべていた。何を考えているのか美兎は知りたかったが、あえて追及はしなかった。

 ふと、尊の腰の辺りで左右に振られる、もふもふとした尻尾。

 美兎は触りたかったが、それも我慢した。

「美兎よ、ベルの相手は妾がする。お主は先に城に入って、クレアと話を付けてこい」

 願ってもない申し出に、心が揺さぶられる。

「……いいんですか?」

「構わぬ、構わぬ。妾も起きたばかりの身体を慣らしておきたい」

 そう言って伸びをする尊は、ベルモンドと遊ぶつもりなのだろう。骨を鳴らし、尊は嬉しそうに、眼前のおもちゃを見つめた。

 と、そこに。

 東側から、三人の戦いに水を差す、もうひとつの影がやって来た。

「その喧嘩! ちょっと待ったああああ───!!!!!」

「むむっ、この声は……」

 影がハッキリしてくると、尊が言った。

「舞元、どうしてここにおるのじゃ?」

「え? だれぇ……?」

 近付いてきた影の正体は舞元啓介。

 よくジョー・力一と一緒に美兎がアルバイトしていたメイド喫茶に来ていた男だ。美兎も何度か接客したことがある。気前のいい、面白オジサンだ。

 呼びかけられた舞元はしばらく不思議そうに尊の話を聞いていた。目の前にいる女性が自分の名前を鬼神・竜胆尊と名乗った時の顔は傑作だった。

 しかし、彼の目的はどうやら別のところにあるらしい。

 舞元はベルモンドをじっと見つめる。美兎は黙ってその場を見守ることにした。

「舞元さん、どうして……避難したんじゃないのか……」

「ベル、俺はやっぱり納得出来そうにないんだ」

 二人の間で始まる会話に、美兎は置いてけぼりになる。ただ、しばらく聞いていたら自分と関係のある名前が出てきた。

「力一は確かに、裏切ったのかもしれない。だけど……だけどさ、俺はもっとちゃんとした理由を聞きたいんだ。じゃないと、アイツが死んだことを受け入れられない」

 その言葉に美兎は、胸が締め付けられる思いだった。

 ジョー・力一は今まさに、尊の後ろに隠れている少女───■■美兎を守って死んだ。森にいたのが自分だけだった時点で、最悪の事態を予測していたが、その事実を知った舞元とどう向き合えばいいのか、分からない。

 考えるだけで怖くなる。

 だが、そうなったとしても、美兎は受け入れるつもりだった。

 それが彼を巻き込んだ、わたくしの背負うべき責任だから。

「ジョーさんは、そこにいる女の子を守って死んだ……」

 ベルモンドが言った。

 舞元と目が合う。

 言い訳はしない。美兎は、ジョー・力一を殺したのは自分だと、自覚している。

「……───」

「……───」

 なあ、と舞元が言う。

「力一の奴は……その、どうだった?」

 夜空を見上げ、必死に涙を隠そうとしても、舞元の声音には亡くなった友人を思う、哀愁が乗っていた。

「カッコいい人だった」美兎は続ける。「ジョーさんがいてくれたから、今のわたくしはここに立っていられる。だから、舞元さんがわたくしを殺そうと思うなら、その気持ちを受け止めるよ」

「……そっか」

 意外にも、答えを聞いた舞元はさっぱりしていた。

 襲われると思っていた美兎は、拍子抜けした顔で言う。

「責めないんですか……」

 ん? と舞元から疑問の声が上がる。

「どうして嬢ちゃんを責めるんだよ。力一は自分の意思で嬢ちゃんを守ったんだろ? だったらその事をとやかく言うのはアイツに失礼ってもんだ。でも、ありがとな。教えてくれて……なんか、報われたわ……」

 美兎は初めて、大人の強さを見た気がした。

 魔法魔術学校で魔法を教えてくれる先生とも違う。

 もっと別の、カッコいい何かだった。

「ああッ! でも、やっぱチクショウ! 力一の奴カッコよく死んだのかよ。俺もそういう風に言われてみてぇー!」

 子供っぽく舞元が吠える。

 さっきまでのカッコよさはどこかに吹き飛んでしまったらしい。

「用がないなら避難してくれ。ここは危ない」

 そう言うベルモンドに対して、舞元は一歩前に出た。

「いいや、俺はベルに相手してほしくてここまで来たんだ」

「……復讐か」

 近付いてくる舞元を察して、ベルモンドは呟く。

 復讐は、言葉にするのも、行動に移すのも重い。

 だが美兎は、心のなかで「本当に?」と疑問に思う。もし仮に、舞元が復讐するというなら、それはベルモンドよりも自分に向けられるべき感情だろう、と。

「あなたも敵になるのか?」

「関係ねえんだ。正義とか悪とか……俺には関係ない」

「じゃあどうして……」

「俺はお前らに復讐をしようとは思わない。そもそも俺にそんな度胸ないしな……。ただ、気持ちの整理を付けたいんだ」

「……───」

 だからさ、と舞元は息を吐いて言う。

「ベル、ここからは漢の勝負をしよう」

 舞元はベルモンドと向かい合うようにして足を止めた。

 尊が笑う。

「かっ、かっ、かっ、話は聞かせてもらった。ならば漢同士、存分に試合するがいい」

 パン、と手を叩く。

 その瞬間、美兎はベルモンドと舞元の服が弾け飛ぶのを見た。

 やがて、目を開けていられないほどの光に襲われる。光が止む。そして目の前に現れたのは、ふんどし姿の二人だった。

 意味もなく腕を組み、何故か仁王立ちしている。

「……尊様。アレはなんですか?」

「お主の祖先がいた大和の国では、ああやって肉と肉をぶつけ合う、相撲という祭りがあったのじゃ」

「どうして……ほぼ、裸なんですか?」

「漢同士で語り合うとなれば、服など不要! 最低限の布一枚あればよし!」

「そ、そういうものですかね」

「うむ!」と尊は力強く頷いてから。「本来であれば、妾の炎で描いた円から出たほうの負けなのじゃが、今回は特別にその円から出られないようにしておる。美兎よ、城に忍び込むのなら今の内じゃぞ」

「───っ! ありがとうございます!」

 美兎は走り出そうとして、

「尊様はどうするんですか?」

「妾はここで相撲を見ながら酒でも飲むつもりじゃ」

「そ、そうですか……」

 それだけ言うと美兎は城門に向かって走り出した。

 ベルモンドと舞元の横を抜ける際、肉のぶつかり合う音と、奇妙な喘ぎ声が聞こえたのはきっと気のせいだろう。




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