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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
44/75

ヘルエスタ王国物語(44)




 時を同じくして薄暗い夜道を歩く、葉加瀬冬雪と夜見れなの姿があった。

 夜見は葉加瀬の顔を覗き込んで、

「嬉しそうだね、冬雪」

「これも全部、夜見さんのおかげだよ。ありがとう」

「いやー、照れちゃうね」

 得意げな表情で笑う夜見。

 マジシャンにとって偽物と本物を入れ替えるのはさほど難しいことではない。

 タイミングさえ感じることが出来ればあとはその場の成り行きに任せて行動を起こすまでだ。

「冬雪のにおい消しも役に立ったじゃん。あれが無かったら今頃とこちゃんに八つ裂きにされてたよ」

「ホントに……。メイド喫茶で偶然出くわしたのもびっくりだったし、博物館でもリゼ様と会うことになるなんてね。運命って残酷」

「ロマンチックの間違いでしょ?」

 冗談交じりに呟いて、夜見は葉加瀬が持っている本を興味深そうに眺めた。

「それ、本当に価値のあるものなの? 一緒に置いてあった壺とか杖のほうが夜見的には価値があると思ったけど……」

「その二つはわたしが持ってても意味ないよ。錬金術師と魔法使いにしか使えない代物だし。科学者なら間違いなくこっちだね」

 ひらひらと白衣を揺らしながら葉加瀬はページをめくる。

「天才科学者レオス・ヴィンセントが書いた本ねぇ。夜見にはさっぱりです」

 そうは言うものの、夜見は本の内容が気になって仕方がない様子だった。ちらちら、と葉加瀬の開いているページを覗き込んでは、びっしり書かれた文字を見て、拒絶反応を起こしている。

「そんなにしわを作らなくてもいいのに」

「だってぇー。気になるんだもん」

「気持ちは分かる」

 葉加瀬は頷いて、冷たい夜の空気を吸い込んだ。魔法灯の明かりを頼りに本を読み進めていく。本の内容はすべてレオス・ヴィンセントが見つけた科学の『星』によって言葉が紡がれていた。

「これがヴィンセント文字か……」

 開いたページに大きな文字が描かれていた。魔方陣や錬成陣と同じように、こちらも円で囲う形で設計されている。

 さらに本を読み進め、全部で九つのヴィンセント文字を葉加瀬は見つけた。

「それが冬雪の欲しかったもの?」

「うん」

 返事をした葉加瀬の口角がわずかに歪む。

「コレさえあれば、科学が必要ないって言われ続ける時代も終わる」

 現実的な話───この世界は魔法だけあれば何も困ることはない。

 どんな怪我をしても魔法を使えばすぐ元の状態に戻る。

 病気に関しては科学よりも錬金術、錬金術よりも魔法薬と言われる時代だ。

 この魔法最強の世界で科学の立場を変える希望が過去にレオス・ヴィンセントが発見したとされる『ヴィンセント文字』だった。

「魔法や錬金術は使う人間次第でその可能性を広げていく。でも科学は、その時代に合ったものしか生まれない。レオスって人も悔しかったと思うよ。だって、彼がこの文字を見つけた時にはすでに手遅れだったんだから」

 レオスがこの文字を見つけたのは晩年だったと言われている。

「つまり、お爺さんだったから何も出来なかったの?」

 葉加瀬は頷いて、

「皮肉な話だよね。彼は科学の『星』を見つけておきながら、それを理解する知性を持ち合わせていなかった」

 ヴィンセント文字に触れる。

 やがて文字のひとつが光を放ち、水中から浮上するクラゲのようにして、本の世界から漏れだした。

「ようやく、科学は魔法に追いつける」

「冬雪だけ楽しそうにしてズルい! 夜見にも分かるように説明して!」

「説明って言われても……」

 困ってしまう。手に入れたばかりのものをどう説明すればいいのか。葉加瀬は腕を組んで頭を捻ったり回したりしてみたのだが、結局、答えは出なかった。

「……分かってることだけでもいい?」

「もちろん!」

 葉加瀬は読み取れた部分から、さらに重要な部分だけを夜見に伝えた。

「あたしには向いてない!」

「うん、知ってた」

 ヴィンセント文字は九つ文字を一ミリ単位で大きさを調整しながら、配置する文字の数と位置によって様々な化学反応を起こすというものだ。その組み合わせは無量大数と言っても過言ではない。

「それを覚えろって……冬雪、なんか悪いことしたの?」

「べ、別に罰ゲームじゃないから……ちゃんと価値のあるものだから!」

 と、強がってみたはいいものの、葉加瀬も本当は分かっていなかった。分かったつもりでいるだけだ。

 なにせ、ヴィンセント文字は本に書かれている組み合わせが全部じゃない。

 ここからは自身の求める形を探して実験を繰り返していく必要がある。それは砂漠の中からひと粒のダイヤモンドを見つけるような作業だ。

「想像しただけでも気が遠くなっちゃうよ」

「あはは、わたしも……」

 がっくりと肩を落とす夜見に、葉加瀬は苦笑いを返す。しかし、葉加瀬が一番危惧している部分はそこじゃない。

 本当の意味で危険視しているのは、ヴィンセント文字の扱いの難しさ。

 ほんのちょっとでも間違えれば目の前で核爆発が起こる。

「そんな面倒なもの……わざわざ使わなくてもいいんじゃない?」

「ううん」

 葉加瀬は首を横に振った。

「必要だよ。わたしたちには、絶対に」

「ホントかなぁ……」

「ちゃんと他にもメリットがあるから」

「例えば?」

 葉加瀬は本の最初のほうを開いて、

「例えば、これ!」

「冬雪……見せられても、あたしには読めないよ。……なんて書いてあるの?」

「えーっと……」葉加瀬は目を細めた。「ヴィンセント文字を使って起こした事象のすべては科学として処理されるって」

 夜見は「なに言ってるか分かんない」という顔で、葉加瀬にさらなる説明を求めた。

「うわ……。夜見さんのそんな険しい表情、初めて見たかも」

「だって意味分かんないんだもん」

「簡単に説明するとですね。魔法や錬金術に出来ることも、ヴィンセント文字を使えば科学でも出来るようになるってこと……かな?」

「冬雪も自信ないじゃん」

「初見ですから。……多少の曖昧さは許してください」

「ふぅん」

 夜見から疑惑の目が向けられた。

「いまの説明を聞いても、あたしにはやっぱり『意味の分からない不気味なモノ』としか思えないけど」

「確かに、デメリットのほうが目立つね」

「なんか冬雪みたい」

「聞き捨てならない言葉が飛び出してきたんですけど!?」

「だって、ちょっと触っただけで爆発するんでしょ? 冬雪がいつも作ってる実験道具みたいじゃん。それでアフロヘアーにされちゃう夜見の身にもなってほしいよ」

「わ、わたしだって別に爆発させたくて爆発させてるわけじゃないから……」

 右手と左手の人差し指を突き合わせてしょげる葉加瀬。

「でも、でもぉ……」

「分かってる。失敗は成功のママなんでしょ?」

 にんまり、と。

 夜見は葉加瀬に───愛らしい───からかうような笑みを見せた。

「社長がいないから夜見さんがわたしに意地悪してくる!」

「ほぉら、地下に戻って文字の研究を進めるよ」

「あっ! いま話逸らしたでしょ!? こら、待てー!」

 不思議の国から出てきた少女のように、夜見は軽い足取りで夜道を鳴らしていく。葉加瀬は両手を上げて、そんな彼女を追いかけた。

 最後に。

 レオス・ヴィンセントが書き記した虹の解答を残しておこう。


 曰く、虹は世界を救わない。

 曰く、虹は世界を造らない。

 曰く、虹は世界を求めない。

 以上を持って───魔法、錬金術、科学───すべての証明を完了したものとする。




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