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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
40/75

ヘルエスタ王国物語(40)




 リゼが連れて行かれたのはメイド喫茶の前にある小さなベンチ。リゼは何も言えず、とりあえず相手の言葉を待っていた。そして時間が経ち、数秒の沈黙がやがて苦痛になりはじめたあたりで、リゼは音の無い状況に耐えられなくなり、隣に座る少女に向かって声を投げた。

「み、美兎さん、メイド服似合ってるね。なんか萌って感じがする」

 リゼに名前を呼ばれ、月ノ美兎はツンとそっぽを向く。

 無視された。

 ───会話のタイミング間違えた? それとも美兎さんの気分が乗らなかっただけ? でも、話があるって連れてきたのは美兎さんだし。

 やっぱりここは美兎さんから話しかけてもらえるまで待つのが正解? ……どうしたらいいのか分かんないよ。

 目まぐるしく回る脳内。

 緊張で肩に力が入り、眺めている地面が揺れているような気がした。

 言葉が返ってこない以上、彼女の表情からどんな心境なのかを読み取るしかない。意を決してリゼはちらりと美兎を覗く。彼女は以前あさっての方向を向いて、リゼと目を合わせようとすらしない。

 沈黙。

 リゼにとって苦しい時間が続いた。

 そしてようやく、救いの手が差し伸べられる。

「地下でのこと……覚えてる?」

 リゼは少し迷って、

「覚えてるよ。あの時、美兎さんが背中を押してくれなかったら、私は───」

「その後の話なんか聞きたくない」

「……そっか」

「……───」

「……───」

 また、沈黙。

 そんな何もない時間のなかで、リゼ・ヘルエスタは思い出していた。

 地下で美兎に教えられた王様としての責任。

 魔物たちがヘルエスタ王国を押しつぶそうとしているのに、どうして王様である貴女は何もせず隠れているだけなのか、と。

「それでも私は美兎さんに感謝してる。美兎さんがいなかったら、私はたくさんの人たちに出会えなかった」

 嘘じゃない。

 美兎がどう思っていても、リゼはただ感謝を伝えるだけ。

 むしろ、気分が悪いのは美兎のほうだった。

「ねえ、リゼ。わたくしは貴女に死んでほしくて地上に送り出したの。あわよくば、魔物に喰われちゃえと思って」

「えぇ!?」

 唐突な、死んでほしい宣言。

 温かい気持ちに変わりかけていたリゼの内情は半ばパニック状態に陥る。

「だってそうでしょ? 貴女は自分の父親を、わたくしの伯父を殺したんだから。そのせいで月ノ家は裏切り者扱いされて没落。その後も……まあ、色々あったんだよね」

 美兎は笑い話のように続ける。

「お陰様で。今は学校を休んでメイド喫茶でアルバイトする日々ってわけ」

「……───」

 呼吸の仕方を忘れて、リゼは自分のしでかしてしまった事をあらためて意識させられた。

 それはヘルエスタ王国に住むすべての国民が心のどこかに抱えている、ひとつの恐怖。リゼ・ヘルエスタに逆らえば処刑されるというシンプルなものだった。

 言い訳はできない。

 たとえ魔法で操られ、そこに自分の意思がなかったとしても、リゼは恩人を、家族を、自分の手で皆殺しにして王様になったのだ。

 月ノ美兎はリゼ・ヘルエスタによって人生を狂わされたひとりの人間に過ぎない。他にもたくさん。目に見えない糸で繋がった人たちをリゼは気づかないうちに殺してしまっている。

 一体どれだけの人たちから未来を奪ってしまったのか、想像すらできない。

 謝って。

  謝って。

    叫んだとして。

 その答えは血で染まっているのだ。

 自分勝手で身勝手な暴君は、決して幻想なんかじゃない。

 ここにいる。

 ベンチに座っている少女こそ暴君だ。

「お金に困ってるなら支援するよ」

 歯を食いしばり、のどから必死に絞り出した言葉。過去は消えないと知ったうえで、リゼは今度こそ誰かの役に立ちたいと願う。

 美兎はからかうようにリゼの顔を覗き込こんで、

「ひょっとして気持ちよくなろうとしてる?」

「そんなこと───」

「じゃあなーんで、上から目線なのかなぁ?」

 それは美兎からの気づかいだった。

 リゼは涙を落とさないよう顔を上げると、今度こそ、正面から美兎を見つめる。

 笑って、

「お願いします。支援させて下さい」

「絶対にお断りです」

 ふん、と美兎も笑い返す。

「貴女に借りを作るなんて死んでもイヤ」

「でも、それじゃあ……」

「別にいらないって言ってるでしょ」

 ひと呼吸おいて、美兎は続けた。

「……話を戻すけど。わたくしの方こそリゼに謝って気持ちよくなりたかったの」

「美兎さんが私に謝るようなことあったかな?」

「地下で酷いこと言ったじゃん……」

「言われたような、言われてないような」

 確かに避難した先で色々なことを言われたが、リゼは最初から避難することが目的で地下に行ったわけではない。当時、リゼが地下に潜ったのは地上で自分を助けてくれた舞元を瓦礫の山から救い出すためだった。

 それが美兎の目には戦場から逃げ出したように見えたのだろう。

 無理もない。

 しかし、目的の誤解があったからといって、最終的に美兎の言葉がリゼの背中を押したことも事実である。

 あの瞬間、美兎とリゼが出会っていなかったら、リゼは舞元の救出を諦めたあげく、ヘルエスタ王国の物語は終わっていたかもしれない。

「リゼって……たまにバカだよね。能天気っていうか……呆れる」

「美兎さんからの罵倒ってなんか気持ちいい」

「わたくしを変な目で見るんじゃないよ」

 リゼはひと息ついて、

「でも、何かあったら頼ってほしい。必ず助けるから」

「イヤでーす。貴女に頼ったらろくなことにならいでしょ。それに頼るならリゼじゃなくて、サロメさんに頼るから」

 聞き馴染みのある名前が飛び出してリゼは驚いた。

「サロメさんって……あの白い虎を飼ってる?」

「なに? サロメさんのこと知ってるの?」

「うん。冒険者の研修をしてる時に───」

「ちょっと待って、冒険者? ……なんで冒険者?」

 いくら成績優秀で黒髪美少女の月ノ美兎といえど、思い至らないことはある。

 この場合、どうしてリゼが冒険者になっているのか不思議だった。彼女は冒険者にならなくても自由に生きいけるハズなのに。

 リゼは照れたように頭の後ろを掻いて、

「いやー、お恥ずかしい話。つい最近、王城を追い出されてしまいまして。これを機に色んなことに手を出してみようかなと思った次第であります」

「王城から追い出されたって……それじゃあ、今の王様は誰なのよ」

 うーん、とリゼは考えて、

「私の分身みたいな二頭身野郎」

「はぁ?」

 リゼは美兎に説明を求められ───戦いの傷を治して家に帰ってみたら、シスター・クレア率いる新しいヘルエスタ王国の代表者たちに注目されて怖かったこと。そして玉座にはリゼに似せて作られたリゼとは全く異なるリゼダヨーと名乗るぬいぐるみみたいな奴が座っていたこと。すべてを失った今だからこそ、これまで我慢してきたことをやってみようと挑戦を始めたこと。洗いざらい吐き出した。

 胸のつかえが取れたリゼの表情は明るい。

 一方、月ノ美兎は頭を抱えていた。

「で、その足掛かりが冒険者になることだったと?」

「はい」

「……───」

「……───」

「納得できるかぁ!」

「怒らないで! 私だってどうしていいのか分からないの。だから怒らないで!」

「うるせぇ! じゃあ、メイド喫茶に来たのもわたくしへの嫌がらせってことじゃん!? もし違うなら納得のいく理由を言ってみなさいよ」

 リゼは答えに困った。

 だって、メイド喫茶に来た目的はメイド喫茶で働いているという謎生物、ルンルンを一目見ようと思っただけ。

 その他はノリと勢いに身を任せた結果なのだ。

「私、美兎さんがここで働いてるなんて全然知らなくて。本当に出会ったのは偶然で……奇跡で……たまたまばったり出くわしちゃっただけなの。お願い、信じて!」

「ストーカーみたいな言い訳するんじゃねえ!」

 どんどん口調が荒くなっていく美兎に対して、リゼはなんとかこの場を納めようと口を動かす。

 ただ、そこに思考があったかは別の話。

「私たち付き合って一ヶ月なんだから。そんなストーカーだなんて……恥ずかしがらなくてもいいのに……」

「おい。意味不明なこといってもわたくしは誤魔化されないからな?」

「……純愛だよ?」

「もう黙りなさい」

 これ以上の言い合いは無駄だと判断したのだろう。美兎は静かに諦めて、高ぶった感情を収めていく。

 しかし、おかしい。

 リゼの脳内では美兎と付き合って、結婚まで約束したような気がするのに。

「いいよ。そこまで答えたくないなら、わたくしにも考えがあります」

「美兎さん、目が怖いよ」

 リゼは横目で、美兎の表情が歪んでいくのを見た。

 まるで好きな子に意地悪をする子供のように───ちょっとした不幸がリゼに降りかかってきますようにと願っている顔だ。

 そんな美兎に手を引かれ、リゼが連れて行かれたのはメイド喫茶の裏口だった。

「さっき色んなことに挑戦したいって言ってたでしょ。だったら、わたくしと同じ気持ちを味合わせてあげる」

「美兎さん私まだ心の準備が……」

「大丈夫。リゼならすぐ人気者になれるから」



     △△△



「美兎さん。お疲れさまでーす」

「はーい、お疲れさま」

 声をかけてきたのは、水色の髪をした少女───珠乃井ナナだった。

「ナナちゃんちょっとこっちに来てくれる」

「どうしたんです?」

 美兎の手招きに応じるまま、珠乃井は軽い足取りで更衣室の前まで進む。

「いやー、感想を聞かせてほしいんだよね」

「感想?」

「待って美兎さん! 私やるなんて一言も───」

「これも社会経験だよ」

 カーテンの向こうから聞き慣れない声がした。

 ん? と珠乃井は首を傾ける。

「あのー、もしかして今日はいる予定だった新人さんですか?」

「え? ああー、うん。実はそうなんだよね」

 頷いて、美兎はカーテンに手をかける。

 小さな抵抗があった。

「往生際が悪いですよ。観念して可愛いメイド姿を世界に晒しなさい!」

「ムリムリムリ。絶っっ対ムリ!」

「大丈夫。貴女、顔だけはいいから」

「顔だけ!?」

 二人の会話を聞いて、珠乃井の手が上がる。

「着替えるのに手間取っているようでしたら、ナナが中に入ってお手伝いしましょうか?」

「だって。どうする?」

「───ッ!」

「別に恥ずかしがることないよ。ちゃんと似合ってるんだから。そ・れ・に。慈悲深いわたくしはミニスカじゃなくてロングスカートを選んであげたでしょ」

「それとこれとは話が───」

「うだうだ言わない」

 話を遮るように、美兎が更衣室のカーテンを開いた。

 珠乃井は突如として現れた、銀髪猫耳メイドに思わず息を呑む。

「わあ、キレイ」

「ほら、わたくしの言った通りの反応でしょ」

「は、恥ずかしい……」

 目に入れても痛くない美少女を前にして、珠乃井は言う。

「でもこの子、どことなくリゼ様に似てるような……」

「そりゃリゼ・ヘルエスタ本人だからね」

「へぇ、本人……え? え? えぇ!?」

 驚くのに、数秒。

 理解するまで、数時間かかるだろう。

 先ほどまでリゼのメイド姿に見惚れていた珠乃井の意識は、その顔色をゆっくりと青く染めていく。

「ど、どどど、どうしてリゼ様がこんなところに!?」

 驚きつつも質問してくる珠乃井に対して、美兎は簡潔に答えた。

「リゼって、わたくしの従姉妹なんだよね。あと、社会経験を積みたいって言ってて。だから今日は夜まで働かせるつもり」

「聞いてない! 美兎さん、私働くなんて聞いてない!」

「今言ったからね」

 リゼの物言いも美兎には通じない。

「私お家かえる!」

「フハハ、もう遅い! 貴女はこれからメイド服を着て、馬車馬のように働くんですよ」

 その場に崩れ落ちるリゼと高笑いで悪役感満載の月ノ美兎。

 ほんのり魂の抜けている珠乃井は、二人の会話に心臓を右往左往させている。

「み、美兎さん。もしかしてこの店……脱税とかやってます?」

 一瞬、質問の意味を考えてうえで、美兎は珠乃井に向き直る。

「ちゃんと払ってると思うけど。どうしてそんなこと聞くの?」

「だって、リゼ様がメイド喫茶にくる理由なんてそれぐらいしかないでしょ……」

 珠乃井なりにリゼがここにいる理由を頭のなかで探した結果。その答えが、メイド喫茶の脱税だった。

 ぺたん、と床で女の子座りしているリゼに美兎は、

「リゼってお金の管理できるタイプ?」

 リゼは真顔で、

「美兎さん。私がお金の管理なんてできるように見える?」

「見えないね」

「でしょ?」

 二人は納得している。しかし、珠乃井は何も分からない。

「それじゃあ本当にリゼ様はメイド喫茶でメイドをやるために来たんですか?」

 違うよ、とリゼが答える前に、

「王城でぬくぬくと育った皇女様にわたくしが社会の厳しさを教えてあげようと思って。ナナちゃん、リゼを立たせるの手伝ってくれる?」

「リゼ様にナナなんかが触れてもいいのでしょうか……」

「大丈夫、大丈夫。リゼも普通の人間だから」

 二人に腕を引っ張られ、リゼは理不尽を感じながらも立ち上がる。更衣室に置かれた鏡の前まで歩かされると、写る自分と目が合った。

「私、可愛い……」

 猫耳とツインテールとメイド服。

 この三種の神器は少女が身につけるだけで、世のご主人様を狂わせる破壊力を持っている。が、リゼのように容姿端麗な美少女が身につけるとことで、その破壊力はさらに超新星爆発を起こしていた。

 完全装備したリゼの愛らしさは、まさにピラミッドの頂点。

 ご主人様たちの息の音を止めるために誕生した純潔の花である。

 何人たりとも手に入れることはできない。

「よし。準備も出来たし、そろそろ行こっか」

「行くって……」

 どこに? と、リゼは喉から出かけた言葉を飲み込んだ。

 分かっている。

 メイドになったからにはご主人様に挨拶をしなきゃいけない事ぐらい。



 猫耳メイド服を着た美少女が店内に現れたことで、その場にいるご主人様たちの視線を釘付けにしたのは言うまでない。

「今日は特別メイドとしてリゼ・ヘルエスタさんが来てくれましたー。今日は夜までいてくれるのでご主人様たちはリゼをこき使ってあげてねー」

 美兎からの簡単な紹介を聞いて、接客していたメイド含め、客たちのほとんどが困惑顔で動かなくなった。

 氷が解け始めるまで、五秒ほど。

「本人? マジ?」

「あ、ィゼちゃんや」

「どうしてこんなところに……」

「可愛い!」

 各々の意見が飛び交うなか、リゼは見つめられることに恐怖を感じる。

 王様として人前に出るのは得意だが、奉仕する側で期待されるのは初めてだ。

 何をすれば相手が喜んでくれるのかちっとも分からない。

 ……いや、もしかするとご主人様から良からぬお願いをされて、流れに流されるまま、あれやこれやと、好き勝手に身体を触られる可能性だってある。

 そうやってリゼがいつも通り考えすぎていると、

「ほら、自己紹介して」

「り、リゼ・ヘルエスタです。よ、よろしくお願いします……」

「笑顔」

 美兎に背中を押され、笑顔を作るリゼ。その笑顔は引きつっていた。

「まずは肩慣らしにリゼの友達のところに行こうか」

 騒がしい人たちの間を縫って進む。途中、怖くなったリゼは前を歩く美兎のメイド服を指先でちょっとだけ摘まんだ。

 そしてアンジュと戍亥。

 舞元と力一の四人が座る席に到着すると、リゼは教えられた言葉を口にする。

「ご注文はお決まりですか? ご主人様」

 声に出した途端その恥ずかしさで全身を引き裂かれるような気がした。

 いっそのこと消えてなくなりたい。

「リゼ、可愛いじゃん」

 女を口説くチャラ男みたいな口調のアンジュ。

 上から下までリゼのメイド姿を堪能するような視線に思わず手が出そうになる。

 しかし、アンジュは素直に可愛いと褒めてくれているのだ。

 そこに悪意はない。

 だからこそ、たちが悪いとも思う。

 もっと茶化してくれれば、アンジュでこの恥ずかしさを発散することができたのに。

 リゼは親友から贈られた言葉を、悶えながら受け取るしかない。

「ムカつくなぁ……」

「ご主人様に向かってその態度はどうなの?」

 リゼは顔を真っ赤にして、

「うるさい! うるさい! さっさと注文したらどうなのよ!」

 ふん、とそっぽを向く。純粋な気持ちで褒めていたアンジュは、リゼの言葉に戸惑い固まってしまう。

 もうひとつ、そんなリゼのセリフを聞いて感心する声があった。

「これは見事なツンデレ。リゼ様、才能あるぜぇ……」

「ホント、素晴らしいですね」

 舞元と力一は腕を組み、すべてを理解した顔で頷く。

「舞元さんも力一さんも悪ノリしないでください……ていうか、ツンデレじゃないです」

 そう呟くリゼに、二人はぐっと親指を立てた。

 気にするなよ、俺達は分かってるから、といわんばかりである。

「でも、メイドさんになって戻って来るとは思わへんかった。なんでそうなったの?」

「とこちゃん、実は───」

「はい、はーい。戍亥さんが気にするような事は何もないですよー」

 喋ろうとしたリゼの口を美兎の両手が塞ぐ。

 さらに。

 さらに。

 そんな美兎を横から搔っ攫っていくおっぱいがあった。

「美兎さーん! 久しぶりー! 最近どう? 元気にしてた?」

「ニュイ先生、苦しいです。……ぷはぁ」

 美兎はニュイ・ソシエールのおっぱいから這い出して、

「わたくしは元気ですよ。先生こそどうしてここに? 今は学園祭の準備で忙しいハズじゃ……」

「そんなの決まってるじゃん。可愛い教え子が心配で会いに来たの。ついでに、美兎さんの出席日数が進級ギリギリだってことも伝えに、ね?」

 それを聞いた美兎の口から、ぐぬっ、という気苦しそうな音が鳴る。

 距離を取ろうとする美兎に対して、ニュイが詰め寄った。

「裏で話しましょうか。公の場で色々言われるのは美兎さんもイヤでしょ?」

「……分かりました」

 ため息、ひとつ。

 美兎はポケットから紙とペンを取り出すと、それをリゼに押しつける。

 その後の展開がなんとなく予想できてしまったリゼは首を振って拒絶する。が、そんなことお構いなしに美兎はリゼの肩に手を置いて、

「この紙に四人分の注文を取ってあそこにいる二人に渡せばいいから」

 美兎の指はカウンター席で接客をしている司賀りこと綺沙良に向いている。

「ずっと傍にいてくれるんじゃないの?」

 細く、救いを求めるような声だった。

 子犬のように───誰かを頼りたい気持ちでリゼは泣きそうになる。

「わたくしだってリゼひとりに任せるのは不安だよ。でも、みんな忙しいからさ……本当ごめん……」

「そんなこと言われても私ひとりじゃ……」

「お互い頑張ろう。それじゃ」

 そう言い残して、美兎はニュイと一緒に店の奥地へと消えた。

 メモ帳を託されたリゼの表情は暗い。

「アンジュ、とこちゃん……私、どうしたらいいと思う?」

「そんなこの世の終わりみたいな顔で見つめられても」

「ひとまず、ウチらで練習してみたら?」

「う、うん」

 リゼは四人の注文を順番にメモしていく。長くて意味の分からない名前のドリンクはパッションで覚えることにした。

「後はこれを二人に渡せばいいだけ。……どっちに渡せばいいと思う? それとも二枚用意して二人に渡したほうがいいかな?」

「考えすぎ。そんなこと誰も気にしません」

「不備があったら怒られるのは私なんだよ!? それに、もしかしたら……急に空から魔法が降ってきて私の書いたメモが二人に手渡す前に燃え尽きちゃうかもしれない。そんな事になったらって考えると私は気が気じゃないわけ。アンジュはただ待ってればいいけどさ。……私にとってここは戦場なの。だから、もう一枚の予備を準備して二人のところに向かうのが正解だと思うんだよね」

「だったら書いたらよろしいのでは?」

 アンジュの何気ないひと言が、リゼの感情をさらに爆発させる。

「そうなったら、そうなったで、私が紙を無駄使いするイヤな女だって思われるかもしれないじゃん! そしたらあそこにいる二人にも嫌われて……せっかく仲直りした美兎さんにもまた嫌われちゃう。万事休すだよ。八方塞がりだよ。うわああああああああああああああああ!!!!!!」

「あたしの親友、おもろ」

 四人に見送られてリゼはカウンター席を目指す───その距離は彼方のよう───リゼは挫けて四人のいる席に戻ってきた。

「これ暗号化とかしなくても大丈夫かな?」

 帰ってきたリゼのひと言は、その場にいる四人の目を丸くさせる。なにせ、ただの注文票をまるで国家機密レベルの重要な書類であるかのように扱おうというのだ。そこまでいくともはや笑い話では済まされない。

「不安なのは分かる。誰だって初めてのことは怖いもんだ。でも、リゼ様ならきっと乗り越えられる」

 すかさず、舞元のフォローが入る。

「本当ですか?」

「俺は信じてるぜ!」

「……ありがとうございます」

 励まされて、落ち込むリゼ。

 そんな彼女を戍亥はバッサリと切り捨てる。

「はよ、行きなさい」

「とこちゃん……でも……」

「でも、じゃありません。いつまでご主人様を待たせるつもりですか。はよ、飲み物持ってきなさい」

 はい、とリゼは不安と緊張を吐き出すと、再びカウンター席にいる二人に向かって歩き出した。

「戍亥……今日は厳しいね」

「ィゼちゃんはやれば出来る子やから。これも愛よ」




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