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ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
新生編(プロット)
35/75

ヘルエスタ王国物語(35)




「たのもー!」

 舐められないよう勢いよく冒険者ギルドの扉を開けたリゼ・ヘルエスタは、自分に向けられる怪しい視線にさっそく身を竦ませる。

 周囲には筋肉を露出させた冒険者たち。

 たくましい腕と顔には勲章のような傷が入った男を見て、同じ冒険者であればカッコよく見えるのだろうが、リゼにとっては恐怖の対象でしかない。

 あの腕に掴まれた身動きもできないまま、あれやこれや、色んなことをされちゃうんだろうな、とリゼは余計な想像力を働かせ、すぐにアンジュの後ろに隠れた。

 親友を盾にしながら、できるだけ彼らの視界に自分が映り込まないよう注意を払う。

 眉間に警戒のしわを寄せながら、そのまま受付カウンターの前まで進んだ。

「あのー、すみません……」

 リゼは声を震わせ、カウンターに座る一人の少女に声を掛ける。理由は分からないが、その少女は首元にタバスコを装備している。

「はい。どうしましたか?」

 リゼからは見えない位置で作業をしていた少女は顔を上げて、リゼを見つめた。

 首にかけた名札には先斗寧と記載されている。

「冒険者を募集してるって話を聞いて来たんですけど……」

「ああ、新規登録の……って、え? リゼ様?」

「はい。リゼ様です」

「戍亥、今のオウム返しって王様あるあるなの?」

「そうなんやない……ふふっ」

 アンジュの問いかけに、戍亥は口元を隠して応じる。身体をぷるぷると震わせて必死に笑いを堪えているらしかった。

「ちょっと人見知りしただけだもん。別に今のが王様のデフォルト挨拶じゃないから!」

 後ろでからかう二人に釘を刺すリゼ。本当はちゃんと礼儀正しく挨拶をするつもりだったのだ。

 それに緊張して上手く話せないというのは日常生活でよくあることだろう。むしろ、初めましての人と会話するのに緊張しないなんて意味が分からない。もし得意なんて言う人がいたら、その人は絶対にこの星の生まれではない。

 宇宙人だ。

 研究対象だ。

「えーっと、リゼ様。申し訳ありませんが少しお時間を頂くことって出来ないでしょうか? 責任者と話をして参りますので」

「あ、分かりましたー」

 すみません、ありがとうございます、と頭を下げる先斗。

 それから、

「後ろの方たちも……って、戍亥さんもいるじゃん」

「どーもー。おおきに」

 えぇ? と先斗は困惑顔で奥の部屋に消えていった。

 しばらくして、先斗とは違うカウンターで受付を担当している二人がリゼたちに声をかけてくる。

「天ヶ瀬むゆと申します。こっちは海妹四葉です」

 こんにちわー、と黄色い制服を着た海妹が手を振って挨拶してくる。

「こ、こんにちは……」

と、リゼもぎこちなく挨拶を返した。

「皆さんを応接室まで案内しますので、アタシについて来てください。海妹は皆さんの荷物を持ってあげて」

「見た感じ荷物は持ってないみたいだけど?」

 天ヶ瀬は無言で海妹に詰め寄る。

「分かった、分かったって! そんなに圧かけないでよ、怖いなー」

 リゼたちは適当な荷物を海妹に預けると、天ヶ瀬の案内に従って階段をあがり三階の奥にある応接室に入った。

 部屋はリゼがお城で暮らしていた部屋の半分ほど。

 入った瞬間、優しい紅茶のような香りがした。

「思ってたよりシンプルなんだね」とリゼ。

 その言葉にビクッと身体を震わせる受付嬢たち。戍亥は、そんな内心で焦りまくっている二人の心の声を聞きながら、にやにやと笑っていた。

「そちらのソファでお休みください」

 天ヶ瀬に言われるがままリゼはソファの中央に腰掛ける。戍亥とアンジュが一緒に座ってもまだまだ余裕のある大きさだ。

「飲み物はなにがいいですか?」

 海妹が尋ねてくる。

「あ、私は水で」

 海妹は三人の前に水の入ったコップを丁寧に置き、

「それでは少々お待ちくださいね」

 とそれだけ言い残し、天ヶ瀬と一緒にリゼの言葉を聞くこともなく、急いで部屋を出て行った。

「まだお礼言えてないのに……」

「あっちはあっちで仕事があるんでしょ。今はのんびり待ちましょうや」

 アンジュの言い分に納得の意を示しながらも、リゼはもやもやとした気持ちでいっぱいになる。

「それは分かってるけどさ……」

 冒険者ギルドに来たときから感じていた不気味な視線。まるで解釈の難しい絵画を見せられた後のような表情を浮かべる冒険者たち。

 元王様だからこそ人の目をより敏感に感じてしまう。

 杞憂であるならそれに越したことはない。だが、今のリゼを普通の女の子として見てくれる人たちが果たしてどれぐらいいるのだろうか。

「ねえ、とこちゃん」

「ん?」

「私って怖い顔してるのかな」

「……急にどないしたん? 話聞こか?」

「うん。さっきの受付の人たち、私を見るなり顔が引きつってたような気がして……私ってもしかして嫌われ者なのかなって」

「あの子たちの気持ちが知りたいの?」

「悪口とかなら聞きたくない。でも、全肯定されるなら聞きたい」

「その二択はなんなの?」

 アンジュは時々、親友のことが分からなくなる。

 リゼは声を張って、

「じゃあ訊くけど! アンジュは自分の悪口を聞いてなんとも思わないわけ!?」

「そりゃあ、多少なりとも傷つくとは思いますけど……」

「でしょ!? だったら聞きたくないじゃん! それに! あの子たちがもし悪口を言ってたら、次に会うとき私はどんな顔をしたらいいか分かんないよ!?」

 アンジュは口をつぐんで会話するのをやめる。

 少しでも開いてしまえば、手遅れ、という言葉が喉をついて出てしまいそうだった。

「大丈夫、大丈夫。ィゼちゃんが気にしてるほど向こうは悪いこと考えてへんから」

「とこちゃん、それホント?」

「ほんまよ。むしろ振動するぐらい感激してはった」

「振動するくらい……なら……いいか」

 何やら間違った言葉の使い方をしているようだが、アンジュはそれを訂正しようとは思わなかった。



「ど、どうしてリゼ様がこんなところに来るのよ」

 そう呟いたのは黒と紫の制服に身を包み、いなくなったギルドマスターのかわりにこのギルドの責任者を務めている、狂蘭メロコ。

 今しがた先斗寧から新人冒険者登録をしに来たのが、あのリゼ・ヘルエスタとその仲間たちだと聞かされて、先ほどまで仕事に追われていたメロコの憂鬱は崩れ落ち、驚きと不安に満ちた刺激的な時間を堪能している。

「仕事以上に……厄介な相手が来てしまったわ……」

「メロコさんどうします? 逃げちゃいます?」

 先斗の提案にメロコは首を振って答える。

「ぽんちゃんのそういう計画性のないところは好きよ。だけど、相手が悪いわ」

 そう、相手が悪い。

 仮にここで職務放棄をして逃げたとしても、リゼ様に失礼を働いたとあってはヘルエスタ王国の暗部が黙っていない。

 メロコを地の果てまで追いかけて彼女の首を跳ね飛ばすだろう。

「この仕事が終わったら占い師でもやろうかしら」

「ああー、確かに。メロコさんって才能ありそうですもんね」

「……───」

「メロコさん黙ってても状況は変わりません。もうすぐリゼ様たちの対応をしていた天ヶ瀬と海妹が戻ってきます」

 先斗が言うと同時に、事務所のドアを開けて海妹が入ってくる。

「たっだいまー! あれ? 二人ともどうしたんですか? ちょっと元気が」

「海妹がどうして元気なのかこっちが聞きたいくらいだけど……」

と、先斗。

「じゃあ今度、家に泊まりにきなよ。海妹が元気にしてあげる!」

「遠慮しとく」

「迎えに行くよ?」

「来なくていいよ?」

「え? もしかして海妹のことキライ?」

「そういう訳じゃないけど。……泊まるの、そんなに好きちゃうしな」

「うっ。うっ。うぅ───」

「泣いちゃった」

「意味分かんない会話してないでこれからどうするのか考えなさい」

 いつもなら笑って聞き流せる彼女たちの会話も、今のメロコにはなんの癒しにもならない。

 ふと、メロコが顔を上げるとまた事務所の扉が開き、両手いっぱいに食材の入った袋をを持って四季凪アキラと宇佐美リトがやってきた。

「ただいま戻りましたー」

「あら、ちょうど良いところに」

 不自然な笑顔を向けてくるメロコに、四季凪と宇佐美は顔を見合わせる。

「なんですかその悪事を隠そうともしない笑みは」

「別になんでもないわよ。ただ二人に仕事を頼もうと思って」

「ちょっと俺たち用事が……」

 宇佐美の話を遮って、

「二人は今から応接室に行ってそこにいる客人の相手をしてきてちょうだい。出来るだけ怒らせないように。穏便に、丁寧によ」

「もし怒らせたらどうなります?」

「二人とも明日には天国に行ってるわ」

「そんなお偉いさんの相手だったらメロコさんが直接話さないといけなんじゃ……」

「ウダウダ言ってないで時間を稼いできなさい」

「あれ? 風来はいないの?」

 きょろきょろと海妹は二人の後ろを探す。

 答えたのは四季凪だった。

「奏斗なら入り口のドアを修理してるぞ」

「なんで? どっか壊れてた?」

「いや、帰ってきたら扉が閉まらなくて。調べてみたら少しネジが緩んでたんだよ。それを修理してる」

「今日は冒険者が暴れた報告は受けてないんだけどなー」

 不思議がる海妹の横で、心当たりのある先斗は何も言わなかった。

 というか、言えない。

 ───もしかして、リゼ様が思いっきりドアを開けたせいなんじゃ。

 そんなことは口が裂けても言えない。

「ほら、無駄口をたたいてないでアキラとリトは応接室に向かう」

 パンパンと急かすようにメロコが言う。

 二人は愚痴を残して、事務所を出て行った。

「それで話を戻しますけど……。リゼ様たちは冒険者募集の話を聞いて来たそうです」

「つまり、誰かが犠牲にならないといけないわけね」

「メロコさん、生贄ですよ」

「二人とも物騒すぎない? 体験会の話をしてるんだよね?」

 海妹の呟きをスルーして、メロコは頭を抱える。

「問題はリゼ様たちのサポートを誰に頼むか。いま手が空いているのって……あの子たちしかいないわよね……」

「まあ、そうですね」

「仕方ないかぁ……」

 深くため息をついて身体の緊張をほぐす。

 メロコの決定を受け、先斗は事務所を後にした。

 それからしばらくして、

「俺はいったい……ナニと会話をしたんだ……」と宇佐美。「メロコさん、あのアンジュ・カトリーナって人はヤバい気がする。初見は可愛い人だなって思ったんだ。けど、いきなりだ。いきなりだったんだ。うーくん、なんて呼ばれて……そ、そのあとも、まあ色々あったんだ。リゼ様のご友人という事もあって俺は出来るだけ機嫌を損ねないよう丁寧に対応した。疲れた。本当に……疲れたよ……」

 応接室にいるのがリゼ様御一行だと知らされていなかった宇佐美と四季凪の二人が事務所に戻って来た。

 緊張から解放されて吐き気に襲われている四季凪アキラと若干意識を手放しかけている状態の宇佐美リト。二人がリゼ様たちとどんな会話をしたのか気になるが、メロコはあえて触れないことにして、

「二人ともお疲れ様」

 労いの言葉を贈るばかりである。


「こちらにサインをお願いします」

 先斗から体験会の説明を聞き終わるとリゼは名簿にペンを走らせる。書類の内容を見てもこれといって不満なところはなかった。

 例えミスをしても厳重注意ですまされるらしい。

「それではリゼ様たちのサポートをする冒険者の方々をご紹介します」

 先斗の声を聞いて、体験会をサポートするメンバーがそれぞれ自己紹介をしていく。

「鏑木!」

「五十嵐!

「獅子堂!」

「倉持!」

「石神!」

「小清水」

「ソフィア!」

「「「「「「「七人揃って! イディオスです!」」」」」」」

 決めポーズのあとに七人のイメージカラーが彼女たちの背後で爆発する。

 そして静寂が訪れた。

 何ともいえない、時間が止まったような空気感。

 リゼはこういうとき、どうリアクションすればいいのか分からない。同じように後ろで困っている二人と一緒に決めポーズをすればいいのだろうか。

 ダメだ。

 やりたくない。

「……なんだか変わった挨拶ですね」

 笑顔を引きつらせた先斗の横で、リゼが呟く。

 もしもこれが冒険者同士の挨拶というならば、自分たちは冒険者に向いていないのかもしれない、と若干心が折れかけている。

「「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」」

「……よ、よろしくお願いします」

 鏑木ろこ、五十嵐梨花、獅子堂あかり、倉持めると、石神のぞみ、小清水透、ソフィア・ヴァレンタインの計七名。

「彼女たちがリゼ様たちをサポートしますので。えーっと、今日は誰がリーダーなの?」

「鏑木です!」

 はい、はーい、と元気よく手を上げる。

 先斗は鏑木を受付カウンターの前まで連れて行き、

「じゃあこの書類にサインしてね。あと、遺書を忘れないで」

「鏑木たちそんなにヤバい仕事させられるんですか?」

「うん。不敬罪で死んじゃうかもしれないから」

「今からでも入れる保険って……」

「諦めた方がいいね」

 そんなぁ、とぼやく鏑木の後ろでは早くもリゼたちとイディオスの交流会が始まっている。

「え!? 本当にリゼ様だ」

 石神からキラキラした視線をおくられると、リゼは少しだけ救われたような気分になる。先ほどまで恐れの入りまじった目で見られ続けていたこともあいまって、彼女の純粋な眼差しがとても温かい。

 こういう自己肯定感の上がる出会いなら無限に続いて欲しいとも思う。

「あなたは石神さん……で、いいんだよね?」

「はい! 石神のそみと申します。これから三日間がんばりましょう!」

「うん。よろしく。上手くやれる自信はないけど……」

 難しい表情を浮かべるリゼ。

 今は、自分に何が出来るのか分からない状態。心の奥底に気持ちを隠していても、無意識では不安になってしまう。

 それを察した石神は、

「怖がらなくても大丈夫ですよ。今回の体験会では外に出て魔物と戦うなんて危ないことはしませんから。気楽にいきましょう!」

「そうだね。ありがとう」

 石神からの気づかいに、素直にお礼を言う。

「でも、さっきの登場の仕方は───」

 ふふん、と石神は鼻を鳴らす。

「登場シーンはインパクトが大事だって。酒場にいたエルフの人に教えてもらったんです。どうです? カッコ良かったですか?」

「えーっと……びっくりした、かな……」

「なんですかその言いたいことがある、みたいな顔は」

 リゼはそっと目を逸らす。何を言っても、どんなフォローをしても、結局は彼女を傷つける結果になってしまうだろうから。

 リゼはジト目で近づいてくる石神を両手で制する。

 ふと、酒場にいたというエルフの話が気になった。

 リゼは口を開こうとして、

「なあ、リゼ」

 と、戍亥の声が彼女を呼ぶ。

「どうしたの?」

「いま倉持ちゃんと喋ってて。人数も多いしチーム分けしましょう! って話になったんやけど。リゼはどうかなって」

「チーム分けか……」

 確かに、自分たちとイディオスのメンバーを合わせて十人。それだけの人数がひとつの依頼に集中するのは、一輪の花に群がるハチのようなもの。大人数での依頼が前提になっているならともかく、普通の依頼に押し掛けるのは迷惑でしかない。

 それに、それにだ。

 リゼにとっても悪い話ではない。元々、大人数での行動があまり得意ではない彼女からすれば、むしろこの提案は魅力的に思える。

 できる事なら三、四人でチームを組みたい。

 だが、リゼが一番危惧しているのはそこではなく、

「でも、十人でチーム分けするってことは三、三、三で……ひとり余ることにならない? そうなると私がひとりになるんじゃ……」

 蘇るチーム分けの記憶、トラウマ。

 誰にも誘ってもらえず、結局は足りない部分を補填するパーツになるだけの人生。

「と、とこちゃんが一緒にいてくれれば……」

「ウチは一緒やないよ?」

「えぇ!? もう決まってる感じなの!?」

 うん、と簡単に頷く戍亥。

 相談されたと思っていたリゼだが、まさか決定事項を聞かされていただけだったとは───重要な会議に呼ばれない社長のような気持ちになる。

「勝手に決めちゃって大丈夫でしたか?」

 と、倉持が申し訳なさそうに聞いてくる。

 リゼは初対面の相手に緊張しながらも、平常心を装いつつ、

「大丈夫だよ。それよりどんなメンバーになったのか聞いてもいい?」

「はい! チーム分けはこんな感じです!」

 A。リゼ、石神、獅子堂、鏑木。

 B。戍亥、小清水、倉持、五十嵐。

 C。アンジュ、ソフィア。

「四、四、二? なんだか不思議なチーム分けだね。ってきり五、五のチームになると思ってたのに……」

 リゼの疑問に、倉持は困ったように頬を掻く。

「最初はバランスよく編成しようと思ったんですけど……」

「ンジュさんがソフィアちゃんと二人っきりがいいって言い出したんよ」戍亥が言った。

「アンジュがソフィアさんと?」

「うん」

「それまたどうして……」

「ソフィアちゃんが可愛いからやない?」

「うわ……言いそう……」

 いつからだろう。

 自分たちの親友が欲望を隠そうともしなくなったのは───どんどんバケモノに進化していくアンジュをどう受け止めたらいいのだろう。

 応接室で待っていたときも、宇佐美という人に対してアンジュの内に潜むバケモノが顔を出していた。

 思い出されるのは、全身をガクガクと震わせ、顔から滝のような汗を流していた宇佐美リト。バケモノに襲われた彼だが、それでも最後まで笑顔を崩さず、自分たちに丁寧な対応をして下さったプロの仕事人である。

「ソフィアちゃん……大丈夫かな……」

「大丈夫だと思いますよ!」

 リゼの不安の混じった呟きに、倉持が明るく答える。

「ソフィアが可愛いのは否定しませんけど、可愛いから許されてるだけなんで! むしろ可愛いだけのところはあります!」

「可愛いから許されてる?」

 意味が分からない。

「ソフィアさんは……その、性格に問題があるってこと?」

「いやいや、そんな事ないですよ。ソフィアは性格も優しくて、可愛くて、あとメンバーが誕生日の日にはケーキも持ってきてくれます」

「聞いてるかぎりだとこれといって危険視するようなところはないと思うけど……」

 素直で、いい子。

 というのが、リゼがソフィアに抱く印象だった。

 実際は違うのだろうか?

「でも心配なこともあるんですよ」

 倉持は声を曇らせる。

「アンジュが悪いことをしたら教えて。殴るから」

「あ、違うんです」

 違う? とリゼは頭を傾ける。

「アンジュさんがソフィアの任務について行けるのか心配で……。あの子のやる任務って過酷なところがありますから……」

「大丈夫やない? ンジュさんああ見えて身体は頑丈やし」

 戍亥がアハー、と笑う。

 リゼは『依頼』ではなく『任務』という倉持の言葉使いに違和感を覚えたが───さほど気にするような事でもないと思い、いつの間にかその心配も、風に吹かれたように頭から飛んでいった。

「それじゃあ皆さん、こちらに来てください」

 契約書にサインを終えた鏑木ろこが掲示板の前に全員を呼ぶ。

「ここで気に入った依頼を受けます。そしてカウンターに出して受付完了。あとは依頼書に書かれた期限までに達成すればいいだけです!」

 なるほど、とリゼが頷く。

「ウチらはこの飲食店のお手伝いに行こうかな」と戍亥。

 目に付いた依頼書を手に取って受付を済ませると、ほなお先に、と言い残し、戍亥はギルドを後にした。

 リゼは、

「私は迷い猫の捜索に……この依頼の期限って今日までじゃん! 急がないと」

 手に取った依頼書は一週間ほどまえに行方不明になった猫の捜索。

 一方のアンジュはというと、

「え? あたしらは別の依頼があるの?」

「そうなんです。……だから、ここでの依頼は受けられなくて」

 上目遣いでソフィアに見つめられ、

「いいの! いいの! そんな気にせんといて。あとでどんな依頼か教えてくれればいいから」

「すみません、すみません……」

 平謝りするソフィアを横目に、リゼはもう一人のメンバー、獅子堂あかりを探す。

「……あれ? 獅子堂さんはどこに」

 ロビーを見回しても姿が見えない。

 自己紹介のシーンではちゃんと登場していたハズだが……。

 しばらくして、奥にある銀色の扉から獅子堂は何かを隠すようにして現れた。

 彼女は石神にそっと近づき、肩をちょんちょんと触る。

「のじょみ、のじょみ」

 小動物のような笑みを浮かべる獅子堂。

「ん? どうしたの、あかぴゃ」

 赤ちゃんをあやすような声音で寄り添う石神。

 その顔めがけて、

「おりゃ!」

 と、獅子堂は右手に隠し持っていたクリームパイを思いっきり叩きつける。

 それは見事に石神を捉え、彼女の顔面を白く塗りつぶした。

 リゼの横でパチパチと手を鳴らして喜んでいる獅子堂あかり。彼女に罪の意識はないのだろう。親に遊んでもらった子供のようにはしゃいでいる。

 クリームパイを投げつけられた石神はというと、

「獅子堂ぉ! よくもやってくれたなぁ!」

 きゃー、という可愛らしい悲鳴を上げて逃げる獅子堂。

 追いかける石神。

「コラぁ、待ちなさーい!」

 石神の表情を見るかぎり、本気で怒っている訳ではないらしい。

「すみません。この依頼を受けたいんですけど」

 リゼは受付カウンターに近づき、依頼書を先斗に見せる。

 先斗は内容を確認し、依頼書の右下隅にスタンプを押した。

「これでオーケーです。初めての依頼で緊張するとは思いますけど、頑張ってください」

「ありがとうございます」

「それと───」

 先斗は立ち上がると、後ろの棚から一枚の紙を持って戻って来た。

 受け取った紙を広げる。

「これってヘルエスタ王国の地図ですか?」

「はい。この赤い丸で囲まれた場所で迷い猫の目撃が多かった地域です」

「南側に集中してますね……」

「依頼主さんが猫を見失ったのも南門付近だと言ってます」

「じゃあ、この辺りを探せば見つかるかも?」

「おそらく」

 ところで、とリゼは懸念の表情を浮かべ、先斗を見つめる。

「何か至らぬ点がございましたでしょうか……」

「いえ……さっき石神さんがクリームパイを投げつけられたじゃないですか」

「それがどうかしましたか?」

 先斗はリゼの言葉を待つ。

「もしかして私もクリームパイを顔面に当てられたりするのかなって……。私、甘いものとか苦手で……出来れば、その……別のが良いと言いますか。なんと言いますか……もっと別の方法で歓迎してほしいなぁって……」

「ああー、その事でしたら心配しなくても大丈夫ですよ」

「ホントに? 油断させといて後ろから……なんてことも?」

「ないです。アレは獅子堂さんが石神さんに遊んでもらってるだけですので」

「そうなんですね。良かったぁ」

 ほっ、と一息つくリゼ。

 それに、

「リゼ様にそんなことしようとする輩はこちらで処分しますので安心して下さい」

 絶対に、と先斗は念を押す。

 光を失った目が少しだけ怖い。

「それじゃあ」

「はい。いってらっしゃいませ」

 先斗に手を振って、カウンターを離れる。

 入り口のほうに目をやると、石神と獅子堂と鏑木が、両手にクリームパイを持ち、相手の顔面に叩きつけようと構えていた。

「くらえ!」

「甘いな! クリームパイだけに!」

 石神の投げたクリームパイを、鏑木ろこはひらりと躱す。

「「「あ」」」

 行き場を失ったクリームパイは宙を舞い、やがてそれは───三人を呼びに来たリゼ・ヘルエスタの顔面に直撃したのであった。




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