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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
54/75

ヘルエスタ王国物語(54)




 アルスと美兎は娯楽街まで行く途中、時計塔の鐘が午後三時を告げていた。

 二人は学校から指定された扉の前に立ち、鍵穴に学生証のキーホルダーになっている鍵を差し込む。本来はただの廃墟に残されたゴミクズ同然の扉だが、鍵を入れることでヘルエスタ魔法魔術学校に繋がる異空間への入り口になる。

 ぐるり、とドアノブを回して二人は扉の中に消えた。

「ごめんね、アルス。本当は学校になんか来たくなかったでしょ?」

「まあ、うん……」

 アルスはすれ違う学生たちに顔を見られないようフードを被り、ずっと下を向いていた。美兎はサロメと力一の二人がいた空間では出来なかった話を、ようやく聞くことが出来る。

「いじめられてるんでしょ?」

 一瞬、アルスの表情が固まった。

 深く被ったフードの向こうから怯えるような上目遣いで見つめられる。

「どうして知ってるの?」

「知ってるよ。アルスがメイド喫茶でアルバイトしてる理由も含めて。正直、わたくしはアルスのことをなんでも知ってる」

「えぇ!?」

 驚きの声を上げるアルス。

 対して美兎は、なんでも、というのは少し言い過ぎたかもしれないと思った。

「アルスは魔法が使えないからいじめられてるの?」

「そう、だと思う……」

 美兎とアルスはクラスが違う。

 しかし、嫌でも魔法が使えない劣等生の話は耳に入ってくる。そう───アルス・アルマルは絶対に魔法が使えない完全な劣等生だ。

 そのせいでクラスのみんなにいじめられ、彼女は不登校になった。

「でも、そんな自分を変えたくてメイド喫茶でアルバイトを始めたんでしょ?」

「うん」

「メイドとして働いていくうちに人と話すのが楽しいと思えるようになった、って前に話してたよね」

「本当になんでも知ってるんだ……」

 アルスは唖然としていた。

 初めましての人が自分のことに詳しくて怖いと思う反面───なんでか分からないけど、目に涙が浮かんだ。止まらなかった。

 服の袖で全部ふき取る。

「もしかしてボクと美兎さんはメイド喫茶で会ったことあるの?」

「……───」

 美兎はどう答えるべきか迷う。

 しばらく無言のままでいるとアルスは「ごめん」と笑った。

「初めてだったの。同じ生徒でボクと話してくれた人」

 えへへ、と笑顔で抱えているものを隠そうとするアルスに美兎は胸が締め付けられる。

 彼女は本当に何も悪くない。悪くないのに───いじめられている原因は自分にあると思い込んでいる。

「美兎さん、ボク……魔法が使えるようになるかな?」

「なれるよ」美兎は言った。「だってアルスは、わたくしが知っている魔法使いの中で一番スゴイ魔法使いだから」

「えへへ。また初めて言われた」

 美兎もアルスと一緒になって笑う。

「もし困った事があったら、わたくしになんでも相談して。あ、でも暴力とかは苦手だから。その時は親友に頼むかもしれないけど……」

「ありがとう」

 二人は校内を進む。警備隊の目を避けながら。

 警備隊のほとんどは出入り口の校門と人の集まる屋台なんかを重点的に見張っているようだった。裏道を警戒している人もいたが表と比べてそこまで多くはない。どちらかといえば屋上に人員を割いて穴を無くそうとしている感じだ。

「本当にサロメさんの言った通りだね」

「うん」

 アルスの囁きに美兎は頷く。

「行こう」

 タイミングを見計らって気分で動く階段を駆け上がる。

 ここを抜ければ美兎のクラスまでもう少しだ。

「ちょっと待ってください」

 階段を上った先で、大きな斧を背負った少女に呼び止められる。

「なんでしょう……」

 美兎はできるだけ顔に感情が出ないよう気をつけた。

 立伝都々は二人に近づき、

「お二人の学生証を見せてもらえませんか?」

「え?」

 心臓が跳ねる。

「ここの学生ですよ。ほら、制服も着てますし……」

「すみません。一応、会う人に確認はしろってローレンさんに言われてますので」

「そう、なんですね」

 申し訳なさそうな顔で、相手の少女は学生証の提出をお願いしてくる。

「これがボクの学生証です……」

 アルスが美兎の先に立って、自分の学生証を立伝に渡す。

「ご協力ありがとうございます。それじゃあ確認しますね」

「……どうぞ」

 相手がアルスの学生証に目を落とす。

 美兎は静かにそれを眺めた。

 おそらくアルスの方は問題ないだろう。出席日数の部分で突っ込まれるかもしれないけど、体調不良とかで誤魔化せる範囲のものだ。

 問題は自分。

 美兎は学生証を持っていない。というか身分を証明できるものは全て、誘拐された時に取り上げられてしまっている。

 今ここにいるのは、ヘルエスタ魔法魔術学校の制服を着た怪しい人。

「とくに問題は無さそうですね。それじゃあ、もう一人の学生さんもお願いします」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 手を向けてくる立伝。

 美兎は制服のあちこちに手を入れ、なんとか誤魔化せないか解決策を練る。

 が、問題は別の所でも起きていたようで───廊下を走ってきたミラン・ケストレルが立伝の肩を掴む。

「都々さん大変です! 校門の方でなにやら問題が発生したらしいです!」

「ええぇ!?」

 立伝は美兎に伸ばした手を引っ込めて、ミランから事件の内容を聞く。

「大変じゃん……」

「ローレンさんはすぐに校門前に来い、と」

「うぅ……お二人とも呼び止めてすみませんでした。都々はちょっと急ぎますので、これで! 学園祭、楽しんでくださいね。それじゃ───!」

 言って、立伝は勢いよく階段を下る。

 ミランは大きな声で、

「都々さん、待って! そっち反対方向だから。待って、行かないで!」

 呼び止める声が聞こえていないのか、立伝はそのままの勢いで階段を下りていく。ミランは一度、美兎とアルスにお辞儀をしてから立伝のあとを追った。

「な、なんとかなったね」

 アルスが言った。

 美兎はほっと胸を撫でおろす。

「アルスのおかげだよ。ありがとう」

「そうかな? えへへ」

 照れくさそうに笑うアルス。二人は飾り付けられた廊下を進む。

 その先で。

 美兎は親友の二人───樋口楓と静凛を見つけた。

 そして同時に。

 二人の間に挟まる───ジャガイモ頭の月ノ美兎を見つけた。



 呆然、と。

 ただ茫然としていた。

 自分の中のナニもかもが止まって、自分を忘れないでいてくれると信じていた親友たちは自分じゃない月ノ美兎と一緒にいる。

 どう受け止めていいのか分からなかった。

 足が重い。

 沼に沈んでいるみたいだ。

 そうしてのろのろと踏み出した一歩は美兎から体温を奪っていく。

 いや、正確には体温じゃない。

 もっと別の───鎖に繋がれ、天井に吊るされていた時のような───大切なところにある見えない熱が魂から抜け落ちていくような感覚。

 ───あ。

 ──────ああ。

 ─────────あああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

 やがて、

「うわあああああああああああ!!!!!!!」

 美兎は絶叫する。

 そして真っ直ぐに。

 アルスの制止する声も聞かないまま、二人の間で笑っているジャガイモ頭の月ノ美兎に向かって突進した。

 体当たりで突き飛ばす。

 相手の態勢が崩れた。

 さらに追い打ちをかけようと美兎は拳を振り上げる、その瞬間だった。視界が横に揺れる。気がついた時には、床に倒れていたのはジャガイモ頭の月ノ美兎ではなく、■■美兎の方だった。

「……なんで?」

 どうして? と美兎は呟く。

「なんでもクソもないやろ」樋口楓は言った。「どこの誰かは知らんけど。ウチの親友に手ぇ出そうっていうんなら殴られて当然じゃない?」

 もうひとりの親友、静凛も。

「美兎さんに酷いことしちゃダメだよ」

 二人はそう言って王様を自分たちの身体で隠すように、■■美兎の前に立つ。

 美兎は黙って二人を交互に見つめた。

 疑ってなんかいなかった。

 思い違いとかでもなかった。

 二人は間違いなく自分のことを『敵』として認識していた。

 親友に襲い掛かる他人だと。

「どうして……」

 美兎は立ち上がり、

「わたくしが本物の■■美兎なのに! そいつは偽物なのに!」

 めちゃくちゃに声を荒げる。

 だが、返ってきたのは寒気がするような言葉だった。

「はぁ? なに言うてんの。美兎ちゃんはひとりしかおらんし。ていうか、アンタとウチらって初対面やろ。なぁ?」

「うん。合同授業でも一緒になったことない」

 樋口の問に凛が答える。

 それは馴染のある光景で、いつも美兎のすぐそばにあったもの。

 悪寒がした。

「……殺してやる」

「なんて?」

 冗談では済まさないという顔で樋口に睨まれる。それは一種の警告でもあった。

 だが、美兎のほうも自分の言葉を撤回するつもりはない。

「み、美兎さん?」

 呼ばれて、美兎は振り返る。

 アルスの小さな手が制服の袖を引っ張っていた。

「こ、殺しちゃダメだよ」

「……───」

 それがアルスなりの精一杯だった。

 アルスも家に引き籠っていた頃は、いじめてくるクラスメイトを全員殺してしまえば苦しみから解放されると思っていた。しかし、実行はしていない。そんな勇気と力が自分には無かったというだけで。

 美兎は違う。

 彼女にはそれを実行する勇気も力もある。だから止めた。大切な初めての友達と呼べる人がいなくなってしまうと思ったから───問題は、■■美兎の目にはそう映らなかったという話だ。

「アルスもあっちの味方をするの?」

「え?」

 アルスは必死に口を動かして、

「ち、違うよ。ボクは美兎さんに人殺しになってほしくなくて……だから」

「うるさい!」

 美兎はアルスの腕を振り払って来た道を戻る。その途中、星導ショウにぶつかり美兎は尻餅をついた。

「廊下は走ると危ないですよ。大丈夫ですか?」

「───っ!」

 星導から差し伸べられる手を弾く。

 そして美兎はすぐに立ち上がり、自分にとって都合の悪い現実から逃げるように、また目的もなく走り出した。

「美兎さん、待って!」

「おや? 貴方は───」

「ごめんなさい先生。今は美兎さんを追いかけないと」

 アルスは美兎を追って動く階段を下る。

 星導は二人を目で追いかけたが、ふと、自分の足元に落ちている小瓶を拾う。

「これは何かの薬? でしょうか」

「毒薬なんじゃないの」樋口が言った。「そいつで美兎ちゃんを殺すつもりやったんやろな……今度会ったらマジしばいたろ……」

「先生、それちょっと見せてもらえる?」

 どうぞ、と星導は拾った小瓶を凛に渡す。

 凛は小瓶の中に入っている錠剤をまじまじと見つめ、

「これって……」

 もう蟻んこみたいに小さくなった人影に向かって呟いた。



     △△△



 ■■美兎はあてもなく走っていた。体力が無くなるまでずっと。

 そうやって肩で息をしながら足を止めた場所は、一週間前まで暮らしていた自分の家だった。理由は分からない。ただ前を見ずに走っていたらいつの間にか、明かりの点いている我が家に帰ってきていた。

 もしかしたら無意識に学校から家までの道のりを走っていただけかもしれない。

 美兎は家の玄関に近づき、戸を引く。

 鍵は掛かっていなかった。

「はーい、すぐ行きまーす」

 家に入ってすぐ母親の声が美兎を出迎えた。

 ぱたぱた、と足音が聞こえ、台所の方からエプロン姿の母親が右手にお玉を持ってやってくる。

「お母さ───」

 美兎は言おうとして、

「あら? 美兎ちゃんのお友達?」

 言葉が喉に詰まる。

 美兎が「あえ」なんていう鳴き声を発したあと、母親は言う。

「ごめんなさいね、娘はまだ学校なの。もうすぐ帰ってくると思うんだけど……家の中で待ってる?」

 驚きがあった。

 凍りつくような時間があった。

 美兎は顔を伏せてようやく、

「いってきます……」

 それだけ言って、美兎は自分の家を出て行った。

 最後に、疑問符を浮かべた母親から名前を聞かれたような気がする。

 が、答えようがない。

 もしも答えて母親に「初めまして」と言われようものなら、今の■■美兎はそれだけで崩れてしまう。

 ───お母さんはからかっているだけ。

 ───お母さんは忘れてない。

 ───お母さんはわたくしを自分の娘だって思い出してくれる。

 美兎は自分に暗示をかけながら、出来るだけ質問の意味に気づかないよう、あやかきメイド喫茶に向かう。

 もうすぐ、アルバイトの時間だ。




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