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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
36/75

ヘルエスタ王国物語(36)




 リゼたちが街に出ると午後三時を知らせる鐘が空を震わせた。

 本来であればもっと早い時間から依頼を始められる予定だったが、顔面に当たったクリームを落とすのに時間を取られてしまった。

「リ、リゼ様……怒ってますか?」

 この世の終わりを目撃した詩人のように、青ざめた表情で石神が聞いてくる。

 リゼは聞こえないふりをして、奇麗に整備された道を歩く。受け取った地図を広げると、目印の赤い丸のついた位置を確認した。

 場所は貴族街。

 この周辺に依頼された迷い猫がいる。

「リゼ様……」

 しぼんでいく石神に、リゼは凍りついた笑みを向ける。

「怒ってないよ」

「絶対怒ってますやん!」

「ううん。怒ってない」

 抑揚のないリゼの声音に石神の肩はますます狭くなっていく。そんな彼女の背中をさすって慰めるのは横を歩いている二人のチームメンバー。

 獅子堂と鏑木だ。

「のじょみ、ドンマイ!」

「誠心誠意の謝罪をすれば許してもらえると思うよ、鏑木は。あと……依頼をがんばれば挽回できるって、多分……」

「リゼ様、死ぬときは三人一緒でお願いします」

「え? あかりは死にたくないので、のじょみ一人でどうぞ」

「鏑木ってほら、まだ若いから……」

「うるせぇ! 三人仲良く処刑台にあがるんだよ!」

「おい。さっきから黙って聞いれば言いたい放題言いやがって。第一、顔にクリームパイを当てられたぐらいで貴女たちを処刑するとでも思ってるの?」

 リゼは王様のような口調で言った。

 三人は顔を見合わせ、

「「「違うんですか?」」」

「そんなに驚くところじゃないでしょうが! 人をなんだと……。私はこう見えて普通の女の子なんですぅ!」

「リゼ様……それは流石にちょっと無理があるんじゃ……」

「ああん?」

「なんでもありましぇん……」

 リゼにすごまれて、また一段と体を丸めてしまう石神。

 獅子堂は楽しそうに手を叩いて笑っている。

「もとはといえばお前にも原因はあるんだからな、獅子堂!」

「あかり、わかんない」

 最初にパイ投げを始めたのは獅子堂だ。しかし、当の本人はなにもしりませんよ、という顔をして口を開けている。

「二人ともいい加減にしなって。ほら、リゼ様行っちゃったよ」

 本来、リゼを引率するために呼ばれた三人だったが、女王様はひとりでも問題なく依頼をこなせそうである。

 これではサポート役に抜擢された意味がない。

「いいところ見せないと。じゃなきゃ、鏑木たちの評判にも関わってくるんだから」

 三人は急いでリゼを追いかける。

「ひとりで行かないでくださいよ」と石神。

リゼは立ち止まったまま、身体を横に向けて固まっていた。

「石神さん、猫って聞いたらさ。どんな大きさの猫をイメージする?」

「そりゃあ小さくて、可愛い」

「……私も」

 そう言ってリゼが指差した先に、目的の猫はいた。

「わ、わぁ大きい猫ですね」

 鏑木の現実逃避があり、

「いやいや、ろこちゃん。あれは熊だよ」

 獅子堂が続く。

 そしてリゼは、

「どう見たって虎でしょうが! 虎ぁ!」

 美しい白い毛並みに、雷のような黒い模様。猫にしては大きすぎる足。目に入って来るすべての情報が囁いている。

 絶っっっ対に、猫じゃない。

 リゼは依頼書の内容をもう一度確認する。猫の捜索とだけ記載されていたが、なるほど、捕獲ではなく捜索というところにもっと注目するべきだった。全身に雷を纏ったような猫を一般人が捕獲できるわけがない。

「見つけるだけでいいなら、最初から書いといてくれよ!」

 そもそもの話。

 虎をどうやったら猫に見間違えるのだろう。

 大きさも爪もすべてが違うのに。

 リゼが依頼書の向こう側にいる人物に文句を言っている間にも、虎はゆっくりと四人に近づいてくる。

「逃げよう……」

 そう提案する元王様だったが、鏑木からの「どうやって逃げるんです?」という問いかけに思わず口ごもってしまう。

 確かに───私たちが全力で走っても向こうはすぐに追いついてくるだろうな───生物としての格が違っている。

 背中を見せれば、襲われ、喰われる。

 だが、そんな危機的な状況にも関わらず、ひとりだけ虎に近づいて、

「お前、白虎だろ!? 一ヶ月もどこほっつき歩いてたんだよ。心配したんだからな!」

「Gau……」

 と、でっかい猫は石神に抱き締められて、嬉しそうに鳴いた。



     △△△



 ヘルエスタ王国警備隊・隊長ローレン・イロアス───彼はエクス・アルビオの団長就任とレヴィ・エリファの副団長就任を祝うために、二人を普段から通っている行きつけの店に連れていき、そこで───まぁ、バッタリ。

「そんなことある?」

 地獄の番犬に出迎えられ、咄嗟に彼の口から出た言葉は扉を開けた先で笑う戍亥とこに向けられたものだった。

 会いたくない。

 見たくもない。

 しかし、目の前でアハー、と立っているケルベロス。

「いらっしゃいませー」

 戍亥は店員らしく、ローレンたちを丁寧に出迎える。

 その姿勢に文句はつけられない。

 だが、彼女の瞳に薄っすらと赤い殺意が灯ったのをローレンは見逃さなかった───余計なこと言うなよ? と、釘を刺された感じだ。

 胃に穴が開きそうなストレスを押し殺しながら、ローレンは全身の筋肉を使って微笑み返す。

「どうぞこちらに」

 彼女に手招きされるがまま店に入ると、四番のテーブル席に案内された。

 『四』という数字は好きじゃない。

 無意識に『死』を連想させられる。

 三人が席についたところで、

「い、戍亥さん。さっきぶりだね」

 レヴィがぎこちなく声をかける。

「……───」

 答えは沈黙。

 何もなかった。

「メニューを決めはったら呼んでくださいね」

 そう言い残して戍亥は別のテーブル席に向かった。こちらとしても出来るだけ遠くにいてくれるほうがありがたい。

 注文を取りにきた戍亥を見て、客たちはライオンに狙われた小鹿のように震えている。

 ある意味、この店の平和に貢献しているともいえる。が、その一方でこの店の売上が心配になってしまう。

「ケルベロスが接客する店なんて、恐ろしくて入れねえよ」

 ローレンがテーブルに視線を戻すと、戍亥と上手く話せなかったレヴィが頭をテーブルに置いて、なにやらしくしくと猛省していた。

「どうした?」

「……僕、嫌われちゃったかな?」

「まぁ、嫌われただろうな」

「がーん」

 ローレンの返答がよほどショックだったのか、レヴィはテーブルの上に小さな水溜りを作る。

 彼女をリゼと一緒に追い出したのは間違いなく自分たちなのだ。こちらに敵対する意思がなくとも、相手にその気持ちが伝わらなければ争いは起こる。

 出会い頭に殺されなかったことが奇跡だ。

 日頃の行いとシスター・クレアに感謝しなければ───。

「よし。帰るか」

 ローレンの呟きに、メニュー表を開いていたエクスが答える。

「待てよ。せっかく来たんだし食べて帰ろうぜ。今日はローレンの奢りだしな。えーっと、この店のオススメは───」

「エクス、別の店にしよう」

「なんで?」

 溜息ひとつ、ローレンは続ける。

「お前なぁ、ケルベロスがいる状況で飯がのどを通るかって話だよ。見ろ、レヴィもこんなに萎れて」

「別に気にしなくていいだろ。オレは戍亥さんと仲悪いわけじゃないし。まぁ、ちょっと不気味な感じはするけどな……」

「いや、もっとヤバいだろ」

 ローレンからすれば、今の彼女は重い足枷を外された囚人。

 自由に生き、気分で殺す。

 警備隊の隊長として犯罪の現場になりそうな場所は見逃せない。

「そんなに緊張しなくてもいいって。今の戍亥さんは、なんかこう……自由な感じがしてオレは好きだけどな」

「……───」

 確かに。

 今の戍亥は、昔の……目を合わせるだけで人を八つ裂きにしていた彼女とは似ても似つかない。しかし、昔の彼女を知っているからこそ、自然体で笑う彼女に恐怖を感じてしまうのも事実である。

「よし、決めた。今日の昼飯はピザにしよう。レヴィはどれにする?」

「辛さ増し増しアラビアータ」

 この店にそんな裏メニューがあったのか、とローレンは自分よりもこの店に詳しいレヴィに驚きつつ、手元にあるメニュー表を開いた。

「俺は───」

「ご注文は?」

 決めようとしたところで息が掛かる。

 ローレンはぎこちなく首を回して声のするほうを見た。

「戍亥……」

「戍亥さん、やろ?」

 赤と黄色の瞳に睨まれて、メニュー表で顔を隠す。

「相変わらずウチのこと苦手なんやね」

 おもちゃで遊ぶような声音が耳に入ってくる。その言葉からまた不気味なものを感じて、ローレンは口を結んでしまう。

「戍亥さん!」

 沈黙を破ったのはレヴィだった。

 大きな音を立てて勢いよく立ち上がる。

「僕たちは三人のことを嫌いじゃないから! それだけは伝えたくて……いつでも頼ってくれていいからね!」

「他のお客様の迷惑になりますので、店内ではお静かに」

 戍亥の言葉を聞いて、レヴィは周囲を見回す。店にいる客たちから刺すような視線が向けられている。

「あ、え? ……ご、ごめんなさい」

 注目が冷めてきたところで、

「それで、どないしたん?」

 と、戍亥は空いているローレンの隣に座った。

「僕、謝りたくて」

「謝ったばっかりやけど……」

「そうじゃなくて。……王城でのこと。リゼ様と一緒に戍亥さんも追い出しちゃったから……そのことを謝りたくて」

「ああ、その事なら気にしてへんよ」

「え?」

 レヴィが歯の抜けたような声を出す。

「怒ってないの?」

「うん。リゼとンジュさんと楽しくやれてるし。王城にいる時よりも気が楽や。……今はこれといって不満はないかな」

 耳を疑うような答えが返ってきた。

 ローレンはてっきり、リゼの立場を気にした戍亥が王城に殴り込んでくるものとばかり思っていたが───考えすぎだったのか?

「ロレはん。うるさい」

「なにも言ってねえよ……」

「だけど、僕たちが教えられた情報は共有しておくべきだと思う」レヴィが口を開いた。

「そっちが本命やな。どんな理由があんの?」

「えーっと……」

 言いづらそうにしているレヴィを見兼ねて、ローレンが口を挟む。

「ハッキリしたことは俺たちも聞かされてないんだ。……ただ、王城にいるリゼ様は影武者としてニュイ・ソシエールが用意したものらしい」

「リゼの影武者?」

 戍亥は呟き、黙った。

 しばらしくて、怒気の籠った言葉が口から吐き出される。

「つまり。リゼの命を狙ってるバカが何処かに隠れてるってことやんな?」

「クレアさんの言うことを信じるなら、そうだな。戍亥───」

 ケルベロスの睨みつける攻撃。

「戍亥さん、は誰よりもリゼ様を大切にしてるみたいだからこの話は知っておいても損はないだろ? だからいい加減、そんな目で俺を見るのはやめてくれ」

「面白いからムリ」

「さいですか」

 ローレンは窓の方に視線を逸らし、頬杖をついて出来るだけ戍亥の顔を見ないようにする。何年経っても彼女への苦手意識は消えないらしい。

 しかし、警備隊の耳には『リゼ・ヘルエスタが狙われている』なんて情報は入ってきていない。暗部の方でも掴めていないという事だった。

 だからこそ気になる。

 シスター・クレアは一体どこから情報を手に入れたのだろう。

「まあ、情報ありがとう。あとでリゼに行っておく」

「戍亥さんは……リゼ様と一緒じゃないの?」

 レヴィが店内を見回し、リゼの姿を探す。

 戍亥は平然とした顔で言う。

「そうなの。今は別行動中───」

「なあ、お腹空いたよ……」会話を切るようにエクスが言った。

 くすくす、と戍亥は笑って、

「ご注文は?」

「特大ピザ十枚!」

「僕は辛さ増し増しアラビアータの大盛で!」

「ロレはんは? 何にするん?」

「俺は……コーヒーを貰おうかな。あとサンドイッチ」



     △△△



 アンジュ・カトリーナのベルさん生活一日目。

 夜。

 ソフィア・ヴァレンタインからアンジュに任された依頼というのは、簡単に言ってしまえば監視だった。その監視対象こそ王城で出会ったベルモンド・バンデラスである。彼の行動を記録することがアンジュの任務という事だった。

「あの人を見ていて下さい。片時も目を離しちゃダメですよ」

 しかし、ソフィアからはそれ以上のことは聞かされていない。可愛い声で念を押して、ソフィアはどこかに行ってしまった。

 彼女にはどうやら別の任務があるとのこと。

 美少女と二人っきりになれると思っていたアンジュだったが、残念なことにその希望は完膚なきまでに打ち砕かれた。

 それからアンジュは何時間もベルモンドをひとりで眺めている。

 食料には困っていない。

 一週間ここに引きこもっていても困らない量の食パンと水がある。

 加えて、大量のめんつゆ。これはどういう理由で置いてあるのか分からない……。

 椅子についても腰が痛くならないよう最高級のモノが用意されていた。

 最初こそ意味の分からない任務だったが、いざ始まってしまえばベルモンド・バンデラスを見ているだけでいい、という簡単なお仕事。

 何も怖がるようなことはない。

 現在の彼は紳士服の袖をまくり、たくましい腕をアンジュに見せびらかしながら、教会の入り口に花壇を組み立てている。次々と積まれていく白いレンガを見ても、アンジュにはその完成を想像することはできない。十分ほど経って、ひとりのシスターが土の入った袋を運んで来た。ベルモンドはすぐに駆け寄り、シスターの持っていた袋を代わりに抱える。

 その時、彼がシスターに向けた笑みはとても優しそうだった。

「おや?」

 自分の中で、ざわり、と動くナニかをアンジュは感じ取る。

 この抗いようのない気持ちを例えるなら、ずっと欲しかった錬金術の素材を別の錬金術師に横取りされたような感覚。

 悔しさと哀しみ。

 誰を責めることも出来ず、消化するにも時間の掛かるネズミ色の雲が胃に落ちた。

 自然。

 ベルモンドを見つめるアンジュの瞳に、影が宿る。

 教会に入っていく人たちはベルモンドを見つけるなり、近寄って、持ってきたお菓子を彼に分けてあげた。

 彼はとても人気があるらしい……。

 近づく人の中にはアンジュのよく見知った人物も混じっていた。

 舞元啓介───小野町亭の食堂で働いているオジサン。隣りには、ピエロのようなメイクを顔に施したジョー・力一が立っている。

 談笑があった。

 アンジュが監視している位置からでは三人の会話は聞き取れない。

 しかし、ベルモンドが楽しそうにしているということは、三人の仲はそれほど悪いものじゃないのだろう。

 三人は手を振って別れ、舞元と力一は教会に消えていく。

 アンジュは、再びベルモンドと二人きりの時間に帰れたことを嬉しく思う。

 本当に不思議なことだが、時間が経つにつれてアンジュはベルモンドから奇妙な友情のようなものを感じはじめた───あたしがこっちを見てほしいと念を送れば、ベルさんはこっちを見てくれる。その顔には我儘を隠すような、子供が親と手を繋ぎたいときにする複雑な表情を浮かんでいた───可愛い。母性本能がくすぐられるというか───とっても可愛い。いつまでも眺めていられる。

 目が合えば、すぐに逸らしてしまうベルさん。

 周りの人に頼られ、信頼されるベルさん。

 自分の知らないベルさんがどれだけいるのだろう。

 そしてベルモンド・バンデラスのことをどれだけ知ることが出来るのだろう。

 これから三日間が楽しみで。

 楽しみで。

 楽しみで。

 楽しみで。

 とっても幸せになれると思う。




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