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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
41/75

ヘルエスタ王国物語(41)




 リゼは初対面の二人───司賀りこと綺沙良は少し驚いた顔をして、リゼの書いた注文票を受け取った。

「こ、これで良かった? 間違ってるところない?」

「問題ないです。この調子で次もお願いしますね」

 司賀りこから笑顔のプレゼントを貰ってもリゼは素直に喜べない。

「次?」

 ぽかん、と。

 真っ白になる。

「次があるの? 私……まだ、働かなきゃダメ?」

「さっき美兎さんがリゼ様は閉店までメイド喫茶にいてくれるって……」

「そんなこと言ってた気がする」

 司賀りこの言ったことは何も間違っていない。しかし、待て。それは月ノ美兎が隣にいる前提の話ではなかっただろうか?

 ───美兎さんがいないなら、私はここでリタイアしても問題ないのでは?

 リゼが頭を抱えたところで、

「あのー、無理しないでくださいね」

「え? あ、ありがとう。……大丈夫だよ?」

「それなら良かったです。具合悪いのかと思いました」

 司賀りこから心配の眼差しで見つめられる。

「ちょっと緊張してて。アハハ……」

「困ったことがあったらあたしを呼んでください。すぐに駆けつけますので!」

 人を元気にさせる、ひまわりのような笑顔。

 リゼは、一瞬でも逃げる言い訳を考えた自分を恥ずかしいと思った。

「私、やってみるよ」

「はい! 一緒にがんばりましょう!」

「りこ、レジお願いできる?」

 綺沙良の声を聞いて、司賀りこは「はーい」と軽く返事をする。レジには四、五人のご主人様たちが列をつくって並んでいた。

 そして、リゼを呼ぶ声も───。

「リゼ様、注文いいですかー」

「すぐ行きます!」

 別れの挨拶をする暇もなく、リゼは手を振るご主人様のもとへ向かう。

 不安はある。

 緊張もする。

 でもそれは、必要以上に持ち歩くべきじゃない。リゼは司賀りことの会話でこの仕事がどういうものなのかヒントを貰えた気がしていた。

 メイドと聞いてリゼがイメージしたのは王城で自分の世話をしてくれたメイドたち。

 優雅で、礼儀正しくて、ミスをしない。

 紅茶も美味しく入れてくる完璧なメイドさん───勝手に、自分もそういう完璧さを求められているんだと───。

 違った。

 もっと楽に考えていい。

 おそらく、自然体で話せる人ほどこの仕事に向いている。

「お待たせしました、ご主人様。ご注文はお決まりですか?」

 今度はすらすらと言葉が出た。

「……うわ。ホントに本物のリゼ様だよ、夜見さん」

「近くで見るとますます可愛いね」

 席に到着するやいなや、リゼは二人の少女から色のついた声を浴びる。片方の少女は難しそうに。もう片方の少女は嬉しそうに。

 リゼは対応に困って、

「あ、あのー。ご注文は?」

「ごめん。まだ決まってない」

 少女の赤い瞳がリゼを見つめる。

「じゃあ、どうして……」

「可愛いリゼ様を見たくて呼んだんだよ。ねー?」

 夜見が言うと、そうそう、と少女も同意する。

「すぐにメニュー決めるからちょっとだけ待っててくれる?」

「はぁ……」

 リゼはなんとなく頷いて、手持無沙汰のまま二人を眺める。ふと、テーブルに置かれたベルトが目に入った。

 用途の分からない試験管と小さな注射器が数本。試験管には薬のような……それぞれ違う色をした液体が入っている。

 それから───。

 リゼの視線を感じとった少女はベルトをテーブルから下げて、自分の身体で隠した。

「ところで」少女は躊躇って。「わたし、葉加瀬冬雪っていうんですけど。そっちのマジシャンみたいな服着てる子は夜見さん」

「夜見れなでーす。こんれーなー」

「葉加瀬さんに夜見さん……は、初めまして。こ、こんれーなー……」

 夜見に手を振られ、リゼもまた振り返す。

 リゼから返事をもらった夜見は嬉しそうに目を輝かせた。どうやら今のコミュニケーションは間違っていなかったらしい。

「夜見さん、今の聞いた? 初めましてだって」

 葉加瀬は笑いながら、夜見を見つめた。

 二人が密談を始めるというところで、失礼とは知りつつ、喉の奥に引っかかった言葉がリゼの口を反射的に動かしてしまう。

「私、お二人と会ったことあるんですか?」

 どうしようもない質問。

 本当に知り合いだったら「お久しぶりですね」では済まされない。だが、頭の隅っこにある疑問も見て見ぬフリはできない。

 一瞬の静寂があって。

 その答えは、葉加瀬の口から返ってくる。

「初対面ですよ、わたしたち。もしリゼ様が会ったことあるって思うなら、わたしよりも夜見さんのほうじゃないですか?」

「夜見さんですか?」

「はい。夜見さんはこの辺りでマジックショーをしてますから。わたしは投げ銭を拾う手伝いをしてます」

 教えられてもピンと来ない。

 マジックショーをしているならそれなりに人も集まっているだろう。リゼはここ数日、冒険者ギルドを除いて、人の集まる場所には行っていない。

 避けていたというのもある。元々、人の多いところは得意じゃない。

 つまり。

 リゼが感じた不可思議の正体は、いつの間にか引っ越していた幼馴染に再会したような感動ではなく、見ず知らずの他人に「貴女、私の幼馴染ですよね?」と訳の分からない人違いをしてしまったということになる。

 つまり。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。

「冬雪はね、夜見の稼いだお金で生活してるんだよ」

「ヒモってことですか?」

「そうそう」

「ちょっと待って! 語弊があるよ、語弊が!」

 これは印象操作だ! と夜見に抗議する葉加瀬。

「言って良いことと悪いことがあるでしょ!」

「でもこの前、実験に失敗してお金どころか色々なモノを吹き飛ばしてたじゃん」

「ぐっ……確かに吹き飛んだ道具を新しく買い直すのに全財産使い切ったけど……けどさ! わたしだって稼いでるもん!」

「失敗の言い訳をしないのは冬雪らしいね」

「失敗は成功のママなんだよ、夜見さん」

「リゼ様はどう思います?」

「私!?」

 いきなり夜見にそう尋ねられ、リゼは口籠ってしまう。

 リゼもシスター・クレアから貰ったお金で生活している手前、葉加瀬を擁護することは出来ても、夜見と肩を組むことは出来ない。

「私は……葉加瀬さんを応援する……かな?」

「リゼ様……ありがとう」

 ところで、とリゼは切り出して、

「ご注文はお決まりですか?」

 葉加瀬と夜見は二人揃って「あ」と忘れていたメニュー表を開いた。



     △△△



 ようやくメイド喫茶から解放されたリゼ・ヘルエスタはさらなる戦地に赴く兵士の如く、死にそうな顔をして夜道を歩いていた。

「私って働きすぎじゃない?」

 朝は小野町亭の手伝い。

 昼はメイド喫茶でメイド働き。

 夜は博物館の警備。

 こうして今日一日の簡単なスケジュールを書き出してみれば、自分は本当に王様だったのかと疑ってしまうほどの激務である。

「昔はイスに座ってるだけで良かったのに……」

「まだ警備の仕事終わってないけど」

「生きるのって難しい……」

 隣を歩くアンジュが現実を突き付けられ、リゼの吐く息はますます重くなる。

「……私、死ぬかもしれない」

「大袈裟すぎひん?」

「とこちゃんとアンジュは……元気そうだね……」

 下を向くリゼに、二人は苦笑いを浮かべた。

「まあまあ、お礼にメイド服貰えたんだから良かったじゃん」

「ィゼちゃんお疲れさま」

 いまだに猫耳カチューシャを装備しているリゼは「ニャー」と鳴いた。

「でも、私……最後までルンルンと話せなかった……」

 心残りがあるとすればそれだ。

 夕方ぐらいからクソほど忙しくなり、ルンルンと話す時間が取れなかったのだ。

「また行けばいいやん。そんな落ち込まんでも」

「アンジュはルンルンと話せたでしょ? どんな子だった?」

「いや、あたしが話したのはいい匂いのする……梢桃音って子だったかな」

 リゼは言葉にせず、軽蔑の眼差しでアンジュを見つめる。

「なに、その顔は。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

「別に……」

 戍亥が手を上げる。

「ルンルンを捕まえてたのはアタシやね」

「とこちゃんだったんだ」

「うん。捕まえてぐちゃぐちゃにしてた」

「ぐちゃぐちゃに……って。ルンルンは死んじゃったの?」

「あまりにも可愛くて……内なる破壊衝動を抑えきれませんでした。ごめん、リゼ」

「私もう会えないじゃん!」

 悲しみで声が震える。

 嘆くリゼの肩に、戍亥はそっと手を置いて、

「大丈夫。また会えるよ」

「ミンチにしちゃったんじゃないの?」

「手の平サイズくらいまで丸めたけど。その後、ちゃんと元の形に戻ってた」

「それほんと……?」

「ウチが嘘ついたことある?」

「じゃあさ、じゃあさ。ルンルンはボコボコにしても良いってコト?」

「もちろん」

 やったー! とリゼは喜んだ。その満面の笑みにアンジュは、

「リゼってそんな怖いこと言う子やった?」

 答えは返ってこない。頑張れルンルン、負けるなルンルン、アンジュはそう心の中で呟きゆっくり顔を上げた。

 いつの間にか目的の博物館はすぐ目の前まで迫っていた。




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