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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
43/75

ヘルエスタ王国物語(43)




 問題がある。

 決して見て見ぬふりなど出来ない問題が。

「警備隊はともかく……なんでこんなところにケルベロスがいるんだよ……」

「ここまでは割と順調だったんだけどね」ぼやく葛葉の隣で叶が言った。「それでどうすんの? 作戦とかある?」

「どうしたもんかねぇ……」

 外にいた警備隊から服を拝借するまでは良かったのだが、それ以外の部分、葛葉の予想していた展開とは全く違うものに化けてしまった。

 ケルベロスが徘徊している以上、叶と一緒に考えた入念な計画は、ほぼ死んだと言っていいだろう。次にどう動くか───葛葉は深く被った帽子の隙間から、赤い瞳を覗かせ、館内を見渡した。

「てか、今日に限って警備の数多くね? イベントでもあるのか?」

「多分、僕のせいだね」

「叶がなんかしたの?」

 うん、と叶は答えて、

「予告状出しといた」

「本当に何やってんの!?」

 思わず声を荒げる。

「てゆうかさ! そういう大事な情報は共有し合うのが普通じゃないわけ? かなかな、ほうれん草だよ。報・連・相!」

「葛葉を驚かせたくて。それに簡単に盗めたら面白くないじゃん?」

 叶の言葉に、葛葉は呆れて肩を落とした。協力し合おうと誓い合った相手がいきなり裏切ってきたのだ。ため息のひとつもつきたくなる。

「ちなみに聞くんだけど……」

「なに?」叶は首を傾げた。

「叶くんはこの状況をどうにか出来るのかな……って」

「出来る予定だった」

「ああー、どうにかする予定ではあったのね。つまり、問題は───」

 そこに、

「ちょっと静かにして下さい。耳障りなのが分かりませんか?」

 面倒くさいのがやって来た……。

「何を話しているのか分かりませんが、仕事の出来ない人はここには必要ありません」

 栞葉に冷たく注意され、二人は慌てて姿勢を正す。

 こともあろうに、リゼ様とケルベロスも一緒だった。

 さらにおまけで、よく分からない赤髪の少女がひとり。

「……貴方たち、初めて見る顔ですね」

 栞葉から疑いの視線を向けられる。

 叶が棘のない口調で答えた。

「はい。今日が初めての警備であります」

「そうだったんですか。初めての任務で浮かれるのは分かりますけど、私の品を落とさないよう注意して下さいね?」

「「……───」」

「分かったら、返事!」

「「わん!」」

「……私が優しい先輩で良かったですね」

 慎ましい愛想笑いを歪ませながら、栞葉は葛葉に警備の状況を聞いた。

「何も盗まれていません。盗人の姿も見ておりません」

「怪しい」

「え? 栞葉さん、俺たちを疑うんですか? 初めての任務を頑張ってる可愛い後輩ですよ。それとも獣人の嗅覚的な?」

「さっきまで雑談に花を咲かせていたでしょう。私は貴方たちが真面目に警備をしていたのか疑っているだけです……。まあ、盗まれた物が無いのなら私からとくに言うことはありません。引き続きよろしくお願いします」

「任せてください」

 葛葉は胸を張って答える。今、目の前にいる小さな少女は世間知らずのお嬢様だ。自分たちが予告状を出した犯人だとは微塵も思っていないのだろう。

 ───このまま何事もなくやり過ごす事が出来れば、こっちも動きやすくなる。

 そう考えた時だった。

 葛葉は、自分をまじまじと見つめるオッドアイの瞳に堪えようのない、全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。

「面白いね」

 栞葉とリゼと赤髪の少女は展示物に夢中で、戍亥の声は聞こえていない様子だ。

「な、ナニが面白いんでしょう……」

「怖がらんくてもええよ? 別に取って食おうとか思ってないし」

「さっきから言っている意味が……」

「まあ、頑張りや」

そう言って、戍亥は葛葉の肩に手を置き、左手の親指を立てた。ついでにウインクもしてくれた。

 面白いものを見つけたと言わんばかりに瞳の奥を光らせるケルベロス。彼女はリゼに呼ばれ、葛葉たちの前から消えた。

「終わった……」

 四人が見えなくなったところで葛葉はその場に崩れ落ちる。あれは確信という自信に満ち溢れた笑みだった。絶対に勝つと分かっている人間の隠しきれない本性ともいうべきものだ。しかし、さっきまでの会話にミスはなかった。あったとしても、それが自分たちの正体を明かすものだったとは思えない。

「葛葉、諦めるのはまだ早いよ」

「叶……だけどよぉ。……絶対にバレてるよ。だってそうじゃなきゃ、あんなガンギマリウインクしてこないだろ。もう無理だって。帰ろう」

「でも、このまま逃げても捕まるのを待ってるだけじゃない? それだったらやれるだけの事をやってみようよ」

「元はと言えば全部、お前が予告状を出したせいだからね?」

「まかせて。僕に考えがある」



「リゼ様。……いや、リゼ。久しぶりだね。元気にしてた?」

「ど、どちら様でしょうか?」

 四人の前に立ちふさがった叶を葛葉は隠れて見守る。

 ───こうなったら破れかぶれだ。任せたぞ、相棒。

「僕はリゼの」叶は心を込めて。「リゼのお姉ちゃんだ」

「え!?」

 ───えええええええぇぇぇぇぇぇ!?!!!?!??!!!?!!? それはムリがだろ。流石にムリがあるだろ。だって叶きゅん、お姉ちゃんが装備しちゃいけないもの装備しちゃってるもの! 取り外しのできないバベルの塔だもの! 

 作戦を聞かされていなかった葛葉の心境はリゼ以上に困惑している。

 確かに叶の顔は美少女よりの美少年のような顔をしているが、それでも『お姉ちゃん』はムリがある。

 ───むしろ、なんでいけると思ったんだ。

「ウソ……本当にお姉ちゃん……? 本当の本当に?」

「そうだよ。今まで寂しい思いをさせてごめん。これからはずっと一緒にいるからね」

「お姉ちゃん!」

 ───いけちゃったよぉ……。もう俺、分かんないッぴ。頭がパーリーピーポーになった相棒よりも、リゼ様の方がもっとパーリーピーポーだったってこと?

 それでいいの?

 それでこの状況を説明できるの?

「ほんまにお姉ちゃんなんや。ィゼちゃん良かったね。おめでとう」

 袖を涙で濡らしながら戍亥が言った。

 どうやら勘違いしているらしい。

 いや、待て。

 それどころか……この場にいる葛葉以外の全員が叶のことを本当にリゼの『お姉ちゃん』だと勘違いしている可能性だってある。

 ───アレ? もしかして正常なの俺だけ? それとも俺の知らないところでドッキリの計画とかしてたのかな? だったらスッゲー悲しいんですけど。

「リゼ、ひとつお願いがあるんだ。聞いてくれる?」

「なんでも言って!」

 ───あ、リゼ様ってバカなんだ。

「実はお姉ちゃん、欲しい物があってね」

「どんなのが欲しいの?」

「この博物館にある黒くて、大きくて、長方形の箱みたいなモノなんだけど……どこにあるか知らない?」

 リゼは笑顔を咲かせて頷くと、

「ちょっと待ってて。すぐ栞葉さんに取ってきてもらうから。栞葉さん、すぐにお姉ちゃんが言った物を持ってきて、お願い!」

「分かりました。リゼ様のお姉様が欲しいとおっしゃるのでしたら、展示品のオーナーも喜んで手放すでしょう。では、失礼します」

 栞葉が離れたところで、葛葉は叶に手招きをした。どうしてこんな状況になっているのか聞いておく必要があったからだ。

「なんで上手くいってんの?」

「さあ? 僕に聞かれても……」

「お前、嘘つきの詐欺師みたいな顔してるぞ」

「詐欺師って最初から嘘つきじゃない?」

「そういう意味じゃなくて。俺が言いたいのは───」

「葛葉?」

 叶は固まってしまった葛葉の視線を追って、

「すごい! 流石、お姉ちゃん!」リゼが言った。「予告状を出した犯人をこんなに早く見つけてしまうなんて!」

「え? あー、この人は……」

 叶は目をぱちくりとさせて口籠った。

 その間に、草むらからひょっこりと顔を覗かせる可愛らしいウサギみたいにして、同じようにリゼの後ろから顔を出したのはケルベロスだった。

「ほな、捕まえようか」

「ごめん、叶。俺やっぱ逃げるわ」

 事態は急変した。

 一気に走り出した葛葉は展示品を盾にして包囲網を抜けていく。だが、前もって用意しておいた逃走ルートは先に潰されてしまった。

 しかし、立ち止まっている暇はなどない。

 一瞬でも足を止めてしまうと、壁を走っているケルベロスに押し潰されてしまう。

 そんな危機的状況でまともな思考が出来るわけもなく。葛葉は素直に、博物館の出入り口から外に飛び出した。

 後ろから扉が破壊された音が聞こえてくる。

 階段を石ころみたいに転がった先で、葛葉は立伝都々に捕まった。

「警備隊の服を着て誤魔化してるみたいだけど、都々の目は誤魔化せません」

 葛葉の首に巨大な斧があてられる。

「逃げられないように両足を切断しておいたほうがいいのかな……。でも、またローレンさんとるりに怒られちゃうかも……」

「可愛い顔して、結構グロいこと思いつくんだな」

「じゃあ、逃げないって誓える?」

「逃げない、逃げない。俺はもう疲れたんだ。早く牢屋に入って休みたい……」

 叶は静かに、

「ゲームオーバーだね」

 葛葉が捕まったことで、叶の役割は終わった。これ以上、彼女を騙しておく必要はない。叶はリゼに近づいて、

「僕はキミのお姉ちゃんじゃないんだ」

 素直に伝えた。リゼは固まってしまった。じっとこちらを見つめてきて、状況を飲み込むために時間をかけている。

 もしかしたら、自分を騙した相手をどう処刑しようとか考えてるかもしれない。

「どうして私は貴方のことを『お姉ちゃん』って信じたんですか?」

「……それは」

 答えるのに迷った。だから、答えないことにした。

「自分で見つけるしかないよ」

「私が見つける?」

 警備隊のミラン・ケストレルが叶の腕を掴んだ。

「もし……納得いかないなら。ひとつ、ヒントを上げる」

「……───」

「リゼ様は、お姉ちゃんと一緒に過ごした経験はある?」

 質問を投げられた彼女は不思議そうに、キレイな顔を横に傾けた。

「またね」

 それだけ言い残すと、叶は近くに設営された警備隊のテントに連れて行かれた。テント内では、手錠を付けられた葛葉と栞葉が言い合っている場面に出くわした。

「俺がお前のお兄ちゃんって言ったら信じる?」

「はあ? 信じるわけないでしょ。頭おかしいんじゃないですか?」

「そうだよなぁ……。そうなるよなぁ……」

「それにですね。私は一人っ子です。お兄ちゃん、お姉ちゃんに多少の憧れはありますけど……それでも、貴方が私のお兄ちゃんになるのは絶対にイヤです!」

「俺だって栞葉さんみたいな妹はごめんだよ」

 栞葉に軽蔑の眼差しで睨みつけられた葛葉は、少し悲しそうだった。

「貴方はこちらで話を聞きますので」

「分かった」ミランに腕を引っ張られる。「葛葉、またあとでね」

「あいよー」




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