表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヘルエスタ王国物語  作者: 十月 十陽
再会編(プロット)
23/75

ヘルエスタ王国物語(23)

 気づいた時には遅かった。

 リゼを連れて逃げた戍亥とこを追いかるために王の間の壁を破壊した。そこまでは記憶にある。しかし、それからの記憶は少し曖昧だ。感覚として思い出せるのは誰かに顔を掴まれ、ぐしゃり、という音ともに空中を高速移動するかのように投げ飛ばされたこと。

「私のことを覚えているか。滅びの魔女」

 リヴァネルが顔の治療を終え、目を開けた先にフレン・E・ルスタリオ───ヘルエスタ王国最強の騎士が立っていた。

「ええ。覚えているわ。忘れるわけがない」

「ああ。私もだ」

 渇いた瞳でフレンは因縁の相手を見つめる。

「貴様をずっと探していた」

「私も、貴方をずっと殺そうと思ってた」

 過去を創るために、過去に籠っていたリヴァネルは正確な時間を覚えていない。その過程で忘れた友人は五万といる。

 だが、痛みの思い出として彼女を忘れることは出来なかった。

「懐かしいわね。私がコーヴァス帝国を滅ぼしたのはどれくらい前のことだったかしら」

「十八年前だ。あの頃の私はまだ子供だったな」

「本当に。……大きくなったわね」

 子供の成長を見た母親のように、フレンの成長に驚愕する。人は幻のような時間を生きて達人の域を目指す。それをたった十八年という短い歳月で、彼女は剣の極みに達してしまった。自身が持つ才能のすべてを注ぎこみ、残された時間はリヴァネルを殺すというただ一つの目的のためだけに人の道を忘れ、覇道を選んだ。

 他の者が彼女と同じ道を歩んだとしても、彼女と同じようにはなれない。

 百年に一人、千年に一人───絶対の運命を持った人間が人生の終わりを見定め、全てをなげうった先で、ようやく手にすることの出来る強さ。

 えるや戍亥と同じように、次のウル・モアとなる脅威として彼女は十分な実力を身につけてしまった。

「今のは……肉体的に大きくなったという意味か? それとも精神的にという意味か?」

「うーん、どっちもって答えておこうかしら」

「そうか」

「……───」

 二人は言葉を終わらせる。これ以上の会話はいらない。

 あとは殺し、愛しの、抱きしめ合う時間だけが許されている。

 そこに、

「オレ! 参上───」

 メイド服を着たエルフ───土煙という名の埃を舞わせて、花畑チャイカがやって来た。

「このオレの華麗なる登場シーンに、言葉も出ないようだな雑魚どもめ」

 カッコよさとか特に気にしない女たちは、チャイカに対する感情も様々だ。

「誰だ?」

 フレンはすぐ隣に並び立つチャイカを怪訝そうに見つめる。

「……チャイちゃん」

 リヴァネルに至っては、この場にチャイカが出てくるとは思いもよらず、度肝を抜かれている状態だった。

 当の本人はというと、

「え? 反応薄すぎない?」

 自分の作り出した微妙な空気に負けそうになっていた。

「ほーら。エルフですよー。珍しいですよー。絶滅危惧種ですよー」

 自虐的なギャグでなんとか誤魔かせないか試してみるも、結果は同じ。チャイカの期待するような反応は返ってこない。

 胸の内が寂しくなるだけだった。

「お前らノリが悪すぎるんじゃない? 友達とかいないでしょ、絶対」

 これに対する返事もない。

 というか、ヘルエスタ王国最強の騎士に友達なんているわけもなく、過去にずっと引きこもっていたリヴァネルも同様に、友達らしい友達は……。

「なんか、うん。ごめん……」

 しんみりとした空気を察したチャイカ。

 自虐が駄目なら煽ってみよう、と王様なりに場を和ませようとしたのだが、完全に地雷を踏んでしまったらしい。

「ところで、チャイちゃんはどうしてここに来たの?」

 リヴァネルが声を掛ける。

「オレはお前に用があって来たんだ」

「ん? 何かあった?」

「とぼけても無駄だからな。単刀直入に問う。リヴァネル、お前がエルフの国を売ったというのは本当か?」

「いいえ、違うわ」

「分かった。なら、オレの話は終わりだ」

「え? 本当にそれだけ? もっと疑ったり、質問責めにするとかあるでしょ……」

 チャイカはきっぱり断ってから言う。

「いいや、必要ない。ここから先はどんな理由があっても、オレとお前は戦うことになる。だったら勝敗で決めればいい。それに……未来ならとっくに見たさ」

「お前も魔女と因縁があるのか?」

 フレンが割って入る。

 よもや、自分と同じ境遇のエルフがいるとは思わなかった。

「なんだ団長さんもか? オレたち仲間だな。一緒にリヴァネルをぶっ倒そう」

「共闘するつもりはない」

「そういう態度だから友達いないんじゃないの?」

「……───」

 フランクに話しかける王様を無視して、フレンは改めてリヴァネルに剣を向ける。

「コーヴァス帝国、遊撃部隊所属。フレン・E・ルスタリオ」

 続いてチャイカも臨戦態勢に入る。聖樹の鎧に身を包み、顔の左側には赤、緑、青の宝石が異彩を放つ。

「過去の亡霊。チャイカ・モア・ヘルエスタ」

 リヴァネルは魔法を鳴らし、複数の杖を召喚する。

「ヘルエスタ王国、初代女王。リヴァネル・モア・スカーレット」

 開戦の名乗りはおしまい。

 三人は終わりの見えない戦いに身を投じる。



     △△△



 舞元が向かった西方面───リゼを抱えるまでは良かったものの、走るという行為に慣れていない身体は目的地への到着を遅らせていた。畑仕事で普段から足腰は鍛えられていると思ったが、自分の予想に反して動かない身体にじれったさを覚える。

 加えて、あちこちから聞こえてくる魔物の声。

 西側に進むにつれその数は次第に多くなっていた。考えられる要因として、西門が破壊され、魔物の流れが変わったのだろう。

 舞元は出会うモノすべてに神経を尖らせ、地下への入り口に辿り着かなければならない。

「……───」

 魔物がすぐ横を通り過ぎる。

 戦う術を持たない舞元の心細さは、女の子の集まりに一人だけ取り残されるオジサンの気まずさと変わらない。

 肩に乗せた女王様のことも気になる。ケルベロスに頼み込まれてつい安請け合いをしてしまったが、実際のところリゼをどう扱っていいのか分からない。

 かといって、女王様をエサにして自分だけ魔物から逃げ延びようという考えは浮かばなかった。舞元が一番恐れているのは、リゼの勘違い。今の状況を他人が見れば、まず間違いなく女王様を誘拐している現場に見えるだろう。

 弁解しようにも勘違いの不運が立て続けに起こっている手前、自信がない。

 相手の解釈に委ねることも考えたが、それだと人生が詰んでしまう。

「そういえば戍亥には勘違いされなかったな」

「……とこ、ちゃん」

 思い出して感傷に浸っていると、右の肩で俵のように担がれたリゼが呻く。

「お、気が付いたか」

「……───」

 見つめ合う二人。空白が生まれる。

 舞元がリゼの視線から読み取れるものは、恐怖と驚き。ついさっきまで親友の顔があった場所に、気が付いたら知らないオジサンに担がれて訳も分からず運ばれている、という意味不明な状況に混乱しているようだった。

「と、とこちゃんが……オジサンに転生しちゃった」

 女王様の突拍子もない発言に豆鉄砲をくらう。確かにそういう作品も世の中にはあるのだが、この勘違いには流石にスーパー越えて、ハイパー越えて、アルティメット。

 そして直感する。

 オレは喋ってはいけない。

「……───」

 リゼは至っては真剣に頭のなかで検討した結果───これしかない、という結論───反論があれば王様権限で全員黙らせてしまえばいいのだ。大丈夫。死人に口なし、ホトドギスって偉い人も言ってた。

「ねえ、とこちゃんなんでしょ? ……なんで黙ってるの。怖いよ」

 逃避に向かったリゼの思考は怯えた子犬のように、舞元を見つめる。

 額に汗を滲ませ、呼吸も荒い。人の目を警戒しているのか、顔をキョロキョロと動かし、人気のない方へと進んでいる。

 色んな角度から見ても犯罪者の行動だった。

 そんなリゼの思いなどつゆ知らず、舞元はこちらに近づいてくる足音を避けようと路地裏に入る。ゴミ箱を二つ並べ、隠れるスペースを作ると、人差し指を口元の前で立てて、声を出さないよう、リゼにお願いする。

 リゼは頷いた。

「……───」

「……───」

 ドスン、ドスン、と近づいてくる足音は人間のものじゃない。

 好奇心でゴミ箱からひょっこり顔を出したリゼ。その視界は一瞬にして巨大な魔物で埋め尽くされた。

「ちょっと! なんで魔物がこんな所にいるんですか!?」

 リゼが囁き声で舞元に問う。

「一般人のオレに聞かれてもなぁ。……ただ、この辺の魔物は西側から来てると思う。北側はケルベロスが抑えてくれてるハズだから」

 舞元はリゼの質問に答えた後、ふと思った。

「女王様ならオレよりもこの状況に詳しいんじゃないのか? 騎士団も警備隊も、リゼ様の命令で動いてるんだろ?」

「騎士団も警備隊もお母様の命令でしか動きませんよ。私じゃどうにも……」

「そのお母様……レイナ様は病気で死んで。今はリゼ様が女王だろ?」

「女王? わたしが?」

 きょとんとするリゼ。

「私はいつの間に王様になったんです?」

「一年前だろ」

 当然のように言われても実感はない。

「待って……聞きたいことが多すぎで頭が追いつかない。えーっとまずは……貴方はとこちゃんじゃないんだよね?」

「見て分かるだろ」

「お母様が病気で亡くなってしまったというのは本当ですか?」

「ああ、間違いない。その日は城から使者が来て、広場で黙祷を捧げたからな。ヘルエスタ王国に住んでる人間なら全員知ってる」

「じゃあ、本当に……」リゼは胸を押さえた。「最後です。私は一年前に王様になった……のはお母様が死んだからですか?」

 舞元はここまでの会話で目の前の少女がリゼ本人か疑わしくなってきた。自分の親族が病気で亡くなっているのを何故知らないのか。

「レイナ様だけじゃないだろ。父親も、弟も。同じ病気で死んだハズだ」

「嘘でしょ……」

 リゼは力なくその場に手をついた後、虚ろな瞳で石畳を見つめた。自分の知らない間に家族全員が病気で死んでいたという事実。そう簡単には受け入れられないだろう。それでもどうにか心を落ち着かせようと必死である。

「本当に……私が王様?」

 自分に言い聞かせるために呟いた言葉は周りに回って、深く、胸の内をえぐった。

 まだ子供のつもりだったのに。気がつけばヘルエスタ王国に生きるすべての命を背負う立場になっていた。

 そんな理不尽なことがあるだろうか?

 今の話は全部、目の前にいる見ず知らずのオジサンから聞かされたものだ。別にリゼが自分の目で確かめたわけじゃない。

「嘘……つかないで下さいよ。貴方がどこの誰だか知りませんけどね。家族全員……病気で死んだなんて……そんな嘘、信じられるわけないでしょ!」

「バカッ! 大声出すなって。もし魔物に見つかったら───」

 舞元は咄嗟にリゼの口を塞いだが、遅かった。

 二人の頭上に影が落ちる。

 屋根の向こう、巨大な瞳と見つめ合う。

 鏡のように美しい魔物の目には、獲物としての自分たちが写っていた。

「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「逃げるぞ!」

 絶叫を上げるリゼを抱えて、舞元は一気に路地裏を抜ける。

 魔物は追ってこなかった。

 か・わ・り・に───近くにあったいい感じの投擲物───魔物はレンガで作られた家を持ち上げて、逃げるネズミに向かって放り投げる。

「嘘だろ!?」

「が、頑張って逃げてください! このままじゃ私たち家の下敷きになっちゃいます!」

「クソッ! こんな事になるって分かってたら、畑のために外に出るなんて絶対しなかったのに!」

 畑を育てるにしたって生きているのが大前提。いくらフミに命令されたからといって神米の様子を見に行くべきではなかった。

「無駄口を叩いてないで、さっさと走る!」

 担いだリゼから背中に鞭を入れられ、舞元は落ちてくる瓦礫の雨から全力で逃げる。

「このままじゃ二人まとめて下敷きだ」

「分かってますよ! でも、私にどうしろって言うんですか!?」

 何の力も持ち合わせていない、走りにくそうな派手なドレスを身につけている王族系美少女の悲痛な叫び。

 瓦礫の下敷きになるギリギリのところで舞元はリゼを掴み、あらん限りの力を振り絞って投げる。

「え?」

 リゼは空中で、人を助けて喜んでいる幸せそうなオジサンの顔を見た。

 直後、その笑顔は瓦礫に埋まる。

 投げ飛ばされた先にもいくつかの木片が落ちてきたが、些細なことだ。リゼは転がりながら立ち上がって、舞元が埋まった瓦礫に向かう。

「大丈夫ですか!? 生きてますか!?」

「なんか奇跡的に助かったぞ! 日頃の行いが良かったんだな」

 しみじみと返ってきた声にリゼはほっと胸を撫でおろす。

 だが、瓦礫の隙間を覗いても舞元の姿は見えない。

「どうやって助ければ……」

「……───」舞元は考え、続ける。「リゼ様。ここからもう少し先に進むと左側にボッチの家がある」

「知らないオジサン。貴方を不敬罪と名誉棄損で訴えます。理由はもちろん、お分かりですね?」

「……話は最後まで聞いてくれ。ていうかなんでオレは急に訴えらる事になってんの? じゃなくて! ボッチっていう……まあ、犬小屋みたいな感じでプレートに名前が書いてある。その家のリビングにある赤いボタンを押せば、地下に行ける。すぐにここを離れてくれ避難してくれ。分かったか?」

「王族である私に犬小屋に住めと?」

「話し最後まで聞いてたか? 違うよな? 地下に避難しろって優しいオジサンに教えてもらったばっかりだろうが!」

「そんなに怒らなくても……」

 顔も見えないオジサンの指示は的確だ。

 しかし、そうなれば舞元をここに置いて行くことになる。

「オジサンはどうするんですか?」

「こっちはお手上げだ。どこを探してもオレが通れるような隙間はない。だから、リゼ様だけでも避難してくれ。頼む」

 見えない相手からの懇願。

 その声色からは痛みを堪えるような必死さが伝わってくる。

「お名前、なんて言うんですか?」

「舞元啓介だ」

「舞元さん……すぐに助けを呼んできます。それまで生きていてください」

「ああ、頼んだぜ!」

 魔物の足跡に背を向け、リゼ・ヘルエスタは走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ