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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
48/75

ヘルエスタ王国物語(48)




 ───二日目。昼。

 鷹宮リオンの持つ大鎌によって、ヘルエスタ王国を守っていた結界は破壊された。

 結界が壊れたことで落ち着き始めていた国民は内に抱えた恐怖を一気に噴き出し、教会にいるシスター・クレアとの連絡はほぼ不可能となった。

 これはローレンが予想していたよりもずっと早い。

 ローレンは早く見積もっても、四日目以降にしかコーヴァス帝国は攻めてこないものだと考えていた。相手がコーヴァス帝国の皇帝イブラヒムであればこそ、勝ち目のない戦いにサイコロを振ることはないだろう、と。

 だからこそ、

「運が良かったな……」

 後手を踏まされたのは事実だが、北門にエクスがいてくれたのはラッキーだった。

 一日目の夜。

 ヘルエスタ王国の周辺を怪しい男がうろうろしている、という報告を栞葉よりも早く南門から走って来たエクスはローレンに伝えた。ローレンはその時点で全員の配置を見直し、いつ攻められてもいいように態勢を整える。

 結界を壊してすぐの魔法攻撃も、ドーラのドラゴンブレスによって粉砕。

 空に浮かんでいる鷹宮の相手をしているのは、同じ魔法使いのニュイ・ソシエール。

 そして、

「こっちもこっちで始めますか!」

「僕は早くあまみゃによしよしされたい……」

「二人とも協調性なさすぎでしょ。マジ、無理なんですけど」

 アクシア・クローネ。

 剣持刀也。

 レイン・パターソン。

 以上三名がローレン・イロアスとエクス・アルビオの対戦相手となった。

「いきなりだな!」

 剣と刀の鍔迫り合い。幾ばくかの応酬があり、

「キミの剣……なんかムカつくな……」

「……ッ!」

 エクスは唖然とした。

 なにも、目の前の男から向けられる感情に心揺さぶられたわけではない。エクスが驚いたのは、二十合ばかりの打ち合いでこちらの剣を見抜いた相手の目の良さ。

 薄っすら、と。

 エクスの背筋を襲った寒気は、彼に見えない汗を流させた。

「それじゃあ俺の相手は、お前ら二人ってことでいいな?」

「アンタ知ってる。ローレン・イロアスでしょ?」

 サメのぬいぐるみのようなモノを抱えた女───レインは舐め腐った笑みを浮かべて、ローレンを赤い髪の裏から覗く。

「イブラヒムのお尋ね者リストに入ってた奴だ」

 アクシアが指を差して言った。

 その頭を、

「痛ぇ!」

 レインが叩く。

「ちょっと! そういう話はしちゃいけないでしょうが!」

「悪かったよ。でも、殴らなくてもいいじゃんかぁ……」

「殴ってない。叩いただけ」

「痛いんだからどっちも変わんないって。ていうか最初に口を滑らせたのはのはレインのほうだろ!」

「……───」

「痛い!」

 今度はちゃんと拳で黙らされるアクシア。

 そんな二人の漫才を、ローレンは殺気を隠しながら聞いていた。役に立つ情報がないかを探る。

「お尋ね者リストには、他に誰がいるんだ?」

「教えてあげない」

「そいつは残念だぁ……」

 答えているようなものだった───おそらく、顔を合わせた俺やニュイじゃない誰か。エクスやレヴィ、ベルさんとドーラもお尋ね者のリストに入っているんだろう。問題はその中の誰を見つけていないかだ。

「まあ、話は戦いながら聞くとして。お前ら程度だったら俺ひとりでも十分戦えそうだ」

「はぁ? ちょっと聞き捨てならないんですけど」

 苛立ちを隠そうともしない赤髪の女を前にして、ローレンは懐からタバコを取り出し、見せつけるように火をつける。

「本当は三人で俺ひとりを殺す手筈だったんだろ?」

 レインの顔に動揺の色が浮かぶ。

 ローレンは続けて、

「お前たち三人の中で、おそらく一番厄介なのはエクスと戦ってる着物の男だ。お前らはそのおまけ。そんな奴相手に俺が負けるとでも?」

 強めに煽る。

 相手が挑発に乗ってくれれば、たとえ二体一という不利な状況にあっても最初の動きは単純なものになるだろうと踏んでのことだった。

「違うのか?」

「……っ」

 含みを持たせて、ローレンは笑う。

 あくまでも主導権はこちら側。

「過労死以外で、俺を殺せると思うなよ?」



 コーヴァス帝国が戦場をコントロールする側にあって、盤上には新しくヘルエスタ王国の竜種であるドーラの追加と北門に現れたエクス・アルビオの駒が置かれる。

 探している戦力はほぼ見つかった。

 ヘルエスタ王国の国民もイブラヒムの思った通りに動いた。

 それでも、胸の内に沸き上がった違和感をイブラヒムは払拭できていない。

 何かを見落としている。

 作戦は思った通りに進んだ。それなのに、何故? まるでイチゴのショートケーキのイチゴを誰かに隠されてしまったような、自分の命に直接関わってくるような、漠然とした不安を感じているのだろうか。

「三日目だな……」

 ───二日目。夜。

 昼の時点で、ヘルエスタ王国を落とす算段を立てていたイブラヒムだったが、エクス・アルビオの登場と魔法による強襲が失敗したこと。そして、自分の胸に去来した心臓を虫に齧られているような違和感。

 それらを踏まえて、イブラヒムは二日目の計画を諦めた。

「アクシアが死んだよ」レインが言った。「アタシを庇って……死んだの……」

「そうか」

 イブラヒムは後ろで堪えているだろうレインに、視線を向けなかった。

 ただ、相槌を打つだけで。

 ゆっくりでも、レインが吐き出す言葉を聞いていた。

「ねえ、イブラヒム。……ローレンって男はアタシが殺す。いいよね?」

「任せる」

「……ありがとう」

 イブラヒムは離れていく足音が消えるのを待った。

 静かに、

「クソ……」

 自分を罵るように、木を殴る。

 アクシアが死んだのは自分がエクス・アルビオの登場を予想できなかったせいだ。もし予見できていればアクシアが死ぬことも、レインが泣くこともなかった。これは自分の甘さが招いた結果だ。

「イブラヒム、これは戦争なんだ。犠牲が出ないなんてありえないだろ? 多生の犠牲には寛容になるべきだ。今は後悔よりも次の作戦を考えることに意識を向けろ。俺たちが勝つために」

「……社さん」

 イブラヒムは胸に詰まった鉛を吐いて、スイッチを切り替える。

 自分の我儘に付き合ってくれている仲間を言い訳にして、都合のいい理由を見つけて自分を責めようとする甘えは必要ない。

 戦争を始めたのは自分の意思だ。

 ───すべての責任は、戦争を始めた俺にある。

「そうだな。その通りだ」

 コーヴァス帝国が勝つために。

 イブラヒムは広がった盤面を見つめる。

 現時点で、ヘルエスタ王国の国民のパニックを利用して、スパイを紛れ込ませることに成功した。

 スパイから送られてきた情報は───『西にトカゲ、南にアリ』

「南門の騎士団は動いていないのか……意外だな。あれだけの奇襲を受けたのに、北に兵力を動かさないなんて」

 情報を聞いた社から、疑問の声が上がる。

 イブラヒムもそれに頷いて、

「続きがある。南側は他の地域と比べて教会に人が集まっていないらしい」

「ヘルエスタ王国の南は貴族街だろ? 貴族なら我先に逃げ出すものじゃないのか?」

「俺もそう思ったけど……」

 どうやら、自分の考えを改める必要がありそうだ。

「まあ、肝が据わってる貴族が多いってのは良いことだよ。それだけヘルエスタ王国が国民を大切に想ってる証拠だ」

「コーヴァス帝国とは大違いだな」

 社の言葉にイブラヒムは軽く笑う。まだイブラヒムが皇帝の椅子に座っていた時代、変化を恐れてわざわざ文句を言いに来るバカ共を思い出した。

「……社さん、ヘルエスタ王国の地下に侵入してくれ」

「地下に避難した国民を人質にするのか? イブラヒムにしては珍しい作戦だな」

「俺たちが勝つためだ。手段は選んでいられない」

 それと、イブラヒムは続ける。

「ヘルエスタ王国の地下に協力者がいる。まずは、そいつに会ってみるといい」

 イブラヒムは協力者の居場所が書かれた紙を渡す。

 受け取った社は手紙に書かれた名前を見て、

「レオス・ヴィンセントだと?」



 国民がごった返す地下空間にて、葉加瀬冬雪と夜見れなは指定した待ち合わせ場所でコーヴァス帝国の使者を待っていた。

「冬雪、あの人がそうじゃない?」

「違うよ。あの人はパン屋の店長さん」

「またハズレかー」

 ちぇー、と夜見はハムスターみたいに頬を膨らませる。

「次はわたしの番ね」

 言って、葉加瀬は目に入った人影に指を差す。指を向けられた人影は真っ直ぐ、葉加瀬と夜見の方に歩いてきた。

 これは当たったか? と思った矢先、人混みの中に消える。

「違ったみたい」

「残念」

 二人は他愛もない会話を交えつつ、使者が来るまでの時間を楽しんだ。やがて、コーヴァス帝国の使者を名乗る男が葉加瀬たちの前に現れる。

「歴史上の偉人……には見えないな」

 呟く男はいかにも魔法使いという風貌で、他にこれといって特徴のない人だった。人に紛れるのが得意そうというか、生きていれば必ずどこかで出会ったような顔立ちをしている。

 怪しまれないという意味で、彼は背景に溶け込む天才なのかもしれない。

 葉加瀬は男を見るなり、軽い自己紹介を済ませ、レオス・ヴィンセントという名前を使ったことを謝罪した。

 相手の男は社築と名乗った。

「でも、インパクトはあったでしょ?」

 人差し指を立てて怪しく笑う葉加瀬に対して、社はやや呆れ気味だった。

 死人の名前を使うのは感心しない、とまるで常識を解く教師のような表情をしている。

「お前たち二人が俺たちの協力者ってことで良いんだよな?」

「そうだよー」夜見が答えた。「まあ、あたしは何もしてないんだけど。イブちゃんにヘルエスタ王国の情報を流してたのは冬雪だから」

 夜見の視線を追って、社の細い眼が葉加瀬を睨む。

「怖い顔しないでよ。そんな……いきなり襲い掛かったりしないって」

「信頼の無い相手を警戒するのは当然だろ? むしろ、いきなり肩を組まれるほうが俺は怖いと思うね」

「それは確かに」

 葉加瀬は頷いて同意する。

 馴れ馴れしい相手のほとんどは怪しい勧誘だったり、幸せになる方法を教えてくれるキレイな女の人だったりする。タダで貰う物には毒が入っているというが、それが善意であれば尚たちが悪い。

「別にやましい事なんて考えてないよ。困ってるみたいだったから協力しただけ」

「だから怪しいんだろ。……まずは、どうやってヘルエスタ王国の結界をすり抜けて俺たちに情報を送っていたのか教えてもらおうか」

 つまるところ男は、善意の裏に隠した悪意をみせろ、そう言っているのだ。

 話を聞くのをその後だ、と。

 葉加瀬は思わず黙り込んでしまう。

「どうした? 答えられないか?」

「……───」

 答えられないわけじゃない。

 しかし、魔法使い相手に科学の可能性を説明するのは心底面倒くさいように思えた。

「見せたほうが早いか……」

 目を閉じ、願う。

 そして、葉加瀬を中心にして大小様々な形をした九つの円陣が地下の夜空に浮かび上がった。

「これは魔法……じゃないな」

 理解の及ばない事態に社が警戒心を強めるのを見て、葉加瀬は優越感に浸る。彼は優秀な魔法使いだ。だからこそ、空中に漂う円陣をどこにでもあるような一般魔法と同列に見なかった。

 これまで魔法に追いつけないと言われ続けてきた科学が、理外の外に舵を切ったことでようやく認められたのだ。

 葉加瀬は歪んだ口元を白衣の袖で隠す。

 喜びのあまり、感情が剥き出しになってしまった───まだ、悟られてはいけない───これから彼にはたくさんの実験に付き合ってもらわなくちゃいけないのに。

 葉加瀬は空中に漂うヴィンセント文字から二文字抜き取って、社の足元に落す。

 直後、重なった二文字が爆発した。

 社は反射的に避けるも、右手にやけどを負う。

「……防御魔法をすり抜けたのか」

「これで説明になったでしょ? それとも理解できなかった?」

 社は脳内に溢れた疑問に、一瞬の思考で結論をつける。

「なるほどな。現代において魔法が絶対と呼ばれるが故に、その他の分野で結界をすり抜けて俺たちに情報を伝えていたのか。……お前、かなり危ない奴だろ?」

「社さんって意外とインテリ系だよね。モブみたいな顔してるのに」

 にこやかに笑う葉加瀬。

 社から見れば、それは狂気的な笑みだが、

「ひとまず、お前たちのことを信頼するよ」

「ありがたいねぇ」

 上から目線で信頼され、葉加瀬は不服そうに感謝の言葉を述べる。

 そこに、

「え? 襲われて喜ぶとか……社さんってもしかしてそっち系の変態?」

 夜見の言葉に、葉加瀬は思わず吹き出してしまう。

「わ、わたしもそう思ったけど。口にしちゃダメだよ、夜美さん。社さんにも面子ってものがあるんだから」

 ぷぷぷ、と笑う葉加瀬。

 社は有り余るほどのデジャブ感に襲われ、眉を引き攣らせていた。

「でもさ、冬雪───」夜見が言う。「あたしらの計画に社さんって必要あるの?」

「計画?」

 社が聞き返す。

「もちろん、必要だよ」葉加瀬が答えた。

 ぴょん、と葉加瀬は積まれたブロックから飛び降り、丁寧に、服に着いた埃をはらう。

「さて、社さん。今度は貴方がわたしたちに信頼される番だよ」

「何を答えればいい?」

「なにも」

「……───」

 葉加瀬はヴィンセント文字を操り、

「簡単に壊れないでね?」

 一般人を巻き込んで、科学と魔法が激突する。




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