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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
再会編(プロット)
4/33

ヘルエスタ王国物語(4)



「やっぱ仕事終わりのカツ丼が一番美味い!」

「良かったです」

 カウンターテーブルに座って七瀬すず菜が作ったカツ丼を、舞元啓介は箸を止めずにかきこんでいた。

「いやー、ホント開いてて良かった。この時間だと、どこも店やってなくてさ」

「わたしもカフェが終わってから来たので」七瀬は続ける。「でも、二人はどこに行っちゃったんでしょう」

「ああ、小野町と凛月ちゃんか。朝にいなくなったんだっけ?」

「はい。それっきり行方知れずで。小野町亭の人たちもどこに行ったのか分からないらしいんです」

「心配だなー」



 二人の心配をよそに、話題の二人と一人は自由落下の真っ最中だった。

 旅館どころかヘルエスタ王国を見下ろせる位置に転送された三人。

 空の上とも思えるようなその場所で───。

「凛月、アンジュさん。見てください。夜景がキレイですよ」

「アンジュさん! 春ちゃんの意識がどっかいっちゃった───」

 現実逃避をする若女将の肩を揺らし、必死に呼び戻そうとしている凛月。

 その隣でアンジュはクッションになりそうなものを探すが、すぐに諦め、錬成陣を空中で編みはじめる。

「アンジュさんが助かる方法を考えてくれてるから。お願いだからもどってきて」

「あははは」

 プレッシャーがアンジュの指を震わせる。

 凛月の期待を裏切るようで申し訳ないが、助かるかどうかはほとんどギャンブルになるだろう。今は錬金術でなんとか空気を薄い膜に変え、それを突き破ることで落下速度を落としている。

 しかし、それだけで助かるような状況ではない。

 三人とも助かるためには、今編んでいる錬成陣を地面に触れさせ、石畳をクッションのように作り直すしかないのだ。

「凛月さん! 小野町さんを抱えてあたしの後ろに来てください。早く!」

 錬成陣は描き終わった。

 あとは床に触れるだけ───できるだろうか?

「やるしかない」

 もう目と鼻の先には地面がある。

 幸か不幸か、落下地点に人影はない。あとはタイミングだ。

「何とかなれ───!」

 アンジュは錬成陣を床に叩きつける。

 青い稲妻とともにクッションが錬成され、三人は、ぽす、と音を立てて沈み込んだ。

 どうしようもない絶体絶命のピンチから生還した三人は、天に向かって高らかに、拳を突き上げるのであった。



 世界中の生きとし生けるものに舞元啓介が問う! おっぱいに埋もれたいと思ったとはあるか? と。

 男の欲望を持って生まれたものなら必ずしもそんな夢を抱くはずだ。

しかし、夢だからといって諦めているのだろう?

俺は、そんな君たちに希望を与えたい。

 おっぱいに包まれるということは、この上ない幸福なことである!

 例え、その身を炎に焼かれようとも、おっぱいに包まれたという記憶を蘇らせるだけで、心に訪れる平穏は他のどんなものよりも代え難い甘さだ。

 そして俺は、安らかなる幸福を手に入れた!

 仕事終わりにカツ丼を食い、旅館の温泉で一休みをし、立ち去ろうとしたその時、沈み込んだのだ。天国に───。

 ありえない優しさは人を天国に連れて行ってくれるというが、ふむ、なるほど。

 俺は天国に行く方法を見つけた、というわけか。



     △△△



 アンジュの朝は痛みから始まった。

「うっ……」

 それは落下する際に使用した錬金術の反動。

 突如として空中に放り出されたあの状況では、自分の身を焼かなければ錬成陣を描くことは出来ず、材料も自分を素材としなければならなかった。

「ちょっとだけ、筋肉が溶けちゃってる」

 右腕に触れ、苦痛に耐えながら持ち上げる。

「ハァ、ハァ……」

 アンジュは星の錬成陣を輝かせ、しぼんだ腕に向ける。

 ゆっくりと痛みが引いていき、しぼんでいた右腕にはやがて程よい肉がもどる。

 『月』に施された錬金術は、時間の逆行。

 自分にしか作用しないが、二日前の状態に戻すことができる。

「……───」

 本音をいえば、『星』に関連する錬金術はまだ使いたくない。消耗が激しく、あとでどんな代価を支払うことになるか分からいからだ───師匠との修行で三つ使った時は、一ヶ月ぐらい食べ物の味が全部うんこみたいになったんだよな。またうんこ食べるのかな……。イヤだな───しかし、使ったのは一つだけだ。

 一つならそこまでの代価を支払うことはないだろう。

残りの『星』はリゼのために取っておきたい。

「よし!」

 身支度を済ませて一階に降りる。食道では小野町と凛月、そして新人の七瀬すず菜が食堂で忙しなく働いていた。

「おはようございます、小野町さん。ご飯もらいに来ましたー」

「アンジュさん! 心配してましたよ。あの、腕のほうは大丈夫ですか?」

 恐る恐るたずねてくる小野町。

アンジュは袖をまくって右腕を見せる。

「あれ? しぼんでない……」

「一晩寝たら治りましたよ。先にご飯食べてもいいですか? もうお腹ペコペコで」

 はい、と小野町は笑顔で答える。

調理場のほうから定職を持ってきて、アンジュに渡す。

そしてすぐに調理場へと戻っていった。

 アンジュが席に座ると、近くにいた舞元が声を掛けてきた。

「いやー、昨日は空から女の子が落ちてくると思わなかったぞ」

「舞元さんは知ってるんですか?」

「おうよ。あやうく、天国に行くところだった」

「天国?」

 もしかして自分の知らないあいだに話が広がったのだろうか。

 それにしても早すぎるような───。

「なんだ覚えてないのか? 気を失ってたお前を部屋まで運んだのは俺だぞ」

「え?」

 アンジュは絶句する。

 目が覚めた時の光景を思い出す。自分はほとんど下着姿だった。落下中に服がはじけ飛んでいたとか? いやいや、ありえない。服は錬金術で作られたものだ。そう簡単に破けたり吹き飛んだりはしない。では、どうして? 人を運ぶだけで服を脱がすことのできることの出来る魔法があるのだろうか。否、あるわけがない。仮にそんな魔法を持った生命体が存在していたとしたら、すべての『星』を使ってでも葬り去る。だが、舞元からは魔法使い特有の魔力の流れを感じられない。つまり、脱がされた。それ以外に考えられない。部屋で! 服を! この優しそうに微笑んでいる三十代後半の一般男性はあろうことか、純情な乙女の、それもかなりデリケートでナーバスな部分を自身の欲望のままに覗き見たのかもしれない! もしそうなら、小野町さん、凛月さん、すず菜さんも危険だ。早急に始末しなくては───だがしかし、処刑するには材料が足りない。

 ちゃんとした確証を得なければ獣の駆除は出来ないのだ。

「舞元さん質問させてください。返答によっては、舞元さんを……殺さなくちゃいけない」

「いきなり物騒なこと言うんじゃありません。知り合ったばかりだっていうのに、どうしてこんなに早く恨まれるかね」

「……すべては答え次第です」

 アンジュは持っていた箸をテーブルに置き、

「質問します。舞元さんは、あたしの……服を、その……」

「ああ、脱がせ───」

 殺さなきゃ。

「アンちゃん、待ちなさい、落ち着きなさい。まずは話を聞くところから」

「もう聞き終わりましたよ」

「だから話は最後まで聞こう! 多分、勘違いしてるから! いや、絶対に勘違いしてるから!」

「勘違い?」

「そうだよー、勘違いだ! 確かにアンちゃんを部屋まで運んだのは俺だ。そこは否定しない。だけど服を脱がせたのは、小野町と凛月とすず菜だ。三人が交代制でアンちゃんの面倒みてたんだよ。すげー汗かいてたし。風邪引くかもしれないからって」

「じゃあなんで、部屋で下着のままだったんです?」

「知らねえよ。俺は一階の調理場で今日の仕込みやってたから……。あとで三人に聞けばわかるだろ。あといい加減その手に持った炎を消してくれ、怖ぇよ」

 冷静さを取り戻し、アンジュはイスに座りなおす。

「お前の情緒どうなってんの?」

「舞元さんが全部悪い」

「もう何言っても俺が悪いことになりそうだな……」

 アンジュはふと、思い出して、

「そういえばさっき、あたしのこと汗くさかった、って言いましたよね」

「う、ううん。言ってない」

「やっぱり殺さなきゃいけないのかも」

 アンジュは再び炎を呼び出す。が、それは舞元の一言で霧散した。

「分かった! 仕事を紹介してやる。困ってんだろ? それでもう勘弁してくれ」

「……あたし、身分証、ない」

「大丈夫だ。むしろ、そういう奴を探してた! アンちゃんにしか出来ない仕事だ」

「あたしにしか出来ない」

「アンちゃん最高! アンちゃんの天職! アンちゃんは頼りになる存在!」

 舞元は大声と拍手喝采で、アンジュが羞恥心でバラバラになるまで褒めちぎる。

 食堂に響くコールに悪ノリした人たちも合わせた大合唱。

 アンジュは恥ずかしくなり、急いでご飯を食べ終え、席を立つ。

「ちゃんと仕事の紹介してくださいよ」

「オジサンに任せなさい!」

 ようやく地雷から解放された舞元は、燃え尽き症候群のような無気力さに倒れ込む。

 どこを踏んでも、何をしても爆発する。無数の複雑さが絡み合った女心を理解するためには何かしらの儀式が必要だ。

 血の気も失せ、生きることに疲れ果てた舞元は、深呼吸をし、ため息を吐く。

 問題は、夜。

 夜の仕事。

 さて、どうしたものか───。



 夜、舞元啓介に連れられてアンジュは人気のない路地を歩いていた。

 湿気を含んだ風と酒のにおいが顔にあたる。そんな怪しさで百点を取れそうな場所にある仕事といえば、アンジュの思いつく限り、身体を使ったいやらしいものしかない。

 毛も逆立つが、しかし、選択肢がないのも事実だ。

 身分証がないアンジュにとって考えられる最後の手段は───身売り。

 それだけは避けたい。

 頭を振って妄想を散らす。

 アンジュは警戒の色をいっそう強くして舞元の背中に追った。

「舞元さん、本当に仕事を紹介してもらえるんですよね?」

「人手が足りないって言ってたから大丈夫だと思うぞ」

「ちなみに……、どういうものか聞いても」

 アンジュの不安そうな声を聞き、舞元は冷や汗を流し、眉間にしわを寄せた。

 着いてからのお楽しみ、というわけにもいかないのだろう。朝と同様、急に癇癪を起されてはたまったものじゃない。

 だが、店主からもネタバレはしないようにときつく言われている手前、頭痛が痛い、歩いていて何か適当な言い訳を並べてもアンジュは信じないだろう。というか、自分が何を言っても信じたりしない。朝の時点で舞元への信頼は地に落ちているのだから。

 スタンス的には、話ぐらい聞いてやろう、という感じ───うーん、我ながら面倒くさい奴に声を掛けてしまった……。

「どうかしました?」

「その疑うような視線をやめなさい。オジサン傷ついちゃうでしょ。もうちょっとで着くから。それまで大人しくしてなさい」

「本当に怪しい仕事じゃないんですよね」

「もちろんさ!」

 怪しくはない。秘密主義なだけだ。

 路地をさらに奥へと進み、やがて袋小路になる。

「ここですか?」

 見渡しても壁しかない。あるのは、足元にあるマンホールだけ。

 アンジュの頬が引きつる。

 舞元は平気な顔でマンホールの蓋を開け、穴に入っていく。

「信じられません」

「気持ちは分かるよ」

「信じられません」

「気持ちは分かるよ」

「信じ! られま!! せん!!!」

 マンホールの中には身分証のない者だけに許される仕事がある、それはどう考えても危険極まりないものだろう。

 おそらく社会に仇なす晩餐会に招待されているのだ。

 まだ間に合う、という警告音だけがアンジュに逃げろと告げていた。

「来なくてもいいけどさ。もう二度と紹介してやらないからな」

 そう言い残して、舞元は穴の中に消えていく。

「ぐぬぬ……」

 アンジュは言葉を呑み、

「ちくしょう!」

 吐き捨て、マンホールを降下するのであった。




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