ヘルエスタ王国物語(47)
「まさか。クレアさんの言った通りになるとはな……」
「ホントにねぇ」
ローレンの隣でニュイが呟く。二人は城壁の上から北の森へと視線を向け、対戦相手の次の行動を待っていた。いや正確には、待たされている、という表現のほうが今のヘルエスタ王国を正しく説明できる。
なにせ、相手はコーヴァス帝国───かつて、智略に長けた皇帝───イブラヒムが治めていた国だ。情報がない状態で動けばそれこそ相手の思うつぼだろう。
必然、打つ手も限られてくる。
「でも、このまま針が止まったままっていうのは良くないんじゃない? 相手だって何かしらを使ってこっちの情報を抜こうとしてるでしょ」
「……分かってるよ」ローレンは重苦しく息を吐いた。「だから悩んでるんだ。相手が欲しい情報を可能な限り与えず、相手にアクションを起こさせる。まぁ、向こうも同じことを考えてるだろうけどな」
相手の考えている事と自分の考えている事は少なからず同じだろう。
そう当たりを付けたローレンだったが、それでも後手後手の後手を踏まされている事実は認めなければならない。
現状、ヘルエスタ王国は外からの情報の一切を遮断している。それはニュイ・ソシエールの張った結界もよるデメリットだが、そうせざるを得ない理由があった。
ローレンは振り返り、燃えるヘルエスタ王国を眺める。
「全く……派手にやってくれたもんだ」
焼け落ちて灰になった場所もあれば、魔法の一撃で小さく地面が抉れている箇所もあった。そのクレーター周辺ではいまだ火の手が消えていない。民間人と冒険者が協力し合いなんとか消化作業に当たっているという状況だ。
合わせて四ヶ所。
幸いなことに、ニュイの自己判断で展開した結界が功をそうした。あとほんの少しでも遅れていれば、もっと惨たらしい事態に陥っていただろう。
黙々と昇っていく黒煙に不気味なニオイを感じつつ、ローレンはこれが最小限の被害だったと自分に言い聞かせる。
「どうにかしてこっちも攻め手を考える必要はあるが……」
ちらり、とニュイの方へ視線を送る。
彼女もローレンの意図を察してか、首を横に振った。
「この結界は開けないよ」
「仮に開いたとして。再展開までどのくらいの時間が掛かる?」
「そうだねぇ……城壁に備え付けてあった魔石を私の魔力で一気に活性化させたから……早くて一ヶ月。遅くても半年ぐらいなんじゃないかな」
「五秒後に再展開とかは───」
「ムリムリムリムリ、出来るわけないじゃん」
強めの否定にローレンは舌を打つ。魔法は万能だが、それは裏づけがあっての万能。すべての問題を解決できるようには作られていない。
「一応言っておくけど、再展開はできる」
「言ってることがめちゃくちゃだな。……具体的には? どうすればいい」
「国民から魔力を集める」
「なんとなく言ってる意味が分かった。『出来るわけない』ってのはそういう意味か」
「当ったりー!」
分かってはいた。
分かってはいたが、選択肢に入れるべきではない。
「こっちも一応聞いておくんだが、被害は……どのくらいだ……」
「半分。あるいはそれ以上」
それを聞いてローレンは一本のタバコを口に咥えた。
火を付け、ゆっくり味わう。
つまるところ、この魔女様はヘルエスタ王国の半分───約四十万人を犠牲にして結界の再展開が出来るとほざいてやがるわけだ。
可能性の話。
結界を開き、ローレンの頭の中で練り上げられた作戦が上手くいったとして、それは果たして勝利と呼べるものだろうか。響きの良い言葉に騙され、ヘルエスタ王国に住む多くの人々が犠牲になる。
コーヴァス帝国に勝つ、という大義名分を信じて───論外だ。
「私は、最悪の話をしただけ。決めるのはクレアから全権を任されてるアンタだから」
「プレッシャーかけてくるねぇ……」
「覚悟はしておいた方がいいよ」
「……───」
ローレンは二本目のタバコを咥える。
一本目はたいして味がしなかったが、二本目でようやくタバコの煙が肺を満たしてくれた。快感にも似た甘い痺れが頭に芽生えた選択肢を消していく。
「……───」
三本目。四本目。
また考えて。
そうやって考えている内に、二時間を告げる花火がヘルエスタ王国を襲った。
△△△
───二日目。コーヴァス帝国陣営。
晴れた朝空の下だった。
褐色の肌に銀色の髪をした男が立っている。ほんのりと冷たい風に頬を撫でさせ、夜の熱でやられた思考を解きほぐしていく。
その男の名前はイブラヒム。
かつて、コーヴァス帝国の皇帝だった男である。
背伸びをした後、視線はチェスの駒が用意されたボードに向けられる。
キングの駒に手を伸ばし、下げる。
一日目。
挨拶とは名ばかりの作戦。
わざわざ二人のいる北門にイブラヒムが姿を見せたのは、相手の意識を一瞬でも森から切り離すという意味があった。
イブラヒムが二人と開会式をしている最中、森から一斉に魔法を放つ。
先制攻撃としては不十分だろうが、
「概ね、作戦通りってとこかな」
眺める盤上に文句はない。結界で対応されることは想定していた。それでも展開までの間に数十発の魔法をヘルエスタ王国に降らせる。そうやって指揮を遅らせることが出来ればコーヴァス帝国側が有利に動ける、とイブラヒムは考えていた。が、どうやらヘルエスタ王国にも優秀で、どえらい格好をした魔女様がいるらしい。
しかし、それも些細なことだ。
結果として、ヘルエスタ王国は籠の鳥となった。あえて不満点を上げるとすれば、相手の対応力を甘く見ていた自分の落ち度だろう。
「なにしてんの?」
満足そうに笑うイブラヒムの背後から、鷹宮リオンの声が掛かる。
右手には自分の身長と同じくらいの杖を持ち、金色の髪に黒のドレスという朝に見るには中々に刺激的な格好をしている。
「リオン様が早起きするなんて珍しいな。もしかして起きてた?」
「そりゃそうよ。昨日の昼からずっと魔法撃ちっ放しじゃん。これじゃあ寝ようにもうるさくて眠れないっつの……」
「今日までは勘弁してくれ。ちゃんと意味のある行動だから」
ふーん、という声が返ってくる。
やや不満気だった。
「わたし、作戦の内容聞かされてないんですけど」
「まだ社さんにしか教えてないしな……」
「そうやって仲間外れにするのは良くないでしょ。わたしだって立派なコーヴァス帝国の戦力なんですけど?」
「でも、リオン様ってすぐ口に出すじゃん」
言われて、鷹宮の視線がぷいっとイブラヒムから逸れる。
「別に……そんなことないし……」
「もう肯定してるようなもんなのよ、それは」イブラヒムは続けて。「大丈夫。寝付けなかったのは向こうも同じだろうし。今のところ作戦は上手くいってる」
「向こうって……ヘルエスタ王国のこと?」
ああ、と言葉を残して、
「いま撃ってる魔法っていうのは単純な破壊力は全然なくて、空気砲みたいにただ音がでかいだけの魔法なんだ」
「外側は派手に見えるけど、中身は空っぽなんだ」
「リオン様みたいでしょ?」
「怒るよ」
冗談だって、と謝るイブラヒム。
鷹宮は続けた。
「でもそれって意味ある? 結界の消耗を狙うなら大きくドカーン! とやったほうがいいような気もするんだけど」
「そうとも言えない」
「理由は?」
「ヘルエスタ王国は少し前に魔物の襲撃を受けたって話がある。国民は全員地下に避難したおかげで被害は出てない」
「それが見てくれだけの攻撃とどう繋がってくんのよ」
イブラヒムは爽やかに笑って、
「なあに、解決できない問題を押しつけてやろうと思ってね」
「……───?」
理解の及ばない鷹宮は首を傾げて頭に疑問符を浮かべる。眉間に寄ったしわがこうも魅力的に映えるのは彼女の美しさあってのものだろう。
そうしてイブラヒムからの説明を待っている彼女に、
「当時、地下で魔物の足音を聞いていた国民は多かれ少なかれ心に不安を抱えたハズだ。狙ってるのはその根っこの部分」
「言ってる意味が……分かんないんですけど……」
「例えるなら耳元で怒鳴られたり、理不尽に殴られるって感じかな。めちゃくちゃイヤでしょ?」
「うわ、それ最悪……」
鷹宮から苦い顔で睨まれる。
イブラヒムはとくに気にする様子もなく、
「その時のトラウマを少しでも掘り起こすことが出来れば───」
「だーかーらー! 全然分かんないんだって! そんな回りくどい説明してないでさ。もっと簡単に教えてくんない!?」
「……───」
イブラヒム的には分かりやすく教えているつもりだったが、どうやらお嬢様の肌には合わなかったらしい。
「つまり、大きな音を聞いた国民は教会に駆け込むだろうってこと。分かった?」
「分かった……けど、どうして教会を狙うの?」
イブラヒムは頷き、鷹宮にボードの上に広がった盤面を見せる。
「ここが俺たちのいる北の森。そしてヘルエスタ王国の北門を守るナイトとクィーン。そして東西南北に点在する教会」
鷹宮はイブラヒムの指を追って戦況を確認していく。教会の場所にはビショップの駒が置かれ、その周りには国民を表す小さな駒が教会を囲うように置かれている。
その中で、なんだか的外れな場所に駒が置かれていることに気付いた。
「北の反対側だから南? どうして南に大量のポーンがあるの?」
「さあ?」
「さあ? ……って。しっかりしてよ」
「しょうがねぇだろ。俺にだって分かんないことぐらいあんの。一応、社さんからの報告だと壁の外でヘルエスタ王国の騎士団が見張ってるらしい」
「へぇー」
興味無さそうに返事をする鷹宮。
イブラヒムは咳払いをひとつ。話を戻そう。
「教会を潰す理由は大きく分けて二つ。ひとつは、ヘルエスタ王国は俺たちの国よりも教会と城の繋がりが強いってこと。なかでも、シスター・クレアっていう女は王族とも仲が良いんだってさ」
「じゃあ、昨日からずっと魔法を撃ち続けてるのは、国民に教会とお城の連携を崩そうとしてもらってるわけね」
「半分正解」イブラヒムはそう言って。「ヘルエスタ王国が魔物に襲われたとき、教会は戦士たちの休憩所として重要な拠点になってたって情報がある。今回も同じだとすれば物資のほとんどは教会にあると考えていい」
「なるほど……」
ようやく思い当たり、鷹宮はゾッとした。
ここまでの話をまとめると───戦争が始まってから見てくれだけの魔法を撃ち続けているのはヘルエスタ王国の国民が抱えているトラウマを呼び起こし、教会を機能不全にしようとしている。そして国民の対応で動けなくなった教会は、王城あるいは軍隊との繋がりを断絶することになる。そうなれば───どうなるんだろう?
「結局、結界で守られてるんだから意味なくない?」
「それが二つ目だよ」
「ん?」
「俺の本当の目的は結界を開かせないところにある」
鷹宮は指差された盤面を見つめ、そこから読み取れる『違和感』を探した。
「国民が地下に潜らず外に出てる……から相手も結界を開くことは出来ない。開いちゃったら、わたし等の魔法が国民に当たる……被害がでるってこと?」
「その通り」
結界があるせいで相手は受け身に回ることしか出来ない。そうなれば何らかの手段で相手の情報を抜き取っているイブラヒムの方が好きなように盤面を動かせるというわけだ。
「アンタ……怖いよ」
「褒めてないよね、その顔は」
「これは敵じゃなくて良かったなぁ……って、思ってる顔だよ」
「分かりやすいね」
ここまでの話を聞いて、ふと、鷹宮の頭に新しい疑問が浮かぶ。
鷹宮が口に出す前にイブラヒムから答えが返ってきた。
「いま社さんに結界を解析してもらってる。それが終われば一気に攻め込む予定だ。リオン様も、体調管理には気を付けといてね」
「……───」
ぐうの音も出なかった。
なんとなく、歴史に名を残す偉人っていうのはイブラヒムみたいに先の先のことを考えて行動できるタイプの人なんだろうな、と。
遠い存在を眺めるような気持で、しかし憧れず、ただ忌避するような瞳で鷹宮はイブラヒムを見つめていた。
「イブラヒム」
タイミングを見計らったように森の陰から長身の男───社築が姿を現す。
「解析終わったぞ。いつでも壊せる」
△△△
───同時刻。
ヘルエスタ王国より東の大地にて、もうひとつの戦いが始まろうとしていた。
「全く、ふざけた真似をしてくれる」
フミの視線の先には『生きているように』会話を楽しんでいる大和の国の人々がいた。以前、小野町亭で会ったアンジュ・スカーレットが似たような存在ではあるが、彼女と比べるのは失礼だろう。
あの人形はもっとも人間に近づいた人形だった。
そして自分が人形であることも理解した上で、今もアンジュ・カトリーナの魂に寄り添い支えている。
だが、彼らは違う。
彼らは自分が死んでいるとはつゆ知らず、このままヘルエスタ王国を滅ぼすために歩を進めている。
そのことに。
……神は、怒りを隠さなかった。
尻尾の毛が逆立ち、どす黒い感情が渦を巻く。
神という存在が感情に溺れるなどあってはならない事だが、しかし、かつて共にウル・モアと戦った同胞たちを───国を思い、国を守ろうとして散っていった者たちをこうもぞんざいに扱われたとあっては、百代先まで祟られても文句は言えない。
「許さぬ。……許さぬぞ。絶対にッ!」
ふらふら、と。
酔いしれる怒りの渦中にありながら、崩れていく自身の神性をフミは、両目を潰すことで押さえ込む。
そこに、
「かっ、かっ、かっ。これまた随分と荒れておるようじゃのぅ」
声がした。
顔を向けた先で、
「……尊だな?」
「うむ。まだ理性が残っておるようで安心したぞ」
竜胆尊の童女のような柔らかい声音に、フミは表情を曇らせる。
「どうしてここに来た? まさか手伝いに来たというわけではあるまい」
「見届け人じゃ。……お主、剣を振るのじゃろう?」
尊からの質問にフミは面食らい、遠い昔にした彼女との約束を思い出す。
本当に懐かしい。
毒のような思い出を───。
「そうか。妾を喰いに来たのか」
「……───」
優しさも厳しさもない、無言の肯定。
そのことに思い至ったフミの心には僅かばかりの平穏がもたらされた。もう怒りに身を任せて、自虐に走ることはないだろう。
「寂しくなるな」
「鬼の口からそのような言葉が出るとは……意外じゃな」
「確かに」
尊は言って、
「ウル・モアが降臨する前は、神と人と妖で日夜殺し合いに花を咲かせていたものじゃ。よもや、友になれる日がくるとは思ってもいなかったぞ!」
暗闇の中にあって、フミの耳には子気味よく流れる水の音が聞こえた。
少し遅れて。
フミの鼻をほんのりと梅の香りがくすぐる。
「今日も酒か。たまには禁酒でもしてみたらどうじゃ」
「わらわから酒を取ったら、わらわは死んでしまうぞ!?」
「一週間くらい大丈夫じゃろ?」
「干からびてしまう!」
無邪気に言って尊は二つある盃のうち、酒の入っていない盃をフミに押しつける。
「ほれ」
フミが手に持つと酒がそそがれた。
「これは?」
「わらわが育てた百年ほどの酒じゃ! 味は……御神楽の酒には劣るが……まあ、それなりに美味しく出来たと思うぞ……」
「自信なさげじゃな。どれ───」
フミが一気に酒を煽ると、梅の風味が口いっぱいに広がった。
喉を通ったあとは梅から桜へ、最後はゆっくりその香りを散らしていく。
「八十点といったところか」
「き、厳しくないか? もうちょっと色を付けてくれても……」
「しかし、別れの酒というならこれは極上のものじゃ。尊よ、感謝する」
その言葉を聞いた尊の声は、うむ、と明るい声音に変わる。
「わらわとて、大切な友との別れを後味の悪いものにしたくなかった。最後が理性のなくなったお主との殺し合いでは、明日の酒も飲めぬというものよ」
かっ、かっ、かっ、と楽しそうに笑う鬼の声を聞き、フミも自身の体を縛り付けていた緊張を弛める。
そこでふと、
「ん? 怪我をしておるのか?」
尊から血の臭いがすることに気づいた。
ああ、と尊は素っ気なく言って、
「これは返り血じゃ。ここに来る途中なにやらパンダのフードを被ったおなごに出くわしてな。敵みたいじゃったし、なんとなく殺した」
「なんとなくで人を殺す奴があるか……この鬼め」
「殺気を向けてくる奴が悪いのじゃ!」
フミの失笑に、尊は満面の笑みで答える。
これを笑い合っている、と表現していいものか。
「やはり、鬼とは分かり合えぬな」
「酒を飲む仲になれたのじゃ。それだけで十分じゃろう?」
「ふふ、そうだな」
談笑はこれにておしまい。
あとは風の吹くまま───ただ孤独の時間を楽しもう。
「最後に、妾からの頼みを聞いてくれぬか?」
「小野町亭のことなら任せておけ。わらわが守ってやる」
「察しが良くて助かるの」
しかし、キメ台詞を取られたのは癪なので、ぽん、とフミは尊の頭に手を置き───意地悪く。仕返しをした。
「神が鬼に、愛を教えるか……」
「こうして頭を撫でられるのも悪くなかろう?」
沈黙があって。
優しさが離れた。
「妾の晴れ舞台じゃ。しっかり目に焼き付けておけよ」
「……ああ、さらばじゃ」
尊に見守られ、フミは悠然と坂道を下っていく。
迷いはなかった。
満足だった。
後悔があるとすれば、それは小野町亭の皆に言葉を遺してやれなかったことだろう。
凛月にも、小野町にも、七瀬にも、舞元にも───まだまだ教えてやれることは山ほどあった。
「これが未練か」
そう呟き、剣を握る。
フミの前には八百万の神々と大和の国の人々。そして万夫不当の妖怪たち。その中には懐かしい友の───星川サラ、山神カルタの声も混じっていた。
構える。
その懐かしさに戸惑う必要はない。神が鬼に愛を教えたように、神に愛を教えたのもまた人間だったという話だ。
本当に。
一振りだった。
しかし、その一振りでこの戦いは幕を閉じる。
迷いなく抜きはなたれた神剣は光を放ち、目の前の全てを焼き尽くした。
神剣───天羽々斬。
極東に伝わる三剣が一本。大和の神だけが持つことを許され、その美しさを見た者はたとえ刹那の時であっても神剣の放つ白光に心を奪われる。
「極東の神の最後……しかと、この竜胆尊が見届けたぞ」
称賛の言葉を贈り、尊は白く染まった世界の余韻を楽しむ。
肉体を持たないフミが神剣を振るえば、議論するまでもなく、彼女の神性は砕け散る。もう二度と、フミは小野町亭に帰れない。
「満足そうな顔しおって。今からわらわに喰われるのじゃぞ?」
「今更なにを怖がる必要がある? 妾はもう十分に───」
「どうした?」
尊の問いかけにフミは見向きもせず、ただ一心に空を見上げていた。
「何故じゃ……何故、今になって動いた……」
「おい、わらわの話を───」
がッ! と尊は不意に肩を掴まれ、フミの鬼気迫る表情に言葉を失う。
「尊! 空じゃ。妾を喰った後……空を見ろ!」
「空ぁ? 空にいったい何があるというんじゃ」
「ぐっ……説明している時間がない。……尊よ、よく聞け。空だ。ウル・モアは空にいる!」




